レッド・メモリアル Episode17 第6章



《イースト・ボルベルブイリ・シティ》 シリコン・テクニックス

 リー達は《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へとやって来ていた。そこは高層ビルが立ち並ぶ
『ジュール連邦』の中でも特別な場所だ。東側諸国のどこを見回しても、ここまで発達した街は
無いだろう。
 だが、現『ジュール連邦』政権が急速に推し進めた経済政策によって、一部の他国からの企
業が参入し、オフィスビル街が形成される事になったのだ。
 今はこのビル街もひっそりと静まり返っている。戦争が始まり、首都内に戒厳令が敷かれて
いるため、一般市民は外に出る事さえ許されていない。このオフィスビル街でのビジネスも停
止し、まるでゴーストタウンの有様だった。
 所々、戦車が行きかっている。リー達はその戦車の検問に出くわすたびに、『ジュール連邦』
政府から招かれたものであると言う許可証を見せなければならなかった。サバティーニ議員か
ら渡された許可証が役に立つ。
 軍の警戒態勢は厳しく、兵士達はしかめ顔をして、リー達の許可証を見て疑ってくるが、政府
の最高機関は軍をも上回り、彼らもリー達を通すしかなかった。
「ヤーノフの奴が処刑されようとしているぜ」
 何度も車を止められながら、リー達は、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を進んでいく。5ブ
ロックほどの区画しか無いこの街だが、警戒態勢が厳しくて、リー達が進むのはやっとだった。
「ああ、分かっている」
 リーはそのように答えながら車を運転した。
「こんな時に、ベロボグは俺達に何をやらせたいのか、このビルに、ヤーノフの処刑に紛れて
手に入れたいものでもあるのか?」
 タカフミはそう言うのだが、リーは運転か何かに集中している。
「さあな」
「ヤーノフが処刑されれば、この国はガタガタだ。国会議事堂も占拠されたままだし、政府が立
ち直るかどうかも分からん。戦争も相まって、解体される事になるかもしれない。そうなると…」
 タカフミが喋っている中、目当てのビルが正面に見えてきた。テロリスト達から渡された端末
にも、目の前のビルが目的地だと示されている。
「『WNUA』がこの国を掌握するのは分かっている。それだけではなく、影響下に置かれている
東側の国全てが、『WNUA』のものとなる」
 リーは淡々と答えた。
「そして、内戦はしばらく続くだろうな。世界中が混乱する。悪い方向に移っていかなきゃああい
いが」
「いや、問題は、ベロボグがどう出るかだ。奴はヤーノフを処刑して、わざわざこの国を『WNU
A』に渡したりはしないはずだ。ヤーノフの処刑は隠れ蓑であって、私達にさせる事がある。そ
れが真の目的なのだろう」
 リーはハンドルを握る力を強め、車を前進させ、やがて通りの突き当りにあるビルの目の前
で止めた。
「革命家を気取る男の、クーデターってところか。そんな事が起これば、もっと世界は混乱する
だろうよ」
 タカフミはそう言いつつ車を降りる。ひんやりと寒い、『ジュール連邦』の空気が、人がいなくな
ったビル街のせいか、余計に肌寒く感じられた。
「しばらくは、ベロボグの手の上で踊ってやる。見張りもついている事だし、奴の目的が分か
る。それに、俺達が組織の人間だと言う事を、ベロボグ達はまだ知らない」
 そう言いつつ、リーとタカフミは足早に目の前のビル、先端情報技術企業であるシリコン・テク
ニックスへと続く正面玄関へとかけていった。

「あのビルに何があるのよ?」
 セリア達は検問や戦車をフェイリンの能力で避けながら移動していたから、リー達よりもだい
ぶ遅れてしまっている。だがフェイリンの能力はリー達を逃さず、確実に追跡を続けている。
 例え、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の高いビルに囲まれてもそれは変わらなかった。フ
ェイリンの目はどんなものをも透過してものを見る事ができる。
「さあ、分かんない。ビルの中は見た所、がらがらだし、普通のオフィスビルになっているように
しか見えないけれども…」
 フェイリンはそのように言う。
 また戦車が迫って来たので、セリア達を乗せた車は、戦車から見られない通りへと移動しな
ければならなかった。
 また遠回りになる。じりじりと迫ってはいるが、なかなかリーの元に辿りつけないために、セリ
アはだんだんと苛立ってきていた。
「この国の独裁者が処刑されようとしているってのに、あの男はこんな所で一体何をしているの
かしら?組織って奴の命令で動いていると思う?」
 そのようにセリアは尋ねてくるのだが、フェイリンにも答えが分かるはずが無かった。彼女は
ただ透視してものを見て、車を先に進ませる事しかできない。
「さあそれは、あの人に直接聞いてみれば分かる事だけれども…」
「今は、ただ黙って近づくしかないというわけね」
 セリアはそう言いながら、高層ビル街と化した《ボルベルブイリ》の街を見つめることしかでき
なかった。

