レッド・メモリアル Episode15 第2章



《ボルベルブイリ》ヤーノフ地区
4月13日 5:28A.M.

 《ボルベルブイリ》の北部の市街地になるヤーノフ地区に、リー、アリエル、タカフミがやってき
たのは、翌日になってからだった。彼らはすでに操作場のアジトから乗ってきた車を乗り捨てて
おり、現在は貨物列車の中に身を潜めて移動していた。
 《ボルベルブイリ》が厳戒態勢にあるが、列車は運行していた。特に軍事関係の列車など、
『ジュール連邦』にとって、線路の上を走行し、大量の物資を輸送する事ができる列車は一つ
の生命線にある。それは、車よりも重要な需要で、広大な高度を動脈のように走っている。
 リー達が乗りこんだ貨物列車も、恐らく戦争の首都決戦に備えた軍の物資を輸送するものだ
ろう。ヤーノフ地区からそのまま首都の中央部へと物資を輸送する、長大な貨物列車の一角
だった。
 貨物列車は西側諸国のものに比べてかなり古びており、半世紀近くは使用されているであろ
う車両だった。所々隙間があって、そこから冷たい風が入り込んでくる。列車の揺れも強く、荷
物を積んだ木箱も音を立てていた。
「予想以上に時間がかかっちまったな。首都は戒厳令下だ。どうやって、これから移動するか
だ」
 タカフミはそのように呟きながら、貨物列車の開いた透き間から外のヤーノフの市街地を見
ていた。ひっそりと静まり返り、空には雲が覆っている。
「この列車もいずれは軍の施設に向かう。軍の兵士に見つかるのはまずい。そろそろ行動しな
いとな」
 リーはそのように言ってタカフミを促す。今、外には軍の兵士達がいるような様子は無い。長
大な列車は住宅地の中を、線路をきしませながら進んで行った。
「行動するんですか?それよりまだ聞いていません。あなた達は一体、誰と会おうとしているん
です?」
 アリエルがたどたどしいタレス語でそのように言った。学校などで習ったタレス語なのだろう
か。発音は未熟ではあったが、とりあえず意味は通じる。
「『ジュール連邦』の政府の人間だ。総書記ヤーノフにも通じていて、コネがある。彼のお陰で
私達はこの国でも活動できた」
 リーははっきりとしたタレス語でアリエルに説明した。アリエルは意味を捉えて頷くのだが、ま
だその顔には不安を隠せない様子だった。
「その人は、信用する事ができるんですか?」
 不安そうな口調で言うアリエル。
「大丈夫だ。君を保護してくれる。あとは俺達に任せておけばいい」
 タカフミはアリエルを安心させるかのようにそう言ったが、
「いいや、正直信用できるとは限らない。彼は上院議員だが、ベロボグの息がかかっていない
とも言いきれない。だから私達は最新の警戒を払う」
 リーの言葉が、強くアリエルに響いたのか、彼女は更に不安げな表情を浮かべざるを得なか
ったようだ。
「おいおい、リー。相手は子供なんだぞ。もっと安心させてやれ」
 タカフミは忠告するかのようにリーにそう言った。しかしリーの表情は厳しい。
「いいや、ここで嘘を言っても仕方がないだろう、タカフミ。それに、この娘が持っている秘密
は、子供だからといって済まされるような事ではないんだ。彼女自身にも、それは分かってもら
わなければならない」
「分かりました。ですが私も、あなた達を完全に信頼しているわけじゃありません」
 アリエルはそう言った。その彼女の言葉にタカフミは顔をしかめたようだったが、リーは違う。
彼はアリエルへと近づき、彼女の顔の眼前で言った。
「それでいい。君は誰も信用するな」
 彼のジュール語が貨車の中に響くのだった。
 そのほんの数秒もしない後、突然タカフミは何かに気が付いたかのように顔を貨車の壁面の
隙間に覗かせた。
「この音は、ヘリの音だ。近づいてくる」
 タカフミが警戒心を強めた。
「この街は戒厳令下だ。別の目的かもしれない」
 リーはそのように言うのだが、彼らが乗っている列車が、突然激しい音をきしませながら停車
し出した。
