レッド・メモリアル Episode13 第2章



《ボルベルブイリ》国家安全保安局
4:55 P.M.


 セルゲイ・ストロフは、国家安全保安局に戻っていた。『WNUA』が宣戦布告をしてきたおか
げで今、『ジュール連邦』全土に厳戒態勢が敷かれている。すでに幾つかの軍事基地は、『W
NUA』側の空爆攻撃により破壊され、『ジュール連邦』は追い詰められていた。
 彼らも反撃がしないわけでは無かったが、『WNUA』側の圧倒的な軍事力は、彼らの時代遅
れの戦闘機や兵器を圧倒していた。
 この《ボルベルブイリ》が陥落するのも時間の問題だろう。そうしたら、国家安全保安局も攻
撃の標的になるのは確かだ。ストロフらは、既に地下の緊急避難施設兼、非常対策本部に移
っていた。
「ベロボグらのテロリストに捕らえられていた患者と、例の女性は保護しました。病院の患者は
《アルタイブルグ》の別の病院へと移しましたが、例の女性はこちらで保護しています。今は鎮
静剤で眠っています」
 ストロフの部下がそう言って来た。だがストロフは、
「ああ、ミッシェル・ロックハートの話は後で聴く。それよりも肝心なのは、あのガキの方だな…」
 たっぷりの卑下の意味を篭めたつもりでストロフはそう言った。彼は1日以上もテロリストに
拘束されていたが、まだ頭も冴えていたし、疲労も無いように感じていた。何しろ、世界規模の
戦争が開戦したと言うのだ。病院で引きこもっているわけにもいかない。
 それにストロフを今、駆り立てていたのは怒りにも近い感情だった。何しろ、テロリスト達のお
陰で、敗戦が間違いない戦争を引き起こされた。
 その責任はしかも自分達にあるかもしれない。国家安全保安局が、ベロボグ達の陰謀を
早々に暴いていれば、『タレス公国』に対しての核攻撃などという事態には陥らなかったはず
だ。戦争を防げたはずなのだ。
「あのガキは抵抗している様子はあるか?」
 ストロフは再び部下に尋ねた。彼は今、国家安全保安局の防空シェルターの中の狭い通路
を歩き、その奥へと向かっている。
「いえ、そのような素振りは見せませんが、反抗的であることは確かです」
 と、部下は言いながら、打ちっ放しのコンクリートで固められた、ある部屋の電子ロックを外し
た。
 そこはまるで金庫の中の一室であるかのような部屋で、窓も何も無い。テーブルと椅子、そし
て監視カメラだけが設置された部屋だった。そこの椅子に、一人の少女が後ろ手に頑丈な手
錠をはめられ、座らされていた。
 彼女はオレンジ色の髪を垂らしながら、顔をうつむかせていたが、ストロフと部下が中に入る
と顔を上げた。
 やっぱり見るからにただのガキだ。年齢は18歳、背伸びをしたい年頃なのか、無駄に化粧
なんかをしているが、それが余計にガキらしさを醸し出している。
 だが、この小娘はただのガキではない。テロリストなのだ。しかも、あのベロボグ・チェルノの
娘でもある。
 ベロボグが使っていたテロリスト達は、あの《アルタイブルグ》での一連の事件で全滅し、今は
彼女だけが生き残っていた。
「お前の事を調べさせてもらったぞ、シャーリ。お前の父親の事も調べたし、妹がいる事も調べ
た。だが、お前の妹のレーシー・チェルノは、あの病院へのミサイル攻撃で死んだ。ベロボグも
同様だ。お前達が起こした戦争の真っ先の犠牲者が、まさか、引き起こした奴ら自身とはな」
 乱暴に言い放ちつつ、ストロフは、シャーリについて書いてある書類のフォルダをテーブルの
上に置き、彼女とは向かいの椅子に座った。
 シャーリは何も臆する事は無いどころか、逆に微笑の姿さえ見せており、それはまるで相手
を挑発するかのようだった。
 ストロフはこの娘に対して一種の怒りのようなものを感じていたが、彼女の言動はますますそ
れを助長した。
「お父様とレーシーが死んだって、あなた達に一体、何故分かるの? どうせ死体は見つかっ
ていないんでしょう? じゃあ生きているわ」
 どうやらこのシャーリは本気でそう思っているようだぞ、とストロフは思う。
「お前達のお陰で、我が国は戦時下に突入した。これがどういう事か分かるか? お前達は、
我が国に戦争をせざるを得ない状況下に追い込んだんだ。戦犯という奴さ。国家反逆罪よりも
ずっと重い罪だ。
