レッド・メモリアル Episode11 第1章



《プロタゴラス空軍基地》
γ0080年4月10日
9:46 A.M.



 前兆は確かに存在していた。
 大きな嵐の前には確かにその予兆があり、人々は、目だけではなく体で迫りくる危機を感じ
ることができる。
 しかし、嵐が到来してからではもはや遅い。巨大な運命の流れの中では人はどうする事も出
来ず、ただ逃げ惑うことしかできない。
 しかも嵐は、急激に勢いを増し、人々に襲いかかる。その勢いは人々が想像することができ
ないほど、圧倒的に速く襲いかかって来る。



 《プロタゴラス空軍基地》では、突然鳴り響いた警報に基地内にいた者達ガ気が付いていた。
空軍基地の至る所で、警報が鳴り響き赤いランプが点灯し始める。
「一体、何事だ?」
 と、空軍基地の一角にある対外諜報部隊本部では、ゴードン将軍の声が響き渡っていた。
「兵器開発区画で緊急警報が発令されています! 現在、確認に当たっていますが、監視カメ
ラの映像が切られており、何が起こっているかは不明です!」
 すぐに跳ね返って来る技術員の声。彼の前に表示されている画面はブラックアウトしており、
そこに監視カメラの映像は表示されていない。
「監視カメラの映像が、切られているだと!」
 ゴードン将軍は声を上げ、フロアの階段を自分のオフィスの方から降りてくる。その様子は、
フロアの下部にいた、リー、セリア、デールズも見ていた。
「ここは軍の基地なんだぞ! なぜ、監視カメラの映像が切られている!? バックアップ用の
回線もあるだろう?」
 信じられないという様子でゴードン将軍が言い放った。
「分かりません。バックアップ用も駄目ですし、切られているものは切られているんです」
 と、技術員が答えた。
 その場にすぐにリー達も駆け付けた。
「警備員からの連絡は無いのか?」
 リーがそのように言いながら、画面に向かって身を乗り出させた。だが、その画面はブラック
アウトしたままである。
「妨害電波が出ています。更に回線まで切られています! こ、これは。この基地の各区画が
孤立させられています!」
 技術員が声を上げ、その場は騒然となった。対外諜報本部に繋がってあった通信回線は、
次々に切断させられ、警報が鳴り響く。
「一体、この基地で何が起きている? おい! この本部の警備員を向かわせろ! すぐに
だ!」
 ゴードン将軍が即座に命じた。一方で、リーは別のものを危惧していた。
「例のチップの安全を確保しておけ。テロ攻撃の可能性がある…」
 リーは近くにいた警備員にそのように命じた。彼は頷くと、チップを今だ置いてある、対外諜
報本部の会議室へと向かった。
「チップだと!テロ攻撃だと!ここは、軍の基地なんだ!大統領執務室くらいしか、ここに勝る
警備システムは無い!」
 ゴードン将軍が更に声を張り上げる。
「内部から手引きすれば、別よ」
 と、まるで当然のことを言うかのようにセリアが呟いた。
「おい。できるのか?そんな事が?」
 ゴードン将軍は信じられないと言った様子で尋ねた。
「さあ、正直言って、不可能な事はありません。ですが、ただのサイバーテロでは無いようで
す。警備システムの最後の記録では兵器開発区画で、異常な動きを感知していました」
「それは、どんな異常だ?」
 すかさずゴードン将軍は尋ねる。
「おおよそ100の数の動きです。速度は人間が歩く速度よりも速い。時速40kmの動きを感知
しています」
「100だと。人の動きじゃあないのか?」
 ゴードン将軍が身を乗り出し、目の前の画面へと見入る。そこには一つの直線の通路が表
示され、そこには無数の赤いポイントが移動していた。
 赤いポイントはまるで蠢いている虫のように表示されていた。だが、動きは整列しており、そ
の動きは不気味でさえあった。
 その動きを見たリーがすぐに言った。
「兵器開発区画だ。人工知能兵器がいる。確か、試作段階を終え、いつでも戦場に駆り出せる
ようになっている兵器が100は保管されていたはずだ」
「人工、知能兵器?」
 セリアがリーの言葉を繰り返して言った。
「ああ、ほんの数年前までは試作段階だったがな。いつでも本格的な戦争を起こせる準備はあ
ったさ」
 リーがそれに答えた。周りが危機迫る状況であっても彼だけは冷静な言葉を放ち、その目も
揺らいではいなかった。
 セリアはそんなリーをちらりと見やる。何故、そんなに冷静でいられるのか、疑問を持つかの
ように。
「人工知能兵器と言っても、ただ敵を識別して、目標を破壊するだけの兵器でしょう?」
 デールズが更に横から身を乗り出して言った。
