レッド・メモリアル Episode19 第7章


プロタゴラス 緊急対策本部


 思いの他、《ボルベルブイリ》を中心とした首都に対しての攻撃は、苦戦の様相を見せてい
た。カリスト大統領は、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を中心として起こっている激しい交戦
の様子を、逐一と報告されていた。
「国会議事堂に対する攻撃は成功。首都にある主要施設に対しての攻撃は順調に進んでいま
すが、この《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の区画だけは、思いもよらぬ攻撃によって、攻撃
がうまく進んでおりません」
 軍事補佐官が、カリストに光学画面を指示して説明してくる。加えて、空爆の様子が衛星によ
ってリアルタイムによって展開もしていた。
 《ボルベルブイリ》は今、次々と行われている空爆によって、戦火の真っただ中にある。一般
人への被害も相当に大きなものとなっているはずだ。
 だがこれは、静戦を終わらせるために行わなければならない攻撃なのだ。カリストは自分に
そう言い聞かせるようにした。
 だが同時に悪い予感も感じている。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を中心とした、思いもよ
らぬ、『ジュール連邦』側からの攻撃。これが意味するものは一体何だというのか。
「ただ今、映像が入ってきました。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》で抵抗を行っているもの
の、兵器の映像が入ってきています。これは、地対空ミサイルのようなものではありません。そ
もそも、ここは高層ビル街であり、『ジュール連邦軍』が兵器を設置する事はもともと不可能な
場所です」
 そのようにまた別の補佐官がカリストに言ってきた。
「一体、何者がそこにいるというのだ?」
 何者から我が国の軍は反撃を受けているのか、それを知る事さえ恐ろしい事のように思え
る。だが、カリストは覚悟を決めていた。
「こちらです。これが、衛星が捉えた《イースト・ボルベルブイリ・シティ》で攻撃を行っている者達
の正体です」
 映像を見て、カリストはその眼を疑った。まずはじめに、その物体が何者であるのか、実態を
掴むことができなかった。
 しかしすぐに、カリストはその映像に映っているものの正体を理解した。記憶の中に確かにそ
の存在がいる。だが、まさかそれが『ジュール連邦』側に存在しているものとは思っていなかっ
た。だから、すぐに一致する事ができなかったのだ。
「これはロボット兵ではないか!何故、このようなものが、『ジュール連邦』に!」
 思わず立ち上がって、カリストは言い放っていた。
「『ジュール連邦』もロボット兵の開発を?しかし我が軍でも実戦投入はしていないはず」
「これを見る限り、かなり精巧にできているロボットだぞ」
 補佐官たちが言い合っている。そんな中、軍事補佐官は素早く高額画面を操作していった。
「今、その兵器の正体を照合中です。最も近いものは、『グリーン・カバー』が開発した、無人兵
器。これは我が軍でも配備が進んでいる兵器になります」
 そう言って軍事補佐官が画面に大写しに表示させたものは、『グリーン・カバー』社のロゴが
入れられたステンレスによって作られた、精巧な軍事兵器だった。大柄な姿をしており、キャタ
ピラによって走行する。そして、両腕に各種兵器が取り付けられているものである。
「何故、このような兵器が、『ジュール連邦』に!」
「まさか奴ら、『グリーン・カバー』と結託していたのか?」
 またも補佐官たちが口々に言い合っている。だが、カリストには思い当たる節があった。
「ベロボグ・チェルノか。奴がやっているのだな」
 その言葉に、部屋にいる皆が、カリスト大統領の方を向いてくる。
「確かに、ベロボグ・チェルノと、『グリーン・カバー』との関係が調査によって明らかになってき
ています。先日の、《プロタゴラス空軍基地》に対しての攻撃は、ベロボグ・チェルノによるもの
と判明しており、その背後には『グリーン・カバー』の支援があったものと思われます」
「という事は、これは、我が国の『グリーン・カバー』が製造した兵器だという事だな」
 カリストは椅子から立ち上がり、目の前の画面に映っているロボット兵を指さしてそのように
言うのだった。
「照合結果では間違いありませんが、多少、我が軍に配備されているロボット兵とは異なるも
ののようです」
 しかしカリストは譲らなかった。
「だが、ほとんど同じも同然という事だろう。ベロボグ・チェルノは、我が国に支給されているの
と同じ兵器をこの街に配備しているのだ」
「ご心配なく、大統領。この攻撃は必ず成功させて見せます。ですので問題はありません」
 軍事補佐官は自信を見せ、カリスト大統領にそのように言うのだが、カリストは全くもって油
断のならない表情をしていた。
「本当に、成功すればそれでよいのだがな」
 このもはや静かな戦争ではなくなった、静戦の中に介入してきた存在、ベロボグ・チェルノ。
今では『ジュール連邦』よりも大きな規模として、『WNUA』の敵となっている事は明らかだっ
た。


