レッド・メモリアル Episode02 第6章



 アリエルは《ボルベルブイリ》市内にある、見たことも無いような建物に連れて来られていた。
高校に通い始めてからこの街に住んでいるけれども、こんな建物は、見た事もない。
 その建物は、《ボルベルブイリ》の市内の中心部にある建物で、何十年も前に建てられた、ど
ことなく歴史的建築物を思わせる建物だった。
 だが、分厚い塀によって敷地を囲まれ、アリエルを乗せた車が門を通過する際も厳重なチェ
ックが行なわれていた。
 まるで要塞のような警備体制の建物だ。



 アリエルはやがて、窓はあるが、そこは鉄格子で覆われている部屋へと入れられた。手錠を
かけられたままだったが、連れてきた者達の扱い方は、アリエルが大人しくさえしていれば何も
してこない。ただロボットのように周囲に警戒を張っているだけだ。
 彼女は木でできた机の前に座らされていた。
 目の前にはコップに入った一杯の水。内装は以前アリエルが世話になった事もある警察署
に比べて、かなり高級なつくりになっている。
 彼女が、自分が何故こんな所に入れられてしまったのか、そんな事を考えているうちに、部
屋の中に、さっきの黒服の者達の中でも、リーダー格の男が入ってきた。
「さっきはすまなかったな。これも全て君のためなんだ」
 と、男は言ってくる。さっきはサングラスをかけていたし、この男は大柄だったから、とても恐
ろしげだった。
 しかし今も、その鋭い眼光と堀の深い顔が、アリエルに警戒心を抱かせる。
「私のため? 理由がさっぱりわからない…¥。何で私はこんな所に? あなたは一体、誰?」
 少し怯えつつも、アリエルは目の前の男に尋ねた。
「私は、『ジュール連邦国家保安局』の者だ。名前はセルゲイ・ストロフという」
 ストロフと、名乗った男は、アリエルのすぐ横に立ち、まるで彼女の表情を伺うかのように顔
をのぞかせてきた。
「それで、何故、私をこんな所に?」
 アリエルは、そんな男ととても顔を合わせる気にならず、目線をそらしたままだった。
「君の『能力』のためだ」
 ストロフという男は一言、そう言った。
「『能力』って?」
 と、アリエルが、怯えたような声で言うと、
「さっきやって見せただろう? 自分の腕の中からナイフみたいなものを出していた。そんなこ
とができるのは『能力者』だけだ」
 だったら何だと言うのだろう? だったら、何をするって言うんだろう? 私だって、好き好ん
でこんなことができるわけじゃあない。そう思っているのに。
「何故、その事を?」
「君や、他の『能力者』を管理するために、私達は活動している。君達『能力者』が、何故、そん
な超人的な事ができるのかは我々にも分からない。
 ただ一つ言える事は、君の持っている『能力』は非常に危険なものであり、利用次第では国
にとっても大きな脅威になるという事だ。誰かが管理しなければならない。決して野放しにはで
きないのだ」
 その言葉にアリエルはどきりとした。
 そう言えば最近、『ジュール連邦』の政府が、西側の国と通じている、スパイや何かを摘発す
るために、多くの疑わしい者達を逮捕しているはずだった。逮捕されたものがどうなってしまう
かは、アリエルも知らなかったが、そんな活動をしているのは、『ジュール連邦国家保安局』じ
ゃあなかったか。
「管理って、具体的にどうするんです?」
 恐る恐るアリエルは尋ねる。
「それは、後で話そう。我々は君が知る事になったきっかけの方が重要だ」
「きっかけって?」
 肝心の話を後回しにされた事で、アリエルは動揺してしまった。
「君は、ある物をある場所へ、最低でも1週間に1度ずつは届けていたな? バイクに小包を積
んでいた」
 アリエルははっとした。
「我々は、君にそんな、アルバイトをさせている連中に興味を持っている。そんな連中を調査し
ているうちに、『能力者』である君に辿り着いた」
 ストロフは、何もかもお見通しと言った様子で、更にアリエルに詰め寄ってくる。
「君は何を運んでいた?知っているはずだ。君にそんな事をさせていた連中も、君が『能力者』
だからそう簡単には捕まらない。そう思ってやらせていたんだぞ」
 と、ストロフはだんだん語気を強めてアリエルに迫ってくるが、
「知りません。私」
 アリエル自身はあの小包の中身を何も知らなかったのだ。
「中身も知らないか?バレた時に、何も知らなかった事にさせられるから、中身は教えないの
が普通だな。君は配達人に過ぎなかったという事か?」
 どうやら最初から分かってくれているようだったが、アリエルは、ほっと一息をつく。
