レッド・メモリアル Episode11 第2章



 『キル・ボマー』はまんまと、対外諜報本部からチップを盗み出すと、自らの『能力』を使い、
次々と壁を破壊してそこに通路を作り、ある場所にまでやって来ていた。
 その場所は、《プロタゴラス空軍基地》内部でも比較的警備の薄い場所だ。『キル・ボマー』達
はその、使われていない古い倉庫の警備に当たっていた警備員達を始末し、一時的な攻撃本
部を作り出していた。
 そこで彼は共に潜入していた仲間達数名と合流した。軍の本部に攻撃を仕掛ける。それは
仲間の犠牲さえも伴う行為。しかし、被害は思ったよりも少ない。まだ敵によって倒された仲間
達は数名であり、これから行おうとしている攻撃に対して、十分に兵力は足りている。
 一人の仲間が近づいてきた。彼、強襲部隊の技師であるジョンソンはコンピュータデッキを持
っており、そこに『エンサイクロペディア』の四分の三を持ってきている。
 チップはすでに小型のコンピュータデッキのスロットに差し込まれており、光学画面には残り
一つのチップの抜け穴がグラフィック表示されていた。
 『キル・ボマー』は近づいて行き、自分が持ってきた、最後のチップの一枚を見せつける。
「これが最後の一部分だ。これで完成する」
 と言い、そのままジョンソンにチップを渡した。
 これで完成する。たった4枚のピースのパズルでしか無かったが、一枚一枚は厳重な管理下
にあったものだ。
 どのようなパズルよりも困難なピース達は集められ、コンピュータデッキによってそれは完成
された。
 完成されてしまえば、あっけないものだった。光学画面には“適合”と表示され、4枚のチップ
はグラフィックの中で完成した。
「完成だ」
 ジョンソンはそう言った。彼は思わず不敵な笑みを浮かべていた。『キル・ボマー』もこれから
起こる事を思うと、思わず不敵な笑みを浮かべざるを得ない。
 ジョンソンと『キル・ボマー』。そして仲間達の目の前で、『エンサイクロペディア』に秘められた
秘密が次々と展開していく。それは最新鋭のミサイル防衛システムであり、新型の兵器であっ
た。
 しかしこれらの存在は、すでに『キル・ボマー』達は知っていた。
 重要なのはそんなありきたりの兵器の存在では無い。使い方だった。
「“鉄槌”はあるか?」
 『キル・ボマー』はジョンソンに尋ねる。ジョンソンは、画面に表示されたウィンドウのアイコン
の中から一つを選択した。
 アイコンには、“核融合兵器”とあった。ジョンソンがそのアイコンを選択し、中のウィンドウを
開くと、そこには幾つかの兵器のファイルが表示される。ジョンソンは更に操作をして《プロタゴ
ラス空軍基地》のアイコンを開いた。すると、円筒型の兵器とそのデータが表示された。
 その円筒型の兵器は、中性子爆弾と書かれていた。
「“鉄槌”は《プロタゴラス空軍基地》に1基のみ保管されている。あの方がくれた起爆装置があ
れば起動できる。だが起爆するよりも前に、地上に出さなければならないぞ」
 ジョンソンは兵器のデータを読み取り答える。
 そんな専門知識は、事前に詰め込んだものしかない『キル・ボマー』は顔をしかめた。
「地下で使う事はできないのか?」
「中性子爆弾は、透過力が強い。鉛も放射線は通過する。だが、コンクリートや水などの放射
線は透過しづらい。“鉄槌”が保管されているのはそんなものに囲まれている場所だ。地下の
核シェルターの中にある」
 そう言いつつ、ジョンソンは素早くコンピュータデッキのキーパットを叩いている。画面には
次々と中性子爆弾のデータが表示されており、そこには、具体的な所在地、起爆方法まで表
示されていた。
