レッド・メモリアル Episode19 第2章



「何を言っているのよ、こいつらは?」
 セリアは目の前で展開されているジュール語の言葉を、理解する事ができないでいた。
 ビルのホールには武装した者達がいる。そしてそこには地下でも見たロボット達がいた。
 ここはどこかのビルのホールだ。地下道を抜けてどうやら別のビルまでやって来たらしい。リ
ー、そしてタカフミはそれぞれ銃を構えながら、ベロボグの部下らしき者達と対峙している。
「セリア。気にするな。隙を見せるなよ」
 そのようにリーは言うのだったが、
「いいえ、はぐらかさないで。今、あなた達は何と言ったの?ちゃんと答えなさい」
 セリアの言い放ったタレス語がホールの中に響き渡る。
 すると、赤毛で片目を隠し、ショットガンを担いだ少女が、セリアの目の前までやって来て言っ
た。
「あなたの娘にちゃんと再会の挨拶を言いなさいよ、アリエルのお母さん?」
 訛りの強いタレス語だったが、セリアはそれを理解する事が出来た。
「何を、言っているのよ。あなたは?」
 セリアはその娘にそう言ったが、彼女は少しにやりとするだけで、セリア達に背を向けて仲間
たちの方へと向かった。


 シャーリが突然現れた者達からこちらへと戻ってくる。彼女は後ろから銃を向けられていると
言うのに、悠々とした態度でこちらへと戻って来るのだった。
「シャーリ。これは一体?」
 アリエルはまだこの場の状況を理解する事ができていなかった。シャーリは今、向こうにいる
人達の女の人の一人に対して何と言っただろうか。母といったはずだ。向こうにいるブロンドの
女性が母だと、アリエルに言ったのだ。
「言ったとおりでしょう。あなたのママが、わざわざこの国まで会いに来てくれたのよ、再会を喜
びなさい」
 シャーリはそう言って、アリエルの肩に手を乗せた。
「そ、そんな事言われたって。それは本気なの?」
 アリエルは戸惑う。そんな事を今、突然言われたとしても理解する事なんてできない。
「おい!お前達。その『レッド・メモリアル』をこっちに渡してもらおうか!」
 エレベーターの方から青いスーツを着た男、あのリーと名乗った男が、銃を突き出しながら迫
ってきた。エレベーターの方からゆっくりと、こちらへやって来る者達の姿がある。
「そんな事を言える立場だと思う?」
 シャーリはそう呟いた。
 4人しかいないエレベーターに乗ってきた者達は、武器を持っていたものの、シャーリが引き
連れている、レーシー、武装した部下達、そしてロボット達に敵うとでも思っているのだろうか。
「いいや、それを手に入れるためには私達も必死なのでな」
 そう言って、リー、そして仲間のタカフミがそれぞれ銃を突き出してこちら側へとやってくる。
 銃はアリエルの方向にも向けられているから、彼女はそれに思わず後ずさりをしようとしてし
まった。
 リーの動きは速かった。そう言えば、彼も能力者だった。素早い動きでマシンガンを向けよう
としてきたシャーリの部下達に向けて銃を発砲して、自分は彼らが発射した銃弾を避け切っ
た。
 そして、タカフミという男の方も素早く、マシンガンの銃弾を避け切って、自分の方が銃を抜い
て倒した。
 彼ら男達二人が、『レッド・メモリアル』を持った男達の方へと迫ってくる。
 だがその前にレーシーが立ちふさがった。
「これ以上先にはいかせない」
 レーシーはそのように言って、自分の両脇にロボット兵達を呼び寄せた。ロボット兵はレーシ
ーの脳内に埋め込まれている『レッド・メモリアル』を通じて、彼女が自在に操る事ができる。
 二台の大型のロボット兵を前にして、リー達も怯んだ。いくらテロリスト達を倒す事はできよう
と、このロボット兵を前にしては『能力者』でも敵わないのだろう。
「お父様の邪魔はさせないよ」
 レーシーはそのように言った。それに向かってリーが顔をしかめる。
(ベロボグめ。やはり自分の娘を使って人体実験をしていたようだな)
 タレス語でそのように言ったリーは、手に持っていた、携帯端末のようなものをロボット兵達
の方へと向けようとする。
 その時だった。
「リー・トルーマン君!そこまでだ。私の娘達に干渉しないでもらおう!」
 突然、声が響き渡る。そしてアリエル達の後ろ、ビルの表玄関の扉が開かれて、そこから姿
を現す者がいた。
 大柄な姿をしたその影。アリエルは彼の登場に驚かされたが、そこに現れたのは、自分の
父、ベロボグ・チェルノだった。
 彼は堂々とした姿で、対峙している者達の間へと割り入ってくる。彼は一体どのようにしてこ
の場所までやってきたのだろうか。アリエルがバイクでこの地まで来た時は、100km以上の