 お前達テロリストは、我が国を裏切り、大勢を犠牲にする戦争を、意図的に起こした。『WNU
A』からも貴様らは恨まれている。例えお前が未成年であったとしても、犯した罪の重さを考え
れば死刑は免れんだろう」
 と、ストロフはシャーリに言ったが、彼女は恐れるような様子も見せず、むしろ逆に何が可笑
しいのか笑ってさえいる。
 こんな奴らのせいで、自分達の国が戦争をする羽目になったとは。ストロフはそれに対しての
怒りを払拭する事ができず、シャーリへと身を乗り出した。
「お前、一体、何が可笑しいというのだ?」
 するとシャーリは、ストロフに対して恐れもせずに答えた。
「全てが、私達の思い通りに動いているからよ。あなた達は戦争に焦り、お父様が狙った通り
に動いている。この国が『WNUA』に勝てるわけが無い。だからあなた達は、今まで直接戦争
をする事は無かった。お父様はきっかけを与えたのよ」
 この女は何も恐れていないのか。自分達が行った行いが、どれだけのものだという事を、理
解していないのか。
 ストロフはシャーリの発した、彼女らの目的が、あまりにあっさりと明かされたので面喰った
が、やはり思っていた通りだ。『ジュール連邦』は、ベロボグらの組織によって、望まぬ戦争をさ
せられているのだ。
「他に、貴様らは何をたくらんでいるつもりだ! 残らず吐いてもらうぞ。そう、そんな、余裕なん
て見せられないような顔にしてやる!」
 ストロフは取調室に響き渡る声で言い放つ。しかし、このシャーリと言う女は何も恐れていな
いようだ。
「あらら、それって、あなた達がお得意の、拷問をするって言う事なの? いえ、無駄よ。ここに
来てから、いろいろと非人道的な事をされてきたけれども、わたしに対しては、全て無駄だった
事は、よく知っているでしょう?」
 この女は勝ち誇っているのか? ストロフの方が明らかに感情を露わにしてしまい、取り調べ
の主導権を持っていかれている。
 ストロフにしてみれば、ありとあらゆる手段を使い、この女に吐かせる事もできる。今までだっ
てテロリストに対してはそうしてきた。
 だが、この女は特別な『能力』のせいで、拷問が通用しない。その報告もストロフは受けてい
た。
 少し自分を落ちつけた上で、ストロフは手元に置いた書類をめくり始め、シャーリに向かって
話し始める。
「ああ、お前の事については調べさせてもらったよ。『能力者』か。だからお前はテロリストにな
り、様々な破壊活動を行って来る事が出来た。お前の体にはどういうわけか、金属が流れてい
る。液体状の金属だ。こんなものが体に流れていたら、普通は生きていられないというのにな。
だが、お前の体はこの金属の物質を受け入れ、しかもお前は体内にあるこの金属を自在に操
れる。しかも硬度を持たせる事もでき、おかげで自白剤用の注射針が効かないというわけだ。
 お前を殴ってやる事もできるが、お前の体を殴る事は鉄の塊を殴る事に等しい。つまり拷問
が通用しないと言う事だ」
 ストロフは今度は感情を篭めず、淡々と報告書に書かれている事を読み上げた。それは、今
まで国家安全保安局に捕らえられてきた『能力者』に関する報告書と、同様の形式で書かれて
おり、そこに書かれている事をストロフが読むのは初めてでは無かった。むしろもう読み慣れ
たものだった。
「この国にも、まだ『能力者』の事を調べている機関があったとはね。意外だわ。お父様が言っ
ていた事は、まんざらでもなかったというわけね」
 シャーリはわざとらしく感心した様子でそう言って来た。
 だがストロフは再び何の感情も込めない様子で彼女に答えた。
「ふん。そのように生意気な態度を取っていられるのも今のうちだ。お前の『能力』の事は分か
ったからな、とっておきの相手を用意してやったぞ」
 そう言うと、ストロフは拘留室の入口に立っていた男に合図をした。すぐに入れ違いに、大柄
な男が姿を現した。表情の無い大柄な男で、顔彫りも深い。軍人や政府の人間のようには見
えない。だが熊のような体躯の男だった。
「その男が、一体何? 図体がでかいだけじゃあ、この私を屈服させる事なんてできないわ
よ?」
 シャーリはまだ余裕の表情を見せている。だがストロフには自信があった。
「まあ、見ておけ。おい、ウラジミール。お前の得意技を見せてやれ」
 ストロフがそのように言うと、ウラジミールと言われた熊のような大男は、いきなりその顔に力