「え、え…、そうです。私はバイクで荷物を配達するだけで」
「君は、テロリストに荷物を運ばされていたんだぞ」
 ストロフは、アリエルの言葉を遮るかのように言い放った。
「え、ええ? そんな」
 するとストロフは、一つのカードのようなものを取り出した。確かそれはコンピュータの記録媒
体であるデータカードだ。
「これは、『タレス公国』の軍事機密が入ったデータカードだ!いいか? 我が国ならまだしも、
『タレス公国』側の軍事機密を、君は、テロリストに渡していた。これがどういう事か分かる
か?」
「いや、その、それは」
 アリエルはもうどう答えることも出来なかった。
「君がバイトで運んでいたものが原因で、戦争になるかもしれないという事だ。今のところこのこ
とは外部には漏れていない。
 だから君を保護する。『タレス公国』の軍事機密が、外部に漏れていたなんて、『ENUA』側に
知られたら、世界大戦の幕開けだ」
 ストロフの言っている事が、とても現実味を持たない音としてアリエルの頭の中に響いてい
た。
 そんな事をしていたなんて、何も思っていなかった。ただ配達をして、それで荷物を届けれ
ば、お金が手に入る。それだけしかアリエルは考えていなかった。
 戦争、だなんて。アリエルにとっては、それが現実には感じられないほど、重すぎる出来事だ
った。
「ごめんなさい。ごめんなさい、私!」
 そう答える事しかアリエルには出来ない。しかも、実感さえ沸いてこないのだ。
「謝るのは後でいい。今は、このデータカードの他のものを入手したい。君が届けていたテロリ
ストのアジトがどこにあるのかを教えろ。そうすれば、君を保護してやる」
 ストロフの申し出にはアリエルは答えるしかなかった。
 だが、アリエルが口を開こうとした瞬間、突然、建物内に警報が響き渡った。
(1階西地区に、武装グループが侵入!繰り返す!1階西地区に、武装グループが侵入した!
 戦闘員は直ちに)
 アリエルは思わず椅子から立ち上がって周囲を見つめた。
「おい、君はここにいろ!どこにも行くんじゃあないぞ!」
「わ、わかりました」
 アリエルはどうして良いかも分からず、ただ椅子に座るしかなかった。
 両腕に付けられたままの手錠がとても重い。手錠の重みだけではない。自分が犯してしまっ
た、重大な過ちの方がはるかに重かった。



 『ジュール連邦国家保安局』の西口に、一台のトラックを突っ込ませた武装グループは、真っ
先に見張りの警備員達と交戦を開始していた。
 彼らは容赦なく、銃を乱射し、更には、ロケットランチャーも使って、西口をあっという間に破
壊していた。
 《ボルベルブイリ市内》に響き渡るような轟音。炎に包まれた、政府の建物へと、武装グルー
プのメンバーは次々と侵入していった。
 彼らは、あり合わせの装備で、服装も統一されていなかったが、銃火器を所有していたし、装
備だけでは、政府建物の武装警備兵よりも上手だった。だから、西口にやって来た応援の警
備兵など、怖れるるに足らない。
 そんな武装グループの、突入していった者達の後から、トラックから降り立つ一人の少女。少
女というよりは、背も高く、大分大人びていたものの、明らかに年齢は若い少女の姿があった。
 赤毛の頭髪をしていて、体には黒色の上着を羽織る。一見すれば、街中でも見かけることが
できる少女の姿は、武装グループが突入している、さながら戦場のような現場にはあまりに不
釣合いだった。
 しかし、少女は片手に、ショットガンを握っていた。少女の体と、ショットガンの無骨で大きな
姿、冷たい姿はあまりに不釣合いだったが、彼女はそのショットガンを体の一部であるかのよ
うに持っていた。
 まるで、街中で歩く若者が、何の違和感もなく持っている、ハンドバッグか何かであるように。
「そこで止まれ!」
 武装グループの襲撃で駆けつけた、兵士達が、西口の入り口にて交戦している、武装グルー
プの元へとやって来る。
 マシンガンを構えた、こちらも完全武装の部隊が、応援に駆けつけたのだ。
 だが、その少女は臆することも無く、まるで街中を歩くかのように、戦場を歩いて行こうとす
る。
 政府側の応援部隊は、そんな少女と、襲撃してきた部隊に向けて、マシンガンを抜き放とうと
した。しかし、少女は、片手に握ったショットガンを部隊の方へと抜き放った。
 少女の体には大分大きいサイズのショットガンで、片手で撃とうものならば、背後へと倒れこ
んでしまっても不思議ではなかったが、少女の体は、その衝撃を全て吸収してしまう。
 少女は臆する事無く、また何も動じることは無く、応援部隊の兵士達を次々と打ち倒し始め
