レッド・メモリアル Episode15 第1章



4月12日 11:14P.M.
《クラスノトーチカ操作場跡》

 セリアとフェイリンは、打ち捨てられた貨物操作場の地下にある、正体不明の施設の中で、ト
イフェルら謎の人物達により、どこかの部屋に案内されていた。
 彼女らに向けての待遇は申し分ないものだったが、セリアは焦っていた。早く、あのリー・トル
ーマンを追わなければ、自分の手から遠く離れた所へと行ってしまうような気がして仕方なかっ
た。
 だがこの場にいる者達はどうやら、セリアよりも良くリーの事を知っているらしいし、彼と同じ
目的のために動いているようだ。闇雲にリーを追うよりも、彼らの話を聞いた方が良いのかも
しれない。
 それに彼らはセリアに対して非常に気になる言葉を言っていた。
「悪いけれども、わたし達は急いでいるのよ。話は手短にね」
 セリアはそう言いながら、整えられたソファーの上にフェイリンと共に座っていた。
「駄目ね。幾らやっても、携帯電話自体が壊れちゃっているみたい」
 フェイリンは落ちつかない様子で、自分の携帯電話をいじっていた。さっきから何度もその行
為を繰り返している。元々デジタルジャンキーであるフェイリンは、携帯電話が動かないだけで
落ちつかないのだろう。
「無理ですよ。攻撃は電磁波兵器による攻撃であった事が判明しています。ですから、この施
設内にある全ての電子機器がやられてしまった。この基地に攻め込んできて、あなたに捕らえ
られた連中も白状しています」
 向かいのソファーにランタンを持ちながら、セリア達の前に現れたトイフェルが姿を見せる。ラ
ンタンの炎は暗闇の施設中では頼りになったが、それでもまだ施設内は暗く、セリア達が案内
された部屋の中、全てを照らすには足りない灯りだった。
「電磁波兵器を使われるほど、重要なものがこの施設にはあったのかしらね?」
 周囲を見回しながら、ただ、警戒を解くつもりは無く、したたかな目で周囲を見回しながらセリ
アは言った。
「ええ。ここには、世界各地から集めていた機密情報がありました。ですが、常に本部の方と連
絡をとっていますからね。情報の損害は一部で済みました?」
 セリアの前にいる紳士的な男は、あくまでその態度を崩さずにそう言って来た。
「本部?何を言っているの?あなた達は?ここが何かの捜査機関だとでも言うの?そうは思え
ないわね。だったら、あなた達は、もっと堂々としているはずだもの。こんなにこそこそしてしま
っているからには、世間には知られたくない秘密があるという事ね?」
 セリアはそう言った。蝋燭の灯りが照らす室内は広いが、ほとんどの場所が薄暗く、彼女に
は何が周りにあるか良く分からない。だが、警戒を払って、自分の後ろには誰にも立たせない
つもりでいた。
「説明すると長くなるでしょう。ですから簡潔に言います。あなたは娘さんがいて、彼女が生まれ
てからずっと生き別れになっていますね?あなたは、自分の娘の父親の本当の正体も知らな
い。いいですね?」
「話が、突然過ぎるわ。どうして、そんな方向に話が行くのよ?」
 セリアは警戒心と不快心もあらわにそのように言うのだった。自分の娘の話を、まさかこんな
場所で聞こうとは思ってもいなかった。だが、リー・トルーマンは、セリアの娘の事で何かを隠し
ているようだった。この者達がリーと通じているのだったら、何か関係あるのかもしれない。
「何故なら、あなたの娘さんの父親はベロボグ・チェルノだからです。気が付きませんでした
か?無理もありません。彼は巧妙にその正体を隠し、あなたに近づいた。それはあなたが『能
力者』であるからです。ベロボグ・チェルノはその野望の一環として、自分の優秀な遺伝子を後
世に残そうとした。
 結果、あなたの娘さんが生まれる結果となったのです。彼女は今、ベロボグの組織に狙われ
ています。彼女の存在が、ベロボグの計画に大きく関係しているからです」