を篭め、両手から光を出し始めた。その光はやがて火花を飛ばさせ、まるで手の内で電流が
迸っているかのように見えた。
「何をする気かしら?」
 と、シャーリは言ってくるが、熊のような男は構わず彼女の背後に回り、その頭を背後から鷲
掴みにした。
 途端にシャーリの体は激しく痙攣し、その体からは光と火花が飛び散った。彼女は今まで上
げなかった叫び声を上げて、体を思い切りのけぞらせた。
「ウラジミールは、我々が見つけた『能力者』でね。我々と働く前までは、その『能力』を使って、
自動車泥棒ばかりをしているような、どうしようもないような奴だった。だが、スカウトして今では
拷問係として働いてもらっている。
 人間の体には電気抵抗があり、電気椅子処刑でも、相当な高電圧をかけないと死なないそう
じゃあないか? だがお前の体はどうだ? お前の体を流れている金属は、電気を良く流す。
電気椅子処刑よりも遥かに弱い電流で、お前を殺す事もできる。例え、お前の体が鉄の塊の
ような存在であったとしても、電流ならば、簡単に殺す事ができるのだ」
 ストロフはシャーリに向かって淡々とそのように説明した。一方のシャーリは、大男が流す電
流にのたうち、叫び声を上げるばかりだ。
 ストロフにとって、体が鉄の塊で出来ていて、そしてその体に電流を流される事がどれほどま
での苦痛であるかは分からない。だがそれは、スタンガンを食らうようなものなのだろう。
 この娘は所詮はただの小娘でしか無い。ストロフはそう思っていたから、彼女は簡単に値を
上げると思っていた。
 ストロフは指を鳴らし、大男、ウラジミールに電流を流すのを一旦止めさせた。
「どうだ? 話す気になったか? お前達、テロリスト共が一体何を企んでいるのか? 話せ
ば、これ以上痛い思いをしないで済む」
 ストロフは何の感情も篭めないかのような顔でシャーリを見つめ、そう尋ねた。
 シャーリは息を上げ、まだその体は小刻みに痙攣しているようだった。しかしながらストロフ
の意に反し、彼女はまだ微笑さえ保っていた。
「こんなもので終わりなの? こんな電流を流すぐらいじゃあ、まるで子供騙しね」
 シャーリは、垂らしたオレンジ色の髪の間から、そのように言うだけだった。その表情からし
て、ただ強がっているのではない事はストロフにも分かった。
 シャーリのその態度に、思わずストロフはテーブルを拳で叩き、言い放った。
「いいか? お前が全てを話すまで、何度でもやる! お前はどうせ、死んでも構わないんだか
らな!」
 ストロフは感情を隠す事が出来なかった。この娘を、ただのガキだと思っていた自分が愚か
しい。
「あらそう? だったら、そのくらいやればいいじゃあない…」
 シャーリは、ストロフよりも明らかに優位に立ったような態度でそう言ってくる。ストロフは指を
鳴らし、ウラジミールに命令した。
 すると大男はシャーリの額に手を当て、再び彼女に電流を流し始めた。


国道310号線


「おいいいから、落ちつけ。何もさらおうとしているわけじゃあない!」
 同じ車の運転席で運転している男がそのように言ってくる。だが、アリエルはもうこれ以上、
誰かの手でどこかに連れ去られるのが嫌だった。
 この男も、シャーリや、自分の父と名乗る男達と同じ存在なのかもしれない。
 だからアリエルは走行中の車の中から外へと飛び出そうとしていた。運転席にいる、タレス公
国系の人種の男は、運転しながらそれを止めさせようとしたが、アリエルは必死だった。
「嫌よ! もう嫌! 私はもう誰にも連れ去られないの! 大体、あなたは誰よ!」
 そう言うなり、アリエルは乗用車の扉を開き、外へと飛び出した。車はかなりの速度で走って
いたが、怪我をしてでもこの場から逃げ出したかった。
 車の扉の外から一気に寒気が入り込んでくる。アリエルの体は次の瞬間には、地面を転が
り、そのまま路肩の雑草の中へと突っ伏した。
 寒い。すぐに感じたアリエルの感覚はそれだった。それもただの寒さではない。今すぐこの場
から逃げ出したかったが、あまりにも寒く、身を起こして周囲を見回してみれば、そこは360度
見回しても一面平原が広がっている大地だった。
 アリエルはその光景に絶句した。何故、自分がこんな場所に連れて来られているのだろう?
