レッド・メモリアル Episode01 第5章


 セリアは、目の前で喉を押さえながら悶絶した男の姿を見やった。
 大丈夫。命には別状はない。ただ、きちんと医者に見てもらわなきゃあ、一生掠れた声を出
し続ける事になるでしょうね。
 セリアはそのように思い、自分の手を見つめた。ホットプレートのように熱を持った、セリアの
手。それは自分自身の体に触れる事も危険だったから、熱が冷めるまでは、自分の手に触れ
ないよう、彼女も気をつけながら行動した。
 男の体はその場に置き去りにして、そのまま、ジョニー・ウォーデンのアジトから外へと飛び
出していく。
 もう夕暮れ時だった。あと1時間ほどで日が沈んでしまう。ジョニー達は取引で出かけると言
っていたから、それよりも前に彼らを抑えなくてはならない。
 セリアは携帯電話を取り出した。すでに彼女の手は冷め始めていて、携帯電話に手が触れ
ても平気だった。
 だが、電話はいつまで経っても繋がる気配がない。
「リー。何やってんのよ。連絡は密に、でしょ! まったくもう!」
 セリアは荒々しく携帯電話を閉じた。ジョニー達は、怪しげなバンを発見したと言っていたか
ら、もしかして、リー達は襲われているのかもしれない。
 なら、彼らの確認だけでもしておくべきか、とセリアは迷う。リー達のバックアップが無けれ
ば、この捜査は失敗に終わってしまう。
 しかし、ジョニー達は取引に出かけたのだから、任務を優先するしかない。危険だが、バック
アップ無しで、彼らを抑えるしかないようだった。
 セリアは駆け出した。



 リー達は自分達の乗ったバンに向けて、ロケットランチャーを向けてくる男の姿を、モニター
越しに見ていた。
「参ったな。あんなものを持ち出してくるとは!」
 外部モニターを見ながら、リーが苛立ち混じりに言った。男は照準を定めて、今にもリー達に
向ってそのミサイルを発射して来ようとしている。
「どうしますか? 外に脱出して、交戦するしかないでしょう!」
 一緒にバンに乗り込んでいる、デールズがリーに言った。
「ああ、そうだな。だが私一人で十分だ。お前達はここにいろ」
 そう言って、リーは銃を一丁取り出した。何の変哲も無い。ただのオートマチック銃だ。
 リーはそれを手に持ったまま、外へと飛び出していこうとする。
「ちょっと待ってください! そんな銃一丁ばかりで、いったい何ができるって言うんです!?」
 デールズは叫ぶ。しかしながら、リーはまるで聞く耳を持っていないかのようだった。
 リーは銃を片手にバンの外へ飛び出していくなり、ロケットランチャーを構えている男に向け、
ためらい無く銃弾を発射した。
 一瞬、リーの銃がフラッシュライトでも照射したかのように光ったのを、デールズは目撃した
事だろう。
 しかし、ロケットランチャーを構えた男の方も、リーが銃弾を発射したのとほぼ同時にミサイ
ルを発射していた。
 リーの背後にあるバン目掛けて、そのミサイルは飛んでいく。
 リーの放った弾丸も、男目掛けて飛んでいった。途中、ミサイルと弾丸がすれ違う。ほんの、
0.1秒にも満たない、極僅かな一瞬。あまりに大きさが違いすぎる両者。しかし、ミサイルとす
れ違う瞬間、弾丸は激しい光を放った。その光と共に、弾丸は空間に何かを残す。
 そしてそのまま飛んでいった。
 ほぼ同時に発射された、ミサイルと弾丸だったが、リーの弾丸の方は、先にロケットランチャ
ーを持った男を倒していた。
 それ自体は正確な銃撃だった。相手を殺傷するに十分である。
 一方でミサイルの方は、弾丸が放った光の位置で静止していた。空中でただ静止しているの
ではない。受け止められていたのだ。
 それも光の網によってである。空間に突如として現れた光の網は、ロケットランチャーを確実
に捉えていた。まるで網で物を包み込むかのようにして、空間に繋ぎとめている。
 光の網自体は、道路の路面、さらには、古い電柱へと繋ぎとめられていて、大の男をも捉え
られそうなほどの大きさの網を創り上げていた。
