レッド・メモリアル Episode18 第1章



《イースト・ボルベルブイリ・シティ》シリコン・テクニックス
4月13日 5:01P.M.

 ようやくリー達の車に追い付いたセリア達。首都内を巡回している警備を巻き、この場所に辿
りつくのは容易なことではなかった。今も巡回中の戦車がこのビルの前を通っていこうとしてい
る。
 セリア達はすぐに目的地のビルに侵入する必要があった。だが、セリアは車からすぐに降り
る事はせず、持ってきた携帯端末に見入っていた。
「セリア?何やっているの?早く行かないと」
 フェイリンが車の外から促した。しかし、セリアはまだ画面に見入っていた。そして、一言、フ
ェイリンに向かって言う。
「ヤーノフが処刑されたわ。中年の男の首つり処刑を見るなんて、趣味も悪そうだけれども、こ
れを全世界が見ることになるのね」
 セリアは画面にじっと見入っている。その画面の先では、首だけでぶら下がっているヤーノフ
の姿があった。
 そしてその前の部分にはベロボグが姿を見せて、言葉を続けている。彼の演説は終わって
いなかった。
(東側の権力者と呼ばれた男は、我々が処刑した。我々は『ジュール連邦』を乗っ取るつもりも
支配するつもりもない。ただ、新しい王国を築き上げたい…)
「セリア。急がないと」
 フェイリンは再びセリアを促した。彼女の眼には、巡回中の軍の警備が迫っているのが見え
るのだろう。
「ええ、分かっているわ。確かにベロボグの奴の真の目的は、ヤーノフの処刑じゃないもの。リ
ーはそれを知っているはず」
 そしてセリアも車を降り、フェイリンと共に目の前のビル、西側企業のビルである、シリコン・
テクニックスを目指した。

 シリコン・テクニックスの建物内部の1階にはフロントがあり、そこには、この戒厳令下でも、
民間の警備員が置かれる事が許されていた。
 2人の警備員達はジュール人で、この国で雇われたプロの警備員である。社員と言えばそれ
だけで、ほとんどのシリコン・テクニックスの社員が、外出禁止令で自宅から出る事ができない
でいた。
 活動を制限されている警備員達も、する事が無く、しかもこの都市を国を揺るがそうと言うニ
ュース、そしてウェブ中継に見入っていた。
 たった今、この国の最高権力者が処刑され、それを処刑させた男が演説を続ける。
(自分が特別であると感じている者。特に特別な力を持つが故に、周囲から畏れられ、または
忌み嫌われている者達よ。私は君達のためにこの王国を作りたいと思う)
 そこまでベロボグは言うと、再び自らの背中から翼の様な物体を突き出させた。
 その翼は、首つりの状態になっているヤーノフの姿を覆い隠すほど画面一杯に広がり、確か
な意志を持って動いている。
 ベロボグが巨大な鳥であり、金属の翼を持っているかのようだ。
「こりゃあ、すげえな…」
 警備員のカウンターから、ネットワーク画面に見入っていた警備員は思わずそう言っていた。
画面に見入り過ぎていて、淹れていたコーヒーが冷めている事も忘れている。
「何かのトリックじゃあねえかって話だ」
「でもよ、ヤーノフは実際に処刑されたんだぜ…」
 言い合う警備員達、その時ベロボグは、まるで彼らに言ってくるかのように言葉を上げてい
た。
(これはトリックなどでは無い。このような場で、そのような事をして一体何になると言うのだ?)
 そのベロボグの迫力ある言葉に、思わず警備員達はひるむ。まるで自分達がそう言われた
かのような気がしたからだった。
(私の名前はベロボグ・チェルノ。この日を記念日にしたい。人類が新たな時代へと向かうため
の。声明は定期的に発表する。次の発表は、3時間後を予定している)
 その言葉を最後に、ベロボグの声明は途切れるのだった。
 警備員達がベロボグの流すネット中継に見入っていると、突然、彼らの正面にあるシリコン・
テクニックスの正面玄関から二人の男が入って来た。
 見知らぬ男たちだった。この戒厳令の下で外を出回っているのは、せいぜい軍の人間ばか
りだったが、知らないスーツ姿の男二人が入ってくる。
 それも、二人ともジュール人ではなかった。異国の人間がここにやってくる。
 シリコン・テクニックスという西側の企業のビルである以上、そうした事は珍しいものではなか
ったが、今は状況が状況である故に、警備員達は警戒をした。
「何か、ご用で」
 ジュール語で警備員はそのように尋ねた。

