レッド・メモリアル Episode13 第1章



4月12日 10:22A.M.
『タレス公国』《プロタゴラス》


「我が国、そして『WNUA』の各国は『ジュール連邦』に対し、宣戦布告をしました。これは、我
が国に対する連続テロ事件。そして、更に発生した《プロタゴラス空軍基地》に対しての核攻撃
の首謀者が、『ジュール連邦』そのものであると判明したからです。
 このような事態になる事は、我々『タレス公国』政府、並びに『WNUA』に属する国の政府の
方々にとっても、非常に遺憾な事です。ですが、この報復は、国民の皆様方を守るためでもあ
ります。
 我々は《プロタゴラス空軍基地》に核攻撃と言う、冷酷で無慈悲な攻撃を受けました。空軍基
地には多くの愛国者としての、軍の人々がおりました。しかし、一撃の核攻撃が元により、軍事
関係者を中心とし、3,500人もの我が国のかけがえのない存在が失われました。ご家族の皆様
につきましては、ここに哀悼を述べたいと思います。
 しかしこれからも、『ジュール連邦』は同様の攻撃を仕掛けてくる可能性が十分にあります。
狙われるのはどこでしょう? 大都市、公共施設でしょうか? そこには罪も無き人々が何千、
何万、いえ、何十万人と生活しています。
 我が国はこうした『ジュール連邦』側よりの攻撃に対し、十分な対策を持っておりますが、確
実に国民の皆様をお守りできる保証はありません。あるとするならば、それはただ一つ。この
国に対し、決定的な報復措置を取る事です。もうこれ以上、我が国や、同盟国に対して、愚か
な攻撃を仕掛ける事ができないよう、敵の軍を破壊し、政権を掌握する事にあります。
 戦争と言う行為に反感を抱かれる方も多いでしょう。大統領であり、宣戦布告をした私とて同
様です。しかしこの決断は、我々の国、同盟国の国民の皆様、そして国の名誉を守るために
避けては通れぬ道なのです。
 保証しましょう。これ以上我が国は、『ジュール連邦』側の攻撃を受ける事はありません。しか
しこれは他人事ではありません。
 国民の皆様は、戦場に立ち、命を賭けて平和を取り戻そうとする兵士達に、敬意を眼差しを
向けて頂きたい。私も彼らには敬意を向けたいと思います…」
 カリスト大統領の演説がテレビ中継によって、『タレス公国』のみならず、『WNUA』、そして全
世界へと向けられている。恐らく『ジュール連邦』のごく一部の者達もこの光景を見ている事だ
ろう。
 軍事補佐官であるフォックス将軍は、その大統領の演説をしかと見つめていた。国民達はこ
れで満足するだろうか。大統領の言葉は、かなり理想論に走っている。できるだけ戦争の惨劇
を避けるかのような言葉の羅列だ。
 もし、本気でこの国や同盟国への攻撃をこれ以上防ぐのだったら、『ジュール連邦』やその同
盟国を徹底的に壊滅させなければ駄目だろう。だが、大統領は今だに戦争反対を唱える者達
の票も欲しいためか、かなり歪曲的な発言をしていた。
 やがてテレビ演説を終えた大統領が、フォックス将軍の元へとやってくる。将軍は堂々たる姿
勢で大統領を迎えた。
「どうだ? 戦局の方は?」
 神経質な態度で大統領はそう言った。彼が演説をしている間にも、戦局は刻一刻と変わって
いる。だが、フォックス将軍は堂々たる声で答えた。
「《アルタイブルグ》に侵攻して以降、完全に我等『WNUA』の優勢です。首都付近の軍事施設
に対する爆撃は90パーセント以上の成功。西部沿岸地域は1日中にも制圧する事ができま
す。首都である《ボルベルブイリ》への侵攻も、大統領の命令あらば、いつでも行う事ができま
す。シミュレーションによれば、首都制圧は週内にも完了し、新政府を打ち立てる事も…」
「分からん!」
 と、大統領は将軍の言葉を遮るかのように言った。
「と、申しますと?」
 面喰ったかのような表情で、フォックス将軍は大統領の顔を見返した。
「『ジュール連邦』の軍事力では、まず我々に適わない。こんな戦争が起こったとしても、我々
『WNUA』が圧勝する事は誰が見ても明らかだ。だが、何故だ? 何故、『ジュール連邦』は我
が国に核攻撃を仕掛けて来てまで、戦争を起こさせたのだ?」
 大統領は演説をしていた時とは打って変わった表情と態度になり、その場にいる者達にも聞
こえるかのような声で言い放っていた。
 だが彼の言う事は、その場にいる誰もが思っている事であった。それを彼が代弁しているに
