レッド・メモリアル Episode13 第5章



 ほんの数分歩くと、リーとアリエルは森の中を貫いて伸びている線路を見つけた。単線の線
路が延々と延びており、線路の状態からして、それはうち棄てられたものではなく、まだ使われ
ている線路であるようだった。
 そして森林の中を走っている線路は、一定のリズムで音を立てており、どうやら列車が来る
事を示しているようだった。
「よし、列車が来ている。これに乗り込もう。同志にもこの線路の先で会うように連絡を入れて
おく」
 そう言うなり、リーはアリエルを伴って線路脇の木の陰に身を隠す。リーは携帯端末のキーボ
ードにメッセージを入力し、それを送信した。
 やがて森林の線路のカーブを、機関車が姿を見せ、貨物をけん引してきていた。カーブの為
と、長大な貨物の重量のせいで列車は徐行しており、十分に飛び乗る事ができそうだった。貨
物列車が運んでいるのは、樹木を伐採し、それを積み込んだ無蓋車ばかりのようだったが、後
部にはコンテナ車もあり、リーはそのコンテナ車に向かってアリエルを先導した。
 アリエルはきちんとリーに付いてきて、その貨物列車のコンテナの手すりに飛び乗った。
 コンテナの扉は錆び付いていて動かしにくかったが、リーはそれを開き、アリエルを先に招
く。コンテナの中は外気を凌ぐ事ができるようになっていたが暗かった。
 リーが扉を閉めてしまうと、列車が車輪を軋ませている音は大分減った。
「これでしばらく凌げるが、軍はこの列車もすぐに追跡してくるだろう。早く落ちあわなければ」
 貨車の中で落ちつこうともせず、リーはそのように言い、貨車の内部を持っていたペンライト
で照らしていた。中には木箱があり、どうやら『ジュール連邦』のどこかからの積み荷が積んで
あるらしい。
 リーは貨車の扉を閉めてしまったが、アリエルは車輪を軋ませながら動いている貨車の中
で、扉の目の前に立ち、リーの側にはよっては来なかった。
 リーはすぐさま貨車の中の木箱の一つに座り込んでしまったが、アリエルにはその気は無い
らしく、今にも貨車の扉を開き、外へと逃げてしまいそうだ。
 だがそれよりも前に、彼女は口を開いて話し始めた。
「私は、ここ一週間、何度も騙されてきました。ショックだった事ばかりです。親友が実はテロリ
ストだったり、父親が養母をさらって無理矢理手術をされたり。今度は、私が戦争を止めるた
めの手立てですって。一体、どこまであなたを信用していいのか分かりません」
 なるほど、無理もない。リーはすぐにそう思った。何しろ、アリエルは18歳だったか。
 自分がそんな年齢の時に、目の前に現実を突きつけられたらどのように思うか。それを受け
入れることなどできないだろう。
「君の身に起こった事は、気の毒に思う。だから我々は君を助けたいと思っている」
 リーはそのように答えた。『ジュール連邦』の言葉を話す事ができると言っても、彼女を安心さ
せる事ができる口調になっていたかは自信が無い。
 実際、アリエルは全く安心する事ができていないようだった。
「このまま、この貨車の扉を開いて外へと逃げれば、私は自由になれるでしょう? 私は、誰か
に縛られる生き方なんて嫌なんですよ」
 アリエルは口先を尖らせてそう言って来た。彼女はテロリストにさらわれる恐怖や、今起こっ
ている現実に対して、恐怖を通り越し、既に怒りさえ感じているのだろう。
 だが、リーはアリエルに向かって言った。
「ああ、そうか。だが、ここは何も無い所だ。歩いて近くの街まで100km以上もあるんだ。それ
に外は寒いし、もう日だって暮れるだろう。それでも君はそんな事をするのか?」
「するかも?」
 アリエルはそう言うなり、貨車の扉を思い切り開け放った。
 すると外からは寒気が思い切り入って来て、貨車の中を一気に冷やす。しかも列車は直線区
間に入ったらしく加速をし、飛び降りれば大けがをするほどの速度になっていた。
「テロリスト達の言葉じゃあないが、あんまり、我々の手を煩わせないで欲しい。何も君を取っ
て食おうとしているわけじゃあない。我々はベロボグを倒し、戦争を止めたいわけだし、その為
には君の協力が不可欠なのだ」
 リーはそう言った。するとアリエルは開け放たれた、貨車の扉を背にしながら言い放ってくる。
「だからもう、曖昧な言葉は止めて、具体的に私に何をしてほしいかを!」
