レッド・メモリアル Episode01 第6章



「おい!お前!手を挙げて投降しろ!」
 ジョニーを追い、港のコンテナ群の中へと飛び込んだセリアは、眼の前に現れた武装部隊の
隊員に銃を向けられた。
 だが、
「邪魔よ!どいていなさい!」
 と、セリアは言い放つなり、その部隊員を拳で殴りつけ、あっと言う間にのしてしまった。
 コンテナの先へとジョニーは逃げていく。
 あいつを捕える事が目的だろう。今更、私を捕えて、あいつを取り逃したら一体この捜査は
一体何だったというのだ?
 セリアは素早く携帯電話を取り出して、さっきかけた番号にかけ直した。



 リーは、自分の胸ポケットで鳴りだした携帯電話を素早く取った。彼自身は小型無線機を着
けていた為、部隊との連絡は、無線で行なうことができる。
 携帯電話で連絡をしてくるのは、一人しかいなかった。
「どうしたセリア?突然連絡を断って、無事なのか?」
 港の方から激しい銃撃音が聞えて来る。だが、部下のデールズを従えながらも、リーは、まる
で平穏とした草原を歩くような足取りだった。
(ちょっと!あんたどういうつもりよ!部隊を突入なんかさせて!この捜査を駄目にするつもり
なの!)
 電話先からも銃撃音が聞えて来る。セリアの方も激戦状態となっているようだ。
「奴らの取引相手が現れた。もうこれ以上泳がせる必要は無いだろう?だから、部隊を突入さ
せたまでの話だ」
 リーは冷静にそう言いながら、銃撃戦が行なわれている埠頭の方へと歩みを進めていく。
(ジョニーが逃げているのよ!それに、奴らの取引相手は、予想以上の相手よ!あんたが派
遣した部隊は苦戦しているわ)
 と、電話先からセリアが大声で言ってくる。
「セリア?お前はジョニー・ウォーデンを追っているのか?」
 リーが尋ねると、すかさずセリアは答えてくる。
(ええそうよ。あんた達の部隊が、下手に手を出そうとしたから、こいつは、¥脱出しようとして
いるのよ!)
「だったら、セリア。お前は、ジョニーの後を追え。奴を捕らえろ」
 少しも考えることなく、リーは冷静にセリアにそう言い放った。すると彼女は、
(言われなくてもやっているわよ!)
 と荒々しく言い放つなり、電話を切ってしまった。
 リーは電話を閉じると、今度は無線機の方の部隊に向って言う。
「α部隊聞えているか?相手は何人だ?」
 すると、今度も激戦地、しかもさっきのセリア達よりも近い銃撃音が響き渡ってくる。
(こちらα部隊!現在、少人数の武装勢力と交戦中!現在、沖合いへと一隻の船が、攻撃を
行ないながら逃走している!)
 それは、リーが派遣した部隊の隊長の声だった。
「隊長。沖合いへと逃走している船は、ジョニー・ウォーデンが取引を行なおうとした2人を乗せ
ているのだな?」
 冷静に、確認を取るかのようにリーが尋ねた。
(はい!そうです。2人の男女はその船に乗り込みました!)