過ぎない。
 フォックス将軍は即座に答えた。
「大統領。敵国の攻撃は確かな攻撃であり、戦争は戦争です。それにこれは、世界規模の静
戦を終わらせるきっかけにもなります。対立していた東側と西側をようやく統一させる事が」
「私には、そうさせるように誰かが仕向けた戦争のように思えてきているがね。宣戦布告をした
以上、その撤回は決してしないが、敵は『ジュール連邦』だけではない。そう思っている」
 再びフォックス将軍の声を遮って大統領はそう言った。
「確かに、『ジュール連邦』は社会主義の長。連邦に従属している国家は全て敵と思って良いで
しょう。しかし、それらの国全ての軍事力を足しても、我が国の軍事力の足元にも及ばない。戦
争が長期化しても問題ありません」
 将軍がそう言うと、大統領は彼と目線を合わせて言った。
「『チェルノ財団』はどうなった? 我が国に核攻撃を仕掛けたテロリストを支援していた組織
だ」
「同組織の本拠地である《アルタイブルグ》の病院は、初期の爆撃で完全に破壊しましたが?」
 将軍は大統領の表情を伺いながらそう尋ねてくる。
「『チェルノ財団』とやらの動向が気になる。向こうの政界にも影響力がある組織だという報告
だからな。この戦争の黒幕かもしれん」
「『チェルノ財団』の残党も含め、《ボルベルブイリ》さえ制圧してしまえば、この戦争には勝てま
す」
 自信を持って将軍はそのように言ったが、大統領の顔からは不安の色は消える様子は無か
った。
「動きがあったらまた報告しろ」
「承知しました」
 そのように答え、将軍は去っていったが、続いて大統領補佐官が姿を見せ、カリスト大統領
に報告をしてくる。
「大統領。首都で起こっている反戦デモですが、思っていたほどの規模ではありません。その
方の市民達は大人しい方です。やはり、自国が核攻撃を受けたというだけあり、大統領の御判
断は正しいとの世論の見方です」
 補佐官は、先ほどの将軍よりも紳士的な態度で大統領に言って来た。だが、大統領は安心
することなく、補佐官に更に尋ねる。
「では、反戦側では無い方の市民はどうなのだ?」
 むしろ大統領が聴きたいのはそちらの方だった。補佐官は一旦息をつき、自信もなさそうに
答えてくる。
「良い傾向ではありません。現在、特にここ《プロタゴラス》での、ジュール系移民が多い地帯で
暴動が起こっています。特に狙われているのは、ジュール系の宗教施設などで、放火や略奪、
暴行などが起こっています。
 ジュール系移民の保護も行われていますが、何にせよ、警官の数が足りません。軍は戦争
で手いっぱいですし、いかがなさいましょうか?」
「外出禁止令は出せるか?」
 大統領は即座にそう尋ねた。
「可能ですが、それでも暴動は収まらないでしょう。自国を攻撃された事によって、市民たちの
『ジュール連邦』への怒りは火を吹いていますので…」
 だが、その補佐官の声に反するかのように、大統領は堂々と言い放った。
「構わん。外出禁止令を出し、従わない市民は全て逮捕してしまえ。国民には忘れないでもら
おう。今は戦時中であり、人種差別や暴動などしている暇は無いのだと、思い知らせるのだ」
「はい、承知しました」
 大統領の答えは補佐官にはすでに分かり切った事ではあった。だが彼はすぐにその命令を
遂行すべく行動に移った。
 戦時体制下に移った『タレス公国』、そして『WNUA』の各国では、宣戦布告の時から24時
間体制での慌ただしい動きが続いていた。
 だが一方で『ジュール連邦』側からは、反撃も少なく謎の沈黙が続いている。これが戦争であ
るならば、世界を巻き込んだ激しい抵抗が続き、戦争は長期化するだろう。静戦であるときは
そう示唆されていた。
 だがいざ戦争が始まってみると、『ジュール連邦』側は思いのほか、その反撃を見せて来な
い。この調子ならば1週間とたたない内にこの戦争は終結するだろうとの見方だった。
 しかしながらこの『ジュール連邦』の見せている動きを、不気味な動きとしてみる見方も少なく
は無かった。


『ジュール連邦』国道310号線
《アルタイブルグ》から北へ250kmの地点


 リー・トルーマンは、セリア・ルーウェンス、フェイリン・シャオランを引き連れ、《アルタイブル
グ》の街から遠ざかっていた。そこは荒涼としたタイガが広がる広々とした大地の真中であり、