 最後に自分の意識が合った時は、確か、《アルタイブルグ》の街で自分の父親と名乗る人物
と同じ病院にいて、そこに母もいたはず。
 それなのに、今気がついた時は、一面何も無い場所にいる。
 ここは、『ジュール連邦』北部に広がっているタイガの大地ではないのだろうか。
 何故、こんな場所に連れて来られているのか。何が何だか分からない。逃げようにも逃げ場
が無かった。
 すると、乗用車を止め、先ほど運転席にいた男がアリエルの側に近づいてきた。
「私の名は、リー・トルーマンと言う。『タレス公国軍』の者だと言えば、信用してもらえるか?」
 リーと名乗ったその男の言葉は、アリエル達が使うジュール語に比べてかなり訛りがあった。
『タレス公国』の人間だと言われれば確かにそうだ。世界の西側の人間の顔立ちと姿をしてい
る。
 その男は、わざわざ来ているスーツの内ポケットから、身分証を取り出してアリエルに見せて
きた。それはタレス語で書かれていたけれども、とりあえず彼が本当の『タレス公国軍』の人間
であると言う事は分かった。
「私を、どうしようって言うの?」
 だがアリエルはまだ怯えていた。この男も、『ジュール連邦』の国家安全保安局の人間や、シ
ャーリ達と同じように、自分を狙っている人間なのかもしれない。
「君の名は、アリエル・アルンツェン。『チェルノ財団』という組織に母親と共に拉致された。父親
の名はベロボグ・チェルノ。彼は《アルタイブルグ》のあの病院で死んだ。我々『WNUA』側が
やった空爆でな」
 そのリーの言葉に、アリエルは疑いと怯えの眼差しを彼へと向けた。
「死んだ? 空爆でって…?」
 アリエルがまだ怯えていると言う事を悟ったリーは、少し彼女を落ち着けるような間を取った
後で話し始めた。
「なあ、外で話してもいいが、話すと長くなる。車の中で話さないか?」
 と、彼女に申し出る。アリエルはまだリーの事を警戒しているようだったが、ゆっくりとその場
から立ち上がると、警戒の態度を見せながら、リーへと近づいて行く。
 とにかくこの男は、自分を襲いに来たわけではない。アリエルはそれだけを悟りながら、リー
の入った車に、彼より後から入った。
 座ったのは助手席だ。アリエルはこの男が、何かをするんじゃあないかと、まだ警戒していた
が、リーと名乗った男は、しっかりとアリエルにも分かりやすいように、しっかりとした発音で話
し始めた。
 車はゆっくりと車道に戻っていく。
「私達の国の連合である『WNUA』と、君達の国である『ジュール連邦』の間で、戦争が始まっ
た。もう何年も前から危惧されていた事態だが、つい2日前から戦時体制に入っている」
 リーのその言葉を、アリエルは少し信じられない思いで聴いていた。自分の住んでいる国が
『WNUA』と仲が悪いと言う事は、ニュースなどを通じて知っていたが、戦争になっていたなん
て知らなかった。
 アリエルにとっては『WNUA』にある国は、むしろ憧れの対象だ。自分が好きな文化も音楽
も、全て世界の東側の国のものだった。だから、その国々が戦争を仕掛けてきたなど少し信じ
られない思いだった。
「そうか、その顔は、君はまだ戦争が始まった事を知らなかったか。ずっと隔離された病院の
中にいたのだから無理もない。だが、戦争がはじまったのは事実だし、何よりも戦争を始めさ
せるように仕向けたのは、君のお父さんなのだ」
 アリエルは、自分が彼の言葉を聞き間違えたのではないかと疑った。だが、リーは間違いなく
父と言っている。
 アリエルは、自分の父親など3日前まで知らなかったし、あの病院で横たわっている男が本
当の父親なのだとは、今でも信じられないくらいの思いだった。
「あの、あなたが、おっしゃりたいのは、あの病院にいた男が、私の父親だと言う事ですか? 