「ただ、だと。こいつらは小型の戦車も同然だ。兵器である事に変わりは無い」
 リーが答える。彼はあくまで冷静にその言葉を述べていた。
「そう言えば、『エンサイクロペディア』にも、人工知能兵器についての記述があったのでは?」
 ゴードン将軍が声を上げた。すると、緊迫している彼らの背後のデスクに座っていた、フェイリ
ンが回転式椅子を回転させて、リー達の方を向いて来る。
 彼女はすぐに光学画面を手に持ち、それを、紙のファイルを差し出すかのようにして、ゴード
ン将軍の方へと持ってきた。
「ありましたよ!ここです!でも妙ですよね」
 ゴードン将軍は顔をしかめさせた。
「何が、妙なんだ?」
「え、えっと。こんなものを、基地内で暴れさせるだけのために、テロ攻撃をしかけてきた、なん
て…」
 フェイリンは少し戸惑い、そのように言った。
「こんなものだと?こいつらは、その気になれば戦車だって簡単に破壊できるんだぞ」
 ゴードン将軍が言った。そこへ更にリーがやって来て言う。
「ああ、確かに。ロボットのためだけに、攻撃を仕掛けてきたとは思えません。ここは軍の基
地。このロボットを盗み出す事も、ここからどこかを攻撃する事も、事実上不可能です。もっと
目的があります。このロボット達の駆動は、ただの陽動作戦に過ぎない気がします」
「同感だな。今、攻撃を仕掛けて来ている者達は、恐らく、『エンサイクロペディア』のチップを狙
って来た連中だろう。チップはまだ1つ。こちらの手元にはあるが」
「そのチップを狙って、奴らは攻撃を仕掛けてきた?」
 と、セリアが呟くように言った。
「十中八九。そうかもしれないだろう。となると、チップの安全を確保するのが最優先だ。急い
で、チップをシェルターに隠す必要があります」
 リーは率先してチップが置かれている会議室の方へと向かおうとした。
 しかしその時、まるでリーの行動を遮るかのようにして、対外諜報対策本部の入り口付近か
ら、叫び声と激しい銃声が聞こえてきた。
 次いで爆発が起こり、リー達は爆風に煽られ、床にたたきつけられる。
 局員の中には吹き飛ばされた者もいたし、デスクが紙のように舞い上がった。煙が充満し、
所々で火の手が上がる。
「何だ!一体、何が起こったんだ!」
 ゴードン将軍が声を上げた。リー達は爆発が起こった入口の場所から、若干離れた所にい
たが、それでも爆発の爆風の影響は凄まじい。
 身を伏せた彼らの頭上で、激しい銃撃音が響き渡る。一体何が起こっているのか、確認しよ
うにも、今起きた爆発によって煙が充満して視界が開けない。
「将軍。大丈夫ですか?」
 セリアがゴードン将軍の身を庇う。
「ああ、だが、一体、何が起こっていると言うのだ?」
 と、ゴードン将軍は言う。銃声は激しく響き渡っている。ただのマシンガンの音では無い。ガト
リング砲のような重火器が使われている。
「チップを守れ!最後の一つを奪われるわけにはいかん!」
 リーが煙の中で声を上げた。彼は、チップが置きっぱなしになっている隔離室入り口付近の
警備員に命じたが、そこでも、突然、大きな爆発が起こり、警備員の体は何メートルにも渡って
吹き飛ばされる。
 会議室を仕切っていたガラス壁は粉々に砕け、爆風によって吹き飛ばされたガラスは、それ
さえも凶器となって、リー達に襲いかかった。
 リーは爆発によって更に数メートル後方まで体を持って行かれそうになる。
 だが、彼は爆発が起きた瞬間。一人の人影を見ていた。その人影は、激しい爆発が起こって
いる中でも確かにそこに立っており、爆発の影響を全く受けていないようだった。
 その姿を見て、リーは直感した。
「『キル・ボマー』だッ!奴がここに来ているッ!」
 リーがセリア達に言った。
「という事は、やはりチップか?チップを守れ!」
 ゴードン将軍がすかさずリー達に命じた。もうもうと立ち込めている煙の向こう側では、『キ
ル・ボマー』が会議室の中に入って行き、銀色のケースを開いていた。彼はそこにチップがある
事を確認すると、そのケースを持ち、何事も無かったかのように会議室の外へと出ていこうと
する。
 リーはすかさず銃を抜き放ち、キル・ボマーの方に向って発砲しようとした。だが、その瞬間、
彼は自分の横側からやって来た、空気を切り裂くかのような衝撃に気づき、素早く身を伏せ
た。
 銃弾が、それも、大型の口径の銃弾が、大量にリーの頭上を通過していった。
 しかも嵐のように断続的に銃弾が頭の上を通過していく。リーは銃弾が飛んできている、入
口の方を見やった。
 するとそこには大柄な何かがいた。人間よりもずっと大きい。