 一方、時間は遡り、1時間ほど前、《ボルベルブイリ》から50kmほど離れた北の荒野地帯に
ある、ベロボグが建てた施設からは、アリエルが動こうとしていた。
 彼女は再びその身をライダースジャケットに包んでいた。前に着ていたものとは違う。あれは
薄汚れてしまい、しかも所々が損傷してしまっていた。しかしながら父が用意してくれたのは、
更に上質なライダースジャケットだった。
 黒光りをする姿をしているのは変わらないが、所々のデザインが変わっているのと、生地が
上質になっていて動きやすくなっているという事が分かる。
 わざわざ父が用意してくれたライダースジャケットに身を包み、アリエルは何とも言えないよう
な感覚に襲われていた。これは感謝の気持ちと思って良いのだろうか。
 しかし、素直にそれに納得する事はできない。本当にあの父と名乗る男に感謝をしてしまって
良いのか、アリエルは迷う。
 だがアリエルはエンジンをふかした。そしてアクセルを踏んで、施設の駐車場からバイクを走
らさせていく。
 父の行って来た事には、何か目的があるはずだった。母親を連れ去ったのも、自分の命を
救うためだと言っていたし、事が終わったら、母には合わせてくれるとも言ってくれた。
 そして父の言う言葉には説得力がある。自分でも知らない内に、彼の言っている言葉に引き
込まれ、信用するにたるものとなっている。
 それは不思議なものだった。父はこの世界を変えると言っていたが、それを実現するだけの
ものがあるのかもしれない。
 アリエルはバイクを走らせながら、バイクの内蔵メモリーにインプットされていた、目的地の地
図を展開させた。
 3Dマップでアリエルが被っているヘルメットの中に展開していくマップは、《ボルベリブイリ》の
町のあるポイントを示している。
 《イースト・ボルベルブイリ・シティ》は企業街だから、アリエルもあまり行った事はない。ただ
高層ビルが建ちならんでいる所だという事だけは分かっている。
 そして企業街の中でも一つのビル、シリコン・テクニックスの建物にポイントが合わさってい
る。そこに行けばシャーリに出会う事が出来、父にはシャーリの手伝いをして欲しいと言われて
いたが、そこで何があるのだろうか。
 アリエルには深まる謎ばかりだったが、父を手伝う事しか、今のアリエルにはする事ができな
い。養母に会う事ができる一番の近道はそこしかないように思えた。
 そして、父の言っていた、アリエルの本当の母親とは何だろうか?アリエルは今まで、自分の
実の母親の事は意識しないで生きてきた。そんな母親に合わせてくれるとは、父の真意は一
体何なのだろうか?
 だが、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》に行けば、全てが分かるのだろうか?
 今のアリエルにはただ、バイクを目的地に走らせる事しか、する事が無かった。

国会議事堂 地下シェルター

 国会議事堂の地下シェルターでは、『ジュール連邦』の総書記である男が、今正に処刑され
ているところだった。
 彼は椅子の台に乗せられ、そしてすでに首に縄がかかっていた。
 覆面をしたテロリストの男によって自動小銃を突きつけられているヤーノフ。そして声明文を
読み上げているのは別の場所にいるベロボグ・チェルノだった。全世界にその薄暗い地下室
は映し出され、画面に合成される形で、ベロボグの姿は映し出されている。
 ヤーノフは事もあろうか、自分の執務室で処刑される事になっていたのだ。彼の罪を読みあ
げた声明文はすでに終盤にまで差し掛かって来ていた。
 ベロボグは別の場所でこの有様を見て、あたかもヤーノフの持っていた権力を自分が持ち替
えたかのように堂々とした姿を見せていた。
「…、お前がした罪は以上だ。何か言い残す事はあるか?」
 そのようにベロボグが尋ねた。あたかも彼もその場にいるかのように、リアルタイムの中継が
処刑を演出している。
ヤーノフは首に縄をかけられたまま、じっとカメラが向いている方を見つめた。そして一言言う
のだった。
「私がした事は間違っていない。世界中の者達がそれを分かっている」
「そうか」
 ベロボグはここにいないにも関わらず、そのように言った。そして、部下の方を見て軽くうなず
いた。それが合図だったようだ。
 そのやり方は乱暴だったが、ヤーノフは苦しまなかった。彼の体は宙づりになり、縄がきしむ
音は部屋に響き渡り、その有様はネットワークによって中継されていく。
 経った今、全世界でこの光景が皆の眼に焼き付いた。
 ヤーノフは処刑された。東側の世界の最高権力者も、ただの人間でしかなかった。
 首つり状態になる事によって、彼の肉体は生を失い、同時に権力さえも奪い取った。

 ベロボグはその有様を、全く別の所で見ていた。
 薄暗い部屋の中で演説の姿をしたまま、ネットに中継していた。ヤーノフは独裁者だったとは
いえ、彼を処刑する事には礼儀と言うものが必要だと彼は感じていた。
 その礼儀のためにも、ベロボグは全世界に死刑執行人である自分の姿は映していた。ヤー
ノフも、自分の権力を奪い取る人間は誰なのか、きちんと見せておいたはずだ。
 それが直接であるか、それとも、ネットワーク回線を介してかの差だけである。時代の進歩に
よって、より現実に迫る形で、二つの空間を回線で繋ぎ、あたかもベロボグが手を下したかの
ように、ヤーノフを処刑する事ができた。
 ヤーノフと言う存在は、これで始末する事ができた。『ジュール連邦』は国会議事堂も占拠さ
れ、国力はガタガタになる。
 これに乗じて、『WNUA』が攻め込むのは明らかだ。
 世界中がネットワークを利用して注目するだろう。しかしベロボグの目的はそこにはない。
 必要になってくるものは、灯台の下に隠してある。あれを回収するためには、世界中の眼を
そむけておく必要があったのだ。
 そして、どうやら現状を考えると、自分も動かなければならないようだ。実際に物事を動かし
ていくのは、アリエルやシャーリ達かもしれないが、組織の介入もあった以上、現地で物事を監
視しておく必要がある。
 どうやら行かなければならないようだ。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へ。
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―Ep#.18 『赤き記念碑』―

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