レッド・メモリアル Episode12 第7章



 ストロフは部隊隊員と共に病院内に突入した。最前線で飛び込んでいったのは突入部隊だっ
たが、ストロフはその背後から援護に回った。完全武装の軍の隊員によって、病院内はあっと
いう間に制圧できるだろう。
 しかし謎がある。何故、今になって病院のシャッターが突然開かれたのか。軍の隊員達も、も
しかしたら『WNUA』が発射したと言うミサイル着弾まで籠城されるのでは、と思っていた所が
突然開いたのだ。
 危うく、部隊長も、ミサイルの巻き添えを食わないように撤退命令を出そうとしていた所だっ
た。
 突入した隊員は、想定していたほどの抵抗を受けなかった。中には恐らく数十名の武装した
テロリスト達がいると思われていたのだが、実際はそんな事は無かった。
 だが、何かのガスが充満しており、突入した隊員はそのガスによって怯んだ。その為、唯一
人質達の中に残っていた一人のテロリストにより、数名の隊員がやられた。
 そのテロリストというのも、ストロフも拘束されたあの女だった。それも、少女とも言えるくらい
の年齢の女で、片手にショットガンを持ち、それを突入した隊員に向かって連射してきている。
 隊員はすかさずマシンガンを抜き放ったが少女の体は、マシンガンの弾を受けてもびくともし
ていない。
 ストロフは知っている。その少女が『能力者』であり、マシンガンの銃弾など受け付けないの
だと言う事を知っている。
 『能力者』の事は非能力者であるストロフも知っている。高い『能力』を有する者は、軍の部隊
隊員の一個中隊は壊滅させられる力を有している事を知っている。
 だからストロフはその少女の姿を確認するなり、部隊長から貰っていたある兵器を使う事にし
た。
 マシンガンの弾は駄目でもこれならばどうだろうか。ストロフは両手でグレネードランチャーを
構え、それを少女に向かって発射した。
 ショットガンの弾は当てを外れ、少女の体はグレネードランチャーの爆発によって吹き飛ばさ
れて、ホールの向こう側にまで飛んでいってしまった。普通の人間ではただでは済まないどころ
か、跡形も残らない程になるであろうが、この少女はと言うと、鋼鉄の塊でもぶつけたかのよう
に背後に吹き飛んでいくだけだった。
 しかし気を失ったらしい。軍の部隊と共にストロフはゆっくりと少女へと近づいていった。彼女
の体は、ホールの壁にめり込んだ後に崩れ落ちるように倒れたらしく、うつ伏せになっていた。
 ストロフは少女の体へと近づいて行く。グレネードランチャーは捨て、銃を向けてその少女へ
と近づいた。
 少女は気絶しているようだ。グレネードランチャーの爆発をまともに受けていながら、気絶す
るだけで済んでいるようだ。怪我もほとんど負っていない。
 ストロフは今まで『能力者』を何人も見てきたが、これほどまでの者は初めてだった。もし、こ
の少女が国にとっての戦力となるのならば、それは恐ろしい存在になるだろう。
「ストロフ捜査官!」
 部隊の隊長がストロフに呼び掛けてくる。ストロフははっとして彼の方を向いた。
「急いで人質を救出しませんと。病院は制圧しました。ですが、ミサイルが飛んできています。も
う数分もありません!」
 ストロフが見上げた病院の廊下からは次々と、封鎖された病院のホールから解放されていく
人質達の姿があった。軍の隊員達が人質を迅速に解放していっている。
「テロリスト共はどうした? 人質を見張りなしで放りこんでいるとも思えん!」
 ストロフは警戒心も露わにそう言うのだが、
「敵の姿は見当たりません。何者かが我々よりも前にここで交戦したようです!それよりも急が
ないと!」
 ストロフは今彼が倒した少女の後ろ手に手錠をかけながら周囲を見回した。すると、辺りに
はマシンガンを抱えたまま倒れているテロリストらしき者達の姿があった。
 すぐに『タレス公国』からやって来た、向こうの軍の捜査官の姿が浮かんだ。あいつらがここ
を通っていったのか。目的は恐らくベロボグ・チェルノの存在だろう。だが、彼らがどうなったか
を調べている暇もないようだ。
 彼らがベロボグを捕らえたならば、間違いなく『タレス公国』側へとベロボグは渡る。『タレス公
国』はベロボグの証言をどう扱うのだろうか。
 国に頼らず、『タレス公国』に攻撃を仕掛けたと彼が証言し、それをそのまま報じれば、『WN
UA』の戦争行為は過ちであったと認めたも同然だ。どこの国もそんな事はしたがらない。
 ベロボグは戦犯として裁かれるが、戦争が終わるわけではない。
 唯一の頼みの綱はこの少女だろうか。だが、この少女が、どこまでベロボグ・チェルノと繋が
っているか、ストロフには自信が持てなかった。
「急いで下さい、ストロフ捜査官!」
 隊長にそう言われた時、ストロフは少女の体を抱え、すでに病院から外へと出ていたが、そ
の時、ジェット機でも飛んでくるような音が聞こえていた。