「つまり、地下から引きずり出してきて、地上で吹っ飛ばせばいいんだろ?それだけだ」
「簡単に言うとそう言う事だが、あの方がくれた起爆装置だけでは不十分だ。実際に兵器を使
って調節するしかない」
 ジョンソンは焦っているのか、キーボードを叩きながらも周囲を伺った。どこからか銃声が迫
ってきている。それは、『キル・ボマー』達が一時拠点としているこの倉庫にも、軍の部隊が迫っ
ている事を意味していた。
 だが『キル・ボマー』は余裕のある表情で答えた。
「簡単な事だ。場所は分かったんだろ?その場所へ行って、俺が直接起爆してやる。それだけ
の事だ」
「ああ、もちろんだ。だが、多少の時間がかかる。それまで、耐え凌ぐしかない」
 ジョンソンがそう言った所で、彼らがいる倉庫の扉が反対側から爆破された。その爆発音に
彼らが怯んでいる隙に、軍の部隊が次々と銃を構えて近づいてくる。
 すかさず、『キル・ボマー』達は交戦した。ジョンソンは開いていたウィンドウを素早く閉じ、コン
ピュータデッキを抱えて倉庫の陰に身を潜める。
 仲間達は突入してきた軍の部隊に対して応戦し、銃を発砲し、倉庫の中は幾重にも繰り返さ
れる銃声によって、耳をつんざくような音が響き渡った。
 仲間達が、軍の部隊員によって次々と倒されていく。彼らは武装して、軍の部隊とも対等に
渡り合えるほどの戦力を持っていたはずだったが、数では軍の方が上だった。
 幾ら、通信手段を断ち、内部から混乱させようとしても、軍はありとあらゆるテロ攻撃に備え
ている。すぐに体勢を立て直してくるだろう。
 しかし軍にとっても脅威はあった。その脅威は、『キル・ボマー』とジョンソンとほぼ入れ違いに
倉庫の中に入っていった。
 混乱の中を『キル・ボマー』達は倉庫の中から脱出して行ったが、それと入れ違いに、ロボッ
ト兵が倉庫の中に入って来たのだ。
 ロボット兵は3機だったが、彼らは猛烈な銃撃戦の中でも、全く恐れを見せることなく突入して
いき、そのガトリング砲を兵士達に向けて発砲した。
 『タレス公国軍』の兵士達にとって、本来ならばロボット兵は味方であるはずだった。それは
戦争が起こったとしても同じ事だ。いかなる戦場でもこのロボット兵達は、『タレス公国軍』の味
方として活躍するはずだった。
 だが今は違った。ロボット兵達は、『キル・ボマー』達によって操られる、傀儡となり、傀儡師で
ある『キル・ボマー』達が操る糸。すなわちプログラムによってロボット達は敵となる存在だっ
た。
 軍の内部を行きかう通信は遮断されており、軍の非常戦闘部隊の間では、ロボット兵が敵に
回っていると言う通信が行きわたっていない。ただ、テロ攻撃が起きていると言う事実のみしか
知らない部隊も多い。
 ロボット兵達は、そのような兵士達を容赦なく追い詰めていった。
 一方で、計画を進める『キル・ボマー』達はまんまと虎口を脱し、目的地まで向かう。その目的
地まではもう少しだ。
 『エンサイクロペディア』のデータが示している。それが隠されている旨は、事前に協力者、フ
ァラデー将軍からも伝えられていた。
 ロボット兵が何だ。所詮、対象物を探し出し、銃弾を撃ち込む程度の事しかできない奴らだ。
 『キル・ボマー』達の目的はそのような次元にあるものではない。あの方の目的はただ一つ。
時代を変えるほどの、鉄槌による一撃を、この地に食らわせるのだ。



プロタゴラス市内 大統領官邸



 《プロタゴラス市内》の中心部にある大統領官邸では、『タレス公国』の主にして、軍の最高指
揮者であるカリスト大統領が、執務室に次から次へとやって来る首都攻撃の報告に、対応を追
われていた。
 新たにやって来た報告は、ある決断を最後まで下せないでいる大統領の背中を強く押すもの
となった。
