レッド・メモリアル Episode14 第4章



10:05 P.M.
ボルベルブイリ 国家安全保安局


 ストロフ達は国家安全保安局の建物に戻ろうとしていた。現在《ボルベルブイリ》の街は戦時
中の、そして首都攻撃に備えての戒厳令下にあり、一般人は外出する事が出来ない状態が続
いている。ストロフ達は政府関係者という事で、政府に関する事に限定して外出する事ができ
るようになっていた。
 白夜の夜も沈み、街はひっそりとしていた。走行している車も軍事関係のものでしかない。ス
トロフ達はそんな街の中を、国家安全保安局の建物に戻っていた。
 ベロボグ・チェルノが生きている。これは一大事だった。空爆によって死んだかと思われてい
たのに奴は生きているというのだ。テロリストの親玉が生きている。しかも相手はこの戦争を起
こした相手。次にいかなる計画をしかけていて、どのような攻撃を仕掛けてくるか分かったもの
じゃあない。
 今は、国家安全保安局に戻り、ベロボグ達の計画を阻止しなければならない。
 『WNUA』軍による首都攻撃が迫っていながら、ベロボグ達も迫る。この国が追い詰められ
ているのは確かだった。もしかしたら、ベロボグはこれを狙っていたのか。
 その時、ストロフ達のちょうど上空を、高性能のステルス戦闘機が通過していったが、それを
ストロフ達は知る事も出来なかった。


 いくら経済危機であり、社会的発展が停滞していたとしても、『ジュール連邦』にも『WNUA』と
戦争をする事ができる程度の軍事設備はある。そうした軍事的設備の発展は充実しているに
もかかわらず、国民の生活は荒廃していると他国からの大きな批判がある。
 だが、国民に対して軍事については、ほとんどが秘密とされているし、この戦争自体も『ジュ
ール連邦』側の大きな優勢と国民には報じられていた。
 しかしながら敗戦濃厚となっている今では、いつ真実が国民の眼に触れてもおかしくは無い
状況だった。
 《ボルベルブイリ》の首都付近の防衛システムが、突如として飛来してきた正体不明の物体を
捉えたのは、そんな日々の夜中だった。
「防衛システムが、正体不明の飛行物体の接近を確認。時速900kmで、首都に接近中。3分
で飛来します」
 《ボルベルブイリ》の中央防衛システムを司っている、軍事基地の一つで、軍事レーダーは飛
行物体を捉えていた。
 それは『WNUA』側のステルス戦闘機さえも探知する事ができるレーダーで、首都に攻撃が
あると判断できればすぐに迎撃する事ができるシステムだった。
「飛行物体の正体は不明か?」
 その基地の司令官がそのように言った。
 すぐさまシステムが動き、戦闘機やミサイルの照会が始まる。レーダーで捉えられたミサイル
は、解析が行われ、その姿形や型番が明らかになる。
「戦闘機、ミサイルにもデータはありません。我が軍の中にある『WNUA』側の戦闘機、ミサイ
ルのどのデータにも一致しません」
 オペレーターがそのように言い、司令官はすぐに判断した。
「首都は戒厳令下だ。『WNUA』側の首都攻撃が始まったのかもしれん。すぐに迎撃ミサイル
で撃ち落とせ。続く第二波の攻撃にも警戒しろ」
 司令官の命令により、システムは、遠隔で首都の防衛ミサイルを発射する機能を稼働させ
た。