た。
 応援部隊の兵士達も、マシンガンを撃ち放っていたが、その弾丸が、少女へと当たる事は無
かった。
 政府の部隊が、生半可な銃の技術を持っているわけがない。プロの技術だったが、弾丸は
確かに彼女にあたっていたのに、まるでびくともしていないのだ。逆に少女の放つショットガン
の散弾は次々と、応援部隊を打ち倒していった。
 少女が、ショットガン内にある弾を全て撃ち終える頃には、他の応援部隊の兵士達も、彼女
の仲間が打ち倒してしまっていた。
「シャーリ様。ご指示を。ここは制圧しました」
 一人の大柄な、マシンガンを構えた男が少女に言って来た。
「我々の目的は、アリエル・アルンツェンの確保だけだ。彼女を捕えたら、さっさと撤退する。急
げ」
 シャーリは、そのように部下に言い放つと同時に、既にショットガンの銃の中に一杯の弾丸を
詰め込んでいた。
 彼女は、世間一般で言われる、テロリストだった。だが彼女自身は、ただ人々に恐怖を与え
るテロリストと、自分達は違うものだと思い込んでいる。
 あの方に全てを捧げ、あの方のために働く、兵士なのだと常に自分に言い聞かせて来ている
のだ。

「どうやら、収まって来たようだな?」
 半開きにした扉から廊下の様子を伺っているストロフが呟いた。
 一方アリエルは、部屋の中の椅子に座らせられたまま、周りで何が起こっているのかさえ分
からなかった。
「一体、一体、何が起こっているんですか?」
「こちらストロフだ。西口はどうなっている?応答しろ」
 ストロフは携帯の無線機を取り出し、連絡を取り始めた。無線機からは激しい物音と共に声
が漏れてくる。
 物音は、銃声だろうか?
(こちら一階です!すでに10人やられました。武装グループは既に2階に進んでいます。人数
は10名ほど。武器はマシンガンの他にロケットランチャーも持っていて!)
 必死になっている声と共に無線機からは返答があった。
「何だと!戦争でもしに来たというのか?」
 と、ストロフが呟き混じりに言った瞬間、無線機はぷっつりと切れてしまった。
「おい、応答しろ!おい!」
 ストロフは無線機に叫びかけるが、応答は全く無かった。
「あ、あの、私は?」
 そんな様子を横から見ていたアリエルが、どうしたら良いのかも分からずに言った刹那。
「君はそこにいろ。ここにまでは来させん!」
 彼女の言葉を遮り、ストロフは、その懐から銃を取り出していた。
「はい」
 弾装の中に弾が入っている事を確認しながら、ストロフは話し始める。
「ここへやって来た連中は、君に知られちゃあまずい事を知られているんだろう!奴らのアジト
とか、本拠地とか、そういった事を君は知ってしまっている」
 アリエルはこの場から逃げ出したいくらいの気持ちだったが、手を手錠によって拘束されてし
まっていてはそれもままならない。
「で、でも」
「ああ、君が生きている方が不思議だ。何故、テロリスト共のアジトの場所を知っておきなが
ら、君を生かしておいたのか、とても不思議だよ!」
 と言って、ストロフはアリエルを椅子から立ち上がらせた。
「私を生かしておいたって?」
「テロリスト共は、知られちゃあまずい情報を知られると、口封じのために仲間だろうと消す。君
のように、仲間でもないくせに下手に首を突っ込んじまった奴なら、なおさらだろうな。ほら、一
緒に来い!」
 手錠をさせたまま、アリエルを立たせるストロフ。
 アリエルはされるがままに、椅子から立ち上がるしかなかった。
「ここにいちゃあまずい。君をこの場所から移すしかないだろう」
 ストロフは立たせたアリエルの手錠をまず外した。このまま、腕が拘束されているままでは、
移動させにくいせいだろう。そしてアリエルを、自分の体を盾にして保護する姿勢で、取り調べ
をしていた部屋から出た。
 そして、廊下の左右へと銃を向けて警戒する。ここは3階だったが、テロリスト達がやって来
ている気配は無い。
 だが、さっきから、小刻みな地雷のような響きが足元から聞えてきている。
「君の口封じのためだけに、テロリストがここまでやるとは思えん…!それだったら、もっと前に
片付ける事は幾らでもできたはず」
 廊下を警戒しながら進みつつ、ストロフが言った。
「だって、さっき、あなたは、私が知りすぎた情報を知ってしまったから狙われているんだって」
 自信の無い声、怯えている自分に気がつきながらも、アリエルはストロフに言った。
「ああ、言ったさ。だがそれも、君が『能力者』だという事になれば話は変わってくる。テロリスト
共にとって、君は特別な存在なのかもしれんな」