「野郎ッ! 何をしやがったッ!」
 バンに迫って来た男は、ロケットランチャーを担いだ一人だけではない。別の方向からリーに
迫る男。手には銃を持っており、それをリーに向って撃ち込んできた。
 明らかに相手の方が先制だった。リーは銃をロケットランチャーの男の方へと向けたままだ
ったからだ。彼がバンを飛び出してから2秒も経っていない。
 銃弾はリーへと向った。しかし彼はその弾丸の軌道を、自分に到達するよりも前に先読み
し、素早く避けた。
 それは目にも留まらぬ動き。おそらく並大抵の人間ならば目視することなど出来ない。
 リーは弾丸を避け切った後で、素早く撃ってきた男へと2発の弾丸を撃ち込んだ。
 リーが銃を撃っている隙にも、相手の男は弾丸を彼へと撃ち込んできていたが、それは、リ
ーが放った2発の弾丸から出現した網が、細かい目を空間に張り、全て受け止めてしまうのだ
った。
 リーの放った2発の弾丸は、正確に、彼と対峙した男に迫る。
 更に背後から3人目の男が迫る。しかしその男に向って、リーに続いてバンから飛び出してき
た、デールズがテイザー銃(発射式のスタンガン)を放った。
 細かい電極を体へと打ち込まれた男は、激しく打ちひしがれたかのように体を痙攣させる。し
かし気絶するまでテイザー銃の電極からは電流が流れ続けた。
「まさか、あなたも『能力者』だったなんて、知りませんでした」
 デールズが、感心したようにリーの方を見つめて言った。しかしリーは、
「おいッ! さっさと運転手をバンから降ろせ」
 と、デールズとバンの運転手に向って言い放った。運転手はびっくりしたかのように、慌てて
バンから飛び降りた。
「悪いが、『能力者』というのも万能じゃあない。私の『能力』にも不十分な所がある…」
「な、何ですか? それは」
 デールズがそういいかけた時だった。
 直後、光の網から解放された、ロケットランチャーのミサイルがバンへと飛び込んだ。瞬間、
バンは吹き飛び、猛烈な衝撃波を放つ。
 デールズと運転手はその爆発に巻き込まれることは無かったが、衝撃に押し倒されてしま
う。
 リーは、その爆風を受けても平然と、バンの方を見つめていた。
「それは、光の網の強度が、ミサイルを防ぐのに十分じゃあないって事だ…」
 静かにそういったリー。
 彼は目の前で、自分達がいままで乗っていたバンが粉々に吹き飛んでしまっても、まるでロ
ボットのような表情を絶やさなかった。
 眉一つさえ動かさなかったかもしれない。
 デールズはそんなリーの姿を見て、この男は、ただ軍の上層部にいる連中とは根本的に何
かが違う。という事を知った。



「さあ、どうするんだ? このままオレを連れて行くっていうのかよ?」
 ジョニー・ウォーデンは、スーツ姿の2人へと近付き、そう尋ねた。目の前の2人は、ジョニー
にとっても得体の知れない連中だったが、この取引に参加する以上、怖れている必要は無か
った。
 何しろ彼らが欲しい“モノ”は、目の前のジョニー自身に他ならないのだから。ジョニーは自分
に手出しがされない事をすでに確信していた。
 港に夕日が差し込む。スーツ姿の男女は、ごろつき同然のジョニーの仲間達に囲まれても、
表情一つ変えなかった。
「ああ、連れて行く。我々が、君の『能力』を本当に使えるものだと判断したら、だがね…」
 男の方がそう言って来た。
「それだけじゃあねえ。オレ達がちゃんと金を受け取らないと意味が無いぜ? 取引ってのは、
お互いが納得して初めて成り立つもんだろう? オレはボランティアでお前達に協力するわけ
じゃあねえんだ」
 ジョニーはそう言った。
「もちろんだ。だが、我々の支払いは済んでいると言ったはずだぞ。チェックしたまえ」
 そう男はジョニーに言った。彼は何のためらいを見せる事も無く、当然の事であるかのように
言っている。
「おいチェックしろ。オレの口座だ…」
 そんな、怖れも何も知らないかのような男達の態度に戸惑いつつも、部下に指示を出すのだ
った。



