レッド・メモリアル Episode05 第8章



 《プロタゴラス》郊外にある《天然ガス供給センター》に、一台の車が滑り込むようにやってき
た。黒塗りの車で高級車ではないが、新車同然に綺麗な車だった。
 センターのゲートの警備員は、またさっきのような、パス無しでも通さなければならない、特別
なVIPがやってきたのかと思ったが、そうではなかった。
 車で乗り付けてきたのは、警備員も知らされていない男で、ゲートの前までやってくると、いき
なり『タレス公国軍』のIDを突き付けてきた。運転しているのは男で、もう一人、背の高いブロン
ドの女を乗せていた。彼女も同じ軍の職員らしく、一緒にパスを見せてくる。
「申し訳ございませんが、この施設は職員以外はお通しできない事になっておりますので…」
 警備員はそう言ったが、男の方は食い下がらなかった。彼は、サイボーグのような表情の変
化がない顔を見せつけて言って来る。
「軍の命令だ。この供給センター内に、テロリストが潜り込んだとの情報をつかんだから来た」
 そう言われたゲートの係員は面食らったようだったが、あらかじめ上から言われていた言葉
を思い出した。
 突然やってきた得体のしれない軍の人間などより、上司からの命令の方がずっと大事なのだ
「そ、そう申されても、お通しできないものはお通しできないのです」
 だが、男は間髪入れずにまくし立ててくる。
「次のテロ攻撃のターゲットはここかもしれん。天然ガス供給センターだったら、狙われる危険
性は十分にあるだろ? すぐに令状も来る。さっさと通せ」
 軍の人間が何と言おうと、警備員にとっては変わりはなかった。
「申し訳ございませんが…」
 と係員が言った時だった。男はいきなりリボルバー式の銃を取り出して、その銃口を向けて
きた。
 ゲートの警備員も、危険物取扱施設の警備員だったから、銃を携帯していたものの、軍を名
乗る男は、1秒もかからないような動きで、警備員よりも素早く銃口を向けてきていた。
 だから、係員は両手を挙げることしかできない。
「いいからさっさと開けろ。今のうちに開けておかないと後悔もできなくなるぞ…」
 男は銃を向け、そのように凄んでくる。どうやら、逆らう事はできないと判断した警備員は、天
然ガス供給センターの正面ゲートを開くスイッチを押した。



「やりすぎよ、あんた」
 供給センター内に入るなり、助手席に座っているセリアがつぶやいた。
「あのぐらいは当然だ。どうせすぐに応援部隊もやって来る」
 リーのサイボーグのような顔は、じっと正面を向いていた。供給センター内の道路を加速しな
がら車は進み、奥の旧施設へと向かう。
「それはともかくとして、セリア。何故君は、我々と今だに協力している?」
 少し車が施設の奥の方へと進んだ時、リーがセリアに尋ねた。
「何?いきなりそんな事を聞くなんて?やっぱり、私が目障りになったの?」
 と、セリアは、相手を皮肉るように言った。
「いいや。むしろ信頼している。君が来てからというもの、捜査がずっと進展した」
 しかし、そう言ったリーの言葉には、少しも、感謝の意識は現われていないかのようだった。
 構わずセリアは口を開いて話す。
「こうしているだけでも、アルバイト気分でお金を稼げるから、じゃあないかしら? あなたは私
を必要としているわけだし、私は他で働く当てもない。実際、アルバイトで稼ぐなんかよりも、ず
っと高い報酬を貰えるわけだしね。あっと、せっかくだから、私が協力する条件に、税金の免除
も付けておけばよかったかしら?」
 車を数メートル先まで動かして、リーは答える。
「いいや、違うな。そうじゃあない。君は金なんかでは動かないだろう?」
 そこで少し間を置いて、セリアが何も言ってこないので、リーは話を続けた。
「私は君に、国防省の身元追跡センターのシステムを使わせた。それからというもの、君は、
ずいぶん捜査に積極的になってきている」
「何が、言いたいのよ」
 セリアの顔が険しくなった。
「追跡センターのシステムで、君は、自分の娘の所在を確かめたはずだ。あのシステムは優秀
だから、世界中どこにいても、所在をつかむ事は出来る」
「いいえ、役立たずよ。結局役に立っていないわ?所在不明のエラーが出たもの。10回以上
も試したんだから」
 リーの言葉を遮るかのようにセリアは言う。
「本当か? もし捜査に何か影響があるんなら…」
「影響なんてあるわけがないでしょ! 私の娘が何だって言うのよ。そうね、ただ、思い切りは
ついたわよ、探しても無駄なんだって言う思い切りがね!」
 セリアの逆鱗に触れてしまった事を感じたリーは、それ以上、何も言わない事にした。代わり
