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レッド・メモリアル Episode05 第7章
《プロタゴラス郊外》《天然ガス供給センター》
2:42A.M.
デールズが、謎の男の襲撃を受けていた頃、そこから、20kmほど離れた《天然ガス供給セ
ンター》には、『グリーン・カバー』で暗躍していた男、スペンサーが、ブレイン・ウォッシャーと呼 ばれる女を引き連れてやって来ていた。
彼らは、入口のゲートを通過する際、IDを提示する必要もなく、中へと入っていった。
この《天然ガス供給センター》の周りには何もない。住宅や、ほんのわずかな集落さえも。辺
りは山になっていて、この山から出る天然ガスが、そのまま、《プロタゴラス》の街へと供給され 続けている。
次世代エネルギー開発のために、ある人物の出資で作られたセンターだが、この施設には
現在、別の目的もあった。
スペンサーと女は、車で供給センターへと乗りつけると、施設の奥の方へと入っていった。
車は、ガスタンクの間を進んでいき、供給センターの中でも、古く使われていた施設の建物へ
と進んでいく。
そこは旧施設になっており、現在稼働している天然ガス供給センターに、操業が移行してい
る。
近々取り壊されて、新施設の増築を行うと言われていた。
スペンサー達は、そんな供給センターの旧施設へと入っていこうとしている。
彼らはたった2人で来ており、その他には誰も引き連れていない。これから彼らが行おうとし
ている事を考えれば、2人以上で行動するのは当たり前だったが、スペンサーはそれを必要と していなかった。
だが、施設の入り口付近で、突然スペンサーは車を停車させた。そして助手席側に座ってい
る、ブレイン・ウォッシャーに言った。
「君は外で待っていてくれ。もし何か問題が起きれば、すぐに連絡する」
スペンサーが口でそう言うと、ブレイン・ウォッシャーの前の出現している画面に、門司が流
れる。
彼女が使っている盲人との意思相通を容易にする装置は、スペンサーの口の動きを読み取
り、文字化した。
それを読み取ったブレイン・ウォッシャーは首を振る。どうやら、スペンサーの事を心配してい
るようだ。
だがスペンサーは、
「いいや駄目だ。君を連れていく事は出来ない。ジョニー達は、何をしでかすか分からない。も
しかしたら、取引で優位に立とうとしているのかもしれない。もし、脅しでもされたらどうする? 君は戦うための『力』を持っていないだろう?」
ブレイン・ウォッシャーは、口を開くことなく、スペンサーを見ている。
「だから、ここで車を降りるんだ。もしもの事があってはならない。君は我々にとって、必要な
『能力』を有しているのだから、今、何かあってはまずい」
とスペンサーが言うと、ブレイン・ウォッシャーは躊躇ったようだが、言いつけどおりに車を降
りた。
スペンサーはほっと一息つき、供給センターの旧施設の入り口にブレイン・ウォッシャーを残
したまま、車を奥へと進めていった。
旧施設の目の前までやって来ると、彼は車を止め、堂々と降り立つ。スーツを整え、まるで取
引先の会社に乗り込む、営業マンのような姿に自分を整え直した。
旧施設の入口へと入る時、スペンサー達はその施設の前に立っている、大柄な男二人と目
線を合わせた。
「ここにはもう、ジョニー・ウォーデン君は来ているのかな?」
その大柄の男のうち、右側の男の方を向いて、スペンサーは尋ねた。
男達の上着に若干のふくらみが見える。そこには銃が隠されている事をスペンサーは知って
いたが、構わず、いつもの悠々とした口調で尋ねた。
たとえ銃を持っていようと、自分にとっては何の意味もない。スペンサーには確かな自信があ
った。
「ああ、来ているとも。お待ちかねだ」
スペンサーは、開け放たれている扉を見た。そこには、立ち入り禁止という立て札が立ってい
て、鎖で封鎖されていたはずだが、それはジョニーの部下によって壊されていたようだった。
スペンサーはその有様を見て、やれやれという気持ちで旧施設の中へと入っていった。
そこの施設の中は、むき出しのパイプ類や計器類が並んでいた。現在は稼働していないた
め、稼働音も聞こえないものとなっていたが、灯りは点けられている。
本来はこの旧施設は立ち入り禁止の施設となっているから、灯りなどは点けられないのだ
が、スペンサーが手配したのだ。
