レッド・メモリアル Episode19 第8章


 アリエルの体はその場から何メートルも飛ばされて、大量の瓦礫と共に、どこかへと落下し
た。体中を打ち、アリエルはもう自分は駄目なのではないかと思った。だが、意識だけははっき
りとあった。
 煙、そして炎に包まれていたが、何とかアリエルは体を起こすことができた。どうやらミサイル
がこの場所へと直撃してきたようである。
 むくりと体を起こすと、体はしたたかに打っており、また細かな傷もところどころについていた
が、どうやらまだ生きているようだった。
「よかった…、どうやら、無事な、ようね」
 そのように自分の懐から聞こえてくる声があった。アリエルは視線を下にやると、そこには、
セリアの姿があった。
 彼女の美しい金色の髪は煤汚れてしまい、ひどい有様だ。顔にも傷が走っており痛々しい。
そして、アリエルをかばって瓦礫の下敷きになってしまっている。
「あ、だ、大丈夫ですか」
 アリエルはジュール語で思わずそのように言った。だがすぐに気が付いた。セリアの体の上
に乗ってしまっている瓦礫は、とても人が耐えることができる量の瓦礫ではないという事に。
「ああ、そんな!」
 アリエルはそのように言い、瓦礫の下から手と顔を出している女性を思わず掴んでいた。
「あなたが無事で良かったわ」
 セリアはそのように言ってくるが、アリエルにとってはその言葉は気休めにもならなかった。
今すぐにでも、彼女をこの場から出してやらなければ。
 アリエルは急いでセリアの手を引っ張った。
「セリア!わたしも手伝うよ!」
 そう言って、アリエルと共にセリアの体を引っ張り出そうとしたのは、フェイリンという名の女性
だった。
「いいのよ、わたしの事は…。あなたが生きてくれればそれでいい」
 セリアは瓦礫の下からそのように言って来る。だがアリエルは必死だった。
 せっかく会えたかもしれないというのに。せっかく、自分の本当の母親と言える人に会うことが
できたというのに。
 何で、こんな事が起こってしまったのか。
 アリエルは自分の事など構わず、ただひたすらにセリアの体を引っ張り出そうとしていた。だ
が、セリアの手の力はどんどん抜けていっている事が分かる。このままでは、何かの衝撃が少
し起きただけで、セリアは瓦礫の下敷きになってしまう。
「しっかりして下さい!」
 アリエルは更にセリアにそのように呼びかけるのだが、彼女の体はどんどん力を失っていっ
ている事が分かる。
「あなただけでも、生きるのよ、アリエル。わたしには分かる。あなたが、本当の娘だという事
が、分かってきた。ベロボグに強要されたのでもない。はっきりと、あなたの事が、自分の娘だ
という事が分かる。
 これは直観なの、それとも一体、何が、わたしにこうさせるのかしら?」
 そう言って、セリアはその表情に笑みさえ浮かべていた。だが、その顔を見て、アリエルが予
期した事は、最悪の結末だった。
 そんな事が起こっていいはずがない。彼女も、自分が本当の娘であるという事を認めてくれ
た。それだというのに。今にも自分の本当の母は死んでいこうとしているのだ。
 こんな事があってよいはずがない。
 アリエルは渾身の力を込めてセリアの体を引っ張り出そうとした。
「セリア!」
 そのように叫んで、フェイリンもセリアの体を引っ張り出そうとしている。この人も、自分と同じ
ように、セリアの事を大切な人と思っている。二人の気持ちがセリアを救い出そうとしていると
いうのに、セリアの体は瓦礫から出てくることは無かった。
 弱弱しくなったセリアの声が、アリエル達へと向けられてくる。
「もう、いいのよ。フェイリン。わたしは目的を果たした。自分の娘と、再会する事ができたんだ
わ」
 そう言ってセリアは自分の力を完全に抜いてしまった。セリアが力を抜いてしまっても、アリエ
ルは必死になって、彼女の体を引っ張り出そうとしたが、それでも駄目だった。
 さらにどこかから空を切ってこちらへと接近してくる。また爆撃機が一機、迫ってきている事は
アリエルにも分かっていた。
 それよりも前に、セリアを助け出したい。アリエルの意志は確固たるもので、彼女をその場か
ら逃がそうとはしない。
 しかしその時、アリエルの肩を掴んでくる者の姿があった。
「アリエル。もう駄目だ!」
「あなたは」
 それは、リー・トルーマンだった。彼がアリエルが、セリアを瓦礫の下から引っ張り出そうとす
るのを止めさせてくる。
「もう助からない。それに、ここは危険だ!」
 リーがそう言ったとき、再びミサイルが飛んできて、それはビルに直撃をした。ビルは大きく
傾き、アリエル達はバランスを崩した。
 そして、セリアの上に乗っている瓦礫達も、大きく崩れていく。
 手を伸ばせば彼女を助けることができるのではないか。そう思い、アリエルは大きく手を伸ば
した。リーが彼女をかばってくれ、降り注いでくる瓦礫から守ってくれる。
 だがアリエルは、ようやく本当の母と思える人の方へと手を伸ばしたかった。そして彼女を救
いたかった。
 崩れていく瓦礫は、絶壁のようになったビルからどんどん地上へと落ちていってしまう。セリア
の体も、まるでその濁流に流されていくかのように、地面へと落ちていこうとしていた。
 この高さから地面に瓦礫と共に落ちてしまえば、助かることは無い。
 周りの光景が全て真っ白になってしまったような気がした。アリエルは必死になってセリアの
方へと手を伸ばすが、とても届かなかった。だが、セリアはとても近くにいるような気がしたの
だ。だから彼女の手を掴むことができる。
 もう一度、あの人の手に触れたい。あの人の母としてのぬくもりを一度でいいから感じたい。
アリエルの本能ははっきりとそう言っていた。
 だが無情にも、セリアの体は、瓦礫と共にビルの下へと落ちていった。
 その時に見えた彼女の表情は、厳しい姿をしていた初対面の姿とは異なるものだった。とて
も安らかで、全てを受け入れているような、そのように穏やかな表情だった。


