レッド・メモリアル Episode04 第6章



「母さん、どうして?」
 アリエルは、男にぶつけたバイクを起こしながらミッシェルに尋ねていた。
 ミッシェルは身を起こして、たった今、剣を突き刺したばかりの男の体を探っていた。
「ああ、この剣の事?さっきは猟銃の姿をしていたでしょう?でも、銃としても、剣としても使える
ように私が二つを組み合わせて改造しておいたの」
 男の体に突き立てられたばかりの剣は、その針のような刃先に血が付いたままになってい
る。
 かなり深々と刺さったらしく、刃の中ほどまで血に濡れていた。
「そうじゃあなくって、母さん、麻酔銃で撃たれたはずでしょう。なのに、どうして」
 アリエルはミッシェルの姿を見つめてそう尋ねた。彼女は倒れた男から目線を上げ、アリエル
の姿を見てくる。
 そうして見上げてきた母の姿が、アリエルにとっては何だか恐ろしい存在のように見えてい
た。
「わたしもあなたも『能力者』。そうでしょう?」
 その養母の答えが、アリエルにとっては何だか謎かけのようにも聞えていた。
「じゃあ、私も、麻酔銃で撃たれても平気なの?」
「いえ、そういう訳じゃあないの。あなたはこの麻酔銃に入っている弾で撃たれたら、多分明後
日まで寝ていたでしょうね」
 と言いつつ、ミッシェルは男が持っていた麻酔銃を持ち上げた。
 それは銃の姿をしていたが少し小型で、ミッシェルが引き抜いたカートリッジの中には、ずら
りと麻酔の入った針が入っているようだった。
「じゃあ、どうして?」
「それは後で話すとして、この麻酔銃。『タレス公国』の軍用品ね。とても良い性能をしているわ
よ。この国ではこんなに性能の良い麻酔銃は軍用にも使われていない」
 ミッシェルはその銃をアリエルに見せ付けるようにして、そう言ってきた。
「そういう事って、私は分からないんだけど」
 ミッシェルはようやくその場から立ち上がった。アリエルが見たところ、どこも体に負傷した気
配は無いようである。しかも麻酔銃の麻酔からは完全に覚め切っているらしく、首筋に入った
麻酔の針の痕もほとんど残っていないようだった。
「こいつは、『ジュール連邦』の『国家安全保安局』の人間じゃあないって事よ。あいつらだった
ら、外国産であっても、自分達の国の軍のロゴを入れた麻酔銃を使おうとするもの」
 ミッシェルが、アリエルに麻酔銃を見せてそう言った。
「じゃあ、この人は、一体?」
「『スザム解放軍』の一員。あなたとわたしを狙ってくる連中なんて、他には考えられないわ。ど
うやら、奴らも本気でわたし達を捕らえたいみたいね。『能力者』をけしかけて来ている事から、
相手も相当に焦っている。すぐに行動しないと」
 と、口にしたミッシェルは、じっと、たった今、自分が倒した男を見下ろしていた。



「マクニコフが動き出した?」
 暗い倉庫の中にシャーリの声が響いた。
「うん。ピコーンピコーンって、発信機が動いているよ」
 コンピュータデッキの前に座っているレーシーが、シャーリの顔を見上げてそのように答えて
きた。
 シャーリも目の前に表示されている、『ジュール連邦』西部の地図に赤いポイントが表れ、そ
れが移動しているのを目にしていた。
「って事は、アリエル達を捕らえた。だから引き返して来ている?」
 腕組をした彼女は、光学モニターに表示されているポイントを見つめ、そう呟く。そのポイント
は、少しずつだがゆっくりと彼女達の方へと近付いてきていた。
「でも、連絡も何も無いよ?」
 頭を指で撃つ素振りを見せ、レーシーが答えるのだった。
「もう少し待ってみるわ。だけれども、マクニコフは、敗れたのかもしれない。あの親子を捕らえ
にいったけれども、逆に返り討ちに遭った。あいつの持っていた携帯電話を、アリエルかミッシ
ェルかが奪ったから、発信機が動いている。それもこちらの方に」
 まるでレーシーに再確認するかのようにシャーリは呟く。
「予定通りっていう事?」
「そう。まさにその通り。あの親子はわたし達が張った罠にまんまと引っかかってくれたのよ」
 と言うと、シャーリはショットガンを取り出して、それを手に持つと、倉庫の奥の方へと向って
いった。
「じゃあ、あいつはもう用済みなの?」
 レーシーが、倉庫の奥の方へと向うシャーリの背中に言葉を投げかける。
「いいえ、まだ使い道はあるわ」
 シャーリは冷たく、倉庫に響き渡るような声で、ただそれだけ答えていた。



 国道77号線 8:14 P.M.