 その高さは2メートル50センチから3メートルほどはあるだろうか。煙によって霞んで見えて
いたが、銀色のボディをしており、ちょうど、戦車のキャタピラの上にずんぐりとした人間の上半
身を乗せたかのような姿をしている。
 あれがロボット兵だ。開発中の兵器ではあるがリーはその姿を知っていた。彼らの両腕には
ガトリング砲や小型ミサイル発射砲が設置されており、それを武器としている。
 ロボットはロボットでも、人助けをする産業用ロボットでは無い。彼らは物言わぬ兵士であり、
本来は戦争に駆り出される目的で製造されたのだ。
 味方を識別し、移動することができる以外は、対象物を破壊する事しか頭に無い。だが、今
攻撃を仕掛けて来ている者達にしてみればそれで十分なのだろう。
「参ったな。あいつらは、戦車でもないと立ち向かえないぞ。煙や暗闇の中でも視界が効く。し
かも私達を抹殺するつもりだ」
 リーの頭上で銃声が止む。ちらりと、リーは吹き飛ばされたデスクの陰から、ロボット兵がい
る方向を見たが、彼らは弾の無駄撃ちを止め、ゆっくりと動き出した。
 キャタピラが動き出し、ロボットは再びその活動を始めた。ロボットは全部で2台。タイプは全
く同じものが接近してくる。
 対外諜報本部にいた局員達は、今のロボット兵によって殺害されてしまったか、まだ物陰に
隠れているか、とっさに避難してしまったらしい。
 しかしながら、この場の最大の指導者であるゴードン将軍はまだここにいた。
「一体、どうすればいいのよ」
 さすがのセリアも、今のロボット兵の攻撃に対しては、いつもの自信満々の表情を見せる事
も出来ない。
「奴らに直接端末を接続し、停止命令を出させる。それだけでいい」
 リーは相変わらず冷静な口調のまま答えるのだった。
 彼は銃を構え、いつでも飛び出していきそうな姿を見せている。
「端末を直接接続って、あんなでかい銃を持っているような奴らに触らなければならないの?」
 そのように横から言って来たのはフェイリンだった。彼女は手に収まるほどの小さな携帯端
末を握っている。
「君のそれだ。それをよこせ。奴らに停止命令を出させるのは簡単だ。ただ、奴らに近づいて
行くのが難しい」
「あなたやり方、分かっているの?止め方を?」
 セリアが横から言ってくるが、リーはそれに対しては頷いた。
「いいか?リー。もし、こんな事をやっている『キル・ボマー』の目的が、ロボット兵による攻撃だ
けで済まないと言うのなら、奴はたった今、『エンサイクロペディア』を持っていった。それを使っ
て、奴らは何だってする事ができる。分かっているな。今、この基地の兵器の全ては、テロリス
ト共の手にあるようなものなのだぞ」
 ゴードン将軍が言った。
「分かっています。『キル・ボマー』の奴を捕らえるのなら今、ロボット兵を駆除しなければならな
い!デールズ。お前は私を援護しろ!」
 そう言い放ったリーは、フェイリンから素早く携帯端末を奪い取ると、ロボット兵の目前に飛び
出していった。
 ロボット兵は、すかさず机の陰から飛び出してきたリーの動きを探知した。そのリーの動きは
正確に感知され、ロボット兵のガトリング砲の照準を合わせさせる。
 リーが机の陰から飛び出し、1秒さえも経たない時間の後、ロボット兵は彼に向かって銃弾を
発砲した。
 激しい銃声が鳴り響く。2台のロボット兵達から別々の角度から発砲される。
 だがリーの体は、机に飛び出した時から黄色い光に包まれていた。その光を纏ったリーは、
ガトリング砲の銃弾よりもさらに速いスピードで動き出した。その動きは目にもとまらぬ程で、
残像さえ残していた。
 リーにガトリング砲の銃弾が命中するような事は無く、机やコンピュータデッキを次々と破壊さ
れていく。
 衝撃波が空気を切り裂き、更には破片が飛び散っていく。リーは、机の上を光のように直線
的な動きで移動しながらロボット兵の元へと近づいていった。
 銃弾が一部、彼を掠めたが、彼はそれに躊躇するような事もしなかった。
 リーはそのまま接近していく。
 そしてロボット兵の眼前にやって来ると、リーはその顔面とも言うべき、視覚センサーが取り
つけられた可動式のボックスに向かって、銃から光弾を撃ち込んだ。
 それでもロボット兵は全く怯む事は無い、変わらず、ガトリング砲を発砲し続けている。
 だが、リーは素早くロボット兵の背後へと回ると、そこにあったパネルの一つをこじ開けた。ロ
ボット兵の銀色のボディには、幾つかのパネルがあったが、リーは迷うことなくその一つのパネ
ルをこじ開ける。
 そこには、携帯端末のケーブルを接続することのできる差込口があった。フェイリンから端末