距離があったが、父はそれよりも速いスピードでこの《イースト・ボルベルブイリ・シティ》にまで
やって来ていたという事だ。
「お出ましと言うわけか。お前自らがここにやってくるとはな」
 そのように声を発したのはタカフミだった。彼は依然として銃を向けたまま、警戒心を解こうと
しない。
「皆、銃を下ろせ。どうやら、お互いに確執があるようだ」
 父はそのようにその場にいる者達へと言い放った。だが、皆、なかなか銃を下ろそうとはしな
い。
「皆、銃を下ろすんだ。今は我々が争っているという場合ではないのだ」
 ベロボグがそのように言うと、その場にいる者達は、シャーリ達も含めて皆、銃を下ろし始め
た。張りつめていた緊張感は変わらなかったが、まるでベロボグによって威圧されてしまったか
のように、皆が武器を下ろす。
 しかしその中でも、リーやタカフミ達は武器を下ろそうとはしなかった。
「我々は銃を下ろさないぞ、ベロボグ」
 リーがそのように言った。
「そうか。それは残念だ。だが、君達組織は何かを誤解している。よもや、この私が世界征服
などという俗事のために、あの『レッド・メモリアル』を入手しようとしていた。そのようにでも思っ
ているのかね?」
 父はそう言って、彼らの元へと近づいていく。その距離はかなり近い場所にまで接近してい
た。リー達は武器を彼へと向ける。しかしながら、父はどんどん彼らの元へと接近した。
「戦争を始めやがった奴がよく言うぜ」
 タカフミはそう言うのだが、
「それは違う。戦争を始めたのは、『WNUA』と『ジュール連邦』の両国であって、私には関係の
無い事だ。私の目的は『レッド・メモリアル』にある」
 リーとタカフミの目の前に立ちふさがった父は堂々とそう言った。
「それを使って、何をするつもりなんだ?貴様は?おっと、それ以上近づくな。発砲する」
 リーはそう言った。だが父ベロボグは、何のためらいもなく、彼に向かって一歩踏み出す。直
後、銃声が鳴り響き、ベロボグは少し怯んだようだった。
 だが、父は倒れる事は無かった。いつの間にか、彼の背中からは金属で出来た巨大な翼の
ようなものが出来あがっており、それが体を包み込むようにして防御したのだ。
 リーは、更に何発も銃弾を父へと撃ち込んでいく。だが、銃弾はその巨大な翼によって防が
れ、全く効果が無かった。
「自分の『能力』を使って神にでもなったつもりか!」
 そう言って、タカフミもベロボグに銃弾を向けたが無駄だった。銃弾はその翼によってことごと
く弾かれてしまう。
 シャーリと、その部下達は目の前で展開されている光景に、唖然として見ていた。アリエル
も、父が目の前で見せた姿は驚くべきものだった。
 そもそも、父がこのような『能力』を使う事ができるという事など、アリエルは知らなかった。そ
の姿は、まさに巨大な翼を持った天使、そして神にも似た姿の様に思えた。
 そしてその前では、銃弾を発砲するリーやタカフミなどは、愚かな存在にしか見えないような
姿でさえあった。
「もう、休みたまえ」
 父はそのように言って、背中から映えた巨大な金属の翼を広げると、それでリーとタカフミを
覆った。
 父が翼を再び開いた時には、リーとタカフミの体はそのまま崩れるようにして倒れるのだっ
た。
 父はその背中から映えた翼を広げたまま倒れた彼らに向かって言った。
「元の同志として、悪いようにはせん。彼らを連れていくのだ」
 ベロボグはそのように自分の部下達に言った。
 彼らは驚いたかのようにその場に立ちつくしていたが、すぐにはっとしたように行動を移し始
めた。
「セリアよ、あと、君の名前は知らないが、君達はどうするのだね?抵抗をするのか?」
 ベロボグはそう言って、エレベーターでやってきた残り二人の女達に向かって言った。
 セリアと呼ばれた金髪の女性は、ベロボグの前に立ったまま、不動の姿勢だったが、もう一
人、レッド系の眼鏡をかけた女性は恐れをなしたかのように床に座り込んでしまっている。
「ベロボグ・チェルノ。あんたには、話なんかじゃあ済まされないほど事がある。決してあなたを
許すわけにはいかないわ」
 セリアはそのように言って、ベロボグに向けて手袋をはめた拳を向けるのだった。だが彼は、
「セリアよ。自分の娘の前でそのような事をするのか?君が捜し求めていたのは自分の娘なん
だろう?彼女は、ほら、そこにいるぞ」
 そう言って父はアリエルの方を指さしてきた。
「何を、言っているのよ」
 セリアはまだ怒りの表情をしたままだった。
「ほら、あそこにいる娘が、君の娘だ。私もつい先日、再会したばかりだがね」