『ジュール連邦』の首都圏からも離れた北の大地の中にあった。流れる空気は肌寒く、雪も積
もっている。
 《アルタイブルグ》の街が『WNUA』の軍によって空爆を受けてから丸1日が経つ。ベロボグ・
チェルノを捕らえると言うリー達に与えられた任務は、彼の空爆による死という形ですでに完了
した。
 リー達が彼を捕らえるよりも前に、軍は空爆を決行したのだから、もはやベロボグの生死な
ど関係なしに戦争を始めると言う考えだ。リー達の任務は失敗したのではない、軍が途中でそ
の命令を撤回しただけだ。
 だがリーは本国へ帰還することなく、《アルタイブルグ》の街から北へと離れると言う選択をし
た。
 何故リーがそのようなルートを選択したのか、セリア達は知らされていなかった。ただ、現在
《ボルベルブイリ》を始めとした『ジュール連邦』の主要都市は厳戒態勢が敷かれており、外国
人の出入国はおろか、自国民でさえ、厳戒態勢下によって、外出禁止令が発令されていると
言う。
 リーは何かコネを使い、『ジュール連邦』には知られない方法で国外に脱出するつもりなの
か、そうセリアは思った。
 だが彼は《アルタイブルグ》を脱出した後、爆撃の巻き添えを食らって窓ガラスが割れたバン
を乗り捨てた後、車を盗み、更に北へと進路を伸ばしていた。
 そして一夜が明けていた。
 リーは広々とした視界が開けた国道の脇に車を止め、寒い外に出ては何かを待っているよう
だった。セリアやフェイリンには何も知らされておらず、ただリーはタイガの大地を見つめてい
る。
 ここでは戦争とは無縁の世界が広がっていた。カーラジオではひっきりなしに戦争について
の放送が流れている。『ジュール連邦』政府は、自国にとって不利益になる事は放送したくない
のか、次々の『WNUA』軍の空爆で軍事施設が破壊されている事は放送していない。
 だが、世界中を駆け巡るネットの世界では真実が明らかになっていた。
 戦局は明らかに『WNUA』が優勢。彼らの軍はほとんど被害をこうむっていない。『ジュール
連邦』側も、必死になって爆撃機を『WNUA』側の艦隊に差し向けているが、大抵は、『WNU
A』の高度なステルス攻撃機によって撃ち落とされており、『WNUA』艦隊の被害は一隻も出て
いないそうだ。“静戦”によってぶつかり合っていた両勢力だが、いざそれが本物の戦争となっ
てしまうと、圧倒的な実力差があるようだ。
 『ジュール連邦』は、何故『WNUA』側に戦争を仕掛けたのだろうか。いや、そもそも、『ジュー
ル連邦』は、ただ戦争をさせられるように仕向けられただけなのか。
 車を停車させて数時間も経った頃、いい加減しびれを切らして、セリアは出ていきたくもない
寒い車外に、荒々しく扉を開きながら飛び出した。
 そしてセリアは車外にいるリーに向かって言い放つ。
「ちょっとあんた。丸一日も、一体、どこに行くつもりなの? 軍との連絡は? これからどうす
るの? 説明しなさいよね!」
 セリアはリーの不可解な行動にいい加減苛立っていた。
 リーはと言うと、かけていたサングラス越しにセリアの方を向き、今までと変わらぬ口調で言
ってくる。
「人を待っている。もうすぐ落ち合う予定だ。その人物は、『タレス公国』側の人間で、これから
の手はずを立ててくれる」
 相変わらずサイボーグのような口調だな、とセリアは思った。
「あらそう? じゃあ、もう一つ質問するわね。その子は、一体どうするつもりなの? その子は
どうしてここまで連れて来たの? 見た所、ただの子だけれども?」
 セリアは車の後部座席で座らされ、ぐったりと頭を下げている少女を指差した。彼女は、コン
ピュータデッキで戦争の動向を逐一入手しているフェイリンのすぐ横におり、昨日から一度も目
を開いていない。
 リーはここに来るまでに何度か、彼女に薬を投与しているらしく、それで目を覚ましていない
のだ。何故リーがそこまでするのか、セリアには分からなかったし、そもそも彼女が連れて来ら
れる意味が分からない。見た所、ただの少女でしか無く、あの『チェルノ財団』の関係者とも思
えなかった。
 髪を真っ赤に染めていて、ライダースジャケットを着ている所からして、どうやら、背伸びした
い年頃の子である事は分かった。だがセリア達大人からしてみれば、子供でしかない。年の頃
は、17歳から18歳といったところだろう。