を貰っていたリーは、それをロボット兵へと接続し、ロボット兵の頭脳に操作を直結させる。
 フェイリンが持っていた携帯端末は、リーも驚くほど高性能のパワーを有していた。瞬時にロ
ボット兵の頭脳の中に侵入し、その機能を停止させるコードパネルを開いた。
 リーの素早い動き、脳の反応に対しても、携帯端末の読み込みのスピードは付いていく。
 やがて10ケタの暗証番号が表示されたが、フェイリンの携帯端末は素早くその暗証番号を
解析していく。そして、ロボット兵の機能を停止させた。
 ロボット兵は、ガトリング砲を持っていたアームをだらりと下げ、そのままの姿勢で停止する。
それが生命であったら、あたかも命だけを抜き取られてしまったかのようなものであっただろ
う。
 だがロボット兵はもう一体いた。ガトリング砲の弾は、リーの方向に向かって次々と発車され
る。もう一体のロボット兵は、そこに仲間がいるという事を構わず、リーと言う目標だけを破壊し
ようとしている。
 リーはロボット兵のボディをそのまま盾にして弾をしのぐ。ロボット兵のボディは手投げ弾の爆
発でも破壊されないほど頑丈にできていたから、幾ら破壊力が高い弾であったとしても、盾に
する事ができる。
 しかしリーは、その場所から一歩も動けないほどの猛攻にさらされていた。
 だが、もう一体のロボット兵にはデールズが一機に接近した。一気に接近したデールズは、
そのままロボットのボディへと手を触れた。
 すると、突然ロボットは火花を散らしてまるで痙攣するかのように、小刻みな動きを繰り返し
た。
 発砲していたガトリング砲は、無茶苦茶な方向に向かって発射されてしまい、セリア達も机の
陰に隠れなければならなかった。
 しかしガトリング砲からも火花を散らして、やがて銃弾の発砲は停止した。ロボット兵自体も、
その動きを停止させ、だらりとガトリング砲のアームを下げた。
 デールズはロボット兵が停止した事を確認すると、そのボディからゆっくりと手を離す。
「わたしに任せてくれればいいものを。過電流を流させて回路をショートさせました。トルーマン
少佐は無理をし過ぎです」
 デールズはリーの方を向いてそのように呟いた。
「収まったか?だが、また敵の攻撃が来ないとも限らん。入口を封鎖しろ!この中には軍の機
密データがある。漏れだすわけには」
 と、ゴードン将軍は攻撃が終わったのを見計らい、立ち上がったが、奇襲を受けたこの場で
生存している局員は、リー、セリア、デールズ、フェイリンを除いて数人ほどしかいなかった。
 ロボット兵と『キル・ボマー』がもたらした損害は甚大なもので、人員だけでは無い、対外諜報
センターにあるコンピュータ機器は大半が破壊されてしまっていた。
 ゴードン将軍は、自分が支配していた職場が完膚なきまでに破壊されてしまった事に、思わ
ず息を呑んでいた。
「ゴードン将軍。ここにはもはや守るべきものはありません。チップは奪われてしまったし、この
基地の管制も破壊されてしまっている。今、ここに立て籠っても無駄です」
 リーがゴードン将軍に向かって言った。彼の口調は冷静そのものだった。冷静な口調は、静
まり返った諜報部の中で大きな声となり、局員達の耳に響き渡った。
「私もそう思う。チップを取り返す事が、何よりもの先決でしょう。『キル・ボマー』の奴はそう遠く
に行ってはいないわ」
 セリアが言った。彼女は崩れかかっている瓦礫の中で、ほこりまみれになりながらも、堂々と
立ち上がっていた。
「リー、セリア。お前達は『キル・ボマー』を追え。『能力者』である奴を捕らえられるのは、『能力
者』であるお前達だけなんだからな。デールズは私と一緒に来い。この基地の中に裏切り者が
いる。それもこの基地のセキュリティにアクセスできる。将校クラスだ」
 ゴードン将軍は、自分の統率していた職場が攻撃されたというショックを受けるよりも早く、局
員達に命じる。彼は何とかして普段の威厳を取り戻そうとしていた。
「兵器開発部門の将校は、ファラデー将軍だ。彼はチップを持っている。信じたくもない事だ
が、ファラデー将軍はテロリストと通じていたらしい。そう判断するしかない。私はファラデー将
軍を追う。この基地の中の、どこかにまだいるはずだ」
「了解」
 そう、すぐにゴードン将軍の命令に対して答える事が出来たのはリーだけだった。
 ロボット兵の仕掛けてきた攻撃に対して、局員達が受けた衝撃は、物理的にも精神的にも、
あまりに大きなものだった。
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