 さすがは戒厳令の影響力が強く、シリコン・テクニックスのビルにはこの会社の社員もほとん
どいない。いつもなら、社員達に紛れて行動する事も出来たが、これではあまりに目立ち過ぎ
てしまう。
 リーはそう思いつつも、警備員達に向かって、タカフミと合わせて二人分のIDを見せた。
 このIDはリー達のために、あのベロボグの手下達に用意されていたものであって、おそらく
偽造されたものだろう。そう思っていた。
「この会社に用事があってな。すでに連絡は行っていると思うが?」
 リーはジュール語でそのように言った。
「本日、連絡は何も来ていません。何せ、支社長でさえ不在なんですよ」
 そう言いつつも、警備員はリー達のIDをスキャンする。軽い音がしたと思うと、警備員達は警
戒を緩めた。
「どうぞ、お通り下さい」
 と、道を促すのだった。IDには何も不備が無かったのだろうと思い、リー達は入口のゲートを
くぐるのだった。
 タカフミと共に歩くリーは、異様にホールに響き渡る靴音が目立つ事が気にかかった。
 これでは、誰かがいたらすぐに近づいていく事がばれてしまうだろう。
「尾行はないか?」
 そのようにリーは尋ねた。
「さあ、どうだろうな?テロリスト連中は俺達をこのビルへと向かわせて、自分達は追跡してこな
かった。多分、俺達はどこからか見張られている。このビルの監視カメラとかに、すでに侵入し
ているんだろうぜ」
 タカフミがそう言った。
「自分達は、国会議事堂の地下から出れないから、私達を差し向けたのか?奴らは、ヤーノフ
の処刑に専念させ、私達にあるものを取ってこいと言ったきりだ。この携帯端末によれば、こ
のビルの20階にそのものがあると言うが」
 そこまでリーが言った時に、彼らはエレベーターの前までやってきていた。
 エレベーターは4機あったが、全て1階に停止しており、しばらく使われてはいない事を示して
いた。
「その何かを手に入れたら、すぐにテロリストに引き渡しちまうのか?」
 タカフミはそう尋ねてくる。
「そうせざるを得ない状況にされる事は見えている。そして、私はこのビルでベロボグ達が何を
求めているのか、その状況も大体見えてきた」
 エレベーターの扉が開いて、リー達はその中に乗り込んだ。
「本当か?」
「おそらく、ベロボグはあるデバイスを手に入れたいために、私達をここに送り込んだんだろう」
「おい」
 リーの言葉を遮ってタカフミが言った。
「どうした?」
「このエレベーター、20階には止まらないようになっているぜ。スイッチさえもついていない。ど
うしろと?」
「こうするように指示が書いてあった」
 そう言って、リーは持ってきていたIDカードをエレベーターについていたスキャナーにかざし
た。すると、そのスキャナーの周囲が明るく点灯した。
 そしてエレベーター内にアナウンスが入る、
(このエレベーターは20階に停車します)
「これで、行く事ができるな」
 リーのその言葉に、タカフミはほっと安心したようだった。

「無事に鳥かごの中に入っていってくれるわね。こいつらなんて、簡単に操ってやる事ができ
る。『WNUA』の人間なんて大した事はないわ」
 シャーリは、地下水道を進みながら、自分の持つ携帯端末を見つめていた。そこには、すで
にシリコン・テクニックスのビルの監視カメラの映像が流されてきていた。
(もうすぐ目的地につくが、一体何を取ってくればいいんだ?)
 そう、青いスーツの男の方が言って来た。実に聞き苦しいジュール語だ。
「あんた達は、渡した携帯端末の指示に従えばいいだけよ。もし従わなければ死ぬことになる
わ。特にそのビルの中じゃあ、あんた達は袋のねずみよ」
 そのようにシャーリは答える。
 鳥かごの中とは面白い表現だとシャーリは思っていた。あの『WNUA』の二人組はまんまと
鳥かごの中に入ってくれた。
 何もかもがお父様の計画通りに動いている。ヤーノフの処刑も成功し、世界は東側の大国の
巨像が崩れた事によって、大きな混乱の中にあった。
(取ってくるものが、秘密という事は分かったが、その後どうすればいい?それを誰に引き渡す
んだ)
 この男達も人質。しかしながら、やけに落ちついていると思った。あの国会議事堂の地下に
いるような連中は皆、政治家ばかりと思っていたが。
「遣いの者をよこすわ。そいつに渡しなさい」
 シャーリはそのように答え、自分も歩を急がせた。
(そうすれば、解放してくれるんだろうな?)
 もう一人の男の方がそう言って来た。そちらの男の方がまだ人間味があり、自分の事を心配
している。
「あんた達も知っているでしょう。ヤーノフは処刑したわ。あんた達にも用事は無いのよ。次に
連絡してくる時は、例のものを回収した後にしなさい」
 シャーリはそのように言って、通話を切ってしまった。
「いいの?シャーリ。そんな連中に、お父様の大切なものを取りにいかせて?」
 先を歩いているレーシーが尋ねた。彼女の子供の様な声は地下水道の中によく響き渡る。
「ええ、いいのよ。お父様自らが人質の中から指名したんだから。そんな事よりもレーシー。地
図を見せなさい。きちんと目的地につくかどうか確認をしておきたいわ」
 シャーリはそのように言う。だが、レーシーのナビゲーションは完璧だったはずだ。
「大丈夫だって、あたしに付いていけば」
 そのようにレーシーも言う。しかしながら、彼女はしぶしぶ、シャーリの方に光学画面を展開さ
せた。
 レーシーの背中そのものが、携帯端末であるかのように、光の画面を展開させ、立体的な画
面がシャーリの元へと現れる。
 シャーリは地下水道を進みながら、その画面にある通路を指で辿り、自分達が目的地に近
づいているかどうかを確認する。
 レーシーのナビゲートは確かに問題ない。地下水道の最短ルートを向かっている。
「《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の最新の警備配置図も一緒に表示させなさい」
 シャーリがそのように言うと、レーシーはすでに軍のデータから入手していた、警備の配置を
その地図の上に表示させた。
「目下のところ、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の地下の警備はがらがらのようね。これで
簡単に侵入できそうだわ」
 シャーリはそのように言い、自分達も《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を目指していくのだっ
た。
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