だとしたら、私は無関係です。私はただ、勝手にあの病院に連れ去られてしまったというだけ
で。
 それに、だとしたら一体何だって言うんです? あなた達は、私に一体、何の用があるって言
うんですか?」
 アリエルははっきりとした口調でそう言った。ここ1週間。ずっと、誰かのいいようにされっぱ
なしだ。母親まで連れ去られてどうなったか分からない。突然、父親に会わされて、何度もテロ
リストに襲われた。
 『タレス公国軍』の男だか、何だか分からないが、アリエルはもう利用されるのも連れ去られ
るのもまっぴらだった。
「それを話すと長くなる」
「さっき、女の人を撃ちましたよね? あれは、あなたの仲間だったんじゃあないですか? あ
なたは本当に軍の人なんですか? もしかしたら、私を拉致しようとしている、父の仲間なんじ
ゃあないですか?」
 アリエルは落ち着いていられない。またこの車の扉を開いて、外に逃げ出してしまいたいくら
いだった。だが、リーと言う男はアリエルに言ってくる。
「落ちついてくれ。君の身の安全は保障する。それに、君の養母はもうテロリストの手中にはな
い。国家安全保安局が保護して、今は《ボルベルブイリ》市内の病院にいる」
 それは、アリエルを落ち着かせるような言葉だった。
 養母が無事でいるのは何よりも安心できた事だ。だけれどもまだこの男が言っている事が、
本当の事なのか、アリエルには信用し難かった。
 しかし車は容赦なく何も無いだだっ広い道を突き進んで行く。
 周囲が何も無いこんな場所では、アリエルも逃げ出しようが無かった。


「大丈夫? セリア?」
 フェイリンが心配そうな顔でそう言って来た。だがセリアは気丈に振る舞いながら、自分たち
を襲いに来たのであろう、『ジュール連邦』の男達が乗ってきた車に乗りながら、傷の応急処置
をしていた。
 リー・トルーマンが放ってきた弾は、セリアの右肩を貫通した。出血が酷く、セリアは自分のシ
ャツの一部を切り抜いて止血をしなければならないほどだ。
 だが、致命傷では無いし、セリアの右腕には障害も残らないだろう。もちろん適切な処置をし
なければならないが、そうなるようにリーは銃を撃ってきたのだ。
 それが何を意味しているのか、セリアはまず理解した。
「あいつは、わたしを殺す気は無かったのよ。ただ、わたし達をここに足止めしたかっただけ。
やる気だったら、あいつは本気でやるわ」
 セリアは語気を強めて言い放った。右肩が傷んで腕を上げる事もできないほどだったが、怒
りがその痛みに勝っていた。
「でもどうして、そんな。あの人は、あなたの上司なんでしょう? わたしのコンピュータデッキま
で持って行かれちゃったし」
 フェイリンがセリアの事を気遣いながらそう言って来たが、セリアは、
「あのリー・トルーマンは、私が呼び出された時から怪しい所が沢山あったわ。最初からこうや
ってわたし達を裏切るつもりだったのよ。裏切るつもりで、わたし達をここまで連れてきた」
 セリアはそう言いながら、開け放たれた車から外に出て、外気に当たった。肌寒い気温が彼
女の撃たれたばかりの傷口に触れたが、そんな事は今のセリアにとってはどうでも良い事だっ
た。
「だって、あの人は、軍の人間なんでしょう? 裏切るって、どういう事よ?」
 フェイリンが尋ねてくるが、セリアはすかさず答える。彼女に向かって怒りをぶつけるつもりは
無かったが、自然とそんな口調になってしまった。
「知らないわよ。理由はともかくとして、あいつは、最初から何かの目的で軍に潜入していた。
そうとしか考えられない。もしかしたら、今回の戦争と関係があるのかもしれないわ。テロリスト
とも関係があるのかも知れない」
「そんな」
 フェイリンはそのように答えてくる。だがセリアは構わず、路上に転がっているある残骸を手
に取った。それはちょうど、4つあり、それぞれが脚で踏み砕かれた有様になっていた。それは
セリア達、そしてこの地にやってきたテロリスト達の携帯電話の残骸で、もはやそれは機能を
果たせない状態にまで砕かれていた。
 これはセリアを撃った後、リーがやったものだ。セリア達をこの場に足止めして、連絡さえ取
れなくするためにこうしたのだ。
 セリアはその携帯電話の残骸を、自由の効く左腕で投げ捨て、悪態をつくなり、フェイリンの
いる車の元へと戻ってきた。
「どうするの? これから」
 不安げな顔を眼鏡越しに見せながら彼女は言って来た。
「『タレス公国』の軍本部に連絡を取るわ。リー・トルーマンが私を撃って、重要参考人を拉致し
たって事に。このままわたし達が追跡しても良いけれども、あいつは何を企んでいるか分かっ
たものじゃあない。携帯電話も壊されたから、電話ができる所を探すしかないわ」
 そう言うなり、セリアはテロリスト達の車の運転席側の扉を開こうとしたが、それをフェイリン
が止めた。
「ちょっと、セリア! あなた、右肩を撃たれているのよ。そんな腕で運転していくつもり?」
 少し迷ったがセリアは、フェイリンに運転席側を譲った。
「分かったわ、あなたが運転してよ。とりあえず、今は戻るしかないわ」
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