レッド・メモリアル Episode13 第6章



135号線付近 ジュール連邦


 リーはアリエルを連れて、機関車をある場所で降りた。
 最初から最後まで、貨物列車の機関車達は二人の事を列車強盗か何かと思っていたようだ
ったが、リーは構わない。彼らが警察なりに連絡する頃には、会うべき人物と接触する事がで
きるだろうからだ。
 列車は135号線との交差している踏切付近で停車させ、彼らは車を降りた。そこは針葉樹
林の森林が立ち込めており、リーはそこで降りれば木に邪魔され衛星が二人を見つけられな
い事を知っていた。
「ここまできて、私もあなたについて行く理由が、分からなくなってしまいましたよ」
 アリエルは森林の中を先に進むリーにそのように言った。
「帰りたいか? だが君の存在は我々にとって、何よりも大切なのだ。特に今起こっているこの
戦争にとってはな」
「それが、分からないんですよ。一体、この私が戦争の何だって…」
 リーの言葉を遮るようにしてアリエルはそう言った。
「まあ、安心してくれ。彼が、君をより安全で、いるべき場所へと連れていってくれる」
 リーはそう答えるが、アリエルが不服の表情をしていたのがすぐに目についた。この娘はほ
んの1週間前まで何一つ不自由することなく自由に暮らしていたのだ。それを無理矢理この世
界に引きずり込んでも不満しか生まれないだろう。
 あとは、あの彼に上手く丸めこんでもらうしか無い。
「その、いるべき場所と言うのも分からないままで、私がそう簡単についていくと思いますか?」
 アリエルはリーの様子を伺いつつそう尋ねてくる。
「まあ、心配するな。あの彼が連れて行ってくれる」
 リーはそう言って、針葉樹林の向こう側に見える、舗装されていない道路に止められた一台
の車を指差した。
 そこには1人の大柄なスーツ姿の男に護衛されている、一人の男が立っていた。
 男の姿は中肉中背。年齢は50くらいだ。彼が、レッド系の、それも極東地方の出身の顔立ち
をしていると言う事は、アリエルも近付いていった時に良く分かっただろう。
 その男はアリエルがやって来ると、彼女の姿を見て、まるで待ち望んでいたものがやってき
たかのように、好意的に迎えた。
「よく来てくれた。アリエル・アルンツェンさん。私の名前は、タカフミ・ワタナベという。君をある
場所へ案内したい」
 それはとてもたどたどしい『ジュール連邦』の言葉ではあった。彼、タカフミ・ワタナベが元はN
K人と呼ばれる人種であり、母国語も大きく違うものだから無理も無い。彼が発したのは、荒削
りのジュール語だった。
「ある場所とは?どこなのですか?」
 アリエルはそう尋ねた。彼女のジュール語は、ネイティブのものだったがタカフミは理解でき
た。
「今起こっている戦争を、食い止める事ができる組織のアジトの一つだ。心配しないでいい。君
は客人として招待するから、まあ乗ってくれ。コーヒーでも飲みたいだろう?」
 とタカフミは言い、アリエルを停車している車の後部座席へと促した。車は4輪駆動のもの
で、森林の土地でも走る事ができるようになっていた。
 後部座席の扉は開かれたが、アリエルは立ち止まった。彼女はこの車に乗り込むことで、ま
た新たな陰謀に巻き込まれていくのではと、そう思っているのだ。リーは彼女の表情をみてす
ぐに理解した。
「アリエル。君のお母さんだが、無事だ。我々の組織のメンバーが、《ボルベルブイリ》の病院で
見張っている。ベロボグ達の手が入らないようにとな…」
 タカフミはアリエルにそう言った。
「私は、母に会いたい。それで、元通りの生活に戻りたい」
 アリエルははっきりとした口調でそう言った。
「これが終わったら、すぐにでも君を元の生活へと戻そう。君のお父さんの、ベロボグの陰謀を
暴き、戦争を止めなければ、彼らは何度でも君を狙ってくる。だが我々は君を保護できるし、陰
謀を止められるのも君だけだ。何故かは、これから説明しよう」
 タカフミはアリエルを落ち着かせるようにそう言った。彼自身、リーのようなサイボーグのよう
に無機質な口調ではなく、人間味のある好意的な声をしていたから、アリエルも幾分は安心で
きただろう。
「あなた達を信用して良いか、まだ迷っています。でも、今の私には居場所が無い。あるとした
ら、あなた達と行くくらいの事だけです」
 アリエルはそれだけ言ってしまうと、自分から車に乗り込んだ。
「随分と、手荒に扱って来たようだな、リー? 我々の事を信頼していないぞ?」
 タカフミは今度は、タレス語に切り替えてリーに向かって言った。
「そうでもしなければ、彼女を連れてくる事はできなかった。修羅場だったのでな」
 リーはそのように答えると、アリエルと共に後部座席に乗った。最後にタカフミが助手席に乗
り、ついてきた男が運転席に座ると、車はすぐに森の中を走り始めるのだった。