 瓦礫が降り注ぐのは止んだが、ビルの倒壊は確実に始まっていた。このままここにいては、
とても助からないだろう。『WNUA』軍は、このベロボグの拠点の一つを確実に破壊するつもり
で爆撃を行っている。地上にいるロボット兵がそれを援撃しているために、このビルはかろうじ
て持ちこたえているだけだった。
 アリエルをこの場所から救い出さなければならない。リーの使命はそこにあった。だが彼女
は呆然としたように立ち尽くしてしまっており、自分の言葉が聞こえていないようだった。
「アリエル。ここは危険だ。早く逃げないとならない」
 そう言っても、アリエルは焦点の合っていない目をこちらにちらりと向けるだけだった。
 セリアの最期を目の当たりにして、極度のショックを受けてしまっている。リーはすぐにそう判
断した。彼女がついて来れるかどうか。リーは彼女の体を引っ張ってみたが、まるで人形を無
理矢理引っ張ったかのように倒れてくるだけだった。
「仕方ない」
 リーは即座に判断し、彼女の体を背負う事に決めた。
「しっかりと掴まっていてくれよ、おいタカフミ!」
 アリエルの体を背負うと、即座に仲間の名前を呼ぶ。
「ああ、大丈夫だ!こっちの階段は崩れていない!何とか逃げられそうだ!」
 タカフミも無事だった。彼は逃げ場所を確保していてくれたようだ。
「君も逃げた方がいい。セリアの事は残念に思うが…」
 フェイリンにそう言ったリー。どうやら彼女もセリアの最期を目の当たりにしてショックを受けて
いるようだが、アリエルのように歩けないほどではない。
「わ、分かっています」
 その時、突然その場に響き渡ってくる声があった。
「アリエル!」
 それは離れたところにいるベロボグの声だった。彼は、ビルの瓦礫をかき分けるかのように
してこちらに迫ってきている。
「おい、急ぐぞ。アリエルを奴の手に渡すわけにはいかない」
 ベロボグとはまだ距離がある。だから逃げる事ができた。リー達は迅速に行動し、ビルの瓦
礫の山を後にする。ビルの倒壊は始まっていて、今にも崩れてしまいそうだった。