 とストロフが言って、廊下の突き当たりの階段までやって来た時だった。
 アリエルはすぐに気がつかなかったが、ストロフは素早く銃を抜き放っていた。
「そいつを放せ!」
 武装した男二人が、アリエルとストロフに向けて銃を向けてきていたのだ。
 ストロフの持っている銃よりも数倍の大きさ。マシンガンだった。ストロフが言っていた、テロリ
スト達とはこの者達の事だ。
 銃を向けられたアリエルは、背後にストロフの体もあるから、どうしようもなく、ただ、銃口の
先に立っている事しかできなかった。
「いや、まずはお前達からだ!その銃を降ろせ!さっさと!早くしろ!」
 だが、二人の男達は、ありえるとストロフに向って銃を向け、距離を詰めて来ようとする。
「おおっと。やめておけ!こ、この子がどうなってもいいのならな!」
 そう言い放ち、何をストロフはするのかと思いきや、アリエルの頭に銃を突き付けてきた。
「い、一体何を!」
 アリエルは信じられないといった様子で、ストロフに叫んだ。だが彼は、彼女の声など無視し
た。
「この子が欲しいんだろう?だったら、銃を降ろして、そこを通させろ!さもないとこの子を!」
「やめて下さい!やめて!」
 アリエルは必死になってストロフに言ったが、彼は銃を降ろす気配を見せない。逆にテロリス
ト達に向けて言い放った。
「おい、どうする!」
「はったりに決まっているだろう。撃てばお前の命も無いんだからな」
 テロリスト達が銃を向けて迫って来る。
「殉職って奴さ。おれの命なんて知った事か!」
 そのように言った、ストロフの目は本気だった。アリエルは、この場から今にも逃げ出したか
ったが、ストロフに抱え込まれていたらどうしようもない。
 でも、あの力を使う事ができれば、そう彼女が思った矢先だった。
 突然、政府施設の廊下に、爆発音のようなものが響き渡る。その爆発音と同時にストロフは
呻き、アリエルから手を離して仰け反った。
 アリエルは、ストロフの腕から解放され、よろめきながらも、廊下に遭った一つの扉へと逃げ
込もうとした。
 自分とストロフに、突然、背後から襲いかかったものは何か? 彼女はちらりと、背後を振り
返った。
 すると、廊下からは、一人の少女がショットガンを向けてこっちに迫ってきていた。その少女
が持つショットガンからは硝煙が立ち上っており、今、銃弾が放たれたばかりのようだった。
 アリエルは少女を知っていた。それは、幼馴染の、あのシャーリだったのだから。
 だが、いつもアリエルが見ているシャーリとは、幾分もその姿が違っていた。廊下を、ショット
ガンを構えてこちらに向ってくる姿は、テロリストのような迫力があったし、アリエル達へと向け
て来る目線は、鋭い眼光を放っている。
 一瞬だけ見えたシャーリの姿。だがアリエルにとっては、あまりに印象深い姿として映ってい
た。
 彼女は、廊下にあった一つの扉の中へと逃げ込んでいく。
 どうやらそこは清掃倉庫であるらしく、モップやバケツなどが置かれていた。乱雑に荷物やら
が積んであったが、奥の方には扉があり、外の光が差し込んできている。
 あのテロリスト達が、ここに入ってくる前に、窓から脱出しなくてはと、モップとバケツをひっくり
返しながら、アリエルは、窓へと飛び込んでいこうとした。
 だけど、何故シャーリが。あのシャーリがこんな所にいるの?あんな風にショットガンを持っ
て。
 まさか、シャーリがテロリストなのか?
 アリエルはそう思いつつも、倉庫奥にある窓を、窓ガラスを割りながら外へと飛びだして行くし
かなかった。



 アリエルが窓を突き破って外に飛び出した直後、テロリスト達は、倉庫の中に駆け込んでき
たが、そこで見たものは、何も無い、ただ、アリエルが脱出してしまった後だけだった。
「さっさと追え」
 シャーリは苦虫を噛み潰しているような顔で、手下のテロリスト達に言った。
「は、はい」
 テロリストの一人が、シャーリの姿に恐れを成しているかのように言った。
「だが、一人だけここに残せ。こいつから話を聞くんだ。アリエルがどこに向かおうとしているの
か、とな」
 シャーリはショットガンで、廊下の壁に背をもたれさせ、肩を抑えているストロフを指し示した。
「わたしはアリエルを追う。ここにもう用は無い」
 と言って、彼女はショットガンの弾をリロードしていた。
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―Ep#.2-03 『クラシファイド』―

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