 トイフェルは、あくまで落ちついた口調でセリアにそう言って来た。だが、セリアは警戒を解か
ない。落ち着かない様子でソファーから立ち上がって、その男へと言い放った。
「信用できないわ!話を幾らでもでっちあげる事ができる!それに、私の18年も前に生き別れ
になった娘が、ベロボグの奴の子供だってどうして言えるのよ?」
 そんなセリアの言葉を遮るかのように男は言ってくる。
「18年前。あなたはベロボグと出会い、大学の在学中に妊娠しましたね。父親は不明のまま
出産を。しかしあなたの前から娘さんは忽然と姿を消してしまった。失踪届けも出したが、結局
行方不明のままだ」
「よく調べたものだわ。でも、ベロボグと、私の生きているかもどうか分からない娘を結び付ける
のは、幾らなんでも無理矢理過ぎよ」
 セリアは呆れかえったふりをしてそのように言ったが、実際は耳を傾けてはいた。もし本当だ
としたら。そんな気持ちに襲われる。
「セリア。でも、もし本当だったとしたら?」
 フェイリンが口を挟んできた。だが、セリアはどうしてもこの得体の知れない者達を信用する
気にはなれなかった。
「我々と共に行動して下さい。命令ではありません。ですが、我々とともにベロボグの陰謀を暴
く事に協力をしてくれれば、あなたは自分の娘さんに逢う事ができます。一緒に暮らす事もでき
るでしょうし、さらには戦争も止めることができます」
「できないわ。それは無理な注文よ」
 セリアがそう言った時だった。突然、頭上で何か大きな物音がした。それは、扉か何かが開
け放たれる音であり、足音だった。一つや二つでは無い。幾つもの足音が近づいてくる。
「時間切れよ。本当の事を言いなさい!」
 セリアは足音の正体を知っていた。時間切れと言うのは、この男達だけでは無く、自分につ
いても言えることだった。
「セリア・ルーウェンスさん。私達を信用して下さい」
 男がそう言った時だった。突然、セリア達のいる部屋の扉が荒々しく開かれて、一気に武装
した兵士達が流れ込んでくる。
「連合国軍だ!大人しく降伏しろ!たった今より、この施設は、連合国の監視下に入る!この
部屋にいるお前達!両手を上げて降伏しろ!抵抗した場合は…」
 マシンガンを構えて突入してきた者達が言い放つ。
「わたしよ。セリア・ルーウェンス。タレス公国軍の者。もし疑うんならば、本部へと連絡して聞い
てみなさい」
 セリアは堂々とそう言いながらも立ち上がり、自分の姿をマシンガンを構えた兵士達へと見
せつけた。
「ルーウェンス捜査官?すぐに確認する」
 部屋に入ってきた兵士は、あくまで部屋の中にいる者達を降伏させながら、セリアに向かって
そのように言うのだった。
 兵士達が、無線機を使って二言三言やりとりを行うと、やがて、セリアの拘束は解かれるの
だった。
「ルーウェンス捜査官。大佐がお呼びだ。あなたを捜しています」
「そこにいる、フェイリンという子も解放してあげなさい。わたしの連れなんだから」
 セリアはすかさずそう言って、フェイリンの拘束をも解かせる。部屋に入ってきた軍の部隊
は、強力なライトを使用しており、それは敵地を制圧するには優れたものだったかもしれない
が、向けられた側としてはあまりに眩しい光を目にする事になる。セリアは光から顔を庇いつつ
答えた。
「カイテル大佐と無線が繋がっています。あなたと話したいと」
 そう言いながら、兵士はマシンガンではなく無線機をセリアの方へと突き出してきた。セリア
はぶっきらぼうにその無線機を受け取る。
「もしもし、カイテル大佐?基地の方ではどうも」
 まるで世間話でもするかのような口調でセリアは話し始めるのだった。すると向こうからは抑
揚の強いタレス語で言葉が返ってくる。
(ルーウェンス捜査官。あなたは勝手な真似をしてくれたな。基地からいなくなってしまったと思
ったら、一体どこにいると言うのだ?リー・トルーマンは見つかったのか?)