 《ボルベルブイリ》の首都近辺には、一般人には立ち入ることができない軍事基地が幾つも
ある。そこには、首都を防衛する為の迎撃ミサイルが格納されており、いつでも発射する事が
できる状態下にあった。
 その基地の一つのミサイル防衛システムが作動し、レーダーで捉えられている距離に照準を
合わせ、即座に迎撃ミサイルは発射された。目標をロックオンしており、首都の市街地に到着
する前に迎撃するようにと。
 迎撃ミサイルは、正体不明の飛行物体に一気に近づいていく。
 その飛行物体そのものであるレーシーは、自分に向かって迎撃ミサイルが飛来している事を
すでに知っていたし、自分が首都にこのような姿で近づいていけば、ミサイルに狙われるだろう
と言う事は知っていた。
 しかしながら、お父様の言いつけを守るためには、何よりも早く向かわなければならなかった
し、ミサイルに邪魔されるつもりもなかった。
 レーシーは接近するミサイルを、自分の視覚内部に備え付けられたレーダーで確認し、それ
が接近するのを確認する。
 彼女は自分が一体化している戦闘機から、迎撃ミサイルに向かって更にミサイルを放った。
『ジュール連邦』が持っているミサイルの防衛システムなど、お父様が手に入れた、最新の『W
NUA』の軍事力に比べればたかが知れている。
レーシーが空中で放ったミサイル2発は、正確に自分に向かって飛んできている迎撃ミサイル
を捉えて撃ち落とす。そしてレーシーは既に、その迎撃ミサイルが飛んできた元である軍事基
地に対しての照準も合わせており、その方向に向かってもミサイルを発射していた。
 迎撃ミサイルをこれ以上発射されれば、余計な邪魔が入る。基地もついでに破壊しておけ
ば、首都への潜入が容易になると、これもお父様の命令だ。
 レーシーは楽しかった。彼女にとってはこれも全て遊びだ。追いかけてくるミサイルを破壊し、
更にその元さえも破壊してしまう。
 自分を邪魔するものは、何もかも破壊してしまうのだ。
 レーシーと一体化した戦闘機は市街地に突入した。すぐに《ボルベルブイリ》の厳戒態勢下
の首都が眼下に広がる。レーシーは真っ先に目指すべき場所を目指し、最大の加速を出して
突入していった。


「おい、どうした?破壊できなかったのか?」
 首都防衛システムの司令官は、首都市街地に突入した飛行物体を捉えるレーダーを見て思
わず身を乗り出していた。
 するとオペレーターは緊迫した様子で司令官に向かって言う。
「破壊できませんでした。敵機体は戦闘機であった模様で、こちらの迎撃ミサイルを見せるによ
って破壊しています。首都市街地への侵入を許しました」
「被害は?攻撃があったのか?」
 司令官はすぐに言葉を切りかえす。
「標的は、北地区付近に、時速500kmの速度で突っ込みました」
 すぐにオペレーターが言ってくる。
「突っ込んだ?相手は戦闘機なのだろう?ミサイル攻撃などを仕掛けてくるのではないのか?
首都に突入してきて、自爆作戦をしただと?」
 司令官が訳の分からない様子でそう言うと、オペレーターは、
「攻撃が行われた位置が判明しました。国家安全保安局です。国家安全保安局の建物に戦闘
機が突っ込んでいます!」
 衛星による映像が防衛本部に展開する。そこには、一部が倒壊した国家安全保安局の建物
が映っていた。
「すぐに被害状況を確認しろ。それに、次なる攻撃に備えろ。これは陽動作戦かもしれない」


 国家安全保安局の建物の中に突っ込んだレーシーは、そのステルス戦闘機と一体化した身
体を、元の状態に戻した。
 半分崩れた保安局の建物の瓦礫の中を進んでいく。すぐにその場には武装した局員が駆け
つけてきたが、レーシーは自分の体をそのまま巨大な砲台を備え付けたものへと変形させた。
 腕をそのままロケットランチャーへと変形させたレーシーは、マシンガンを構えた武装局員に
向かってロケットランチャーを向ける。
「退け!退けェッ!」
 ロケットランチャーにはさすがにかなわないと思ったのか、急ごしらえの武装局員たちはその
場から退いていく。
 だがレーシーは容赦なく、まるで子供が遊びをするかのように、彼らの背後からロケットラン
チャーを発射して、廊下ごと吹き飛ばした。
「やり。命中」
 吹き飛んだ廊下の有様を見ながら、レーシーは思わず楽しげに言った。国安保局の建物で
は警報が鳴り響き、警戒態勢が発令される。
 レーシーは粉々に吹き飛ばした、国安保局の建物を、悠々とした様子で歩きだした。彼女の
眼は何も恐れていない子供のように自信に満ちた姿をしており、現に何も恐れを抱いていな
い。
 ただお父様の言いつけを守るだけ。それは子供のおつかいと同じ事なのだ。
 そんな子供のおつかいも同然に考えているレーシーは、次々と国安保局の警備員達を始末
し、廊下を破壊してやがてはエレベーターを見つけた。
 それはレーシーがお父様から貰い、彼女に内蔵されているモニターの中にダウンロードされ
ていた、国安保局の建物の見取り図から発見したものだった。そのエレベーターが来るのを待
ち、レーシーは国安保局の建物の地下へと向かった。