 そこまでアリエルが言った時だった。突然、貨車の上空からヘリの飛行音が聞こえてきてい
た。
 そのヘリの音で、リーはすぐに反応した。
「おい、貨車の扉を閉めろ。軍に見つかる!」
 アリエルは戸惑ったようだったが、すぐに貨車の扉を閉めた。
「思った以上に早いな。軍は私の事を国家反逆者だとでも思っているらしい」
「私を誘拐したりするからですよ!」
 アリエルは貨車の中に響くくらいの声でそのように言って来た。
「ああそうか。だが、私がした事は誘拐じゃあないぞ。軍の任務などよりももっと大切な事があ
るからこそだ」
 そのようにリーが説明している間にもヘリはどんどん接近してきていた。
 やがてある一定の距離まで達した時に、貨車の中にまで響き渡るくらいの音で、声が響き渡
ってくる。拡声器の声だ。
「そこの列車。すぐに運行を停止しなさい! これは『WNUA軍』の命令だ! 現在、この地帯
一帯は、我々の占領統治下にある! 運行を停止しなければ、即座に強硬手段に移る!
 列車の中には、我が軍の指名手配犯がいる! 即座に停止しなさい!」
 『ジュール連邦』の訛りのある声が辺りに響き渡った。列車はその声に反応したのか、だだん
とその速度を落としていく。
「参ったな。この列車は止まるぞ…」
 リーは立ち上がり、貨車の内側から空を仰ぐようにしてそのように言った。
「じゃあ、どうするんです? 私は誰にも捕まりたくありませんよ!」
 アリエルが言ってくる。だがそんな事はリーには周知の事実だった。
 列車はやがて急ブレーキの激しい音を立てながら、車輪を思い切りきしませてその地点で停
止した。
「それは、私とて同じ事だ。無理やりにでも動かさせるさ。君にもついてきてもらう」
 そう言うなり、リーはアリエルの腕を引っ張って、更に貨車の扉を開くと、彼女の方を先に降
ろさせた。
 アリエルはだんだんとリーを信用して来ているのか、無用な素振りは見せなかった。貨車の
外に出ると、上空にはヘリが飛んできている事が分かる。
 それも二機。上空から、まるでリー達のいる列車を挟み込むかのように迫って来ており、隠
れているような場所は無かった。
 案の定、リー達の姿はすぐに見つかってしまった。リーは、材木が積まれた無蓋貨車を背に
移動していたのだが、
「リー・トルーマン少佐! 逃げ場は無い! 大人しく投降せよ! 少佐、あなたは包囲されて
いる!」
 拡声器からの声が響き渡る。
「どうするんですか!?」
 ヘリの音と拡声器からの声に耳を塞いでいるアリエルを先に行かせる。そうしつつもリーは彼
女に言い放った。
「行ったろう? 列車を動かしてこのまま行く!」
 先頭で貨車を牽引している大型機関車までは、まだ100mほどの距離があった。
「どうやって!」
 アリエルがそう叫んだ時、再びヘリが接近してきて拡声器から大声が発せられる。
「リー・トルーマン少佐! 我々には発砲許可が降りている! 投降しないのであれば、発砲し
ろとの命令だ!」
 わざわざ警告を発しているのならば、まだヘリを動かしている指揮官はためらっているという
事だ。リーがした事は決定的な軍への裏切り行為ではあったが、彼らがまだリーを敵として認
めているわけではない。
 リーはアリエルを急がせた。もう隠れる必要は無い。彼らは全速力で機関車の方へと向かっ
た。
 その時銃声がして、リーの足元の地面、線路のバラストが砕け散って、それが顔の方にまで
飛んできた。ヘリからマシンガンが発砲された。
 だが、リーを狙ってきてはいない。これは威嚇射撃に過ぎない。
「リー・トルーマン少佐。投降せよ!」
 そのようにヘリからは言ってくる。だがリーは足を止めず、アリエルを急がせた。
「大人しく従った方がいいんじゃあないですか!?」
 アリエルがそう叫んだ。だがリーは構わない。
「君の方へは撃ってこない! 目的は私の方だ! 私が撃たれないように速く先に行ってく
れ!」
 リーが叫ぶ。先頭の機関車は目前に迫って来ていた。アリエルはただ列車を前の方へと進
んでいった。
 リーはマシンガンの弾を凌ぎながら、自分は振り向きざまに一発銃を発射した。彼が発射し
た銃弾は光を放つ弾となり、その銃弾はそのままヘリに命中したが、軍用の防弾のボディには
銃弾はかすり傷程度しか付けられない。
 しかりながらリーが発射時に銃弾に帯びさせた光は、そのまま折りたたまれた網であるかの
ように手を伸ばし、ヘリを覆い始めた。