しかし、取引開始を待ちきれないのか、それとも、自分が優位に立とうとしているためか、ジョ
ニーは勝手に事を進めたいようだ。
スペンサーが手配した施設に勝手に入り込み、自分たちで取引の場を作り上げようとしてい
る。
やれやれ、あいつももっと礼儀というものを知れば、“あの方”も安心して認めてくださるはず
なのに。
冷たいパイプ類が織りなしている通路を進み、角を曲ろうとしたとき、スペンサーは、突然横
からやってきたジョニーの部下に腕を掴まれた。
「何だね? 私は、ジョニー君と大切な取引をしに来た? この扱いは何だ?」
と、そんな言葉など通用しそうにない男に言ったが、
「ボディチェックだ。ジョニーは警戒しているんでな。武器を持った奴はこの奥にいかせねえ」
乱暴に言い放ったその男は、ボディチェックも乱暴だった。
「ふん。ジョニーめ」
思わずスペンサーはそう言っていた。
ボディチェックを終えると、スペンサー達は施設の奥へと入っていき、テーブルの置かれた広
間に到達した。
広間は、旧供給センターの作業員達の休憩施設になっていて、真中に広いテーブルが置か
れている。
休憩場とはいえ、パイプ類や計器類はむき出しのままになっていて、巨大なパイプに囲まれ
た空間の真中にテーブルを置いただけの施設になっているようだった。
そこには誰もおらず、スペンサーはこのまま奥に進んでいけば良いのかと思ったが、周りか
ら向けられている視線に気づき、施設内に響くような声で言い放った。
「ジョニー君。姿を見せたまえ。私は君に大切な用事があるのだ。悪いようにはしない」
というと、スペンサー達がやってきたのとは別の通路から、4,5人の部下達がやってきた。
彼らは大柄な男たちばかりで、銃を持っているだろうという事はスペンサーにも察しがついた。
「オレは警戒しているんだぜ…。お前らが、すでに軍の奴らにマークされている事はオレも知っ
ている…。あのセリアだって、結局は、軍の連中の一人なんだ…!」
凄味を利かせた声を見せつけ、ジョニー・ウォーデンは、スペンサーがやってきた通路の先
から姿を見せていた。
「ほう。その割には君も敵を作りたがっているように思えるが…? この有様は何だ?」
スペンサーは、施設全てを指し示すようなしぐさを見せてそう言った。
「この施設は君のものではない。君が、自分を売り込みたがっている、ある素晴らしいお方の
施設だ。私は確かにこの施設を取引場所として指定したが、君が自分の部下達を配備させ て、自由に使って良いなどとは一言も言っていないぞ?」
スペンサーは言い放った。だが、ジョニー達の行為に対して苛立ちも見せていない。あくまで
感情を見せずにそう言っただけだ。
「うるせえな? お前たちが、軍にマークされている事は俺も知っているんだぜ。前回の取引の
後、俺はしっかりとお前らの事について調べさせてもらったんだ」
だがジョニーは鼻を鳴らしてそのように言った。
次いで、ジョニーの部下が、ポータブルタイプのコンピュータデッキを持ち出し、休憩室の空
間に、いくつかの画面を表示させた。
スペンサーは、自分の目の前に表示させられたその画面を、ただじっと見つめていた。
「てめーらは、自分の、“会社”のため、なんて言っていやがったが、会社だとォ? とんだ嘘を
付きやがって…、あの『グリーン・カバー』をてめーらはただ利用していただけじゃあねえか?」
「ほう、よく調べたな?」
感心の声こそ出したものの、スペンサー自身は関心の表情も態度も見せていない。
「銀行口座にてめーらの名義で金を振り込んだだろ? 逆からたどって調べただけさ。政府の
連中もてめーらの正体にはうすうす感づいているだろうぜ…」
と、ジョニーは、自分の口座の振り込まれた名義を指して言った。
そこには、“チャコフ財団”とあった。
「なるほど。だが私は嘘はついていないぞ、ジョニー君。私は、共同体という意味で、“会社”と
いう言葉を使ったまでだ。君らにとっては、その方が分かるのではないかと思ってね」
「他にも、いろいろ調べたんだぜ…」
スペンサーの声を遮るかのように、ジョニーは続けた。
「てめーや、てめーらの財団とやらが、俺達の縄張りの街で、テロ攻撃をしかけているのは、う
すうす感づいてはいたがな。どうやら濃厚だ。そしてだ。ついさっき軍から入った情報だ。こい つが指名手配された」
ジョニーの目の前にある画面に、一人の男と、その略歴が表示させていた。
