レッド・メモリアル Episode18 第2章



 リー達がシリコン・テクニックスのビルに入った直後に、セリア達もそのビルの中に姿を現す
のだった。がらがらの企業ビルのロビーの様子に、フェイリンが目配せをしている中、セリアは
どんどんビルのゲートへと向かっていく。
(ご用は?)
 ビルの警備員が、セリアに向かってそのように尋ねてくる。しかしながらそれはジュール語で
あり、セリアには意味は分かっても、返す事ができない言葉だった。
「悪いけど、この企業の警備員だったらタレス語くらい話せるんでしょ?」
「はい、分かります」
 と返されてきた返事は、思い切り訛りのあるタレス語だった。とても聴きとりにくい。企業は西
側でも警備員は東側の人間であるようだ。
「二人組の男が来なかった?」
 セリアはそのように尋ねるのだが。
「あなた達は一体誰ですか?」
 警備員はすぐにそう言って来た。その顔には明らかに不信が現れている。
 この戒厳令の下にいきなり現れたセリア達に、どうやら警戒をしているようだ。本来ならば一
般人、そして外国人であるならばなおさら、外出は禁止されているはずだからだ。
 そんな外国人が何をしに来たのかと、警備員は警戒した。
「ちょっと通してもらうわよ。わたし達は、タレス公国軍の者なの」
 そう言ってセリアは無理矢理に入場ゲートを通過しようとした。
「待ちなさい。何を!」
 警備員はセリアを止めようとするが、彼女によって突き飛ばされてしまう。大柄な警備員の体
がそのままカウンターにしたたかに打ちつけられる。
「ちょ、セリア」
 フェイリンがそう言うのも遅く、セリアは目にもとまらぬ動きで、二人の警備員達をのし上げ
た。二人とも大柄な体を持った男だと言うのに、セリアはお構いなしだ。
 何事もなかったかのように、セリアはその場に立っていた。
「リーの奴らはここの警備を通過する事ができているわ。用意周到ね。目的が、シリコン・テク
ニックスのビルだとすでに準備をしていたのかしら」
「さ、さあ?」
 フェイリンは戸惑うが、セリアはすでに歩みを進めていた。
「フェイリン。透視は続けている?リーの奴らは一体、何階に行ったのかしら?」
 セリアがそう言うと、フェイリンは顔を上げた。そして天井をじっと見つめている。セリアにはた
だの天井にしか見えない場所だ。しかしフェイリンはその天井を透過して、何フロアも上まで見
る事ができる。
「かなり上まで行っているみたい。他のフロアには人がいないみたいだから、多分、20階は上
に行っているんだとおもう」
「上ね。なるほど、分かったわ」
 そう言って、セリアはさっさと行ってしまおうとするのだが、
「待ってセリア。このビルだけど」
 フェイリンは今度は地面の方を見つめている。
「何よ。さっさとあいつらを追わないと」
 しかしながら、フェイリンはじっと地面の方を見つめ、そこを凝視していた。また何か別のもの
を透視しているのだろうか。
「このビル。何だか地下の方にも随分フロアがあるみたい。それこそ、上にあるフロアよりもず
っと地下まで繋がっているみたい」
 そのフェイリンの言葉をセリアは聞き過ごさなかった。
 一体、リー達は何故このビルにやってきたのか。そして、このビル自体、一体何なのだ。シリ
コン・テクニックスのビルに何があると言うのか。
「行くわよ、フェイリン。リー達を見失いたくはないわ」
 そう言って、セリア達も上層階へと向かうエレベーターの中へと乗りこむのだった。

ボルベルブイリ郊外 国道3号線

 アリエルは国道にバイクを疾走させ、《ボルベルブイリ》に向かっていた。
 父が用意しておいた地図は、目的地にマークが施され、アリエルが被っているヘルメットの内
部画面に展開している。
 もうそう遠い場所ではない。
 バイクに乗るのが何だかとても久しぶりのような気がしていた。『ジュール連邦』の肌寒い空
気を突っ切っていく姿は、高校生である自分があるべき元の姿だった。
 だが今の自分は違う。アリエルは今までとは違う自分を感じていた。
 今は、ただ自分のためだけではない。父の為に目的地に向かってバイクを走らせている。そ
して父の行いは、そのまま多くの人達を救う事に繋がるのだ。
(調子はどうだね、アリエル)
 ヘルメットの中にある通信機能を使って父がそのように言って来る。それは音声だけの通話
だった。父もどこか外にいるのだろうか。風の音が聞こえてくる。
「大丈夫です。体調は万全みたいですから」
 アリエルはそのように答えた。言葉の通り。体調は万全、それも万全過ぎると言うくらいなほ
どだ。体は何日も休んだかのように元通りになっており、新たな行動へと出ようと言う意欲さえ
わき上がって来ている。
(アリエルよ、私達は血のつながった親子だ。敬語をわざわざ使わなくともよい)
 するとヘルメットの中に父からの言葉がくる。
「正直、まだ、実感がわきません。あなたが本当の父親と言われたのは、ほんの2,3日前なん
ですよ。それで一体、あなたの事を本当の父親だなんて言えるんでしょうか。私には分かりま
せん」
 それはアリエルの本心だ。今だに彼が父親であるという事を戸惑っている。バイクに乗ってい
るからそれを忘れる事ができているようなもので、今だに彼に対しての感情で自分の中では戸
惑いと混乱がある。
(そうか。ならば、それでよい。そうした事は、いずれ時が解決してくれる)
 父はそのように言ってくるが、本当にそこまで時間が用意されているのだろうか。アリエルは
不安になる。今の父と自分の関係だって、脆い橋を渡っているかのような気がする。簡単な事
をきっかけにしてそれが崩れてしまいそうだ。
 そして、やはり父に対しての恐れを拭い去ることができないでいる。幾ら優しげな言葉をかけ
てくれているとはいえ、彼に対しての感情は恐れという部分もある。
「現地に行けば、シャーリと会う事になるんですか?」
 さらにその不安もアリエルの中にはあった。
(ああ、そうなる。現地ではシャーリが指示をしてくれる。君が何をして、何を手助けすれば良い
のかという事をな。彼女のした事は、私からも謝っておこう。何というか、彼女は感情に先走り
やすい所がある。君が言う事を利かないと思って、手荒な真似をしてしまったのだ。だが安心し
たまえ、もう君にそんな事をしたりはしないだろう)
 父にそのように言われてもどうしても心配になる。彼の言葉だけでシャーリが、あの手荒な真
似をやめるものとは思えなかった。
 彼女の冷たいまなざし、そして冷酷な態度が頭の中から離れない。
 しかし、今、自分が進んでいくべき場所は、父が与えた道しか無かったのだ。
「シャーリと合流したら、また連絡します」
(ああ、頼むよ)
 父がそのように答えると、アリエルは通話を切った。《ボルベルブイリ》の街郊外を走っていく
アリエル。
 この辺りはまだ『WNUA』軍による制圧が完了していない。しかしながら、『ジュール連邦軍』
による厳戒態勢が張られており、それを避けながら移動していかなければならなかった。
 父が与えてくれた軍の配置マップでそれを確認しながら、アリエルは進んで行く。遠くにはす
でに《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の高層ビルが見えて来ている。
 あそこに行けば、何かを見つける事ができるはずだ。そう自分に言い聞かせ、アリエルはバ
イクを走らせていった。
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