 父はそう言ってアリエルの方を指さすのだった。そして、たった今、倒されたリーとタカフミは
部下達にまかせて、自分はその背中の翼をしまい、アリエルの方へと近づいてくる。
 父はアリエルのすぐそばまでやってくると、今度はセリアと呼んでいた女性の方を指さして言
うのだった。
「ほら、見たまえアリエル。あれが君の母であるセリア・ルーウェンスだ。じっくりと話をしてあげ
なさい」
 父はそのように言ってくるが、アリエルにとってそれは理解しがたい事だった。
 何が起きているのか、それさえもアリエルには戸惑いの連続だった。


タレス公国 プロタゴラス 緊急対策本部


 『タレス公国』の《プロタゴラス》では戦時中とだけあり、首都には戒厳令が敷かれており、更
に軍部による緊急対策本部が敷かれていた。
 東側の国との戦争は『WNUA』によって、圧倒的に有利な形によって進められてはいたもの
の、いつ、何時に彼らからの反撃があるか分からない。そのため、首都の厳戒態勢が解除さ
れる事は無かった。
 カリスト大統領は、戦争を有利に進められているという事にはひとまずの安心感を抱いては
いたものの、そのどこかにある不安を隠す事はできないでいた。
 『ジュール連邦』に潜ませている諜報員からの連絡によれば、国会議事堂が占拠されている
事件が発生していると言う。そしてその国会議事堂を占拠したのは、ベロボグ・チェルノの部下
達。
 更に彼らによって、ヤーノフが処刑された。最高指導者を失った『ジュール連邦』が混乱に陥
り、それによって、戦争が圧倒的優勢になるのは歓迎すべき事なのだろうか。
 あの東側の支配者が処刑される有様は、ネット中継によって世界中に放映されるものとなっ
た。国内の規制が追い付かず、多くの国民もあの処刑の瞬間は目撃した事だろう。
 もちろんカリスト大統領も、あのヤーノフの最期の姿は目撃した。どうやら政権内にはあの処
刑劇を歓迎さえしているような者もいるようだったが、カリストは素直にそのように思う事はでき
なかった。
 それは、ヤーノフをやすやすと処刑できる、新たな勢力が『ジュール連邦』内に存在できる事
を意味しているのだからだ。
「大統領」
 カリストの元に、首席補佐官が現れて彼を呼んだ。
「ああ、分かっているよ」
 カリストはそう言っていたが、目線はコンピュータの光学画面の方に目を向けていた。
 その光学画面には大きく『ジュール連邦』の姿が映されている。
「今すぐにでも、《ボルベルブイリ》への攻撃をする事ができますが」
 首席補佐官がそのように言いかける。
「心配事は幾つもある。ヤーノフが倒れた今、我々の戦争の相手は一体、誰なのだろうかとい
う事がな」
 そのようにカリストは答えた。
「恐らく、それはベロボグ・チェルノ率いる組織なのではないかと。ヤーノフを倒した彼は、自分
自らが、『ジュール連邦』に新たな王国を築きあげると言う宣言をしました。それはクーデターに
他ならない事でしょう」
「それについても分かっている」
 カリストはそう言ったが、目線は光学画面の方に向けられたままだった。
「潜入させている諜報員からの情報によって、ベロボグ・チェルノは、《イースト・ボルベルブイ
リ・シティ》の2つのビルを所有している事が分かりました。恐らくそこを本拠地にして行動して
いるのではないかと思われます。
 まず我々が攻撃をするのはそこになります」
 そのように補佐官は言って来た。
 ここで自分が命令を下す事によって、いよいよ首都攻撃が開始される事になる。果たして攻
撃をする相手が不確定なまま、攻撃命令を下してしまって良いのか。
 重大な決断を前にして、カリストは戸惑う。
「『WNUA』の同盟国の代表方もおっしゃっています。このまま、攻撃をすべきだと。敵がどの
ような存在であるにせよ、《ボルベルブイリ》を攻撃する事によって、その力を大きく削ぐ事がで
きるはずです」
 だが戸惑っているにせよ、カリストの決断はすでに決まっていた。いや、決断しなければなら
ないだろう。
「命令を下す」
 そのようにカリストは言って、執務室の椅子から立ち上がった。
「ただちに、《ボルベルブイリ》を攻撃せよと、前線部隊に命令せよ」
 彼のその決断が果たして正しいものかどうかは、今のカリストにとっても分からない事であっ
た。
 やがて、カリストの執務室に大きく映し出された画面には、《ボルベルブイリ》市街地上空へと
向かう爆撃機の姿が映し出され始めていた。
 これによって、また戦争が大きく動く。
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