 大佐は荒々しく言ってくる。無線機の雑音も相まって、がらがらとした声はより一層強調され
た。
「その様子ですと、あなた方も、まだリー・トルーマンの奴は拘束しないようですわね」
 セリアが言い返す。
(質問をしているのは私の方だ。ルーウェンス捜査官。あなたは勝手な行動をしている。その
説明をしてもらおう?一体、そこで何が起こった?衛星の監視では1時間ほど前、強力な電磁
パルスがその地から放出された。そこは本来ならば、棄てられた操作場しかないというのに、
何やら記録に残っていない基地があるそうではないか)
 大佐は言葉を並べ立ててくる。この部隊を突入させたのはカイテル大佐だ。セリア達にとって
は味方側の部隊と言うことでひとまず安心できそうだが、セリアは弁明を考えなければならな
かった。
「リー・トルーマンは、この地にやって来ていますわ。彼は何かしらの組織を使い、ベロボグ達
を長年追っていたと、この組織の連中が白状しています?」
(それは一体、何の組織だ?そんな記録はどこにもない)
 すかさずカイテル大佐は言ってくる。
「詳細は不明ですが、ベロボグの組織とは敵対していたようですね。この施設に、大して電磁
波攻撃をしかけたのも、ベロボグがよこした連中のようです。部隊の何人かを拘束してここに
捕らえてあります」
 セリアは、相手にも分かるようにはっきりとした口調を発して説明した。
(リー・トルーマンはどこにいる?部下からの連絡では、そこに奴はいないようだ)
 カイテル大佐はすぐさま次の質問に移る。
「ここにはいません。ただ、向かったと思われるのは」
「それは、言わないでください」
 セリアの言葉を遮るかのように、紳士風の男が言葉を発した。彼は軍の部隊に銃を向けら
れ、降伏の姿勢を取らされているが、それでも構わずに話してきた。
「黙っていなさい!あなたは拘束されているのよ!」
(ルーウェンス捜査官。リー・トルーマンは一体、どこへと向かったと言うのだ?)
 カイテル大佐がまくしたててくる。セリアは向き直って答えることにした
「リーの奴は、恐らく《ボルベルブイリ》へと向かったものだと思われます」
(そうか、分かった。ところでルーウェンス捜査官。君は拘束させてもらう、勝手な事をしでかし
てくれたんでな)
 カイテル大佐はすかさず言ってくるが、
「いえ、それはできません」
(何故だ?)
 ぶっきらぼうな口調のままカイテル大佐は言って来た。
「この施設にいる連中は、どういうわけだか、このわたしに友好的です。彼らから情報を聞き出
し、リー・トルーマンの居所を見つけることができるのは、このわたししかいません。あなたの乱
暴な部下にやらせても、施設の連中は口を噤むだけですよ。どうやら、随分と訓練された連中
たちのようですから」
 と、セリアはまるで相手を誘っているかのような口調でそう言うのだった。
 カイテル大佐はしばし考えているようだった。彼にとってはセリアはどう映っているのだろう
か。平気で勝手な行動をする危険人物だと思われているのだろうか。
 少しの時間の後、カイテル大佐は答えてきた。
(よし、リー・トルーマンを捕らえるまでだ。しかしそれが終わったら、あなたは拘束させてもら
う。それが連合軍としての命令だ)
「了解しました」
 セリアはそう答えた。とりあえず、それだけでいい。これで、リー・トルーマンを追う事ができ
る。
(その連中から話を聞くのは、ルーウェンス捜査官に任せるが、話は私も聞かせてもらう。そし
て、部隊を指揮するのもこの私だ。いいか?)
 念を押すようにカイテル大佐は言って来た。
「了解しました。私はリー・トルーマンを追います」
 セリアはしかとそのように言う。いい加減彼女にとっては訛りの強いタレス語もうんざりしてき
ていた。
「いいですか?ルーウェンスさん。《ボルベルブイリ》に向かって下さい。そうすれば、あなたの
娘さんとも会う事ができる」
 トイフェルが、軍の部隊に連行されながらセリアに向かってそう声を上げてくる。彼の言葉が
聴き捨てならないセリアだったが、その男はそれ以上口を開かないように命じられ、その場か
ら連れ去られていった。
「どうするの?セリア?」
 フェイリンが戸惑った様子で彼女に聴いてきた。だがセリアの決意はすでに固まっていた。
「決まってんでしょ。《ボルベルブイリ》へと行くのよ」


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