 一方、セリアは単独で港へと乗り込むことにした。
 リー達とは連絡が付かないし、一刻を争う様子だったからだ。それにジョニー達はまだセリア
が、軍の人間だと言う事を知らない。
 つまりまだ潜入捜査は続いているという事なのだ。
 港のコンテナ群に身を隠しながら、セリアは移動していった。ジョニー達の取引場所には見当
が付いている。それは、以前の潜入捜査で、セリアは、港における彼らの縄張りを良く知って
いたからだ。
 腕にくっついていた、細かいコンクリートの破片。セリアは手で触れることによって、さらにそ
れを溶かした。
 コンクリートの塊を、一瞬のうちに手錠のようにセリアの腕にはめ込む。さらに、その腕をコン
クリートの壁へとめり込ませてしまうなんて、ただの人間には出来ない。
 セリア自身も、自分の手で触れるだけで、コンクリートの破片を、熱し、高温によってどんどん
溶かしていってしまう事ができる。セリアのやっている事も、ただの人間にはできる事ではない
だろう。
 だが肝心な事があった。それはジョニー自身も、セリアと同じような『能力者』であるという事
だ。
 彼は、自分自身の『能力』を使う事によって、それを武器密売へと応用しているに違いなかっ
た。
 だったら、軍の職務に復帰した以上、セリアにはその現場を押さえるという義務がある。何に
変えてもだ。
 やがて彼女は、港にいる数人の人間を見つけた。
 あれは、ジョニー達に違いない。コンテナ群の隙間を縫うように移動していき、セリアは、ジョ
ニー達に近付いた。
「ジョニー。確かにあんたの口座に振り込まれている。間違いない。話を付けたのと同じ額だ」
 そう言ったのは、ジョニーの部下の一人だった。
「そうか。よし。へへへ。ありがとよ…」
 ジョニーの顔が笑みを浮かべている。元々、ニヤニヤとした表情をよくする彼だったが、ここ
まで笑みを浮かべることは無かった。
 ただ単なる一回の武器密輸が成功したというわけではないようだ。ジョニーの笑みには何
か、彼自身にとって未だかつてないほどに大きな、プラスになった出来事を意味している。
 一体、何の取引をしているというのだ?セリアが見渡す限り、彼らが専門としている武器弾薬
は見つけることが出来ない。
 ジョニー達が武器取引以外の何かに手を出し始めたのだろうか?しかし、彼らが密売しよう
としている何かしらの“商品”が見当たらない。
「では、ジョニー・ウォーデン君。君は私達と一緒に来てもらおうか」
 聞きなれない男の声が、港の埠頭に響いた。セリアは物陰から、その男の方を注目する。
 男の他に、女がひとり。二人とも地味な色合いのスーツを着ており、セリアが見る限り、どこと
なくその姿は役人風だった。
 セリアの知らない人物が、ジョニー達と何かしらの取引をしている。これは警戒する必要があ
りそうな出来事だった。
「おい、大変だぜ。ジョニー」
 と、ジョニーの背後から一人の部下が言った。
「な、何だ? こんな時に?」
 少し苛立たしげな様子でジョニーが尋ねる。
「ミッチ達が、変なバンを見つけたってんで、探りを入れていたんだ。だけどさっきから連絡が
無かったから、もう一人送ったら、ミッチ達がやられているのが見つかったんだってよ!」
「な、何だと、それはどういう事だ?」
 ジョニー達が慌しくなる。バンとは、リー達が乗ってきているバンの事だ。それに、部下がやら
れた、という事は、リー達のバンに襲撃をかけて、逆に倒されたということだろう。
 事もあろうか、セリアではなく、リー達の方から潜入捜査がバレてしまう事になろうとは。
 セリアは、手袋をはめた自分の手を握り締めた。
「どうやら、面倒なことになってきたようだな? ジョニー・ウォーデン君?」
 スーツ姿の男の方が言った。
「へ、た、大した事じゃあねえぜ」
 ジョニーが戸惑いつつもそのように言った。もう少しセリアはコンテナの陰から、彼らの動向
をうかがう。
「だがウォーデン君。我々はすでに言っておいたはずだ。この取引は非常にデリケートなもの