 一方、セルゲイ・ストロフは大急ぎで国安保局の建物へと戻ってきていた。彼は病院から乗っ
て来た車を降りるなり、建物の一部が破壊され、瓦礫が散乱している有様を見ていた。
「おいおい、一体、どうなっている?『WNUA』の攻撃が始まったのか?」
 ストロフはなるべく自分を落ちつかせながら言った。もしこれが首都攻撃であったならば、スト
ロフはすぐに避難しなければならない。
 だが、起きた爆発がどうやら『WNUA』側が放ってきたミサイル攻撃のようなものとは違う。も
し国安保局にミサイル攻撃が仕掛けられたならば、もっと大きな爆発を起こすはずだったから
だ。
「分かりませんが、何者かが突入してきたようです。ちょうど、戦闘機のようなものが」
 すぐに国安保局の中にいた人間がストロフに言った。
「突っ込んできただと?一体、どういう事だ?『WNUA』側の攻撃なのか?」
 車から降り立った駐車場で言い合うストロフ達。しかしながらどうやら『WNUA』側の攻撃では
無いらしい。
 ストロフは駐車場から建物へと向かった。
「軍の防衛レーダーは、首都に近づく、一機の飛行物体の姿を捉えたと報告がありました。次
いでミサイルによる迎撃システムを作動させましたが、飛行物体からもミサイルが放たれたら
しく、撃墜されました」
 国安保局にいた人間がストロフに説明する。
「飛行物体だと?迎撃ミサイルを撃ち落とすような相手なのだぞ。『WNUA』以外にあるか?し
かし、一機だけで首都攻撃をしてくるとも思えん。偵察機か?」
「今のところ分かりません」
 そのようにストロフが聞いた時、国安保局の建物の内部で爆発が起こり、ストロフ達は思わ
ず身を伏せた。
 謎の飛行物体は『WNUA』のものではない。となると、ストロフはある人間が思い浮かんだ。
 爆発が止んだ所で、ストロフは身を起こす。
「突っ込んできた戦闘機は、『WNUA』の戦闘機ではないのだな?」
「確証はありませんが、軍の報告では、未確認の飛行物体のようです」
 そう答えてきた国安保局の人間。ストロフは確信した。
「ベロボグの組織の奴か、本人だ。すぐに地下の警備を強化しろ。この攻撃の目的が分かっ
た」
 そのように言いつつ、ストロフは自分も国安保局の建物の中へと向かい出した。再び爆発音
が響き、天井にヒビが走るほどだった。
「地下の警備ですか?それよりも、防空の強化をした方が」
 だがストロフは相手の言葉を遮って言い放つ。
「違う!敵は中にいる。分からないか?この建物に突っ込んできたのは、ベロボグ・チェルノの
組織の連中だ。目的は、この建物の地下にいる小娘を救出に来たんだ!」
 そう言い放ち、ストロフは自分も急いで建物の地下へと向かおうとした。


