レッド・メモリアル Episode17 第1章


《ボルベルブイリ》国会議事堂
4月13日 3:25P.M.

 シャーリは父親からの連絡を待っていた。彼からの指示を待っているように命令されて、もう
丸1日以上が経っているが、まだ連絡が無い。
 父親が何をしているのか、シャーリは知っている。それはアリエルへの説得だ。彼女が動か
なければ、自分達が動かそうとしている計画が動かない。
 自分はかつて総書記が座っていた机に座っていて、周りに部下を張らせている。まだ『ジュー
ル連邦軍』はこの国会議事堂の地下シェルターに突入する事ができないようだ。こちら側には
総書記の命がかかっている。
 しかし、《ボルベルブイリ》の外側からは『WNUA』軍に包囲されていて、追い詰められている
連邦軍がどんな行動に走るのか、分かったものじゃあない。追い詰められた彼らがいつ突入し
てきてもおかしくはない。
 だが、シャーリに恐れは無かった。彼女は、執務室の机に置かれたショットガンを時々握って
は弾装を確かめている。
 自分はいつ突入されてきても構わない。いつでも、攻撃がされて来ても良いように備えている
のだ。
 何度目かのショットガンの弾装の確認の後、もはや元総書記と言って良い状態にある彼の部
屋が開かれた。
「シャーリ様。準備ができました。いつでも奴を連れて行けます」
 部下がそう言ってくる。シャーリは返事をする事も無く、ショットガンではなく、西側の国ではも
はや一般的に使われている携帯端末を取り出し、そこから立体画面を開いた。
 そこには大きなビルの立体映像が展開した。
 そのビルを見るなり、シャーリはにやついた。
 彼女は黙ったまま立ち上がり、すぐに次の行動に移る事にした。総書記の部屋ではレーシー
が今だに寝息を立てているが、シャーリは彼女の体を叩いて起こしてやった。
 レーシーは子供が無垢な姿を見せているかのように、とても緊張感の無い様子だったが、シ
ャーリは彼女の体を無理やりに起こす。
「レーシー、起きてきなさい!そろそろ、行動を起こす時間だわ」
 シャーリが何度か揺さぶると、レーシーはようやくその体を起してきた。
「ねえ、シャーリ。今、何時?」
 レーシーにはそう言ってやった。腕時計を見れば、予定の時刻がだいぶ遅れて来ている。早
く行動しなければならない。お父様の為にも。

 リーとタカフミは相変わらず倉庫の中に押し込められたままだった。待遇は人質としては悪く
ない。この地下避難施設に設けられてあったのであろう、非常食などが支給されていた。
 もう1日と半日になる。そんなに長い間、食事抜きでは辛い思いをする事になるだろう。タカフ
ミ達には情報も与えられていた。
 彼らはこれから何をさせられるのか、大体分かっている様な気がした。
「この建物の中にあるものを、俺達が取ってくることが命令だと?」
 タカフミは嫌気がさしているような声と共にそう言った。
「建物の住所は、《ボルベルブイリ》の北部になっている。この一帯は新都市開発が進んでいる
場所だ。この東側世界で最も発達している場所だと言われている。そんな所にある建物だ」
 リーはその建物を表示している立体画面を見ながら考えている。何故、自分達にこんな事を
やらせるのだろうか。
 あのベロボグ達は十分な組織力も持っているはず。そして、自分達がここにいた事は偶然で
あるはずだ。
「自分達の危険を回避するために、俺達を利用している?何を、一体、どのようにして手に入
れて来いと言うんだ?」
 タカフミは部屋の中をうろつきながらそのように言った。うろつくタカフミの姿はとてもせわしな
く落ち着かない様子だった。
「ベロボグの考える事だ。相当の物であるのは確かだな。あのアリエルの頭の中に埋め込まれ
ている、デバイスも関係あるかもしれない。あのデバイスは、彼女の頭の中に入っている分に
は機能しないが、読み取り装置があれば、生体コンピュータとして機能するはずなんだ」
「それで?」
 リーの答えにタカフミは答えを促す。
「ベロボグの組織を調べた時は、その生体コンピュータに関する記録はどこにも無かった。そし
てその生体コンピュータというものは、奴の組織力をもってしても開発できるような代物では無
い。何しろ、西側の最先端科学を研究している者達ですら、試作段階のものしか作れていない
ほどのものだからな。
 だが、奴がその研究を別の会社に委託している可能性はある。そして、そのコンピュータが
すでに出来上がっているとしたら?」
 リーの推測に、タカフミは足早に倉庫をうろつくのを止めた。
「ベロボグの狙いはそれか?しかし生体コンピュータを、この状況下で何に使う?確かに人間
とコンピュータを連結する事ができる革新的な技術かもしれない。しかしながら、この戦時下で
一体、それが何の役目を果たすって言うんだ?」
「どんな情報機器であっても、大切なのはメモリーの方だ。アリエルの情報を読みとる事によっ
て、何か、とてつもないものを読みだす事ができるのかもしれない。彼女や、ベロボグの子供
達の頭の中に入っている情報は、この世界をひっくりかえすほどの情報と言う事も考えられる」
 倉庫の中に居ながら、タカフミはそのように推測する。彼は倉庫の入り口の扉の脇に立ち、
「おい、そうなのか?」
 と、彼の出身国の言葉でわざとらしく、外の見張りに言い放つ。
 すると、扉が荒々しく開かれ、タカフミは思わず面喰った。
 外の男は、大柄な肉体を見せつけるかのようにそこに立っている、テロリストの一員だった。
「まさか、聞こえていたって事は無いよな?」
 と、タカフミはやはり彼の出身国の言葉で、リーに言ってくる。
「いや、言葉が分からんだろう。小声で話していたしな」
 と、彼の方はまだ余裕を見せていた。
「お前達に命令が下された。上手く働け。これから説明を受けさせる」
 そのように大柄なジュール人はジュール語で言い、リーとタカフミをその部屋から連れ出すの
だった。

