レッド・メモリアル Episode16 第6章



 アリエルはどこか、とても荒廃した場所にいた。建物が荒れ果て、空からはとても重々しい雲
が今にも落ちて来ようとしていた。流れている空気が埃っぽく、赤色の砂が地面には広がって
いる。
 そしてここには非常に大勢の人達がいた。それも、狭い場所にとても多くの人達がいるもの
だから、とても窮屈にさえ感じてしまう。
 ここにいる人達は何者なのか。皆、ぼろ布のようなものを着ており、非常に貧しそうな印象だ
った。
 顔立ちからして、『ジュール連邦』奥地の人種であると言う事は明らかだった。アリエルは直
感的に理解した。彼らは、『スザム共和国』の人々なのだと。
 彼らの姿をアリエルは知っていた。しかしながらそれは、ネットワークや、テレビなどを通じて
の話だ。そうしたメディアは遠い彼方の世界に彼らがいるかのように報じており、アリエルは彼
らの存在を間近で感じた事は無かった。
 アリエルは今、『スザム共和国』の人達の間に囲まれているのではない。彼らはアリエルを認
識していないし、アリエルは一方的に彼らの姿を見ているにすぎない。
 しかしながら、感じられる気配、そして流れている空気は確かなものだった。彼らの息遣い、
そして周囲に醸し出されている雰囲気さえも感じられた。
 埃っぽく建物も荒れ果てており、空気も肌寒い。『スザム共和国』は、あくまで『ジュール連邦』
から独立しようとしている国であり、《ボルベルブイリ》からは離れているが、気候はあまり変わ
らない場所だ。
 アリエル達、首都に住んでいる者達でさえ、冬にはしっかりとした防寒対策をしているというの
に、ここにいる人達はろくな服装もしていない。
 彼らの顔からは、絶望さえも感じる事ができていた。とても暗い顔をしている。そして中には
病人やけが人も多くいるようだった。
 アリエルは建物を見上げた。そこには、赤い幕に大きな文字で書かれている文字がある。
 チェルノ記念病院 スザム難民キャンプ
 と書かれている文字があった。確かにここは『スザム共和国』の内部にあるらしい。そしてチ
ェルノ記念病院とは、父の経営している病院のはずだった。
 アリエルはその幕が張られている建物へと向け、記憶で作られた中を歩いて言った。
 難民キャンプとは言え、建物はほとんど骨組みだけでできているような、がらんどうも同然だ
った。
 アリエルはその寒さをも感じる事はできないが、建物の中にいる人々が吐いている空気は白
く、中には身を震わせている人々の姿もあったし、子供達の姿もあった。
 その子供達と言えば、もっと元気な姿をして、外を走りまわっていても良いような年頃の子供
たちだ。年齢にしたら、5、6歳くらいだろうか。所々、赤ん坊の泣き声も聞こえていた。
 悲壮感に覆われているような場所を抜けながら、アリエルは建物を進み、階段を上っていっ
た。建物は階段にまで溢れるようにして人々がおり、階段にいる人達は、どうやらそこで寝泊り
をしているようだった。
 やがてアリエルは建物の中でも一番上に達した。そこには、『スザム共和国』の人々とは違
う、白衣姿の人々がいた。胸には父の病院のエンブレムを入れている。
 建物の最上層には簡易式のベッドが並んでおり、そこにいる人達はどうやら怪我人や病人で
あるようだった。
 建物は相変わらず薄汚れているが、白衣姿の人達が忙しそうに動き回り、彼らが手にしてい
るものは、電子パットだった。ベッドに横たわっている人々の横には、白色のボックスのような
医療器具が置かれており、それだけは清潔感が保たれていた。そこには光学画面も並んでお
り、ここにいる人達は最新の医療を受けられているようだった。
 アリエルはやがて、診療室と思われる部屋にまでやって来た。最上層には大きなフロアが設
けられており、そこが診療室になっているようだった。
 簡易的な姿ではあったが、確かに診療する事ができる病院の様な姿となっている。何人かの
医師がそこにはおり、更にその中でもひときわ大柄な体をした人物が誰であるのかは、アリエ
ルにも理解できた。