《アルタイブルグ》チェルノ記念病院跡


 昨日に空爆が行われた、チェルノ記念病院の跡地では、その空爆の後の有様がまだ生々し
く残されていた。ミサイル攻撃によって木っ端みじんに吹き飛んだ病院は、瓦礫の山となってお
り、黒く焦げ付いた病院の外壁や鉄骨がそのまま残されていた。
 《アルタイブルグ》はこの攻撃の後、侵攻してきた『WNUA』によって迅速に制圧され、現在は
侵攻軍による戒厳令が敷かれていた。若干の住民とのトラブルはあったものの、現在は《アル
タイブルグ》の街は落ち着いている。
 しかし街のあり様は物々しい。『WNUA』の連合軍の軍用ジープや戦車が市内をひっきりなし
に動きまわり、交通も規制されていた。《アルタイブルグ》の住民が街の外に出る事は許されて
おらず、市内の鉄道、バスも運休させられていた。
 《アルタイブルグ》は首都、《ボルベルブイリ》から、わずか100kmしか離れていない。この先
に、『ジュール連邦』と『WNUA』軍の境界線が張られ、両軍は対峙している。双方の軍は空爆
という形でミサイル攻撃を主な攻撃手段としていたが、対空ミサイルを『ジュール連邦』側は首
都近辺に多く設置。『WNUA』からの首都空爆攻撃に対し備えている。
 その対空ミサイル兵器をどうにかしない限りは、『WNUA』も空爆を実施する事はできない状
態にあった。
 だがその『ジュール連邦』の防衛システムも、近いうちに破られる事になるだろう。『WNUA』
側にとって『ジュール連邦』の防衛システムなど何世代も前のものでしかない。近いうちに、首
都《ボルベルブイリ》は制圧され、『ジュール連邦』の領土は『WNUA』側のものとなるのだ。
 そんな戒厳令下にある《アルタイブルグ》のチェルノ記念病院では、今だに瓦礫の中に埋もれ
ており、生存者はもはやいないという事だった。この病院で起こっていた人質監禁事件は、『W
NUA』軍の侵攻前に人質が解放され、空爆の制圧という形で幕を閉じている。
 『ジュール連邦』の軍がその場に残ってはいたものの、彼らは抵抗を見せる事なく降伏して、
今では『WNUA』の捕虜の下にある。
 病院は廃墟のまま放置されていた。火災も鎮火されており、不気味な廃墟と、黒ずんだ瓦礫
が織りなす悲惨な有様には誰も近寄ろうとしていなかった。
 だが一部、『WNUA』の『タレス公国軍』の部隊がその場に残り、残された手掛かりを探って
いた。この空爆を受けた病院は、テロリストの拠点の一つだったのだ。そのテロリストはこの空
爆により事実上崩壊したかのように思える。
 しかしながら軍はまだテロリストの残党がいると判断し、《アルタイブルグ》を制圧した部隊の
一つに、この病院の跡地を探るように命じたのだ。
 だが、ここには瓦礫の山しか残されていなかった。空爆に巻き込まれたテロリストの死骸も残
されていたが、損傷が激しく手掛かりにはならない。
 病院が空爆を受けてから丸2日が経とうとしていた。もはやこの病院には何も残されていない
だろう。そのように部隊長が判断を下そうとしていた頃だった。
 突然、病院の瓦礫の山の中から、巨大な咆哮のようなものが上がっていた。
 崩れた建物の中を通り抜けた風のせいだろうと、最初は思った。だが、その咆哮はとてつも
なく大きなもので、まるで猛獣がどこかにいるかのようだった。
 中には、『WNUA』軍の偵察機が上空を旋回しているせいだとも思い、上空を見上げる者も
いたが、上空には何も見る事は出来なかった。
 だが、咆哮は絶え間なく繰り返され、やがて、病院の瓦礫の中心部から、何かが突き出して
きた。
 それは病院の瓦礫の中に埋まっていたものが、突然姿を現した事によって起きた。
 咆哮は、瓦礫に埋もれていた者が上げたものだった。
 彼は、瓦礫を吹き飛ばし、埋もれていた中から姿を見せる。部隊の隊員がそれに気がつい
たのは、次の咆哮が彼から上がった時であった。
 瓦礫の中に埋もれ、経った今、眼を覚ましたのは、他の誰でも無い、ベロボグ・チェルノだっ
た。彼は元々大きな体格を、更に巨大なものであるかのような姿で見せ、どこまでもとどくかの
ような巨大な声を上げていた。
 彼は、その小脇に、ぼろぼろの白い衣服を纏った少女の体を抱えていた。それはベロボグ
の娘のレーシーだった。
「な、何者だ! そこを動くな!」
 まさか生存者がいるなどと思っていなかった、軍の隊員は、ベロボグに向かって銃を向けた。
病院の患者の生き残りならば、すぐに救出しなければならなかったが、堂々と瓦礫の中に立つ
その姿は、彼らにとっては脅威の存在にしか見えていなかった。
 ベロボグは、その体をその場で屈ませ、今度は咆哮ではなく、うめき声のようなものを上げる
と、軍の隊員達が見ている中で、だんだんとその姿を変え始めていった。
 彼の背中側から、巨大な翼のようなものが出現した。翼とはいえ、それは鳥のような翼とは
似ても似つかない。
 それは戦闘機のような姿をしたものであった。その戦闘機の翼のようなものが、ベロボグの
背中に現れ、彼の背後からジェット機がエンジンを噴出するがごとく、火花が放出された。
 ベロボグはあくまで人間の形を保ったままであったが、背中から噴出されたエンジンを放出さ
せたまま、彼は少女の体を抱え、その場から飛び上がる。それはあたかも、戦闘機が中空に
舞うかのようだった。
 唖然とする軍の部隊員達の前で飛び上がったベロボグは、小脇にぼろぼろの衣服を纏った
少女、レーシーを抱えたまま、上空に一気に飛びあがり、廃墟と化した病院を後にするのだっ
た。



