レッド・メモリアル Episode11 第7章



プロタゴラス 大統領官邸
11:02 A.M.



 その衝撃は瞬く間に世界中を駆け巡った。
 『タレス公国』の空軍基地が、『ジュール連邦』側のテロリストによって、中性子爆弾による核
攻撃を受けた。
 真っ先にその情報は、『タレス公国』の危機管理部門に伝えられ、彼らは情報が断絶してい
た空軍基地の情報の収集に当たった。更に、度重なる連続テロ攻撃に対する、新たな脅威に
対しても緊急対策が整えられた。
 緊迫する国内の政治と軍事。その最も中心地にいるカリスト大統領は、自身でも感じている
動揺を隠す事が出来ない。
 まさか、このような出来事が本当に起こってしまうなど、信じたくも無かった。
 だが、それは実際に起こってしまった。これは巨大な鉄槌だった。この国に振り下ろされた、
神の仕業とも見紛うくらいの巨大な攻撃だった。
「大統領。現在死傷者数の数は判明しておりません。しかし、衛星が捉えたのは間違いなく核
攻撃です。中性子爆弾であるというのも、高度の中性子線が観測された事からも明らかです」
 カリスト大統領の補佐官がそのように言って来た。中性子爆弾というものは、大統領にとって
も脅威に感じられた。核実験を除けば、いまだかつて、人類に対して行使された事の無い兵器
ではないか。
 それを、テロ攻撃によって使用された。それも『ジュール連邦』の連中に。
 思わず、カリスト大統領は執務室の席から立ち上がった。その勢いで、椅子を後ろへと跳ね
飛ばしそうなくらいだった。
「各国の首脳は集まっているのか?」
「はい。大統領をお待ちです」
 と、補佐官は言った。



 『WNUA』七カ国の内、六カ国の首相、大統領は光学モニターの向こうに姿を見せていた。
その他、各国の軍事関係の代表者も集まっている。七カ国目の『タレス公国』の大統領であ
る、カリスト大統領がその前に姿を現すなり、皆が彼の方を向き直った。
「カリスト大統領。この度は貴国で起こりました出来事を、非常に遺憾に思います」
 早速そのように言葉を投げかけて来たのは、『パイドロス国』の首相だった。
 カリスト大統領は、その言葉には何も答える事はせず、静かに席に座り、口を開いた。
「『WNUA』各国の諸君。つい30分程前に我が国に行使された攻撃は、中性子爆弾による核
攻撃と判明しました。これは『ジュール連邦』側のテロリストによるテロ攻撃であると判断してお
ります」
 まるで感情の籠められていないようなカリスト大統領の声に、彼の言う攻撃が本当に起きた
のだと言う事を、各国の代表者達は悟ったようだった。
「大統領、そういう事でしたら」
 強硬派である『プリンキア共和国』のセザール首相が、早速とばかりに言いだそうとしたが、
カリスト大統領は彼の発言を遮った。
「セザール首相。あなたのおっしゃりたい事は分かっております。私も、いえ、我が国も、今回
起きたこの攻撃で、はっきりと自覚しました。
 これはテロ攻撃ではありません。『ジュール連邦』による、我々の国々に対しての戦争行為で
す。我が国は、今ここに宣言します」
 と、カリスト大統領は一旦間を置いた。
 皆がじっと彼の決断を待つ。緊張が流れ、カリスト大統領は自分自身でもその発言の重みを
痛感していた。それは核爆発が国内で起こったという事よりも、さらに巨大な鉄槌を、今度は世
界に振り下ろす事に他ならない。
 だが、選択肢は無かった。この国が軍隊というものを持っている以上、しかもその軍隊に対し
て攻撃が行われた以上、宣言するしかない。
 決断の元にカリスト大統領は、新たな鉄槌を振り下ろした。
 彼はその場から立ち上がり、堂々とした口調で宣言する。
「我が国は、ここに、『ジュール連邦』に対して宣戦布告をします!」
 静寂を切り裂き、その言葉は響き渡った。



 そのカリスト大統領の決断は、この場にいる者達にとっては当然のものであり、そして、待ち
望まれていたものであった。
 だが彼らは気づいていなかった。それは、巨大な歯車が回転する、世界変革の一環でしかな
かったのだ。
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―Ep#.12 『臨界 Part2』―

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