レッド・メモリアル Episode11 第6章



10:35 A.M.



 『キル・ボマー』の奴は何を手間取っている?
 作戦実行時刻よりも5分遅れている。5分程度の遅れ、列車や航空機なら仕方ないのだろう
が、この作戦は何にも代えられない、崇高なものなのだ。5分の遅れにさえデリケートになる
し、作戦が失敗になりかねない。
 ファラデー将軍は、デールズとかいう軍の捜査官に連れられながら思っていた。
 ゴードン達に作戦を知られ、しかも自分が脱出不可能になるのは想定外だった。できれば、
もっと生きて、“あの方”に仕え、右腕くらいの存在にはなりたかったのだが、それも叶わない。
 だが、この崇高なる一撃を間近で見られるのは、命に代えてでもしてみたい。歴史を変える
ほどの一撃が振り下ろされようとしている。
「おい!ここか!ここなのか!」
 肩を撃たれたままのゴードンが言って来た。彼らは、大きな格納庫にいた。その中はがらん
としていて、戦闘機を何台も格納しておけそうな規模があったが、今は何も置かれていない。し
かし、地下には様々な兵器が格納されている。
 その地下に向かうエレベーターは格納庫の奥の方にあるはずだった。
「どうなんだ?ここにあるのか?お前達のいう“鉄槌”は?」
 ゴードンが顔面を蒼白にして迫って来た。相当に出血しているくせに相変わらず威勢がい
い。
 では、言ってやろう。
「ゴードン将軍。あなたは歴史の目撃者となる。後の歴史は知る事にはならないだろうが、この
場にいる事は幸運です。歴史を変える一撃を見れるのですから」
「いいから言え!」
 ゴードンがそう言ってきた。彼は自分の体を押し倒してくる。
「ゴードン将軍!こちらに地下に通じるエレベーターが!」
 デールズという捜査官の声が格納庫の中に響き渡った。
 まずい。止められてしまうかもしれない。
 デールズは、格納庫奥のエレベーターの位置にまで近づいた。エレベーターは、地下にいる
はず。そこは大きな穴になっている。
「下から登ってきます。男が二人!あれは!一緒に爆弾もある!」
 デールズはそう叫んだ。
 マティソンは焦った。もしや、あのデールズという奴に止められやしないか。そう思った彼は、
のしかかっているゴードンの体を押しのけようとした。
 だが、ゴードンは思っていたよりも力を持っていた。例え肩を撃ち抜かれていようと、マティソ
ンの体を押し付けてきていた。



 大型エレベーターで“鉄槌”を地上へと運搬しようとしている、『キル・ボマー』達の目の前に、
突然、一人の男が降り立った。
 地上まではあとわずか、10メートルほどの高さだったが、その男は、エレベーターの上へと
降り立ってきた。
 スーツ姿の褐色肌の背の高い男だ。多分、軍の捜査官だろう。
「ち!バレた」
 『キル・ボマー』は思わず舌打ちした。あと少しで地上に辿り着くと言うのに。こんな場所で止
められてたまるか。
 ジョンソンが銃を抜き放ち、それを男の方へ向けて発射しようとしたが、それよりも前に ジョ
ンソンの体が倒れた。男が持っているテイザー銃をまとみに食らったからだ。激しくその体が脈
打つ。
 このままではまずい。エレベーターはあと少しで地上へと到着する。
 だったら、やる事は決まっている。今、この場で“鉄槌”を起動させるのだ。
 『キル・ボマー』は“鉄槌”の、ジョンソンがセットした起爆装置の、最も大きなスイッチに手を
かけた。
 これを倒すだけだ。それだけで、“鉄槌”はこの地に振り下ろされる。
 ジョンソンの体を押しやり、軍の捜査官の男が“鉄槌”に近づいてくる。
「おい、やめろ!」
 お前の言える言葉はそれだけか?それが、最後の言葉か?『キル・ボマー』は、ほくそ笑ん
だ。所詮、軍人などその程度だろう。この自分とは違う。何もかもが違う。お前は巨大な歴史の
中の塵の一粒に過ぎない。
「やれェッ!やってしまえッ!」
 感電しているジョンソンの声が、絶叫のように響き渡った。
 わたしはあなたに仕えて光栄でした。歴史の一部になる事ができる事を誇りに思います。あ
なたの為に今、この地に巨大なる一撃を振り下ろします。
「やめろォッ!」
 エレベーターに降りてきた軍の男の声が響き渡った。
 だが直後、『キル・ボマー』は、“鉄槌”のスイッチを入れた。
 ジョンソンの起爆装置は完璧だった。『キル・ボマー』達は“それ”を認識できなかったが、確
かに“鉄槌”は振り下ろされた。