 そんな姿をしている娘は、『タレス公国』では珍しくも何ともない。ただ、真面目な子はこんな
頭をしていないし、こんな恰好もしていないだろう。
 多分、大人になりたくて仕方なかったのだ。だから、こんな恰好をしている。セリアは自分の
若い時を思い出してそのように思った。
「いいだろう。その娘はな、『チェルノ財団』の関係者だ。彼女はテロリストではないが、人質に
なっていた」
 リーは車内にいるその少女を指差し、そのように言った。
「人質と言うのならば、あの時、病院にいたテロリスト以外の全員が、人質だったわよ」
 セリアはリーに向かって反論する。この少女だけをここまで連れてきたからには、何か特別な
理由があるのだろう。リーは何かを隠している。それを知るまではセリアは食い下がる気には
ならなかった。
「まだ言っていなかったな。その娘は、重要参考人の一人だ。この戦争の発端である、ベロボ
グ・チェルノの関係者だ」
 リーの言葉に、セリアはもう一度車内にいる少女の方へと目を向けた。この娘が関係者なん
て想像もできない。ベロボグ・チェルノは偽善者のふりをしたテロリストで、自分の病院の意志
や患者まで人質に取るような人間。このまだ若い娘が彼の関係者などとはとても信じられな
い。
「この娘がどう関係しているって言うのよ?」
 セリアはまだ疑いも露わにリーに言い放った。
「その娘が、まさにベロボグ・チェルノの実の娘の一人だからさ。君が病院で戦い、今はジュー
ル連邦政府に捕まっているのが、もう一人の娘。更に、もう一人ベロボグの奴と共にミサイルと
共に運命を共にした娘がいる」
 リーのその説明に、思わずセリアは目を見開いた。
「ちょっと! そんな話、わたし達は聴いてもいなかったわよ! ベロボグに娘がいても不思議
ではないけれども! 彼女達が一体、どう関わっているっていうのよ! 軍はどこまで掴んでい
るの? そして、その子達も、テロリストだって言うの?」
 セリアは言ったが、リーはサングラスをかけたままその表情を伺わせない。
「軍も掴んじゃあいないさ。『タレス公国』側の政府は、ベロボグが死んで、テロリストは全滅し
たと思っている。だが、実際はそうじゃあない。ベロボグはもっと奥深く、『ジュール連邦』に根
付いている」
 リーはセリアを見つめ、更に彼女よりも更に遠くの何かを見ているかのような口調で言って来
た。
「あらそう? そんな話も、あなたから、全然聴かされていないわよ。それと、この娘たちは、ど
うなの? テロリストなの? それに、あなたはこの子が、ベロボグの娘だって言う事を知って
いた。つまり顔を知っていたと言う事よね? どうして? あなたは軍も掴んでいない事を既に
知っているの?」
 セリアがそう言ってくると、リーは彼女からサングラス越しの視線を外して言った。
「『ジュール連邦』側に情報筋があるとだけ言っておこう。ジョニー・ウォーデンを上げられたの
も、その情報筋のお陰さ。それに、我々の今の行動は『ジュール連邦』側にも知られていない。
だから、聴かれるまでは黙っているつもりだった」
「そう? でも、この子はどう見てもテロリストには見えないわよ。あなたの言う事が本当で、例
えこの子が、ベロボグ・チェルノの娘だったとしても、一体、何の役に立つというの? 関係者
だからと言って、人質にでもするつもり?」
 セリアは攻撃的な言葉を発したが、リーは若干笑い、ただ一言だけ答えた。
「そんなつもりはないさ」
 だがリーのその言葉はセリアにとって、妙な響きに感じられた。もしかしたら本当にこの男
は、この子を人質にでも取るのではないだろうか。そんな気がしてならない。
「見ろ。来たぞ」
 リーはセリアの疑いの視線をはねのけ、地平線の彼方まで伸びている道路の先を指差した。
すると南方の方から1台の車がやって来ている。
 1台の乗用車は目立たない白色の乗用車で、どうやらリーはその車がやってくるのを待って
いたようだ。しかしこんな何もない場所でリーは何を待っていたのか、セリア達にはさっぱり知
らされていなかった。
 やがて乗用車が、リー達の乗ってきた車のすぐ横に止まり、そこからはいかめしい顔つきの
男が一人、二人と降りてきた。
 どちらも、どうやら『ジュール連邦』関係の人間であるらしい。背も高く、190cm以上はあるだ
ろう。こんな屈強な人間が何の用事だ。『WNUA』側のリー達と、『ジュール連邦』は現在戦争