 すかさずリーは、
「よし、隊長。何としてもその船を逃すな!絶対に捕えろ!」
(しかし、相手は重機関砲を、2台船に設置しています!更に、こちらの銃器の射程からは遠く
離れてしまって)
「ならば、ヘリを派遣して捕えさせるようにする。何としてもその船を逃がすな」
(了解)
 隊長がそのように言うと、リーは思わずため息を付いた。しかし、手には油断無く銃が持たれ
ており、いつ誰が現れても発砲できる姿勢ではある。
「あの、トルーマン少佐」
 背後からそう言って来たのは、彼の部下のデールズだった。
「何だ?」
「い、いいんですか?セリアさん一人じゃあ、ウォーデンを逃してしまいますよ」
 と、銃を片手に持ち、いつ発砲してもおかしくないようなリーに、彼は恐る恐る言うのだった。
「じゃあ、君が追ったら良いだろう?」
「え?」
 突然のリーの言葉に、デールズは戸惑った。
「ジョニー・ウォーデンなど小物だ。逃がしたって何の支障も無い。街のチンピラ一人のため
に、我々軍が動くと思うのか?」
 冷ややかにリーは言うのだった。
「ジョニーの事などセリアに任せておけ、奴は所詮、黒幕に近付くための足がかりに過ぎん」
 そういって、リーはさらにその脚を埠頭の方へと向わせた。デールズもその後に続いた。



 セリアは、ようやくジョニー達を、港の入り口付近で追い詰めていた。
 彼らは、港の裏口から、高い塀をよじ登って外へと脱出しようとしていたが、その隙にぴった
りと背後から付けていたセリアが追いついたのだ。
「ジョニーッ!」
 セリアは叫び、彼らへ急接近していく。そんな彼女の姿を見たジョニーは、再び心底驚いたよ
うだった。
「セリア?何故こんな所にいる?お前は、アジトで動けないはずじゃあ?」
 警戒する、共に逃げてきていたジョニーの仲間達。だが、セリアは、そんな仲間の内の一人
を拳で殴り付け、気絶させてしまうとジョニーに近付いた。
「て、てめえ!何をしやがる」
 と言い放ち、ジョニーの部下の一人が彼女へと銃を向けた。だがセリアは臆する事なくジョニ
ーへと近付く。
「ま、まさか。セリア、てめえ、サツだったのか?お前がオレ達を売ったってのか?」
 ジョニーはそう言い、まじまじとセリアの顔を見つめた。どうやら彼は、最後までセリアが警察
や政府の捜査機関関係者と信じたく無かったようだ。
 だがセリアは、ジョニーの顔を見つめ、決然とした表情で言った。
「ええ、そうよ。ジョニー。最後までこの私を信じたかった?でもおあいにくさま、最初から私は
あんたを逮捕しにいるのよ。もし大人しく掴まらないのだったら、殺したって良いって思ってい
る」
 そう言い放ったセリアの眼からは、危険な匂いが漂っていた。ジョニーもその眼に気が付い
ただろうか?
 その眼は、セリアがいつでも人を殺せるのだと、そういう事を示していた。
「残念だな、セリア。オレはお前を信頼していた。戻って来た時だって、オレはお前を信用しよう
と必死だったんだぜ」
 だがセリアは、
「そんな事はどうだって良い。さっさと投降しないと、この場所にさっきの部隊がやって来て、あ
んたを捕える。それだけ」
「おいおいおい、待てよセリア? お前は銃を向けられている。それも3人にだ。投降しなきゃ
あならないのは、お前の方なんじゃあないのか?」
 確かにセリアは、3人のジョニーの部下達に銃を向けられている。普通の人間ならば、もは
やどうする事もできないだろう。
「オレとお前の仲だ。例えサツだって構わない。オレをこの場で見逃してくれたら、何もしねえ、
な?いいだろ?オレをこの先、地獄の果てまで追いかけてきてくれたっていい。だから、今はオ
レを見逃せ。いいだろ?」
 ジョニーは、まるで恋人に話しかける男のように言ってくる。だがセリアは全く態度を変えなか
った。
「こんな銃で、わたしがビクつくとでも思った?まだまだ甘いわね。ジョニー?」
 と言うなり、セリアは、自分の目の前に向けて来られていた銃を、それを握っていた男の手か
ら素早く?ぎ取る。更にその?ぎ取る時の動作を利用し、セリアは、素早くジョニーの部下に肘鉄
を浴びせていた。
 セリアの肘をまともに受けたジョニーの部下は、数メートルは吹き飛ばされ、港のアスファルト
の上を転がった。
 すかさずジョニーの部下が、セリアに向って銃を放ってくる。だが、セリアはその銃弾を、目に
も留まらぬ動きで交わし、素早く撃ってきた男へと近付くと。顔面を正拳突きで殴りつけた。
 幾ら顔面を殴りつけると言っても、その動作は的確に相手を捉えていなければならない。セリ
アは、正しい武術の姿勢を取り、最も効果的な正拳突きを繰り出していた。
