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レッド・メモリアル Episode05 第1章
『タレス公国』《プロタゴラス空軍基地》
γ0080年4月8日 10:25A.M.
「これは不当な扱いです。オットー氏は、『グリーン・カバー』の中でも特に重要な役割を担って
いられる。このまま軍に拘束されているという事は、会社の利益にも大きな損失をもたらし、ま た、オットー氏自身の名誉にも関わります」
《プロタゴラス空軍基地内》に設けられている、取調室の中に、ベンジャミン・オットーの弁護
士の声が響き渡った。
弁護士はこの場にやって来た当初から、オットーに向けられた扱いは、不当なものだとして、
軍側を声高らかに訴えている。
「しかし、ベンジャミン・オットーは、テロリストと一緒に行動していた男と一緒のオフィスにいた。
更にその計画に加担していた可能性もある…」
基地の最高責任者である、ゴードン将軍がそう答えた。彼には別の職務もあったのだが、今
はオットーの関わっているとされるテロ事件の解決の方が優先だった。
基地の最高責任者が出て行く価値はある。オットーは、大企業の重役だし、その逮捕のため
には、リーの部隊だけではなく、軍自体が総力を挙げる必要があるのだ。
しかし、
「これ以上、オットー氏を拘束することは、不当な行為の他なりません。人権団体も黙っており
ませんし、オットー氏は国を相手取り、訴訟を起こすつもりでいます。真っ先にあなた方が訴え の対象となるでしょう」
「いや、それは…」
弁護士がどんどん話を進めてしまうので、オットーは彼を止めようとしたが、
「あなたは、黙っていてください」
と言われ、彼は黙るしかなかった。下手に発言をすると、裁判のときに不利になるから、とそ
う言われているのだろう。
その時、弁護士はわざとらしく自分の腕時計を見て、声高らかに言った。
「おっと、こんな時間だ。オットー氏の拘束していられるあなたがたの時間はおしまいです。オッ
トー氏を逮捕する明確な証拠が無ければ、自動的に彼は釈放される事になります」
「ちょっと待て、あと1時間はあるはずだ」
ゴードンは慌てて弁護士を制止しようとした。体格の大柄な彼が立ち上がると、幾ら壮年とは
言えかなりの迫力があったが、弁護士はそれに臆する様子も無く言った。
「いえ、オットー氏の拘束時間とは、彼が、あなたの軍の捜査官に腕を掴まれたその瞬間から
始まっています。そこから、きっちりと24時間。いいですか? 『タレス公国』の法律ではそうな っているのです」
反論しようとしたゴードンだったが、彼にとってはどうする事もできなかった。
不当にオットーを拘束していたとしても、自国民の、それも社会的に影響力のある存在の起
訴は難しい。
人権保護団体に、軍と国が訴えられれば、自分の立場すら危ういのだ。
「構いませんね? オットー氏はここを出て行きます。今後、あなた方の軍は、オットー氏には
決して近寄らず、《グリーン・カバー》の企業内に入る事も許されません」
弁護士はゴードンに向ってそう言って来る。彼の言う事は間違っているわけではない。しかし
ゴードンにとっては、まだやらなければならない事が沢山あった。
「ああ、分かった。連れて行けばいいだろう?」
まだ怯えているようなオットーの後姿を見やるゴードンは、取調室の中で、一人携帯電話を取
り出していた。
空軍基地の奥、留置施設や取り調べ室がある建物の駐車場では、車の中にリーとデールズ
が控えていた。
彼らは油断の無い様子で、建物から出てきたオットーと、その弁護士の姿を見ていた。
(どうだ?)
リーが耳に付けている、携帯電話のワイヤレスホンから、ゴードン将軍の声が聞えて来る。
「たった今、建物から出てきて、弁護士と一緒に車に乗り込む所です」
そう答えたリーは、車の中に流れる光学モニターの画面にも同時に目をやる。そこには、空
軍基地内の地図と共に赤いポイントが表れていた。
赤いポイントは基地の地図の駐車場に、ちょうど2つ現れている。
(オットーに付けた発信機は、しっかりと作動しているか?)
