レッド・メモリアル Episode14 第5章



 真っ暗闇に覆われてしまった施設内では、局員達が慌てているようだった。だが、タカフミは
手近にあった懐中電灯を手に取り、リー、アリエルを先導して、施設の中にいる者達を落ちつ
かせた。
「落ちつけ。状況はどうだ?ただ、電気障害が起こった訳ではないのだろう?」
 タカフミは懐中電灯を手に取り、中央フロアにやって来ていた。そこはこの組織のシステムが
活動する場所で、局員達はそこで『ジュール連邦』の情勢や、各行政、更には軍や衛星などを
監視している。
 広いフロアには、光学画面が行きかい、大型のサーバーもある部屋だったが、今では光学
画面もブラックアウトしてしまっており、コンピュータは停止してしまっているようだ。
 タカフミの元に局員の一人がやってくる。
「やられました。サーバーも全てダウンしてしまっています。データも消失しました。他の局と共
有していたもの以外は全てが…」
 タカフミと同じく懐中電灯を持った局員が、慌てた様子でそう言ってくる。
「サイバー攻撃か?ネットワークを使って攻撃があったと?」
 タカフミはそう言うが、
「いいや、タカフミ。これはネットワークからの攻撃じゃあない。電気系統も全てやられてしまっ
ている。それと、何の検知も無く突然起こった。君の作ったシステムならば、そう簡単には侵入
できるものではないだろう?もっと、直接的な攻撃が起こったんだ」
 リーはすぐさま反論した。彼の声は幾分も落ち着いており、突然の攻撃にもすぐに対応した
心構えが出来ているようである。
「じゃあ、EMP(電磁パルス爆弾)か?しかし、ここの建物自体が、電磁波攻撃には耐えられる
だけのものを持っている」
 タカフミは懐中電灯をリーとアリエルの方に向けてそう言った。
「内部から起こされたらどうだ?外壁はいくら強化されていても、内部で電磁波攻撃をされた
ら、ひとたまりもない」
 冷静にリーは指摘をするのだった。だが、タカフミは苦虫をかみつぶすような思いで言った。
「俺の設計したシステムは、それぞれのコンピュータ端末でさえ、電磁波攻撃に耐えられるよう
にできているんだぞ…」
 信じたくは無い。だが、現に攻撃が起こってしまったのは確かだ。その攻撃にすぐに対処する
ためにも、タカフミはすぐに指示を出した。
「仕方ない。警戒態勢を強めるんだ。システムのダウンは恐らく陽動作戦だろう。もっと直接的
な攻撃が来るはずだ!」
 タカフミはそう言いながら、リーからあるものを受け取った。リーはそれをすでにタカフミの部
屋から持ち出していたらしく、彼は部屋まで戻る必要が無かった。
 彼の手にずっしりと重い感触がやってくる。それはマシンガンだった。多少古い型のものだっ
たが、十分に使う事ができる。
「この相棒を、できる事なら使いたくはないんだがな」
 独り言のようにタカフミは言った。
「一体、何が起こっているんですか?」
 ここで使われている言語が理解できないアリエルが言ってくる。だが、タカフミは彼女を心配
させまいと彼女の肩に手を乗せて言った。
「君は、何も心配する必要はない。ただ、俺達についてくればいいんだ」
 しかしアリエルは、
「ここが襲われたんでしょう?狙いは私で、襲って来たのは、私の父の仲間。そうなんでしょ
う?」
 アリエルは必死な様子でそのように言ってくる。タカフミも、施設に攻撃を仕掛けてきた連中
の正体は薄々すでに感づいている。彼らがした攻撃に違いない。だからこうしてマシンガンを
手にし、武装局員を配備すると言う措置を取る。
「大丈夫だ。君には誰も近づけたりはしない。だが、ここは危険だ。すぐに避難しないとな」