「お父様、ご無事? さっきの男は、とっとと逃げちゃったよ。ただ、アリエルを連れていっちゃ
った。あたし、どうしよう?」
 レーシーはそう言いながら、父親、ベロボグの顔に手を当ててきていた。
 ベロボグは、レーシーの手を優しく握ってやった。つい昨日までは上げる事さえもできなかっ
た腕だったが、今は上げる事ができる。そして、レーシーの手を優しく掴んでやった。
 レーシーの繊細な少女の手は確かな体温を持っている。彼はその体温を感じながら、思考を
巡らせていた。
 いかにしてこの状況を切り抜けるか。『WNUA』の艦隊が放ったミサイルは今、この地を目指
して飛んできている。だが自分はまだベッドから起き上がる事も出来ない。もはやこの場所か
らは走って逃れる事さえできないだろう。
 ならばする事は一つしか無かった。しばらく使っていなかった行為だが、その『力』をベロボグ
はまだ有している。その『力』が存在していると言う事は、ベロボグははっきりと理解できる。
 何しろ、この『力』のせいで、自分の脳には腫瘍ができたのだから。腫瘍は取り除いたのでは
なく、その蝕む毒素を中和したといった方が適切であろう。『力』を使う事で起きていた副作用
を、ベロボグは消し去ったのだ。
「レーシー、お前の『力』を私にくれるか?」
 ベロボグはレーシーの純粋で無垢な瞳を見つめ、そのように尋ねた。
「はい、お父様、喜んで」
 レーシーは迷いもせずにそのように答えた。
 ミッシェルの時は、わざわざ脳の手術をしてまでしてでしか『力』を手に入れる事が出来ない
ほど、ベロボグの体は弱っていた。だが、今ならできる。
 ベロボグは、レーシーの額の部分にそっと手を触れた。それだけで良い。後は、自分の本能
に従うだけで、レーシーの持つ特異的な『能力』は、自分の体の中へと流れ込んでくるのだ。
 ベロボグがレーシーの『力』を感じだした時、ジェット機でも飛んでくるかのような音が聞こえ
た。やがて、破裂するかのように轟音が響き渡り、ベロボグの視界は、白い光に包まれた。



(急いで! 急いで、セリア!)
 耳元で響き渡るフェイリンの声。彼女は病院に近づいてくるミサイルの接近を伝えている。ど
うやらもうミサイルは目前まで近づいてきているようだった。
 裏口から病院を飛び出した時、セリアは、ジェット機でも飛んでくるかのような音がした。
「身を伏せろ!」
 前の方を走っていたリーがそのように言った。リーとセリアはすでに病院の裏庭まで走って来
ていた。
 リーと共にセリアがとっさに身を伏せようとした時、轟音が響き渡り、病院の建物はまるで内
部から破裂させられたかのように、木っ端みじんに吹き飛んだ。
 耳をつんざくような音が響き渡り、炎が吹き荒れた。その轟音は一撃ではなく、続けざまに3
回やって来た。
 爆風と爆炎が吹き荒れ、病院の建物は、破片となって周囲へと撒き散らされた。衝撃波は付
近の建物の窓ガラスを粉々に砕き、道路に止まっていた車さえもなぎ倒した。
 その轟音は《アルタイブルグ》のどこにいても聴く事ができるものであったし、爆風は街の郊
外まで届いていた。
 『WNUA』から『ジュール連邦』に対しての宣戦布告が行われて1日。今までは両者のにらみ
合いしか起こっていなかったが、直接的な攻撃は今、ここに初めて行われたのだ。
 空爆という形で行われた攻撃の間近に、リーとセリアはいたが、彼らは何とか怪我を軽傷で
済ませ、今だ爆発の続いている病院の建物から離れようとした。
 病院の裏庭を歩いていると、そこに猛スピードで一台のバンが迫って来てリーとセリアの目の
前で停車した。
「セリア!」
 車の扉が開かれ、そこには慌てた表情のフェイリンが顔を見せた。彼女も今の空爆の衝撃
をバンの中で感じていたのだろう。実際、彼女が乗っていたバンのガラスは割れていた。
「大丈夫!わたし達は大丈夫よ!」
 悲鳴や叫び声が聞こえてくる中、リーとセリアは急いでフェイリンの運転してきたバンの中に
入り込んだ。しかしバンに乗ったのは2人だけでは無かった。
 リーは連れてきた気を失っている少女を、バンの後部座席に横たわらせた。
「ちょっと、あんた、その子を一体、どうしようって言うのよ?」
 セリアがリーに尋ねた。リーが連れて来たのは、年の頃は18歳ほどの少女であり、髪を真っ
赤に染めている。『ジュール連邦』に住む少女だろうか。
「ああ、今に分かる。とにかくバンを出してくれ。この街を離れる」
 リーはそれだけ見ると、割れたバンの窓ガラスから周囲の様子に警戒を払いだした。
「分かりました!」
 フェイリンは半ばパニック状態になりながらもバンを出した。
 セリアは何故、リーがこの少女を連れてきたのか分からなかったが、彼女の瞼を閉じた顔を
見ていると、セリアは奇妙な気分がしてきた。
 その気分は、セリアの感覚を超え、本能を刺激してくるかのような何かだったが、今の彼女に
はそれが何であるか理解する事は出来なかった。

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―Ep#.13 『ノーザンクロス』―

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