 ミサイル攻撃の直前に、レーシーの能力を吸収する事ができたのは、ベロボグにとっては幸
いだった。
 他者の能力を吸収する事ができるというベロボグの能力を、彼が使うのは実に久しぶりの事
であり、それが彼の脳に大きなダメージを与える事も知っていたが、ミサイル攻撃から生き抜く
ためには、レーシーの能力を吸収する以外に方法は無かったのだ。
 彼女の能力、機械と融合する事ができる能力を利用し、ベロボグは、シェルターを自分の体
で作った。さすがに『WNUA』の放った高威力のミサイルの直撃を受けては、体の損傷を隠す
事は出来なかったが、致命的なダメージにはならなかったらしい。
 気絶してしまったようだ。これもレーシーの能力だが、体内に内蔵されている機械の時計類を
見れば、2日が経ってしまっていた。
 計画には間に合うだろうか。急がなければならない。レーシーが戦闘機とさえ融合していたお
陰で、ベロボグはその能力を吸収し、自身も戦闘機に変形する事ができるようになっている
が、これができなければ、あの病院から脱出する事も出来なかっただろう。
 他の能力者の能力を吸収する事ができるというこの力は、脳に大きな負担をもたらす。ベロ
ボグは以前までに10の能力を会得していたが、脳腫瘍が拡大するにつれ、その能力は全て
失われた。そして今得ている能力はまた脳に負担を及ぼすだろう。
 特にレーシーの持つこの能力はかなり危険なものだ。おそらく自分にかかる副作用は相当な
ものになるだろう。
 しかし今は急がなければならない。
 『WNUA』軍が、『ジュール連邦』の首都である《ボルベルブイリ》への侵攻を始める前に行動
を起こさなければならない。
 ベロボグはその新たな目的の為に動いていた。
「お父様…」
 小脇に抱えていたレーシーが、そのように小さく呟いた。彼女はベロボグによって庇われてい
た為、ミサイル攻撃に対しては軽傷で済んだが、まだ完全に意識を取り戻す事が出来ていな
いらしい。
 ただ、父親に抱えられているという事で、安心しきったかのように眠っている。
「安心するのだレーシー。向かおう。我らが最後の楽園へ」
 それはまるで詩を詠むかのような言葉であったが、ベロボグにとっては本気だった。
 彼らは、目指すべき地を求め、空を飛行していく。
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―Ep#.14 『同胞』―

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