 リーもそのように言いながら、拳銃を構えて警戒をしていた。
「緊急時のための避難通路がある。そこを利用しよう」
 タカフミがリー達にそのように言った時だった。突然、何かが破裂したかのような音が響き渡
り、地下施設は揺れた。自身のような衝撃が襲いかかり、タカフミは、ホールにある手すりに寄
りかかる形になる。
 天井からは砂埃が落ちてきたのが分かった。
「どうした?何があった?」
 タカフミは半ば慌てた様子でそう言い放つ。局員達も、慌てた様子で身をかがめた。
「音からして爆弾だ。北の避難口の方から攻撃されている」
 リーが冷静に言った。地震のような衝撃が襲いかかって来ても、リーはしっかりと拳銃を構え
たまま、いつ攻撃が来ても不思議ではないような姿勢をしている。
 リーは倒れかかったアリエルの身体を彼女は支え、タカフミに向かって言う。
「北の方からは逃げられんぞ。別の出口はあるのか?」
 タカフミはいつもの癖で、自分のポケットから携帯端末を取り出し、その電源を入れようとした
が、電源は全く入らない。
「駄目か。EMPの攻撃と言うのは本当だな。俺の端末もやられちまっている。この建物の設計
図があったんだが。一応、逆方向に古い下水道があるから、そっちの方から逃げよう」
「逃げる?逃げるって言ったんですか?」
 タカフミの言葉に、アリエルが声を上げて言って来た。
「ああ、今はそれしかない」
 そう言うのはリーだった。彼女はアリエルの手を掴み、引っ張ってでも連れていこうとしてい
る。
「逃げて、一体どうするって言うんですか?私は、ずっと、あなた達に従って、逃げていく事しか
できないんですか?」
 アリエルは必死になって言っている。タカフミは確かにアリエルの安全は保証し、身を守ると
言った。だが、この施設が直接攻撃を受けてしまっては仕方が無い。
 タカフミは暗闇の中で懐中電灯の明かりだけを頼りに彼女の目を見た。その目は、不安に震
えている事が分かる。
「この施設からは、逃げるしかない。敵の奇襲ではこちらの方が不利だし、君を危険にさらすわ
けにはいかないんだ。だが、俺達を信用してくれ。《ボルベルブイリ》だ。あそこに行けば当てが
ある。そもそも君を《ボルベルブイリ》まで連れて行くつもりだった」
 タカフミがアリエルにそう言う最中にも、どこかで爆発音が響き渡る。敵の攻撃は確実に迫っ
て来ていた。
「あの街に、戻るんですか?」
「そうだ。そうすれば、当てはあるんだ」
 爆発音が響き渡って来たのに引き続いてやって来たのは、銃声だった。誰かの叫び声も聞
こえてくる。地下にある施設内にその音は響き渡り、暗闇の中で混乱状態が広がった。
「具体的にどのような当てがあるって言うんですか?もう私は、誰かに振り回されていたりする
のは嫌ですよ!」
 アリエルはそのように叫ぶ。タカフミは手に持ったマシンガンを構えながら、暗闇の通路を進
んでいく。
「我々の協力者が《ボルベルブイリ》にいる。彼からベロボグの計画を暴露すると、政府高官に
伝える事ができる。君が、その証人であり証拠だ」
 そう言ったのはリーだった。彼はアリエルをタカフミと共に挟み込む形で守りながら、暗闇の
通路の中を進んでいく。懐中電灯だけが照らし上げる通路は狭く、天井も低い下水道のような
所だった。
 だが懐中電灯で通路を照らし上げるのは、リー達だけではなかった。背後から何者かが更に
強い光を持つ懐中電灯でタカフミ達の姿を照らしてくる。
 その光に素早くリーは振り向いた。光を突然照らされた彼は思わず怯む。光を向けてきた者
達はマシンガンを構えた武装部隊だった。この施設の中に配備してある警備部隊ではない。
 見た事も無い武装部隊だった。だが軍ではない。