「おいおい、まずいんじゃあねえのか。ここは信号所でも何でもない所だぞ」
 タカフミが慌て出す。
「まだ、我々を捜しに来たと決まった訳じゃあない」
 慌てるタカフミをリーは制止した。しかし、突然アリエルは身を乗り出して、貨車の隙間から、
ある方向を指差した。
「見てくださいあれを!軍の人がこっちに。あっちからも!」
 彼女の視線の先からは、住宅地内を走る線路に入り込み、列車の方に向かって警戒をはる
『ジュール連邦軍』の兵士達の姿があった。
 更に列車の上空ではヘリも飛んでいるらしい。その音が貨車へと降り注ぐかのように響いて
いた。
「こんな所で検問か?だがこの警戒態勢。ただの検問じゃあないな」
 やがて兵士達の足音が近づいてきていた。リーはその懐から銃を抜く。
「おい。幾らなんでも、これだけの兵士を相手に適うと思うか?それに俺達は、『ジュール連邦』
に協力を求めに来たようなものだ。ここで戦ったりしたら、逆に不利な立場に追い込まれるぞ」
 タカフミはリーを制止する。すると彼は突然貨車の床から立ち上がった。
「何をする気ですか?」
 アリエルが彼を見上げて言うが、
「ここは大人しく降伏した方がいい。下手に抵抗したら、協力者に会えなくなってしまうだろう。
何、心配はいらない。協力者の手があれば、すぐに軍の拘束からなど解いてくれるさ」
 タカフミはそのように言うのだった。
 外にいる兵士達は、すでに彼らの乗っている車両の目の前までやって来ている。そして一両
ずつ車両を開いては、中にマシンガンの銃口を突き付けて調べている。
「リー。銃をしまっておけよ。アリエルさん。あんたも変な抵抗はするなよ」
 そしてついにタカフミ達の乗っている車両の扉が開かれた。兵士達はすぐに貨車内に身を潜
めていたタカフミ達の姿に気が付いた。
「そこで何をしている!手を上げろ!」
「おいおい分かった。何も抵抗はしない。抵抗はしない、大人しく降伏するから」
 そのようにタカフミは貨車内で立ち上がり大きな声を上げながら言った。
「全員だ!全員貨車の外へと出ろ!」
 ジュール語で命令してくる兵士達の姿があった。リーとアリエルも立ち上がり、降伏の意志を
見せながら、貨車の外へと出ていくのだった。
 背中側から銃を突きつけられ、外には大勢の兵士達がいる。列車を取り囲むかのように兵
士達がずらりといて、更に上空にはヘリコプターさえも飛んでいた。静まり返っていたヤーノフ
地区が嘘であるかのように騒がしい。
「これはこれは。あんたがリー・トルーマンか?」
 突然、兵士達の中を縫うようにして現れた男がいた。彼はスーツ姿の背の高い男で、どこと
なく役人としての姿を感じられる。
 黒いスーツにネクタイをして、同じような姿をした部下を引き連れていた。
「あんたの方は誰だ?」
 降伏をした姿のまま、リーはそのスーツ姿の男に尋ねた。
「『WNUA』側の人間に名乗るつもりはないが、私は国家安全保安局のセルゲイ・ストロフだ。
あんたらには御同行願おう」
 ストロフと名乗ったその男は、リー達の顔をじろじろと見るなりタレス語でそのように言って来
た。その視線は攻撃的なものなのか、それとも挑戦的なものであったのか、無機質なもので良
く分からない。
「あなたは!」
 ストロフの顔を見たアリエルが叫ぶかのように言った。するとストロフはアリエルの前で目線
を止めた。
「アリエル・アルンツェンさん。お久しぶりだ。しかし、やっとまた会えたな」
「知り合いか?」
 リーがアリエルに尋ねた。
「おい、お前は黙っていろ。『WNUA』の人間が、一体、彼女を連れて何をしているのか、きち
んと話をしてもらうからな!」
 ストロフは指をリーに付きつけるなり言い放つ。攻撃的な口調だった。
「私は『WNUA』の人間じゃあない。国はそうかもしれないがな」
 リーはそう言った。だがストロフは相手にしないかのように、
「ああそうか、言っていろ。こいつらをさっさと連れて行け」
 周りにいる兵士達にそのように言い放つなり、ストロフは一行を連行していってしまった。