 ジョニーの部下達にとっては、目にも留まらない動きだったかもしれないが、セリアは瞬時の
内に正確なフォームを取っていた。
 そしてセリアが拳を前方へと繰り出すその瞬間。彼女の体はオレンジ色に輝き、手からは、
炎が燃え上がった。彼女自身は手袋をはめていたため、炎からは体が守られていたが、その
炎は、ジョニーの部下の体へと燃え移る。
 ただの正拳突きに、更に目にも留まらぬ速度、そして、炎が付加され、致命的な一撃となっ
た一撃が、ジョニーの部下に襲い掛かる。
 その男は、まるで巨大なものに襲い掛かられたかのように、後方へと吹き飛ばされていっ
た。
 そんなセリアを見ていたジョニーは、驚きの表情を見せている。どうやら彼は、たった今、セリ
アの持つ『力』について知ったようだった。
「こ、これは、驚いたぜ。セリア。まさか、まさかな、お前が。お前もなのか?」
 ジョニーはセリアの方をまじまじと見つめた。
 セリアは、また手に炎を点したままだった。その炎はセリアの着ているスーツに燃え移って来
ることは無く、彼女の拳で燃えているだけだった。しかし、もしその拳に触れようとも言うなら
ば、大火傷を負うだろう。
 セリアはそんな拳を、今度はジョニーへと向けた。
「お前も?それは、どういう事なの、ジョニー?」
「今更、隠しておいても、しょうがねえが、オレもなんだぜ…。お前がその拳に点している火のよ
うな、普通の人間にはできない事ができる」
 ジョニーの告白。だがセリアは特に驚かなかった。ただ炎を点した拳を前に向けつつ、彼に
迫る。
「それはそれは。でも、だったらますます、あなたを捕えなくてはならなくなったわ」
 とセリアは言い、拳の炎を彼の鼻先へと持っていった。それは、銃の銃口を向けられている
よりも、ジョニーにとっては迫力がある事だろう。銃口は冷たい鉄だが、炎は生きた手のように
相手にいつでも襲いかかろうとする。
「ありがたいねえ。オレも大物になったって事か。だが、まだだぜ。セリア?オレは、まだ捕まる
わけにはいかねえんだ!」
 そう言い放ったジョニー。セリアは彼へと向けていた拳で、すかさず殴りつけようとした。しか
し正確に放ったはずのセリアの拳は相手を捉えるような事はなかった。ジョニーが背にしてい
た、港の敷地の塀に叩き付けられただけだ。
 セリアの拳の一撃によって、港の塀は一部分が砕ける。だが、セリアは、そのままふらつき、
バランスを崩しそうになった。
 足元が、ふいに不安定になっていたのだ。
「恐ろしいな、セリア。お前はそんな『力』を持っていたのかよ? さっさと気付いておくべきだっ
たな」
 と、セリアの拳をかわしたジョニーが言った。だが、完全に避けられたわけではなく、一部の
炎が飛び火したらしく、彼は顔に火傷を負っている。
「あんただって、この『力』については何も言っていなかったじゃあない?」
 そうセリアは言って、彼女は自分の足下を指した。
 セリアの足元には、港のアスファルトの地面が広がっているはずだった。だが、今セリアの足
元に広がる地面は、その一部が、固まる前のアスファルトのように液状になってしまっていた。
 どろどろになった地面。セリアは足場を奪われ、ジョニーへの攻撃のバランスを崩してしまっ
ていたのだ。
「お互い様だ。それに、オレは、人生の転換期をお前に奪われた。これ以上、付き合う暇はね
え!」
 そう言ったジョニーは、今度は何をするのかと思いきや、港の敷地と、外を隔てている、塀へ
と飛び込んでいくではないか。
 ジョニーの体は、塀の中に飛び込んでしまうと、まるで水の中に飛び込んだかのようにそこへ
と沈み込んだ。
 セリアはすかさずジョニーの後を追おうとした。しかし、ジョニーの体は壁の中を通り抜けてお
り、しかも通り抜けた後、セリアの目の前には再び硬い、コンクリートの塀が立ち塞がってい
た。
 セリアが、その塀に向って拳を叩きつけても、少しばかり抉れる程度でしかない。ジョニーは
一瞬の内に、このコンクリートの塀を、反対側に通り抜けられるほど溶かし、それを一瞬にして
硬めてしまっていた。
 塀に拳を叩き付けたセリアは、目の前で肝心の男を取り逃した事に、怒りを感じ、今度は
荒々しく塀に向って蹴りを見舞っていた。
 そんな感情的な自分に嫌気が差し、セリアは更に舌打ちをするのだった。
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―Ep#.2-02 『新たなる歴史 Part2』―

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