 『WNUA』軍侵攻地帯


(何かがヘリに絡みついています! これでは飛行不能だ! 不時着するしかありません!)
 叫び声であるかのように響き渡るヘリの操縦士の声が、通信機から聞こえてくる。
 リー・トルーマン少佐を追跡するために飛び立った部隊のヘリは、即時に彼を発見する事は
出来たが、どうやら彼に抵抗されているらしい。
 侵攻地帯に設けられた前線基地の、大型テントの一つにある通信施設では、光学モニターと
共に、ヘリの現在位置も表示されている。
「不時着だと! 一体、何が起こっていると言うのだ?」
 この場にいる最高司令官が声を上げた。彼の本来の任務は『ジュール連邦』の侵攻計画の
最前線を任されたものであったが、リー・トルーマンの軍への反逆行為により、彼の追跡が最
優先任務になっていた。
 たった一人の将校の反逆行為、そしてその逃亡の追跡などは、1部隊に任せれば良い。そう
考えていた司令官だったが、『WNUA』軍からの命令では、即時に彼を捕らえ、拘束したうえで
その目的を尋問するように、との事だった。
 『タレス公国』では、こともあろうか空軍基地の兵器開発部門を統括する将軍が、実はテロリ
ストであったなどという、信じがたい事実も発覚したばかりだ。
 このリー・トルーマンという少佐もそうなのか。テロリストと通じ、何かを画策しているのか。な
らば、この戦争をすみやかに成功させるためには、この少佐を速やかに捕らえなければならな
い。
 司令官は即座に命じた。
「一機は不時着。もう一機は、列車の反対側から回り込み、すぐにトルーマン少佐を捕らえ
ろ!何としてでも逃がすな!」


 ヘリの一機を航行不能にした。リーの『能力』を使えば、ヘリの機器系統を破壊する事ができ
る。ヘリのシステムを入力できる端末も持っていれば、ヘリを遠隔から操る事もできるだろう、
だが今はそれだけで十分だ。
 ヘリは低空を飛行しており、激しい音を立てながら、線路脇の針葉樹林をなぎ倒していき、そ
れをクッションにして不時着した。
 だが、ヘリはもう一機いる。列車を隔てて反対側にヘリは降り、どうやら列車を回り込んでくる
つもりのようだ。
 リーが再び機関車の方に進もうとした時、アリエルがリーの銃を握っていない方の手を掴み、
突然に言って来た。
「あなたも『能力者』とかいう!」
 アリエルは眼を見開いてそのように言って来た。
「ああ、だが、今、それが大して重要な事か? 私が『能力者』であるという事は大した問題じゃ
あない。今の状況を潜り抜けないとな!」
 リーはそう言うなり、銃を片手に、貨物列車の機関車の扉を思い切り開け放った。すかさず
彼は中に踏み込み、機関士達に銃を向けた。
「列車を動かせ!私は軍の者だ。この一帯はすでに『WNUA』軍により包囲下にある!軍の
命令に従え!」
 狭い機関室。『ジュール連邦』の交通事情が伺える。この機関車ももう50年以上も走行して
いるものだろう。
「わ、分かった!だが、あのヘリも軍の者で、おれ達に、止まれと言ってきている」
 機関士の一人のヒゲ男の方がそう言って来た。
 リーは自分の軍の身分証を、男達に叩きつけるかのように見せた。
「ああ、そうだ。だが、今は私の命令に従え。速く列車を動かせ。ほんの10kmほど進めばい
い!」
 リーがそう言った時、アリエルも機関車の中に乗りこんできた。西側の人間であるリーと、真
っ赤に髪を染めた娘が突然列車に乗り込んできて、一体、何事なのだと機関士達は思った事
だろう。
 だが、銃を向けられていては彼らも何もできない。
「わ、分かった!」
 そのように機関士は言い、機関車のマスコンを握った。
 ゆっくりと貨物列車は動き出した。