「アリエル。今、お前の力が必要だと言うのに」
 ベロボグはそう呟いていた。だが、リー達に連れ去られ、今、彼女は目の前で実の母親の最
期を目の当たりにした。
 ベロボグは、アリエルをそれ以上追おうとしたが、それをシャーリが止めようとする。
「いけません、お父様。今すぐここを脱出しなければ」
 そう急かしてくるシャーリがいた。だが今アリエルを自分が救ってやらなければ、一体だれが
救うというのだ。目の前で実の母を失ったアリエルが、立ち直れようはずがない。このまま精神
に大きなダメージを受けたまま生きていくしかできない。
「離せ。離すのだ、シャーリよ!」
 ベロボグはそのように言って、シャーリの手を振りほどこうとした。
 そして瓦礫の山をかき分け、何としてでもアリエルの元へとたどり着こうとする。
「待て。待つのだアリエル!」
 ベロボグはそのように叫ぶ。そして自らの肉体を、一部、戦闘機型へと変形させようとした。
その時、彼は再びミサイルがこのビルへと接近してくるのを知った。
「おのれ、このような時に!」
 ベロボグはそのように叫び、自分の体をそのミサイルが接近してくる方向へと向けた。そし
て、自分の体と直結し、融合しているミサイルを発射しようとする。
 だが、『WNUA軍』の放ってきたミサイルは、ベロボグの攻撃よりも先に彼へと接近して、ビ
ルへと次々と着弾していった。
 凄まじい轟音と爆炎、そして衝撃にベロボグは呑まれていった。どこかから、シャーリが叫び
声を上げているのが聞こえてきたが、それも全てが轟音と衝撃の中へと呑みこまれていってし
まう。
 今、このまま、ここで死ぬわけにはいかない。ベロボグは切にそう思った。だが、容赦なく彼
は自分の体が崩壊していくのを感じていた。


タレス公国 緊急対策本部


 『タレス公国』のカリスト大統領は、《ボルベルブイリ》にて行われた、わずか30分足らずの凄
絶な戦いを、全てリアルタイムにて目の当たりにしていた。
 戦争がどれだけ凄まじいものかは彼も知っているつもりだった。だが、大都市への爆撃がこ
こまで凄まじくなってしまうとは。戦争に踏み切るという自分の決断を後悔しているわけではな
い。だが、彼は思わず息を呑んでしまった。
 これは数千キロも離れた土地で行われた出来事。だが、まるで身近で起きた出来事のように
さえ感じられる。
「《ボルベルブイリ》をほぼ完全に制圧完了。国会議事堂への攻撃や、主要軍事施設への一斉
攻撃も完了しました」
 軍事補佐官がそのように言って来る。
「抵抗、もしくは反撃をしている様子はないか?」
 カリストはそう聞き返す。『ジュール連邦』ほどの大国が、ただ攻撃を許すというのも不気味に
思える。
「依然、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》では、例のロボット兵による反撃が行われており、制
圧は行われていません。しかしながら、ベロボグ・チェルノの拠点と思われるビルの破壊に成
功しました。
「完全に破壊をしたのか?」
 カリストは聞き返す。
「ええ、完全に破壊をしました」
「ベロボグもか?」
 それが、カリストにとって非常に気がかりな事だった。
「この様子では、誰も生き残ることはできません。同ビルにいたベロボグ・チェルノも恐らく死亡
したでしょう」
 カリストの前に表示された画像は、完全に倒壊したビルの姿だった。もはや瓦礫の山と化し
ている。中にいれば誰も助かることはできないというのは、補佐官の言って来る言葉の通りだ
った。
「分かった。継続して《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の制圧に全力を尽くせ」
「承知しました」
 カリストはそう命令を下した。これで『ジュール連邦』は自分たちの世界に下った。目の前に
表示されている画像の何もかもがそう示している。
 だが、安心することはできなかった。ベロボグが確かに死んだという証拠がどこにも無い。彼
はよもやこの状況でも生き延びているのではないのか。そうカリストは思っていた。
 まだ、この戦争は終わっていない。
Next Episode
―Ep#.20 『黎明』―

トップへ
トップへ
戻る
戻る