「カリスト大統領。たった今、入った報告ですが、《プロタゴラス空軍基地》が何者かに襲撃され
た模様です」
 大統領の補佐官がやってきて、彼にそう言った。カリスト大統領は思わず椅子から立ち上が
ってしまった。
「何だと!それは一体、どういう事だ?」
「詳細は不明です。現在、基地とは一切の通信が取れない状態となっています。少なくともサイ
バー攻撃を受けているというのは事実でしょう」
 カリスト大統領は、初めは信じられないという表情だったが、何とか自分を落ちつけようとす
る。
 すでに首都は厳戒態勢下にある。それなのに、この大統領官邸の次に厳重警備下にある空
軍基地が狙われるとは。
「カリスト大統領。ご存知な事は承知ですが、《プロタゴラス空軍基地》はこの首都からわずか
100kmの距離にある基地です。規模は国内最大規模。もしテロリストに襲撃され、この首都が
攻撃の対象となるのならば」
「分かっている!あらゆる攻撃を想定している。今もこの首都の上空を戦闘機が警戒態勢に
当たり、核攻撃から、あらゆる攻撃を想定している」
 カリスト大統領は言い放った。彼にとっては、空軍基地が襲撃されたと言う事実よりも、ある
決断を下すか否かを迫られていたのだ。
「大統領」
 そこへ、頃合いを見計らって姿を見せたのは、軍服姿に身を包んだ男だった。彼は『WNU
A』の代表者の一人で、フォックスという『タレス公国』では将軍職にある者だった。
 大統領官邸に出入りができ、特に軍事関係でカリスト大統領の補佐をする。
 この時勢においては、フォックス将軍にカリスト大統領が命令をすれば、国中、いや、実質的
には『WNUA』に加盟している7カ国全ての軍が動く。
 その男が、首席補佐官よりも前に出てカリスト大統領に言った。
「頃合いかと思います。この基地が攻撃を受けたのならば、それはテロリストのできる事ではあ
りません。襲撃した者達の正体は今だ不明ですが、恐らく背後には…」
 大統領はそこに一呼吸を入れて言った。
「『ジュール連邦』が絡んでいると言う事か」
 自分がその言葉を発すると言う事が、一体、いかなることを意味しているのか、大統領はよく
分かっていた。
「大統領。それはつまり」
 補佐官が言葉を発した。
「待て。まだ詳しい事は分からんのだろう?これが、『ジュール連邦』による攻撃か否かと言う
事かも」
 しかしその言葉をフォックス将軍は遮る。
「《プロタゴラス空軍基地》からの報告によれば、軍事機密を扱った『エンサイクロペディア』と呼
ばれる文書が流出しています。この国の機密がテロリスト側に漏洩し、そのわずか数時間後に
は空軍基地が攻撃を受けています。
 テロリスト達が、『ジュール連邦』側の人間であると言う事はすでに明らかです。これ以上、攻
撃を受けるよりも前に、早急な決断をお願いします」
 ますますカリスト大統領は追い込まれた。彼は何とか平静を保っていたが、重大な決断を前
にし、迷わずにはいられなかった。
「『WNUA』の各国首相は揃っているか?我が国の決断だけで、『ジュール連邦』と戦争は出来
ん!何しろ、この世界の三分の一を相手にするようなものだからな」
「はい。『WNUA』の各国首相は揃ってあなたをお待ちです」
 補佐官が大統領の顔を伺うかのようにして言って来た。
 すでに首相達が揃っている。それは彼らの間での決断はすでに決定されており、カリスト大
統領の更なる決断で全てが決定するようなものだ。
 しかし、まだ大統領は決定的な決断を得られずにいた。何しろこれを期に、世界戦争が起こ
ろうとしているのだから。
 世界戦争をしようとする決断は、まだ大統領には下す事は出来なかった。
Next→
3


トップへ
トップへ
戻る
戻る