(おい!何をしている!列車を止めろ!)
 ヘリからの通信が聞こえてくる。司令官は、思わず通信機に向かって言い放った。
「構わん。発砲してでも列車を止めろ!」
 すぐにヘリから応えが跳ね返ってくる。
(民間人が一緒です!撃てば巻き添えになるでしょう)
 司令官は、先走った答えを訂正し、すぐに答えた。彼はすでに身を乗り出している。
「忘れたか?これは戦争で、その列車にいるのは敵だ。民間人の犠牲など止むをえんだろ
う?ミサイルで列車を走行不能にしろ!」
(了解!)
 不服に思ったのか、ヘリから返って来たパイロットの返事には、迷いが現れていた。


「早く出せ、ヘリに追い付かれるな!」
 リーはそのように言ったが、重厚な貨物列車の機関車が加速をするのには時間がかかり、
ゆっくりとした動きで、停止地点から走りだしていた。
「これ以上は無理だ!」
 リーが銃を向けている運転士が大声で言い返してきた。
 列車の前方にはヘリがおり、そこからは機関砲がこちらに向けられていた。更にミサイルも
向けられている事をリーは知っていた。
「仕方あるまい!」
 そのように言うなり、リーは素早く運転席の窓ガラスから先に見えているヘリへと銃を向け、2
発の銃弾を発砲した。銃声が狭い機関室内で響き、アリエルや、2人の機関士は怯む。
 銃弾はヘリに命中した。リーが放った銃弾は、ヘリのパイロットや乗っている軍人を狙ったも
のではなかった。ヘリ本体を狙ったものだ。
 ヘリに青白い電流のようなものが走る。すぐさまその体はがくがくと震いを立て、その体制を
崩す。リーが自らの『能力』によってヘリの航行を不能にさせた為だ。
 だが、ヘリのミサイル発射機能は失われていなかった。ゆっくりと加速し出す貨物列車の先
の方から、ミサイルが発射された。
「伏せろ!」
 リーはそのように叫んだが、機関室の中にいる者達にとっては、伏せる間さえ無かった。発
射されたミサイルは、ヘリがバランスを崩していたため、列車の頭上を飛び越して行き、一両
後ろにあった、材木を剥き出しの形で積んでいた車両を吹き飛ばした。爆風と爆炎が、機関車
の背後で吹き荒れる。
 その衝撃は前の車両である機関車にも響き渡った。
 だが、機関車には被害は無いらしい。ゆっくりと加速し出していた機関車は、やがて一定のス
ピードで走りだしていた。
 機関車の前に立ち塞がるようにしていたヘリは、そのまま、燃え盛る材木を積んだ貨物列車
の側の線路に不時着していた。


「軍も、リーの奴も本気ね。このままじゃあ民間人も巻き添えになるわ」
 離れた場所から事の有様を見ていたセリアは、フェイリンに双眼鏡から機関車を失った貨物
列車を見させていた。
 離れた場所、それも、森林によって遮られており、本来ならば機関車の姿を道路から見る事
などできないのだが、フェイリンの持つ特殊能力は、全ての物体を透過して見る事ができる。
赤外線の波長をフェイリンは認識できるらしく、彼女はその『能力』のためにセリアに連れださ
れてきたようなものだった。
 ミサイルによって車両1つが吹き飛ばされ、その衝撃で背後の車両も脱線しているような様
子は、フェイリンにだけ見る事ができる。
 この『能力』を使えば、覗きもし放題だなとフェイリンはいつも思っていたが、女である彼女は
そんな事に興味は無かった。
 セリアは車両の助手席に、フェイリンが運転席にいる車は、列車の線路から離れた場所に停
車していた。
「何で、わざわざ列車ジャックなんかしたのよ?」
 運転席側にいるフェイリンがセリアに尋ねる。
「わたし達の乗っていた車は軍のものだからね。それに、こんな場所じゃろくに車も手に入らな
いだろうし。それとも、他に何かあるかもしれないわ。あの走っていた機関車を追うわよ」
 セリアがそう言うと、フェイリンは、
「あ、あたしは、セリアのためにやってあげているんだからね。あのリー・トルーマンを追う事
が、あなたのためになるから、そう思ってやっているんだからね」
 と言いつつ車のアクセルを踏み込んだ。
「はいはい、あなたのお節介には感謝しているわ」
 セリアは独り言のようにそう言い残した。
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