 父親は診察室の中央の区画におり、子供達を診療している真っ最中だった。長い行列がそ
こにはできており、非常に多くの子供たちがここに駆けつけているようだった。
 ここには軽傷であったり、多少風邪をこじらせている、体調がすぐれないような子供たちがい
るばかりだった。それを父親が自ら見ている。
 この時の父親にはまだ髪もあり、顔立ちも若干若い様子だった。父親が髪を全て落としてし
まったのは、どうやら病気で行う手術が原因だったようだ。
「うむ。君は病気じゃあない。ただ、変わってしまった環境や、両親が亡くなった事が原因で、体
の調子が悪くなってしまったと言う事だ。いわゆるストレスと言う奴だ」
 父は、自分が診ていた、年が10歳くらいの子供に対してそのように言っていた。
 父が話しかけている子供は、何とも暗い表情をしている。両親が亡くなった。と言うのだから、
それは無理も無いのだろう。
「僕は、これからどうしたら、いいんですか、院長先生」
 とても不安げな様子で、その少年は父に向かって言っていた。
「君のような子供達はここには沢山いる。だからそうした子供達と一緒に暮らすと良いだろう。
もう少し時間が経てば、もっと良い場所に移るように手配をしてあげる事もできる」
 そのように父は言ったが、少年の暗い顔が消える事は無かった。
「さて…」
 父がそう言った時だった。突然、周囲の様子が一変した。アリエルの周りを取り囲む全ての
動きが停止をして、音さえも止まり、喧騒に包まれていたこの地が一変する。
 何が起こったのか。アリエルは周囲を見回した。そうだ。これは自分が実際に見ている現実
の世界ではなく、見せられている記憶の世界でしか無い。
 だから、ビデオが一時停止するかのように、記憶の光景も一時停止をする事ができるのだろ
うか。
「驚いたかね?」
 突然、背後から話しかけられ、アリエルは驚かされた。それは確かに彼女に向けて話しかけ
られてきていたからだ。
「あなたは」
 アリエルの見ている目の前で、静止した世界で、たった今まで子供を診療していたはずの父
が立ち上がり、アリエルの肩に手をかけてきた。
「私も、ブレイン・ウォッシャーによってこの世界へ入れてもらう事ができた。分かるかね?君に
見せなければならない事があって、私の記憶の中に入ってもらったのだ」
 父はそのように説明しながら、自分は診療所の窓際の方へと向かった。アリエルもその場所
へと向かい、広がっている光景を見下ろす。そこには千人はいようかという人々が、とてもみず
ぼらしい様子でそこにいた。
「ここは、『スザム共和国』の国境からそれほど遠くない場所にある、私が派遣させた難民キャ
ンプの一つだ。私自らが、シャーリと共にこの場所で、共和国の内紛難民の救済に当たってい
た。
 ちょうど6年前の事だ。ここである悲劇が起こった。まさかとは思っていたが、難民の中に、民
族浄化を訴える分子が紛れこんできていたのだ」
 父親がそのように言った、次の瞬間だった。アリエルが見下ろしていた、難民キャンプの広場
が閃光に包まれ、それと同時に時間は再び動き出していた。
 閃光は爆発だった。火の手が上がり、広場にいた難民たちは吹き飛ばされていた。アリエル
自身も思わず自分の体をひるませ、床にたたきつけられたが、実際に衝撃を受けたのではな
かった。
 アリエルは無意識的にそうしてしまっただけであって、アリエル達が爆発の衝撃に巻き込まれ
る事は無かった。吹き飛んできたガラスの破片は、ただの映像でしかなく、ガラスの破片や衝
撃波も、ただの虚像でしかなかった。
 父はただ窓際へと立ち、じっと目の前で起きた後継へと眼を見下ろしていた。
 爆発が起こった瞬間、再び時間は静止した。
 爆発は閃光を振りまき、アリエルには、その閃光の一筋一筋の線さえもはっきりと見えるほ
どだった。爆発が、難民キャンプの広場の中央で起こっている。爆発の瞬間に停止させられた
時間だったが、すでに破片や塵が周囲へと吹き飛んでおり、何メートルも吹き飛ばされている
人の姿もあった。
 その人の内何人かは、この建物にまで吹き飛ばされてきているほどだった。
「この出来事は突然起こった」