「大人しく降伏しろ!この施設は包囲されている!」
 そのように部隊の者達は言い放ってきた。
 タカフミはすぐに理解した。この者達は攻撃を仕掛けてくるために、EMPによって、施設の電
子機器を破壊した。そして今は、混乱状態になった施設へと乗り込んできている。
 もしこの施設をただ単純に制圧したいのであったら、その手に持った機関銃をこちらに向け
て発砲してくれば良いだろう。だが、武装部隊達は、こちらに向かって銃を向けてくるだけであ
り発砲して来ない。
 彼らの向けているライトがどこに集中しているのか、タカフミは確認する。そのライトがアリエ
ルの方に向かって集中している事に気づくと、タカフミは武装部隊達の目的も正体も理解した。
「リー。こいつらの狙いは」
 タカフミはそう言いつつ、アリエルを自分の背後へと隠して守る姿勢へと移った。
「ああ分かっている」
 リーはそのように言うなり、武装部隊に銃を構えたまま言い放った。
「お前達の目的は、アリエル・アルンツェンだろう?彼女を傷付けるなと、ベロボグに言われて
いる。だから、彼女と一緒にいる我々には攻撃ができない!その銃を降ろせ。アリエルを傷つ
けたくないのはお互い様だ」
 そのようにジュール語でリーは声高らかに言い放つ。だが、武装部隊の中にいる一人の背の
高い男が近づいてきた。
「お前の言うとおりだ。だが、お前達は包囲されている。アリエルを傷つける事はしないが、お
前達もろとも捕らえる事はできる。大人しく降伏しろ。無駄な抵抗は止めろ」
 と言ってくる男の声。
「いいや、止めておけ。彼女を危険な目に合わせれば、アリエルがどのような事になるか、分
かったものじゃあないぞ。このまま我々を行かせろ。そしてお前達は立ち去るんだ」
 リーはそのように言いながら、タカフミとアリエルの元に後ずさってくる。
「逃げられると思うか?包囲されていると奴は言った」
 小声でタカフミは言った。
「ああ、だが、所詮は武装した部隊でしかない。我々『能力者』に叶う相手ではないだろう?か
なり旧型の車はあるか?EMPによる攻撃があってもダメージを受けずに動く事ができるもの
だ」
 リーが言葉を返してくる。
「ああ、置いてあるが、地上に隠してある車庫の中だ」
「それでいい。悪いが、ベロボグの奴に言っておけ。アリエルは我々の手中にある。大人しく計
画を諦めろ、とな」
 リーはそのように言うなり、武装部隊の者達に向かって銃弾を発砲した。
 それを合図に、リーはタカフミとアリエルを通路の先へと行かせる。
「ちっ。地上にいる奴らに捕らえるように言え!何としてもアリエルを逃がすんじゃあないぞ!」
 武装部隊を率いていた男も、部隊と共に後退せざるを得なかった。リーは絶え間なく銃弾を
放ち、アリエル達を通路の先へ先へと行かせる。
 その時、武装部隊の背後にいた者が、突然何かに吹き飛ばされるかのように通路の壁に激
突し、体をめり込ませていた。
 更に2、3人の武装部隊が身体を吹き飛ばされる。リーは銃弾を発砲しながら、その先にい
る暗闇の中でほのかにオレンジ色の光を放つ者の姿を見ていた。
「セリアか?こんな所まで来ていたのか?」
 そう呟きつつも、リーはアリエル達を先に行かせ、通路の闇の中へと身を隠していった。

「何だ?貴様は!」
 そのような叫び声が響き渡ったが、セリアにはジュール語はほとんど理解できないので、彼
女は構わずマシンガンを持ったその武装部隊の男を、蹴りによって壁にめり込ませた。
 その後も何発も銃声が響き渡ったが、彼らが放った銃弾がセリアに命中する事は無く、彼女
はその場にいた謎の武装部隊の人間達を次々と打ち倒した。
(撤退するぞ!奴らを追う!)