中の真っただ中にあり、敵対関係にあると言うのに。
「あなたが、リー・トルーマン? 我々は遣いの者です。アリエル・アルンツェンの身柄を預かり
に来ました」
 『タレス語』を使い、やってきた男の一人は言って来た。かなりなまった声だが言葉は通じて
いる。
「ああ、そうだ。そちらは? 遣いの者では無く、本人が来ると言っていたが?」
 と、そこで男達の一人は言葉を濁らせ、そのように言って来た。彼の態度の些細な変化に
は、リーもセリアもすぐに反応した。
 リーは腰に手を当てている、いつでも銃を抜ける構えだ。リーがその姿勢を取った事で、セリ
アも警戒心を強めた。
「急に予定が変更になって、私達が来る事になったんですよ」
「ほう? そのように、一体、誰が頼んだと言うのだ?」
 リーが相手から一歩足を戻しつつ言った。明らかに警戒している事が相手にも伝わっただろ
う。
「お前達は、遣いの者などではないな?」
「ちょ、ちょっと、どういう事よ!」
 セリアはその場の状況が上手く呑み込めずにそう言った。リーが彼らに対し警戒しているの
は分かっていたが、彼の話す『ジュール語』が理解できない。
「あなた方は何か誤解をしている。私達は、依頼をされたからここに来ているのです」
 と、男の一人は言いながら、リーに向かって一歩足を踏み出してきたが、リーは相手を突き
放して言った。
「いいや、そんな事は無い。今、我々が置かれている状況下が、いかに大切かと言う事を、彼
は知っている。遣いの者などに任せたりはしない」
 リーはついに銃を抜いてそう言った。
「ちょっとあんた! こいつらは一体何なわけ?」
 セリアの言葉が放たれたが、リーは彼女を制止した。
「君は黙っていろ、セリア。お前達は組織の者でも『ジュール連邦』の者でも無いな? ベロボ
グの遣いか? 奴はまだ生きているのか?」
 リーは銃を向けたまま、両手を上げて降伏の意志を見せる相手に向かって詰め寄る。
「あなたが、素直に従えば、面倒にはならなかったというのに。もっと、平和的な解決策で行き
ませんか?」
 相手はそのように言って来たものの、リーは更に相手へと近づいて言い放った。
「誰の遣いでここにやってきた? ベロボグか? 奴はまだ生きているのか?」
 すると相手の男は言ってくる。
「ベロボグ・チェルノは死んだ。だがその意志はまだ生きている。彼の娘を預からせてもらおう」
「ちょっと、あんた達、何を言っているの!」
 セリアが会話の内容を掴めずに更にそう言ったのだが、
「いいや、そういう訳にはいかない」
 リーはそう言うなり銃を放った。彼はためらいもせずに、銃を発砲し、一人の男を撃ち倒す。
もう一人の男が、マシンガンを取り出し、それをリー達に向けて発砲して来る。
 すかさずリーは車の陰に身を潜めた。
「一体、どうなっているのよ!」
 セリアの言葉が響いたが、それはマシンガンの銃声によってかき消されかけた。だがリーは
冷静に車の陰から身を乗り出させると、マシンガンの銃弾の嵐の中、正確に狙いを定めて、マ
シンガンを撃ってくる男を撃ち倒した。
「一体、何がどうしたって言うんですか?」
 車の扉を開いて、フェイリンが顔を出してきた。どうやら彼女も無事であるらしい。しかも今の
出来事に気がついたのは彼女だけでは無かった。
 怯えきった様子で、後部座席で目を覚ました少女がいた。リーは彼女の方へと目線を向け
た。
「どうやら、我々の居所が奴らに筒抜けらしい。情報源は『タレス公国』側からだな。ベロボグの
配下の連中は『タレス公国』にもまだ残っているようだ」
「あんた、どういう事か、説明しなさいよ」
 とセリアは言うが、リーは構わなかった。彼はフェイリンが乗っている方の車の後部座席の扉
を開くなり言った。
「降りろ。君達とはここでお別れだ。私はその娘と二人で行く」
 その言葉と共に、リーはフェイリンに向かって銃口を向けている。
「ちょっと! あんた! ふざけているんじゃあないわよ! 何をやっているのよ!」
 セリアの声が響くが、次にリーがしでかした事は、セリアも全く予期していなかったし、まさか
彼がそんな事までするとは思っていなかった。
「悪いなセリア。君とはここでお別れだ」
 その言葉と共に、リーはセリアを撃っていた。
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