だと。いかなる失敗も、支障も許されないと。君の部下が発見していたバンとやらに乗っていた
のは、警察か、それともどこかの捜査機関か」
 スーツ姿の男が冷静にそのように言い放つ。しかし、
「う、うるせえ。すぐに何とかするからよ。おい!全員散って、バンに乗っていた奴らを見つけて
来い!」
 と、ジョニーが言い放つが、
「こ、この港でか?だって、港の作業員だっているんだぜ?」
「いいから、この辺りにいる怪しい奴らだけ捕まえて来い!警備員の連中だっていい!」
 ジョニーは大分あわてている様子だ。その慌てぶりから、彼がこの取引にどれだけのものを
賭けているかが伺えるかのようだ。
 だが、黒いスーツの男は無情にも言い放った。
「残念だなあ、実に残念だよ。君は、今まで何件もの武器取引を行ってきた。それでついにマ
ークされてしまっていたようだな?安全だからと思ってここまで来たというのに。これでは話が
違う」
 そう言いつつ、ジョニーから、スーツの男は、後ずさる。
「お、おい、てめーら!一体何を言っているんだ!」
「気付いていないか?ウォーデン君?“君は囲まれている”いや、私たちも、と言った方が良い
だろう。全く。君はどうやら、政府から相当な大物だと思われていたようだぞ」
 スーツ姿の男の声にセリアははっとした。自分がここにいる事がバレてしまったのか?
 だが、そうでも無いようだった。ジョニー達は、セリアがいるコンテナよりもさらに広い範囲を
見つめている。
「何よ!あいつ、一体何をする気なの!」
 セリアは思わず口に出していた。何故なら、彼女が見上げた、自分の背後のコンテナから
は、銃を構えた武装部隊が現われていたからだ。
 おそらく十数名はいる。一斉に銃を構えて、それをジョニー達へと向けていた。
「お前たちは完全に包囲されている!大人しく投降しろ!」
 拡声器から聞こえてくる声。見上げれば、セリア達の頭上には、『タレス公国軍』のヘリまで現
われてきていた。
 これじゃあ、潜入捜査が全部不意になるじゃあない。セリアは思った。こんな事をすることが
できるのは、あのリー・トルーマンしかない。彼らがけしかけたのだ。
 最前線で動いているセリアの事など考えもせずに。
「悪いがジョニー君。君たちとはここでおさらばだ。これ以上付き合っていられないね。“会社”
のためでもある」
 黒いスーツの男女は、ジョニー達とは距離を取って、埠頭に停泊しているボートの方へと向か
いだした。
「おい!お前たち!そこで止まれ!」
 と、拡声器から響き渡る声、たぶん部隊長だろう。
 だが、その男女は止まろうとはしなかった。代わりに、埠頭に停泊している船から突然、機銃
掃射が始まった。
 町中のチンピラが持っているような銃とは桁が違う。重機関砲が、船から次々に銃弾を発射
した。
 その銃弾は、『タレス公国軍』のヘリに次々と直撃した。あっと言う間にヘリは火と煙を上げ、
港へと落下していく。
 ズシンと来る重い音が港に響き渡った。
「おい!ジョニー!今の内だ!さっさと逃げるぜ!」
「くっ!」
 ジョニーの部下が、混乱の中で、ジョニーの体を引っ張って連れ出そうとしたが、ジョニーは、
一番肝心なものを取り逃したかのような表情で、港の先にある船を見つめていた。
「おい!ジョニー!」
 と、彼の部下が叫ぶ。スーツ姿の男女が乗ってきた船からは機銃掃射が続いていて、武装
部隊の方は手出しができていない。
 ジョニー達がこの場を脱出するならば、今しかないだろう。
 彼は名残惜しそうに外を見つめていたが、部下に引っ張られ、埠頭の外へと連れ出されよう
としていた。
 部隊はジョニー達よりも、機銃掃射をしてくる船の方へと集中していた。今のままでは、ジョニ
ーを逃してしまう。と判断したセリアは、思わず外へと飛び出した。
「待て!ジョニー!」
 と、叫び、セリアはジョニーの後を追った。彼らはアジトの方へと逃げていこうとしている。
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