その男は、まだ30代くらいの男だったが、こい髭を生やしており、一見すれば、浮浪者のよう
な姿をしている。顔の堀は深く、骨格もがっしりとしている事から、『ジュール帝国』の中でも、 『スザム共和国』地方の人種である事は、すぐに分かる。
事実、その写真とともに表示されている男の略歴には、出身地方に、“『ジュール帝国』/『ス
ザム共和国』(推定)”とあった。
画面を指し示し、ジョニーは言った。
「こいつが、入国している事になっていやがる。こいつは、『ジュール帝国』の出だ。ついでに、
てめーらの『チャコフ財団』も、『ジュール帝国』の出だろう?繋がりは、明らかだよなあ…?」
「そうか…。そこまで調べていたか…」
と、スペンサーは呟くように言った。
「お前らは、こいつを使って、一体何をするつもりなんだ? 俺はこんなイカれた奴と組むつもり
はねえ! 俺が取引して、てめーらの味方になるって事は、こいつの味方になるって事だろ う?」
ジョニーは怒りを剥き出しにして言い放つ。彼の声が、閉鎖された供給センター内に響き渡っ
た。
「だが、金はもう君たちに払ってしまった。金額にして1000万レスだ。分かるか? 君たちが違
法に武器取引を数十回ほどしてやっと稼げる金額だぞ…」
スペンサーは、語気を強めて迫る。
「どうせ、俺があのまま持ち逃げしていたら、てめーらは俺を始末しにかかっていただろう?
てめーらの組織力がありゃあ、それができるんだろう? たとえば、こいつに俺をやらせる。っ てな…?」
ジョニーは、画面に表示されている男を指さして言い放った。
「だが、君らはこうしてここに戻ってきている。もし、取引する意志がないのならば、わざわざ
我々ともう一度接触したいなど言ってこないだろう?」
と、スペンサーは、ジョニーに申し出て見せた。
「てめーらも、俺を必要としている。逆に俺もてめーらを必要としている」
ジョニーは、スペンサーの言葉を反復するかのようにそう言った。ジョニーの考えている事くら
い、スペンサーには手に取るように分かる。
だが、彼がこちらに銃を向けている以上、うまく手なずけられるかどうかの保証がない。
それでは、スペンサーにとって困るのだ。
「そういう事だ。君らが、我々に今まで武器を提供してくれていたように、君自身を提供してほし
い」
だから、彼は今までジョニーに対してあきれるほど言ってきた言葉を繰り返すかのようにそう
言うのだった。
だが、ジョニーは再び、画面に表示されている男の方を振り向き、スペンサーに背中を向け
た。
彼の背中は無防備だったが、ジョニーが両脇に置いている2人の男のせいで、ジョニーへの
手出しはできないだろう。
「俺だって、こんな奴と組むのは嫌だぜ。だが、どうしてもって言うんならば、倍出せよ。それ
で、俺は頷いてやる」
「倍だと?」
スペンサーは思わず声を上げた。
「2000万レスだ。もし嫌だって言うなら、てめーらをここで始末する」
なるほどジョニーは裏の世界で、ビジネスマンを気取っているだけはある。スペンサーは改め
て思い知らされた。
彼が持ちかけてきているのは、ただの、脅しにしか過ぎない。ビジネスマンの持つ交渉術とは
全く違う存在だと言ってよいだろう。
「君がしているのは、ただの脅迫だ。取引とはとても言えるものではないな?」
ジョニー達の脅しに対しては、まるで動じない姿を見せつけ、スペンサーは答えた。
「俺やお前らがしているのは、脅迫とか、取引とか、そういった事を言っていられるような世界
の話じゃあねえぜ? 食うか、食われるか?金を稼げるか、稼げないか? そんな世界の話な んだぜ?」
ジョニーは少しばかり余裕を見せるような顔を見せて言った。
スペンサーは思わずため息をついた。どうやら、ブレイン・ウォッシャーを外に置いて来て正
解だったようだ。彼女をこんな場所に連れてくるわけにはいかない。
「なるほど、ジョニー君。君の言う事も多少なりとも考慮する必要がありそうだ。私は今から、
我々の同盟の中で、最も大きな力を持っている人物に電話をさせてもらうが、構わないか ね?」
スペンサーはジョニーに許可を取り、自分の着ているスーツの内ポケットを指差した。
「ああ、構わないぜ。だが、話は俺らにも聞こえるようにしておけよ」
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