 声が響き渡る。言葉は分からずとも、彼らがその場から撤退し、通路の奥の方へと逃げて行
くのだと言う事が分かったセリアは、傍らにいたライフルを構えたフェイリンに向かって言った。
「奴らが逃げるわよ。逃がさないようにしなさい!」
 セリアがそう言うと、真っ暗闇の中でもフェイリンはライフルを発射した。銃声が破裂するかの
ように響き渡り、銃弾が通路を突っ切って行く。そして、逃げようとしていた武装部隊の男の一
人の脚を撃ち抜いた。
 フェイリンはすかさず次の銃弾を放とうと、暗闇の中で再度狙いを定める。セリアと同じ能力
者である彼女は、暗闇でもものを見る事ができる特殊な目を持っていた。暗闇であっても、物
を透過してみる事ができる目は、通路の奥へと逃げて行く男達をはっきりと捕らえる。
 続いて発射した銃弾も逃げ出す男達の一人を撃ち抜いた。だが、最後の男は奥の方の通路
を曲がり、ライフルでは狙撃できない位置へと走って行ってしまった。
「一人逃がしたわ!」
 フェイリンはそのように叫んだ。
「リー・トルーマンの奴はいなかったでしょ?一人逃がそうと、逃がさないと関係ないわ。あいつ
はとっくにこの秘密基地から逃げているんだわ」
 セリアは舌打ちと共にそのように言うのだった。そして、自分がのし上げた武装部隊の男の
一人の襟首をつかみ上げ、暗い廊下の壁に叩きつけるなり言い放った。
「あなた達は何者よ!」
 そうタレス語で言い放ったセリア。相手の襟首が、とても女の力とは思えないほどの力で締ま
り、相手はうめき声を上げた。
 相手の男は答えない。何やらジュール語で呻いたらしく、それがセリアには分からなかった。
「軍に連絡して、この基地を制圧してもらうように言うわ」
 セリアはこのままこの男達を締めあげても仕方ないと思い、フェイリンにそう言った。
「でも、携帯電話も何もかもやられてしまっているよ。ライフルとか、アナログ時計とかは、無事
みたいだけれども、これは多分、電磁パルス兵器による攻撃」
 フェイリンがそう言った。彼女はライフルの構えを解いており、すでに警戒を緩めてしまってい
る。
「電磁パルス?何だってそんな攻撃をこの施設に仕掛けるの?この基地は、ジュール連邦の
軍事施設でも無いわ。もっと別の施設よ。テロリストの秘密基地にしても、出来過ぎているわ」
 セリアがそこまで言ったところだった。
「それについては、私から説明しよう。セリア・ルーウェンスさん」
 と言葉が聞こえ、セリアは素早くその方向を振り向き、拳を構えた。その方向からはライトが
当てられ、セリアは思わず眼が眩んだ。
「誰よ、あんたは!」
 セリアは目がくらみつつも、攻撃の姿勢を崩さない。
「私はこの組織の者、名をトイフェルと言います。世界規模で世界の安定を司る組織の一員で
す。幹部の一人が今、外へと避難したので、代わりに支部長である私が説明しましょう」
 光に目が慣れてくる。セリアはライトを当ててくる者達の姿を目にした。特に武装しているよう
ではない。服装がばらばらで、スーツを着ている者もいれば、普段着のような姿という者達もい
る。セリアに話しかけてきているのは、恐らく『ジュール連邦』の人間だ。この地方の訛りが強
い。
「組織?説明?何言ってんのよ?私は、軍を裏切ったリー・トルーマンを追ってここまで来たの
よ!」
 セリアが堂々とした姿を持って言い放つ。目の前に立ち、トイフェルと名を名乗った男は、ス
ーツを着た紳士風の男だ。攻撃的な態度を見せず、有効的な素振りを見せているが、セリア
は警戒したままだ。
「何故、リー・トルーマンがあなた達の軍を裏切ったと思うような行動をしたのか、私ならば説明
できる。それにあなたにとっても、重要な事を我々は知っている。いずれ、我々もあなたと会う
つもりでいた」
 ようやくライトの光にも慣れてきた。