 巨大なまばゆい閃光が、《プロタゴラス空軍基地》の北の一角から一気に放たれた。その光
は、兵器開発部門の格納庫、建物を打ち払い、地上を徘徊していたロボット兵達をも粉々に粉
砕した。
 “鉄槌”が振り下ろされた地点から半径3km以内にいた者達にとっては、何が起こったのか
すら、認識される事は無かった。
 まばゆいばかりの光が、瞬いた程度にしか感じられなかったであろう。しかしその場にいた誰
しもの肉体は、一瞬の内に蒸発し、消失した。彼らが光を認識したという記憶さえも、瞬時に消
失し、圧倒的なまでのエネルギーが、空軍基地にいたもの、あったものを全て消失させてしま
った。
 光は荒野中に膨れ上がり、その光が消えていくと、猛烈な砂埃が巻き起こった。



 そのおよそ20km離れた場所をヘリによって移動中の、リー達の元には、強風にも似た爆風
が届いていた。
 彼らは離れた場所にいた為、その被害をほぼ受けなかった。
 だが、ヘリの後部座席に、フェイリンと共に座っていたセリアは、はっとして窓の外を見つめ
た。
 ヘリは荒野の真っただ中を航行中だったが、その荒野のずっと遠くの方に、セリアは眩しい
光を見た。日の光に比べればかなり小さな光のように見えたが、確かにその光は輝き、光線を
放っていた。
「あれは、何?」
 思わずセリアは呟いた。
 光は一瞬瞬いただけで、すぐに消えた。その後、光の方向に何やら砂煙のようなものが舞い
上がる。かなり離れた距離からでもはっきりと見る事ができる砂煙は、実際にその場にいたと
したら、相当の規模の砂煙だろう。
 それが何を意味しているのか、セリアはすぐに理解できた。
「デールズ達が、失敗した。そう考えていいだろう。『キル・ボマー』達の目的はこれだったのだ」
 操縦席でリーが言った。彼の言葉には全くと言って良いほど感情が籠っておらず、冷静に言
っていた。
「これから、どうしたら」
 セリアは衝撃を隠せないでいた。起きたのは恐らく核爆発。軍の基地で起きた核爆発なの
だ。
 それが、緊迫している国内、そして海外の状況と照らし合わせて考えれば、更に巨大な脅威
が起こる事は間違いなかった。“鉄槌”はただ振り下ろされただけではない。それ以上の確か
な意味を持っているのだ。
 セリアは、ヘリの窓から荒野の大地を見つめ、これからどうしたら良いのだろうと頭を巡らせ
た。しかしながら、その答えはとても見つかりそうにはなかった。



 “鉄槌”こと中性子爆弾は、実際の所、爆発力が大型の核兵器に比べれば小さく、小型核爆
弾程度の威力しかもたない。その上、建物などの被害を少なめにし、逆に人体への被害を増
大させている。
 そのせいもあって、《プロタゴラス空軍基地》で炸裂した爆弾は、半径1kmほどの規模の爆
心地を持っただけであった。兵器開発部門近辺の建物は消失したが、爆心地から離れた場所
の建物は残ったままであった。
 しかしながら、これは巨大な“鉄槌”だった。『タレス公国』の空軍基地が、『ジュール連邦』側
のテロリスト達によって、攻撃を受けた。それも、今まで人類に対して振り下ろされなかった兵
器を使って。
 この巨大なインパクトは、世界中を震撼させるに十分なものであった。
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