と、ゴードンの声。
「奴自身に取り付けた発信機と、車につけた発信機。両方生きています」 そうリーが答えた
時、彼の前のモニターのポイントが動き出した。オットー達が車を走らせて空軍基地から出て 行くのだ。 「今、車を出していきます。もしオットーが誰かと接触するならば、すぐにでも会いに 行くでしょう…。彼を監視して捕らえます」
デールズが運転をして、リーと彼を乗せた車は、オットーを乗せた車の背後からこっそりとそ
の後をつけだした。
相手に気付かれない程度の車間距離を置く。オットーと、リー達の車の間には、軍用トラック
が一台、カモフラージュの目的で割り入った。
オットー達は物々しい姿の軍用トラックに後ろを付けられていると思い、一見すればただの乗
用車でしかない、リー達の車には注意を払わない。
(ああ、だが今度は明確な証拠を掴んでからにしてくれよ)
基地の敷地を出るなり、リーの耳元にゴードンが言ってくる。
「ええ、分かっておりますよ」
リーは感情を込めない口調でそう答えていた。
《プロタゴラス郊外》
11:03 A.M.
オットーと弁護士を乗せた車は、真っ直ぐと《プロタゴラス市内》を目指していく。今のところは
誰と接触しようという素振りも見せない。
オットーは《プロタゴラス郊外》の高級住宅地に住んでいて、今、彼らが向っているルートは、
正にその自宅へと向うルートだった。
市街地では物々しすぎるため、リー達の車をカモフラージュする目的だった軍用トラックはと
っくに基地に帰っている。
今、リーとオットー達の間には車は無く、車間距離を広げて走行していた。
住宅地ではあったが、最近多発しているテロ事件のせいもあり、人通りも車の通りも少ない。
だから、オットー達に気が付かれないためにも、リー達はかなりの車間距離を開けて走行し
ていかなければならなかった。
「32番通りを市街地へと北上中。依然として動きはありません」
(気をつけておけよ。オットーからは決して目を離したくは無い)
リーの耳元でゴードン将軍が再び言ってきた。リーは変わらず冷静だったが、ゴードンは、『E
NUA』や軍の上層部から、早期のテロ事件解決を求められている。だから落ち着いてなどいら れないのだろう。
「動きがありませんね。このままだと、オットーは自宅に戻るだけです」
運転しながらデールズは言ってきた。
「自宅で、誰かと出会うという事も考えられなくはない」
とリーが呟く。
その時、彼が監視している車のモニターに動きがあった。
「オットーの車に近付いてくる車がある。3台。かなり速い!」
リーは声を上げた。彼の目の前のモニターには、オットーと彼の車に取り付けた発信機から
の位置情報の他にも、周囲の車の情報も表示されている。
その車の情報によれば、時速60kmほどのスピードで、3台の車が3方向からオットーの車
に接近していた。
「おい!急げ」
リーがデールズに言う前から、デールズは車のアクセルを踏み込んでいた。
「分かっていますって!」
リー達が、オットーの車の元へと駆けつけた時、彼の車は3台の黒塗りの車にその行く手を
阻まれていた。
リー達が車を急停車させた時、高級車に乗った者達が次々と外へと降りてくる。リー達と同じ
ような、ダークスーツに身を包んだ者達だった。だが、彼らはサングラスもかけており、非常に 物々しい姿を見せている。
軍の人間でもなければ、只者ではないだろう。
「『タレス公国軍』の者だ! そこで何をしている!」
リーが、自分のIDを高らかに見せつけ、その者達に迫ったとき、リーに向って、現れた男達
は次々と銃を向けてくる。
「何だ! どうするつもりだ」
リーがそう言い放った時、サングラス姿の者達は一斉にリーに向って発砲して来た。
リーは素早く乗ってきた車の背後に身を隠す。住宅地に銃声が響き渡り、『タレス公国軍』の