「何の事を言っているのか、分からないわ!」
 セリアはそのように言い放った。
(支部長。敵は撤退しました。やはり目的はこの施設では無く、あの娘だったようです)
(そうか、分かった)
 ジュール語で何やらやり取りが行われる。セリアは言い放った。
「何を言っているか、分からないって言ったのよ!私にも分かる言葉で言いなさい!」
 セリアがいら立つのを抑えるかのように、トイフェルは落ちつかせるような声で言ってくる。
「分かりました。説明しましょう。まずは落ちつかれてください。この基地をたった今、襲って来
た連中は、ベロボグ・チェルノの配下の者達です。彼らは撤退していきました。この基地が攻撃
の目的では無かったからです」
「ベロボグ?目的?そんな事はどうでもいいから、リー・トルーマンが向かった場所を教えなさ
い!できれば、使う事ができる電話もあると嬉しいわね!」
 セリアは言い放つ。
「まあ、落ちついて下さい。ここでは落ちつかないでしょうから、きちんと話をしている場所へと
お連れします」
「私達は、急いでいるのよ!」
 セリアはその男を遮って言い放った。男の体は突き飛ばされ、その身体を背後にいた彼の
仲間達が受け止めた。
「ちょっと、セリア。話だけでも聞いていった方が?この人達、何かを知っているかもしれない
し」
 見かねた様子でフェイリンが間に割り込む。だがセリアにはフェイリンの考え方に従っている
余裕などなかった。
「わたしは、急いでいるの。あのリー・トルーマンが何をしているかを突きとめて軍に報告するっ
ていう義務が」
 セリアがそこまで言いかけた時、彼女によって突き飛ばされたトイフェルは、その身体をよう
やくといった様子で持ち上げ、セリアに近づいてきた。
「やれやれ、私達ならば、説明ができるというのに。リー・トルーマンが何をしようとしているの
か。そしてあなたの本来の目的である、娘さんに会いたいと言う願いも叶えられると言うのに」
 トイフェルはふらつきながらセリアに近づいてきた。
「セリア・ルーウェンスさん。私達は、あなたの娘さんの事について知っている。あなたは18年
前、ベロボグ・チェルノによって、あなたが出産したばかりの娘さんを誘拐されたと言う事につ
いても知っています。そして、ベロボグがあなたの娘さんの父親であると言う事についても知っ
ています」
 セリアは突然申しだされた言葉に対して狼狽する。それは彼女が実際に長年探し求めてきた
ものだったからだ。
 その事を、何故こんな人里離れた場所にいる、得体の知れない連中が知っているのだ。しか
も彼らはどうやらリー・トルーマンが通じていた人間達のようだ。
「何を言っているのか、分からないわ。わたしはあなた達が何者かという事すら知らない。それ
なのに、あなた達をわたしが信用する事ができるとでも思う?」
 セリアはそのように冷たくあしらってしまう。
「無理に信じて欲しいわけではありません。ですが今、あなたの娘さんには危険が迫っていま
す。あのベロボグ・チェルノはあなたの娘さんを探しだし、そして何かの計画を立てようと画策し
ている。我々はそれを食い止めようとしている組織です。なぜならば、ベロボグの計画は世界
的な危機に陥る危険性があるからであり、現にそうなってきています」
 セリアは彼の言葉に鼻で笑って見せた。
「ふん。それは素晴らしい事ね。こんな人里離れた地下に籠っているあなた達が、この戦争を
止める事ができるとでも言うの?」
「ええ。我々は、『ジュール連邦』側とも、『タレス公国』側とも重要なコネクトを持っています。政
治的な有力者ともつながりがあり、影響を及ぼす事ができます。リー・トルーマンはその有力者
に会うため、私達の同志と共に《ボルベルブイリ》へと向かいました。あなたはリーを追えば良