 この静止している時間の中を、背後から現れた父が、アリエルの背後に立って見つめながら
言った。
「止められなかったのは何故?」
 アリエルは静止した惨劇の場を目の当たりにしてそのように言った。
「我々は軍隊ではない。全ての民に対して平等に、医療と食事、そして住む場所を与えるため
に活動をしている。だから、その分子は我々の中に紛れこむ事が出来た。もちろんテロリスト
共に対して、警戒をしていなかったわけではない。
 しかし、奴らは我々の中に子供を送り込んできた。生まれた時からテロリストとして育てられ、
このために送り込まれた子供だ。少なくとも一番近くにいて唯一生き残る事が出来たシャーリ
はそう言っている」
 アリエルは再び爆発の閃光の方を見つめた。爆発はその場にあったものを全て消し去ってし
まおうかと言う程の爆発だった。
 その中にシャーリがいたと言うのか。
「シャーリは生まれながらの『能力』で身体が爆発にも耐えられるほどだ。しかしながら大きな
後遺症が残った。彼女は左目を失い、また、危うく左腕を失う所でもあった。彼女はそんな体に
なりながらも、その場にいた子供を庇った」
「シャーリが?」
 父親の説明に、思わずアリエルは聞き返していた。
 アリエルが想像するシャーリは、確かに昔は友人同士であったかもしれないが、今では凶暴
性の塊であるとしか形容できない。
 彼女はテロリストであり、自分も養母をも殺そうとしていたような相手。とても子供を庇って守
るようには思えなかった。
「その子供達は助からなかったがね。以来、シャーリは変わってしまった。敵とする相手に対し
ては容赦なく襲いかかり、人殺しも迷わない。恐ろしいほどの狂気を秘めるようになった。
 私はシャーリを落ち着かせようと思ったが、どうも無理だったようだ。何しろ彼女は自分の目
の前で、自分が守るはずだった子供達を皆殺されたのだ。それも、事もあろうか相手は子供
のテロリストだった。
 シャーリも油断してしまっていたのだ。元は私を助ける慈善の為にこの場に来たと言うのに、
最悪の惨劇を見る事になってしまったのだ」
 静止した時間の中で、父の声は異様に響いていた。
 閃光は静止したままであり、爆発は停止している。もしこの時間が逆戻りしたら、シャーリもあ
んな凶暴性を持たずに済み、この場にいた子供たちも助かったはず。アリエルはその感情に
襲われた。
「だが、過去の出来事は変えられない」
 父がそう言った瞬間。爆発の瞬間は再び動き始めた。炎が吹き荒れ、衝撃波は難民キャン
プの施設の窓ガラスを割った。
 建物の中にいた者達も軒並みなぎ倒される。アリエルも思わず床に倒れ込んだが、彼女は
衝撃波を感じたわけでは無かった。思わず再始動した動きに彼女は身をひるませてしまった
だけだった。
 ブレイン・ウォッシャーを通じて父の記憶を送り込まれているだけとは言え、起きている出来
事は悲惨すぎた。
 しばらく、外の景色は煙に包まれていたが、やがて悲鳴や奇声にも似た声が響き渡り煙が晴
れていこうとしていた。
「アリエル。君はこの世界の住人では無い。刺激が強いだろうから、ここまでにしておこう。止め
たまえ。少し先送りにする」
 父はそのように誰かに向かって言っていた。
 その言葉が通じたのか、映像は再び静止して、今度はビデオが早回しになったかのように
次々に展開していった。
「お父様…!この子を、この子を見てあげてください。まだ息がある」
 そう言って、小さな子供を両手に抱えているのはシャーリだった。
 まだシャーリだって子供だ。中学生くらいだろう。左半身に大やけどを負っている。とても直視
をする事ができない有様だった。彼女が抱えている子供の姿も見るも無残なものだった。
「シャーリが連れてきた子は助からなかった。シャーリ自身も、普通の人間ならば即死している
ほどの怪我を負っていたが、彼女は『能力者』ゆえに助かったのだ」
「この光景を私に見せた理由は?」
 アリエルはそう説明する父の姿を見上げて尋ねた。彼も、今この場所にいる。この空間は記
憶が作り上げたものでしかないのかもしれない。しかしながら、これだけ、リアリティがある世界