 シャーリの目の前に再びあの二人の男が現れた。見るからにジュール人ではない。片方の
男は『WNUA』側の人間だし、片方は、レッド系の人種の男。どちらも西側の国の人間だ。
 『WNUA』はこの『ジュール連邦』に戦争を仕掛けている真っただ中だ。そして両者にあった
静戦のバランスを崩させたのも、全て父の計画。しかしながら、シャーリ達にとっては今の所
は、『WNUA』は直接の敵ではなかった。
 彼らは利用すべき相手であり、勢力だ。
 現在の世界一の経済力と軍事力を誇る『WNUA』の国々には、父も頼らざるを得ないのだ。
「俺達に命令とは?」
 レッド系の男の方が、かなり訛ったジュール語で言って来た。聞きとりにくいほどではない。か
なりこの国の言葉を話してきている。
「あるものを取って来て、届けてちょうだい。それだけ」
 シャーリは簡単な事を言うかのように、そう言った。
「何故、私達にやらせる?」
 『WNUA』側の青いスーツの男が言った。
「簡単な事よ。あなたたちならば、怪しまれずに侵入する事ができる。わたし達はすでにこの国
会議事堂の地下に攻撃を仕掛け、総書記まで捕らえた、一大テロリストなのよ?そんな者達
が、簡単に取ってこれるようなものじゃないのよ」
「分からんな」
 シャーリの声を遮るかのように、総書記の机越しに立たせている男が言った。
「もし、私達が、それを持ち逃げするような事があったら、どうするつもりだ?」
「おい、リー」
 青いスーツの男に、レッド系の男が戸惑う。
「あなた達に取って来て欲しい物は、あるデバイス。それには追跡装置がついていて、外す事
はできないようにもなっている。だから、どこまででもその装置を追跡する事ができるのよ」
 シャーリはそのように言った。大丈夫だ。まだ、目の前にいる男たちよりも優位に立つ事が出
来ている。
 青いスーツの男の態度が気に入らないが、お父様の命令なのだ。この男達にやらせるしか
ない。
「なるほど。俺達がそのデバイスを破壊するかもという危険性は考えないのか?」
「そんな事、あなた達にはできないでしょう?」
 青いスーツの男の言葉を遮ったシャーリが言った。目の前の男達の正体にはシャーリも感づ
いている。
 そして、彼らがそのデバイスを欲している事も知っていた。
 彼らを駒として使えるのならば、今は大事な革命の真っ最中なのだから、我々組織は、その
革命の為に動き、更に重要なものは雲の中に隠す。それが、シャーリの父の考え方だった。
「では、我々を解放し、そのデバイスとやらの場所を教えてもらおうか?」
 青いスーツの男がそのように言って来た。
「《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にあるビルの中。隔離施設にあるけれども、そのパスは渡
す。細かい場所はすでに渡した携帯端末で確認したはずよ」
 青いスーツの男が、その携帯端末を動かし、立体画面を展開させる。そこにある高層ビルの
姿をシャーリも確認した。
 彼らは使える。ちゃんと思惑取りに動いてくれそうだ。裏をかこうとしても無駄だ。彼らがどの
ようにシャーリ達の裏をかいても、お父様は全て見とおしているのだから。
「その場所に行って、デバイスを入手したら、次は別の場所に行き、わたし達の仲間にそれを
引き渡す。引き渡し場所も携帯端末に入っているわ。これからあなた達を解放する。その後
は、どこでも好きな所にいって頂戴」
「気前がいいもんだ」
 レッド系の男が何やら言った。それは彼の母国語であったので、シャーリには言葉が分から
なかったが、何を言ったのかは大体掴める。
「正直のところ、わたし達は『WNUA』には手出しをしたくないのよ。狙うのはこの国の破滅だ
け。そのためには、そのデバイスが何としても必要になる。レーシー!この方達を、入り口まで
案内させてやりなさい。
 そして、人質を解放したのだと言うのよ」
 そう言って、シャーリは指を鳴らして、レーシーを動かさせた。