《ボルベルブイリ》郊外 某所

 一方、《ボルベルブイリ》の郊外の丁度反対側にある倉庫には、ベロボグ・チェルノ配下の者
達が集結をし出していた。
 すでに多くの武装したテロリストが集まり、物資の搬入を行っていた。《ボルベルブイリ》は戒
厳令で、『ジュール連邦軍』の管理下にあるのだったが、実際には郊外にまではその戒厳令は
行きわたっていなかった。住民達はその警戒を強めてはいたものの、全ての施設の監視にま
では至っていない。
 ベロボグの配下の者達が、その圧倒的な技術力を持って軍を結集するのは難しい事では無
い。しかも彼らはベロボグの計画に従い、戦争が起き、戒厳令が敷かれる前から計画を進め
ていた。
 シャーリはそんな施設の中で、レーシーに救出された後から、ようやく休みを取る事ができて
いたが、一睡もする事はできなかった。
 身体は所々火傷を負っており、服もぼろぼろだった。24時間にわたる拷問を続けられてい
たが、彼女はそれを耐えきっていた。
 シャーリにとって、拷問を続けられていた事は、決して苦痛な事では無かった。むしろ、彼女
はその肉体的苦痛に耐えきる事ができたという、達成感さえも味わう事が出来ていたのだ。
 お父様のためならば、どんな拷問にも耐える事ができる。それをシャーリは自分で実感する
事ができていたのだ。血中の鉄分を操る事が出来、自分の肉体を金属のように硬いものとで
きる彼女であっても、体中に電流を流されてしまえば、それには太刀打ちできない。
 だが、電流を流されただけで、父の計画を全て話してしまうようなシャーリでは無かった。体
中にやけどを負おうと何をされようと無駄だ。
 倉庫内に設けられた、仕切りだけある個室で、シャーリは鏡を前にしながら顔を洗う。顔は大
分やつれてきているが、その顔には恍惚感さえあった。
 計画通りに行っている。そしてお父様は確かに自分の事を忘れてはいなかった。妹のレーシ
ーに助けに行かせてくれた。レーシーは随分と手荒な方法を使ったものだが、何とか自分は救
出された。
 シャーリは自分が救出された理由は知っている。お父様の次なる計画に必要なのだ。
「シャーリぃー。そろそろ、動く時間だよ?」
 下着だけの姿でまだ着替えていないシャーリに、勝手に部屋の仕切りの中に入ってきたレー
シーが言って来た。
 彼女は国安保省を襲撃した時と同じ、人形のような姿でそこに立っていた。
「分かっているわよ」
 この仕切りは、自分のためにこの施設に設けたようなものだ。仲間の男共が仕切りをくぐる
事は許さないが、レーシーならば別に構わない。
 しかし彼女は相変わらず緊張感の無い姿と態度だ。これからしようとしている事の意味を、レ
ーシーは果たして理解しているのだろうか。
 シャーリは自らの戦闘服である、身体にぴったりとしたジーンズとシャツと白いジャケットを羽
織った。
 そして、仮眠を取るために設置されている簡易ベッドの上から、彼女はショットガンを手に取
った。
 そしてベッドに座るなり、ショットガンの弾装を確認する。弾は満タンになっている。彼女はショ
ットガンの弾装を確認するなり、すぐにそのベッドから立ち上がった。
 拷問の後、一睡もしていない彼女だったが、そこに疲労感は一切ない。それよりもこれから
行おうとしている事に対しての緊張感を感じざるを得なかった。何しろ、今回行おうとしている
計画は、お父様の計画の中でも最も重要な局面の一つなのだから。
 彼女は施設内の仕切りを出ると、すでに搬入されてきていた武器弾薬で武装した者達を見
回した。
「あいつは来ているの?ペンティコフは?」
 部下の一人にそう言い放ちながら、シャーリは部下達を一瞥する。
 しかし彼女の目当ての人物はそこにはいない。
「ペンティコフはどうしたの?あいつがいないと行動できないわ!」
 今度はシャーリは声を荒立ててその名を呼んだ。すると、倉庫の奥の方から声が聞こえてき
た。
「ここにいますよ。ちょいと、例の連中のアジトで予想外の眼に遭いましてね。脚を負傷してしま
いました」
 姿を現したのは、スザム共和国地方特有の濃い顔立ちと、ずんぐりとした体型をした男だっ
た。彼は松葉杖をついており、どうやら左脚を負傷したらしい。
「アジトで何かあったの?」
 シャーリはペンティコフにそう言った。
「あれは軍の奴らか、何者か知らないですが、狙撃銃でやられてしまいましてね。部下は結構
捕らえられましたし、アリエルっていう女も逃しちまいました」
 シャーリはペンティコフの方に向き直る。
「構わないわ。アリエルはこの計画の後でも、捕らえに行く暇はあるもの。それに、例の組織と
一緒なら、どうせいずれわたし達の前に姿を見せるでしょうから。それよりも大切なのは、今の
計画よ。ペンティコフ。もちろん脚の負傷程度じゃあ、あなたの『能力』は使える状態よね?」
 シャーリが施設内にあるテーブルを叩きながら、ペンティコフに言い放つ。
「もちろんです。ただ、実行の場所へは車で連れて行ってもらう事になりますが」
「よし。なら問題は無いわ。あとはお父様からの連絡を待つだけよ」
 シャーリは言い放ち、施設の中にいる者達は、シャーリの父親であるベロボグからの連絡を
待つ事にするのだった。


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