 アリエルは夕闇に落ちそうで落ちない、白夜の国道を疾走していた。前方には養母の運転す
るジープが走っている。タイヤはパンクさせられてしまっていたが、それをミッシェルは手早くタ
イヤを交換して、再び走る事ができるようにしていたのだ。
 アリエルは自分のバイクに乗り、母と共に、《ボルベルブイリ》を目指していた。



 1時間前



「《ボルベルブイリ》に来るようにって言っているの?その人は?」
 アリエルがログハウスの中でミッシェルに尋ねていた。発電機が故障してログハウスの中は
真っ暗だったが、ミッシェルは充電済みの携帯端末を使う事によって、ネットワークと通信をす
ることが出来ていた。
 ミッシェルに言わせれば、その携帯端末を使っても、外部に情報を読み取られる事は決して
無いという。
 しかしアリエルは、不審げにミッシェルの方を見上げていた。
「正確に言うと、《ボルベルブイリ》の《チャコフ港》ね。明日の朝8時にそこで待ち合わせをする
そうだわ」
 それは自分が荷物配達のアルバイトをしていた所だと、アリエルはすぐに分かった。
 その港に再び養母と一緒に行くという事は、何だか、過去の過ちを思い起こさせられている
ようで、とても嫌な気分ではあった。
 だが、
「明日の朝8時にそこに行けば、本当にその人が、私達を助けてくれるの?」
 と、アリエルは呟いて養母に尋ねた。
「ええ、彼はそう言っているもの」
 ミッシェルは、携帯端末が表示している画面に見入っている。暗いログハウスの屋根裏部屋
の中で、その画面はぼうっと光り、文字を表示していた。
 ミッシェルは端末のボードを使って、文字を打ち込み返信する。
「でも、本当にその人が信用できるの? 私、もう母さん以外、誰も信用したくないよ」
 アリエルは屋根裏部屋の端で身を縮め、そのように呟く。
 ミッシェルはそんな彼女の方を振り向いた。
 幼い頃から、今に至るまで、ずっと快活で前向きだった彼女が、そのように身を縮めて何か
に怯えている。無理も無い。
 ここ2日間で起きた出来事は、アリエルにとってあまりに刺激が強すぎる。
 だから、ミッシェルはそんな彼女を何としてでも守ってあげたかった。
「大丈夫。大丈夫だから。この人は信用できる。もう何十年も前からわたしの知り合いなんだか
ら」
 アリエルの側に寄り、彼女と同じ目線になってミッシェルは答えていた。
 ミッシェルの口から出てきた言葉は、アリエルを安心させる目的で言ったもの。しかし彼女は
自分自身で、それは自分に対しても言い聞かせたもののように聞えていた。
 信用できると自分で言っておきながら、自分達の身を全て委ねるほど安心はできなかった。



 しかし1時間後、ミッシェルは、ジープを運転し、アリエルと共に《ボルベルブイリ》へと向って
いた。
 例え何十年も前から自分に仕えてきて、今も情報を提供してくれる、信頼できる相手だったと
しても、油断はならない。
 考えられる最悪のパターンは幾らでもあった。
 だが、ミッシェルは自分自身が、まだ若いアリエルを守るため、いなくてはならない人間だと
自分で言い聞かせる。
 これから何が待ち構えていようとも、ミッシェルにとってアリエルは、今の生きがいなのだか
ら。



「さてと、あなたの元上官は、まんまとわたし達の罠に引っかかってくれるみたいよ?」
 暗い倉庫の奥の部屋で、シャーリが自信も露にそのように言い放っていた。肩にはショットガ
ンを片手で担いでいる。
 シャーリと対していたのは、ソファーへと縛り付けられた男。
 ショットガンを構えた相手が目の前にいるのに、男は怯える様子も命乞いをする様子も見せ
ていなかった。
 どうやらもう自分を死んだものとして、開き直ってしまっているようだった。
「わたしの元上官は、お前達テロリストの手に落ちたりはしない。罠に引っかかるはずも無い」
 と、その男はシャーリに向って言ってくる。テロリスト、と言う言葉が、シャーリの気に触れた。
「また言ったな?テロリストって!」
 シャーリはショットガンをその男に向けると、引き金に指を当てた。
 彼女にとっては自分の感情を抑える必要などもう無かった。こいつは既に用済みなんだか
ら、どうしてやろうと何も問題は無い。
 倉庫の中には、耳をつんざくような音が響き渡り、シャーリの顔には血痕が飛んできた。
 不思議だった。自分の感情を激しく揺さぶるような怒りも、自分の手にかけて、ショットガンの
弾を撃ち込んでやれば、奇妙な喪失感に襲われてしまう。
 怒りをぶつける前は、あれだけショットガンを撃ち込んでやりたい。そう思っていたのに、もう
怒りをぶつける対象がいなくなってしまうと分かると、どうしていいのか、やるせない気持ちに襲
われる。
 シャーリはショットガンを構えた姿勢のまま、ただ呆然と目の前の男を見つめていた。
 だが、次の獲物は、そんな怒りをぶつけるのにうってつけな相手だった。多分、ショットガンを
一発撃ち込んでやる以上の解放感を味わうことが出来るだろう。
 アリエル。待っているから。早くわたしの元に来て。
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Vol.2
―Ep#.2-05 『グリーン・カバー』―

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