に、車の視界の中に入ってきた、古びた、《天然ガス供給センター》へと、目を向けた。
「ジョニー・ウォーデンと、スペンサーというあの男の目撃情報、そして、『チャコフ財団』が結び
つく地点。それがこの《天然ガス供給センター》だ」
「そこにジョニー達がいるって?」
 セリアが身を乗り出して、古びた供給センターを見つめる。
 その施設だけ、夜間の供給センターでも唯一灯りがともっておらず、まるで人の気配がなか
った。
「ジョニー・ウォーデンらしき男を乗せた車が、高速道路で目撃され、その1時間後に、スペン
サーらしき男が運転している車が通過している。その高速道路の先に見られる、『チャコフ財
団』の建物…」
「それは分かっているけど、なぜ部下にやらせずに、私にこんな事をやらせるのか、知りたい
わね」
 目立たない場所に停車した車の中から降りたセリアが、周囲の様子に警戒しつつも言った。
「君だけじゃあない。私もだ」
「あなた? 制服組じゃあなかったの? こんな現場に堂々と乗り込むなんて」
「乗り込むわけじゃあない、前と同じで現場捜査だ。ただ、我々の合図ですぐに突入をすること
ができる部隊がバックにいる」
 リーは、車のトランクの中から何かを取り出していた。それは手の中に収まるくらいの小さな
もので、彼はそれを、セリアへと投げ渡す。
「何よ、これ?」
「集音装置だ。こうやって耳に装着する」
 リーは、イヤホン式になっているその装置を耳に装着した。
「反対側の耳には、通信機を装着する。聴覚は効くままになっているから、安心しておけ。集音
機は、10メートル以内の範囲の音を、小声でもキャッチできる。人の肉声なら、100メートルく
らい先からでも聞こえてくる。だが、耳元で叫ばれても、その時は安全装置が働いて、聴覚に
刺激を与える事はない」
 セリアも耳に集音機を装着して見せた。
「これで、あの建物の中の会話でも聞こえてくるの?」
「ああ、だが、この位置からじゃあ駄目だな。ジョニー達がいるとしたら、あの建物の中だ。もう
少し近寄らなければ、聞こえては来ないだろう…」
 と言って、リーは、旧施設の敷地内へと足を踏み入れていく。
 彼らがいるのは、旧施設の敷地の裏口で、ここから、建物の中に入るには、ガスタンクを大
きく回り込んで、中に入らなければならない。
「二手に分かれる」
 リーは、自分と反対の方向に向かうように、セリアに指示を出す。
 リーとセリアは、供給センターの施設に入るなり、二手に分かれ、敷地の中を進んでいく。セ
リアは、自分とは反対の方向に進むリーを見つめ、口を開いた。
 集音装置というものが作動しているなら、セリアが小声で話しても、リーには聞こえているは
ずだ。
「ねえ…、あんた。自分からここに来るって言ったでしょ…?目的は?」
 と、話した声は、静止しているガスタンクをまたいで反対側へと走っていったリーには聞こえる
だろうか? セリアは、通信機を手で押さえてその感度を確認しようとした。
 すると直後、リーの声が返ってくる。
「この捜査の要ともいえる人物達が揃っているかもしれないと言うんだ…、私が直接この手で
押さえたいだけだ」
 彼の、無機質な響きを持つ声はそのままで、しっかりと声が返ってきていた。
 セリアは安心し、ガスタンクの鉄柱を背にしながら、ゆっくりと、パイプ類が集まっている方へ
と進んでいく。
 今のところ、ジョニーも、彼の部下の気配もない。
「それは嘘ね…。こういった捜査では、必ずあなたのような制服組は動かないで、部下にやら
せるというのが基本だもの…」
「だったら、どうだというのだ? セリア?」
 と、今では姿が見えないリーの声が聞こえてくる。まるで通信機で会話しているような感じだ
が、通信機独特の、音声の変化がない。
 生の肉声、そのものを聴き取る事が出来る。しかもこの通信機は、人の音声だけをキャッチ
して聴き取る事が出来るようだ。天然ガス供給センターの周辺を取り囲んでいる、山間部の森
の木々のざわめきや風の流れる音は、まるで耳に聞こえてこない。
 便利な機器だなとセリアは思いつつ、周囲の様子に警戒を払った。
 ガスタンクが並んでいる辺りには誰もいなかったが、管理施設の入っている古びた建物に
は、どうやら人の気配がある。
 何人かの話声が聞こえてきている。だが、リーの言ったように壁が邪魔しているのだろうか?
 うまくその声を聴き取る事が出来ない。
 セリアの耳に真っ先に聞こえてきたのは、どうやら、外の警備を任されている、ジョニーの部
下のようだった。
(…、ジョニー、上手くいくのか…?)