 リーとタカフミはエレベーターに乗せられて、一日以上も押し込められていた、国会議事堂の
地下シェルターを後にした。背後には自動小銃を持った大男と、小柄な少女がつき、リー達を
見張る。
「外へ出て、その後は?」
 タカフミがリーに尋ねる。それはタレス語であり、後ろにいるテロリスト達には理解できない言
葉のはずだった。
「シャーリが言った通りに動けばいいんだよ」
 と、タレス語の言葉が背後から聞こえてきたのでタカフミは驚く。その声は小柄な少女から発
せられていた。
「あたしに言葉が分からないとでも思った?あなた達には発信機がついている。逃げようにも
逃げられないわ。シャーリの言ったとおりに動いてくれないと、あなた達も大切な秘密を逃しち
ゃうよ」
「ああ、そうかよ」
 タカフミはそのように自分の母国語で言った。するとレーシーは、
「その通り。きちんと行動してね。検討を祈るわ」
 タカフミの母国語さえも理解し、話せるらしく、その言葉を使って言って来た。こんな小さな子
供が、幾つもの言葉を操るのを耳にし、何もかもが見透かされているかのような気分にさせら
れる。
「安心していればいい。妙な気を起さずに動けば何も起こるまい」
 リーはまだ冷静さを崩さずにそう言った。
 エレベーターが地上層に到着した瞬間。突然、武装した兵士達が一斉にエレベーター内へと
銃を向けてきた。
「我々には人質がいる!まだ地下には総書記もいる!ここで面倒な気を起こさない事だ!だ
が、この二人の人質を今から解放する!妙な真似をするな」
 背後にいた大柄なテロリストが声を張り上げてそのように言い、エレベーター内から、突き出
すかのようにして、リーとタカフミを、国会議事堂のロビーへと突き出した。
 兵士達の中に転がるようにして飛び出したリー達は、すぐに兵士達に抱えられる。
「怪我は無いか?下で何が起こりました?」
 どうやら、国会議事堂の職員か何かだと勘違いをされているらしいリーとタカフミ。地下から
やってきたエレベーターは、そのままとんぼ返りをするかのように、すぐに扉を閉め、再び地上
へ降下していった。
「いや、怪我はない」
 リーはジュール語でそのように言い、構ってくる軍の部隊をはねつけるように言った。
「事情聴取をさせて頂きます。その後に病院へ」
 軍の者達はそのように言ってくるが、リーは、
「悪いが、中で起こった事は話すなと、議会での命令が出ている。そして、部隊も中に突入する
なとの命令だ」
 あたかも自分が『ジュール連邦』の議員であるかのように振る舞い、そのように言い放つのだ
った。
「しかし、中の様子が分からなければ、総書記殿は…」
 軍の部隊隊員が言いかけるのだが、リーは彼の言葉を遮った。
「総書記殿は捕らえられている。軍は議会の命令に従わなければならない。我々は重要な用
事があるので、この場は失礼する」
 と堂々と言い放ちながら、軍の部隊が固めている議事堂の中を進んでいった。
「おい、いいのか、リー?」
 リーに追いつきながら、タカフミは小声でそのように尋ねた。
「いいも何も、これからやろうとしている事は、『ジュール連邦』側に知られるわけにはいかない
だろう?ああ、そうだ。おい、ちょっと!」
 議事堂の外に出てくるなり、リーはジュール語を使い、外にいた部隊長らしき人物に向かって
言葉を投げかけるのだった。
 すると、議事堂の敷地内で作戦指揮を行っていた部隊長らしき人物が、リーの元へとやって
くるのだった。
「いかがなさいましたか?お怪我は?」
 やはり部隊長もリー達の事を、この議事堂に招かれた、外国の来賓だと思っている。
「いや無い。それよりも、これから庁舎に戻らなければならない、大事な用事があるんでね。そ
こで、車を一台用意して欲しい」
 そのようにリーが言うと、
「ええ、分かりました。車を用意させるように伝えます」
 部隊長はそのまま踵を返して言った。
「大した奴だな。とても一日も人質になっていたような姿には思えんよ。それで、あの娘が言っ
ていたように動くのか?」
 タカフミはそう尋ねるが、
「ああ、車の中で話すとしよう」
 リーは変わらず灰色の雲に覆われている、《ボルベルブイリ》の街を見つめながらそのように
答えるのだった。
 今、この街は渦中にある。静かな姿をしているが、水面下では確かに渦が巻き、全ての人々
を、そして国をも呑み込もうとしているのだ。
Next→
2


トップへ
トップへ
戻る
戻る