をありのまま見せたと言う事には、何か意味があるに違いなかった。
 父は少しの間黙っていたが、よくやく口を開くのだった。
「我々と一緒に来てほしい。ただそれだけだ。君に対して難しい事をさせようとはしない。ただ、
君の中に眠っている、ある物を、世の中の秩序の為に使って欲しいというだけだ」
 そう言いつつ、父は、アリエルの後頭部の部分に触れてきた。そこは、首の背骨と脳が繋が
っている部分であり、触れられてみればとても無防備な所である。アリエルはその父の行動に
不快感さえ感じていた。
「私の頭の中にデバイスが埋まっているという事?」
 それは、あの謎の組織のリー達から聞かされた事だった。聞かされたばかりの時は、そんな
言葉などとても信用する事ができなかったが、今ではだんだんとそれを実感として感じる事が
できる。
「埋め込まれているとは言っても、それは非常に小さなチップ状のものが埋まっているに過ぎな
い。それは私にとっての財産であって、お前達娘に託したものだ」
 そしてそのデバイスというものは、自分が小さな頃から埋め込まれたままになっている。何
故、父はそんな事をしたのだろう。
「説明しよう、アリエル。そのデバイスには、君が我が子として後世に残していってほしい記録
が全て詰まっている。我々と共に動いていれば、君の本当の母親とも会えるだろうし、養母のミ
ッシェルとも逢う時が来るだろう」
 どう答えたらよいのか、アリエルには分からなかった。
 父がしている事は、テロ行為であり、誰か人を傷つけるという事だ。アリエルの中にその先入
観があり、それがどうしても抜けない。
「でも、あなた達はテロリストのはず」
「革命は時として人によって、テロ行為だと思われる事がある。君はまだ若いだろうから、まだ
完全に世の中と言うものが分かっていない。
 君達、若者の前に敷かれているのは、支配者達が決めた社会の規範であって、それから少
しでも逸脱する事によって、はみ出し者であり、そして、私の様な存在であると思われるだけ
だ。
 しかし、そんな支配者は戦争を生みだし、君が見てきたかのような悲劇を起こしている。『ス
ザム共和国』はその一つの例だろう。
 私はまず『ジュール連邦』を手始めとし、新しい主義を世の中へと伝える事をしたい」
 アリエルの前の景色が次々と展開していき、いつしか彼女と父は、あの落ち着いた医療施設
の中へと戻っていっていた。
 アリエルはとても恐ろしい体験を目の当たりにしていたが、結局は全て見せられていただけ
の映像に過ぎず、ロビーのソファーからは一歩も動いていないし、立ち上がってさえいなかっ
た。
 アリエルと父は向かい合わせのまま座っており、間でブレイン・ウォッシャーが両手を広げ
て、お互いの額を結び付けている。
 ブレイン・ウォッシャーはじっと集中しているらしかった。その両手はほのかな光に包まれてい
る。
 やがて、彼女は息をついたかのように一呼吸を入れると、アリエルとベロボグとの間を繋いで
いた手を離した。
 するとその光は消え、アリエルは自分を縛っていた何かから解放されたかのような気分を感
じた。
「一息入れるとしよう。ブレイン・ウォッシャーもどうやら疲れているようだ。この『能力』は精神
力を使う。君も疲れただろう」
 父はそのように申し出てきた。
「ええ。でも私は余計に分からなくなってきた。自分のおかれた立場がどんなものなのかという
事も、何もかも。これから、本当にあなた達についていって良いのかという事も、私には分から
ない」
「アリエルよ。私は何も君に人殺しをするように頼んでいるわけではない。凶暴になってしまっ
たシャーリを見て、君は誤解をしているだけだ。
 本来我々があるべき姿は、弱者を救い、未来を救うという考え方にある。

Vol.5
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―Ep#.17 『神の十戒』―


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