 レーシーは地下に到着するなり、自らの体内に内蔵されている、コンピュータを国安保局の
機密情報にアクセスさせ、目的の場所を探した。
 その情報は、国家安全保安局の一般局員では知りえないような情報だ。そもそもこの国安保
局の建物の地下施設は、一部の局員しか知られていない。
 だがレーシーは簡単にその情報をダウンロードしてしまい、目的の情報を入手する事が出来
てしまった。
 地下施設には武装した警備員がおり、彼らはマシンガンさえ構えてレーシーに向かって発砲
して来ようとしたが、レーシーは、すかさず彼らに向かってロケット砲を発射する事で彼らを始
末した。
 地下施設内の狭い廊下で爆発が起こり、その煙と炎が吹き荒れる。だがレーシーは構わず
そんな中を進んでいく。
 幾度かの曲がり角を曲がり、何人もの警備員をレーシーは始末した。
 そして彼女はやがてある扉の前までやって来ていた。
 彼女がその扉の前までやって来た所で、突然、扉が内側から開かれ、何者かが姿を現す。
その大柄な男は突然、レーシーに向かって飛びかかって来て、彼女に向かって掴みかかって
来た。
 掴みかかられたレーシーは、その大柄な男が何かを自分に向かって放ってきた事に気が付
く。すかさず彼女はロケット砲を男の方に向かって放とうとしたが、その際、自分の内部にある
回路に異常があるのを感じた。
「あらら?どうしちゃったの?」
 レーシーは、自分の体の中に流れた異常な存在、異常な電流を感じ取った。
 扉を開けた瞬間に男が放ってきたのは電流であり、それがレーシーに襲いかかって来たの
だ。
 男は、電流によって怯んだレーシーに、更に掴みかかって来ようとしてきた。レーシーはすぐ
に気がついた。目の前にいるこの男は『能力者』だ。
 レーシーはすぐさま自分の体を動かすが、体の中に内蔵されている一部機器がショートして
いるおかげで上手くいかない。目の前の男は、次々と迫って来て、動きを上手く取れないでい
るレーシーに向かって、再び手を押し当ててきた。
 そのごつごつとした手から、電流が流され、再びレーシーの中に内蔵されている機器の一部
がショートした。
「お前のようなガキが来るような場所じゃあねえぜ。しかし恐ろしいガキだ。たった一人で、こん
なにできるとはな?」
 その大柄な男は、レーシーが破壊行為を行った廊下の有様を見てそのように言うのだった。
レーシーはというと、体を痙攣させながら、ぐったりとした様子で、床に跪いた。
「このガキのどこに、ここまでできる兵器が隠されていやがるんだ?」
 そう言って男が、レーシーの姿を覗きこんで来ようとした時だった。レーシーは素早くその男
に向かって飛びかかると、至近距離から、体内に内蔵されていたマシンガンを発射した。男の
体は至近距離からのマシンガンの砲撃によって吹き飛ばされ、シャーリのいる部屋の奥側の
壁へと激突した。
 レーシーはふらつく自分の体を感じる。今仕掛けてきた男の目の前の電流の攻撃によって、
体内で融合している一部の回路がショートしてしまった。幾つかの兵器や機器が使用不能にな
ってしまっている。
 だがレーシーはそんな事など構わず、ぐったりとした様子で、窓もない地下室の椅子に拘束
されているシャーリの元へと近づいていく。
 シャーリは随分と長い事、この地下室に拘束されていたように思える。恐らくは1日かそれ以
上、飲まず食わずで絶え間ない拷問をされてきているようだ。
 だが、そんな彼女の有様に向かっても、レーシーはいつものシャーリに対する話かけ方と同
じような方法で話しかけた。
「ねえ、シャーリ。お父様の言いつけどおり、あなたを助けに来てあげたよ」
 レーシーはそう話かける。シャーリは眠ってしまっているか、気を失ってしまっているのか、す
ぐには反応が無かった。
 だが、レーシーはシャーリの手を拘束している鎖の錠を壊し、彼女の両腕を自由にしてやっ
た。彼女の両腕はだらりと力なく垂れ下がるばかりだったが、やがてシャーリは意識を取り戻し
たかのようにその顔を上げる。
 彼女の顔は疲れ切った疲労の痕跡がはっきりと見え、酷い有様だったが、シャーリに向かっ
ていつもの猫撫で声で言葉を発した。
「あら、遅かったじゃない」
 どうやらいつものシャーリとしての姿は失われていない。レーシーはそんなシャーリを見てひと
まずは安心した。
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