 と一人の男が喋っている声が、はっきりと聞こえる。
(俺達が手に入れた情報じゃあ、あのスペンサーってやつは、相当な奴だぜ、あいつのバック
にいる奴の事を考えれば、ジョニーのやり方じゃあ、ただじゃ済まねえ…)
 その声は、100メートルは離れた場所から聞こえてきているようだ。
 セリアは、体制を低くしたまま、素早くその位置に迫った。
 どうやら、ジョニー達は、この旧施設の建物にいるようだ。リーや、彼が当てにした高速道路
の情報は正しかったようだ。
(スペンサーって奴が渋ったら、やつを始末して、とっとと高跳びするんだろ?)
(ああ、2000万レスも手に入れて、山分けすれば、リッチな生活ができるぜ…)
 セリアは、自分の拳にはまっている手袋を締め直した。
 この手袋をはめておかなければ、セリアは、自分自身が持っている『力』をうまく制御する事
が出来ない。
 身に付けているスーツも、『タレス公国軍』から支給されたもので従来のものとは違う。セリア
自身の『力』と手袋、そしてスーツが揃って、彼女は自分自身の『力』を制御し、また操り出すこ
とができた。
 セリアが近づいていくにしたがって、男たちの声が聞こえてくる。それどころか、建物内部の
音まで聞き取る事が出来るようだった。
(おおい! 早くしろよ! 時間を稼いでいるんじゃあねえぜ!)
 聞き覚えのある声だ。それだけではない。
(ああ、待っていたまえ、ジョニー君。君はもう少し、待つという事を知りたまえ)
 これは、あのスペンサーという男の声だ。セリア自身は直接の面識がなかったが、リーの潜
入捜査の際に、通信機越しにその声を聞く事ができていた。
 セリアは建物の様子をうかがった、しかしながらこの建物は、裏口が封鎖されている。厳重に
鎖が巻かれていて、立ち入り禁止の札まであった。
 どうやら、あの部下達のいる正面玄関から入る方がてっとり早いようだ。
 セリアは素早く男たちの背後から迫った。
 距離は数メートル。セリアは一気に迫って、彼女は拳を繰り出した。
 多分、ジョニーの部下達にとっては、まるでミサイルでも飛び込んできたかのように見えただ
ろう。
 セリアは素早く拳を繰り出しており、その拳には炎さえも灯っていた。炎に包まれていた、セリ
アの拳の不意打ちを食らった男は、数メートルも切りもみで吹き飛び、しかもその体には火さえ
も点いていた。
「な、何だァ!?」
 ジョニーの部下が叫ぶ。だが、セリアの方が一瞬早かった。彼女は素早く、男の背後に回り
込み、彼の喉元を手でつかんだ。
 すると、あっと言う間に、男の喉元からは煙が立ち上り、男は苦悶の表情を見せた。だが、声
は上がらない。何故なら、それはセリアが、喉元を掴んで、声を出せないようにしているから
だ。
 男は喉元を押さえ込まれ、セリアが強い力で抑え込んでいるわけでもないのに、首を絞めら
れたのにも似た状態になって、あっと言う間に失神した。
「熱を操る『能力』か…。お前が、軍で活躍できた理由の一つだな…」
 建物を逆側から回り込んできたリーが言った。
「そう言うあんたも『能力者』なんでしょ…? ここに潜入する前に、お互いの『能力』を知ってお
いた方が、作戦で不都合が起こらないわ…」
 セリアが、建物の中の様子を観察しながら言った。
 少しの間の後、リーが答えてきた。
「いいだろう。教えておく。ジョニー・ウォーデンの『能力』は未知数だし、あのスペンサーとか言
う男も『能力者』かもしれんからな。この場で教えておいた方が、作戦を立てやすい」
 と、リーは言うなり、自分の懐から、一丁の銃を取り出した。
 それは、今の時代となっては古びた存在になってしまって、骨董屋などでしか見かける事が
出来なくなってしまったものだが、確かにリーの持っているものは、6連発のリボルバーだっ
た。
 何の変哲もない。製造番号もしっかりと刻まれている。しかし、『タレス公国軍』から支給され
たものではないらしく、そのロゴは入れられていなかった。彼の私物なのだろうか。
「私の『能力』は、レーザー。光の『能力』。リボルバー式の銃でそれを発射して、レーザーを糸
のように張る事も出来るし、光を凝縮した弾を発射する事も出来る。また、光通信をすることも
できる。『グリーン・カバー』に潜入した時、その情報を、メモリーの中に納める事が出来たの
も、この『能力』のためだろう。あの時の記憶は私にはないが」
 セリアはリーの『能力』の説明に対して、別にどうとでもない表情をして見せたが、
「便利ね…。攻撃だけの『能力』じゃあないなんて」
「ジョニー・ウォーデンの、物を一瞬にして溶かしてしまう『能力』も厄介だが、スペンサーという
男に関しては未知数だ。十分に注意しておけ」
 リーが発したその言葉を、セリアは聞いて聞かずか、
「ええ、分かっているわよ」
 とそれだけ答えるのだった。
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―Ep#.06 『対応者』―

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