防弾処理がされた乗用車に、銃弾が次々と命中する。
「少佐!」
デールズが車内から叫んでくる。
「お前はそこにいろ!」
リーは言い返し、素早くスーツの内側から銃を抜いた。
そして、隠れていた乗用車から身を出し、次々と銃を発砲してくる男達に向って、その銃口を
向けた。
すでに引き金には指がかかっている。
リーは、次々と飛んでくる銃弾の間の隙を見つけ、素早い動作で、リボルバーから弾丸を発
射した。
しかしリーが放ったのは銃弾ではない。彼の体は、弾装が空のリボルバーの引き金を引いた
瞬間に黄色い光を放ち、それが銃口から弾の形となって飛び出した。
まるでレーザーのように一直線に発射された光弾が、銃弾のように、現れた者達を打ち倒し
ていく。
車の陰から身を出したリーは、あっという間に、銃撃をしてきた者達を打ち倒してしまった。そ
の間、3秒も経っていない、あっという間の出来事だ。
しかしその直後、
「放せ! どこへと連れていく気だ! 私をこんな目に合わせてただで済むと思っているの
か!」
叫び声を上げていたのはオットーだった。
彼は車へと連れ込まれていこうとしている。
「待て!お前達!」
リーよりも、デールズの方が、オットー達に近かった。だが、オットーはあっという間にサング
ラス姿の者に車の中へと押し込まれてしまい、この場から連れ去られようとする。
リーは銃を向け、更に光弾を発射したが、相手は防弾仕様にされた車で、光の弾は弾かれ
てしまう。
だが代わりにデールズが、オットーの車に向けてテイザー銃を向けた。
デールズが放ったテイザー銃の電極が、数メートル離れた先の黒塗りの車の車体後部に命
中する。
瞬間、デールズの体から青白い光が放出され、それがテイザー銃に移っていく。
テイザー銃から電極へと飛び火した直後、車体の背後は爆発を起こした。
中にいる人間が死なない程度の爆発だ。
車は大きく後部が持ち上がり、再び地面へと激しい音を立てながら着地し、火花を散らす。
デールズは、テイザー銃を車へと向けながら駆け寄り、オットーを確保しようとしたが、彼自ら
が、デールズの向って来たほうとは逆の扉から飛び出してきた。
「オットー! 待て!」
デールズは叫ぶが、オットーは、転げ落ちるように車の中から飛び出してくる。彼を追おうと
するものの、オットーを車の中に連れ込んだ者が、デールズに向けて銃を発射してきた。
それの銃弾をすかさず車の陰に隠れることで避けたデールズ。
すかさずリーが飛び出していき、銃を向けてくる男へと光弾を撃ち込んだ。
しかしその頃すでに、オットーは、住宅地の中へと走っていってしまっている。彼はこの場から
逃げ出すつもりだ。
「待て! オットー!」
テイザー銃の射程距離からは大きく離れている。デールズは彼の後を追おうとしたが、リー
がそれを制止した。
「いや待て! デールズ。奴を追うな!」
「どうしてです? このままじゃあ」
信じられないといった様子でデールズが振り向いてくる。
「あいつに発信機が付いている事を忘れるな。どこに行こうと我々がマークしている。それに、
オットーも、追い詰められていると分かれば、必ず誰かと接触する。例えば、昨日のスペンサ ーとかいう奴かもな…」
リーは冷静に言い、車の中へと戻ろうとした。
「オットーが、今みたいに何者達かに、連れ去られたり、襲撃しなければ、いいんですが」
「奴の弁護士に話を聞こう。何か聞いているかもしれん…」
そう言ったリーは、オットーと一緒の車に乗っていた、彼の弁護士の方へと歩いていく。車内
には、何が起こったのか分からない様子で、呆然としたままの弁護士がいた。
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