レッド・メモリアル Episode19 第1章



 18年前―。
 セリア・ルーウェンスは大学生でありながら、一人の子供を身ごもった。彼女自身、まだ若か
ったと言うこともあり、それはあまりにも衝動的であり、彼女自身、自分でもどうしてそのような
事になってしまったのか、それは今でも分からない。
 しかし18年後に何が起こるのかを知っていれば、当時の彼女であっても子供を身ごもるよう
な事はしなかっただろう。
 セリアの相手の男は、通っていた大学の医学部の講師だと言っていた。その名前をボブ・デ
イビスと言っていて、彼は『ジュール連邦』からの移民であると名乗っていた。
 年齢は当時のセリアよりも二世代ほども離れており、彼は自分が40歳であると言っていたが
もっと若かったかもしれない。
 同じ大学の講師と、学生の不貞行為は周りに対してあまり知られたい物事ではなかった。セ
リアは自分がなぜ自分が身ごもったのか。それを誰にも言うつもりはなかった。
 しかしながら、いくら若く、衝動的に子供ができたとしても、その子供を下ろすという事はしたく
は無かった。セリアはその子供を何としてでも育てる事にした。
 だから大学を一年休学してでも、出産に専念するようにしたのである。
 γ0062年にその子供は誕生した。健康な女児であり、セリアも自分が立派な子供を生む事
ができた事に満足をした。
 彼女と、ボブ・デイビスとの関係はなるべく外には漏らさないようにしていたため、セリアは自
分の子供の父親が誰であるかという事は誰にも言わないでいた。彼は出産に立ち会う事は無
かったが、産後のセリアを見舞いにはやってきた。


 18年前の『タレス公国』《プロゴラス市内》にある病院。そこにはまだ子供を産んでそれほど
間もない、セリアの姿があった。当時の彼女はまだ軍に入った事もない、ただ多少気の強い所
はあったが、ただの若い女でしか無かった。
 そんな彼女を見舞いにやってくる、長身の男、ボブ・デイビスは『ジュール連邦』の移民である
らしく、その堀の深い濃い顔立ちが特徴的だった。
「やあ、セリア。調子はどうかな?」
 ボブはそのようにセリアに言って来た。相変わらず『ジュール連邦』側の訛りが強い。この静
戦の時代では東側の国の人間というだけで、敵対意識を持たれてしまうものなのだが、ボブは
自分の訛りを隠そうともしていなかった。
「ええ、わたしは平気よ。見て。この通り元気な子供が産まれてくれて」
 そう言ってセリアは強がって、ボブに向かって自分が産んだばかりの幼子を見せるのだっ
た。
 この子を幸せに育ててあげよう。セリアはその意思で一杯だった。他に望むようなものはな
い。ただ、できればボブも一緒にこの子を育ててくれる事を考えてくれれば良いのだが。そのよ
うに思っていた。
 結婚さえ、セリアは考えていた。結婚さえしてしまえば、あとは大学を辞めてしまっても良いと
思っているくらいだったのだ。
「そうか、それは良かった」
 ボブはそのように言って、まだ生まれたばかりの赤子、自分の娘に触れて来ていた。
「実はセリア。君に話したい事があるんだ」
 セリアに顔を近づけて来て、ボブはそのように言いかける。一体、どんな申し出だろう。もしか
したらこれを機に結婚の申し出をしてくれるのではないか、セリアはそう思った。
 だが、そんなセリアの期待は打ち砕かれた。ボブにはセリアの知らない顔があった。セリアは
あまりにも若すぎ、ボブの本性を知る事は無かった。
「残念なのだがね。君とはこれでお別れだ」
 そう言ってボブが取りだしたのは拳銃だった。セリアはボブが何を取り出したのか、それさえ
も分からないままだった。
 銃が火を吹き、セリアは意識を失った。どこか遠くで、赤ん坊の泣く声だけは聴こえて来てい
た。意識は消え去り、彼女は何が起こったのかという事さえ分からなかった。ただ落ちゆく意識
の中で、どこかへと行ってしまうわが子を手離さまいと、全力で手を伸ばしていたと言う事だけ
は分かる。
 だが無情にも、彼女の子供はいなくなってしまった。セリアが名前を付けるよりも前に、ボブ
が彼女を持ち去ってしまったのである。
 次にセリアが意識を取り戻した時は、全てが無くなっていた。病院の集中治療室の中で目覚
めた彼女は、我が子が行方不明になっているという事を知った。
 そしてセリアに接近してきたボブという男は、現在、指名手配をされているという事だが、その
素性も不明であり、身分も偽りのものであるという事を知らされるのだった。
 ボブという男は実在せず、あの男は我が子と一緒に消え去ってしまった。
 セリアがその現実を理解するまでは長い時間がかかった。病院のベッドの上にいる彼女は、
ずっと茫然としたままであり、見舞いに来た両親ともまともに会話をする事ができないでいた。
 全てはあのボブという男を信用したがばかりに。セリアにやがてやってきたのは、我が子を
失ったと言う悲しみだけではなく、怒りが大きく占めていた。
 セリアはボブを呪い、地の果てまで追いかけていき、我が子を取り戻してやろう。その意志を
硬く持っていた。
 彼女はやがて大学に復学し、その後に軍に入隊した。
 それは全て我が子を取り戻すためだ。ボブは『ジュール連邦』側の人間であるという事は分
かっていたから、何らかの形で彼の所在を突き止める事ができると思っていたのだ。
 しかし何年たっても、セリアはボブの所在を突き止める事はできないでいた。彼は完璧に姿
をくらましていた。セリア自身も、本当に自分が子供を産んだのか、その事さえも忘れそうにな
ってくるくらい、長い年月が経った。
 ただ彼女の体には確かに刻まれている。あのボブが残した忌まわしき傷跡、そして明確な心
の傷跡が彼女の中には残された。
 今でもセリアは我が子を探している。そしてボブという男と、ベロボグ・チェルノという男が重な
った今では、セリアの意志は明確なものとなっていた。
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