いでしょう。ですがそれよりも前に、私達の話を聞いて言って下さい」
 トイフェルは、あくまでセリアの気持ちを逆撫でしないように、自分達をへりくだらせるかのよう
な口調で言ってくるのだった。
 今にもリーを追いたい気持ちのセリアだったが、良く考えたら先程起きた武装部隊の襲撃の
際、自分たちの乗ってきた車が動かなくなってしまったのを思い出した。この地下施設の暗闇
と言い、フェイリンは原因はEMP、つまり電磁パルスだと言う。
 と言う事は、車も駄目になってしまい、人里離れた山奥で身動きが取れないという事だった。
 セリアは冷静に考え直し、紳士風の男達の方に向かって向き直るのだった。
「いいわ。でも、質問には答えてもらうわよ。わたしの娘は今、どこにいるの?」

 アリエル達を乗せた旧式の車は、武装部隊の包囲網を突き破り、森林の中にある、線路の
横道を走っていた。もう夜になっており森林の中の視界は開けていない。
 とても古い車だった。内部がカビ臭く、しかもシートの一部が裂けていて乗り心地が悪い。そ
んな中、荒地のような線路わきの道を進んでいくものだから、振動はより酷いものとなってしま
っていた。
「包囲は抜けたか?」
 しばらく走行した後にリーがタカフミにそう尋ねていた。
「ああ、しかしこのままこの車で《ボルベルブイリ》まで辿りつけるかどうか、それは分からない
ぞ。電子機器は全てやられてしまったしな」
 タカフミは車を運転しながら答える。身一つで組織のアジトから抜け出してきた彼らは、携帯
電話も電子機器も何も持っていない。
「どこでもいい。この車は途中で乗り捨てて、別の車を頂くしかないだろう。それで《ボルベルブ
イリ》まで行く事ができる」
「《ボルベルブイリ》に一体、何があるって言うんです?」
 リーとタカフミの言葉の中に、突然、アリエルが割り込んだ。彼女はたどたどしいながらも、タ
レス語を操り、それを使ってリー達に話しかけるのだった。
 突然のタレス語に、リーは少し驚かされたようだった。
「私だって、学校の授業でタレス語くらいは習っているんです。成績には自信もありますよ」
 アリエルのその言葉に、リーはどうとも反応しなかった。タレス語を彼女が多少話す事ができ
るかどうかなど、今ではどうでもいい事であるかのように。
「アリエル。私達は《ボルベルブイリ》にあるこの国の有力者と繋がりがある。この『ジュール連
邦』で裏の活動をする事ができるのも、その人物の協力があっての事だ。その人物はさらに
『ジュール連邦』首相とも繋がりがある。
 彼に君が接触する事ができれば、ベロボグの陰謀を暴く事ができ、この戦争を終わらせる事
ができるだろう」
 リーは揺れる車内でそのように答えた。ただ彼の言葉には何の感情も篭っていないかのよう
だ。まるでそうする事が彼の義務であるかのような口調で答える。
「それも大切かもしれませんが、私は、私と、自分の母親の安全を保障される事の方が優先し
ます」
 今度はジュール語でアリエルは答えるのだった。
「心配いらない、アリエル。君とお母さんについては、我々がきちんとベロボグ達から匿い、保
護するように動く。安心してくれ」
 そう言ったのは運転中のタカフミだった。彼は暗闇の森林の中に車を走らせ、突き進んでい
く。彼の視線はしかと前方を見つめ、一点も揺らがない。
「《ボルベルブイリ》だ。あそこに行けば決着がつく」
 リーが言った。
 しかしながら彼らの言葉を聞いても、アリエルの不安は消える事はなかった。
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―Ep#.15 『レジェンド』―

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