《イースト・ボルベルブイリ・シティ》『ジュール連邦』


 突然の轟音と煙によって周囲を包まれてしまった、アリエルは自分がどうなってしまったのか
分からなかった。だが、どこからか、ジェット機が飛んでいくような音が変わらず聞こえてきてい
る。
 それはさっきよりもはっきりとした音として聞こえるものとなっていた。
 アリエルがその音に思わず目を開くと、彼女は自分が瓦礫の山の上にいるという事に気が付
いた。
 視界の先には、今にも落ちてきそうなくらいに接近した、分厚い灰色の雲の姿が見えてきて
いる。
 今までビルの中にいたはずだというのに、今では外に出てしまっているのだ。
 アリエルは起き上がって、自分が今、どこにいるのかという事を把握しようとする。周囲を見
回すと、そこは瓦礫の山と化していた。よく見れば、ビルの上層階の半分ほどが吹き飛んでお
り、瓦礫が、あたかも断崖絶壁の一角に積もっているかのような有様となっていたのだ。
 今にも瓦礫の山は崩れ落ちていってしまいそうだった。アリエルの足元にある瓦礫も、どんど
ん地上の方へと落下していってしまっている。
 思わずアリエルは、まだその一部が残っているビルの方へと戻ろうとした。だが、瓦礫はどん
どん地上へと落下している。
 また、時折、轟音と共に激しい振動が地震のようにやってきた。その度に閃光がまたたいて
おり、アリエルはさらに瓦礫とともに落ちてしまいそうになる。
 その時、落ちていってしまいそうになるアリエルを、誰かの手が掴んでいた。
「しっかりと掴まっていなさい!」
 そのように言ってきたのはセリアだった。白いスーツは所々が破け、薄汚れているが、しっか
りと彼女の体を引き寄せて、引っ張り上げていこうとしている。横には、フェイリンという名の女
性もおり、セリアの体を支えて、一緒に引っ張ってくれていた。
「もう少し!」
 その声と共にアリエルの体は、崩れ落ちていく瓦礫の山から引っ張り上げられ、安定した場
所へと引っ張られてくるのだった。
「あ、ありがとうございます」
 アリエルは思わずセリアに向かってそのように言うのだった。
「感謝される必要なんてないわよ」
 そのように言って、セリアは、アリエルのライダースジャケットについてしまった薄汚れた部分
を取り払ってくれる。
 それが、あたかも母親が娘にしてあげるかのようにする行為だった。アリエルは思わず呆然
としてしまう。
「アリエル!」
 その時、突然、響き渡ってくる声があった。アリエルが振り向くと、まだビルの屋根が残ってい
る所に、父、ベロボグの姿があった、シャーリ、レーシーもおり、彼らも今の爆撃から逃れる事
ができたようだ。
「アリエルよ、こっちに来るのだ。そこは危険だぞ」
 父親がそのように呼びかけてくる。確かに、《ボルベルブイリ》の街では次々に爆撃が起こっ
ており、再びこの場所にも攻撃がやってきそうな気配だった。
 思わずアリエルは父が呼んでいる方へと足を進めてしまいそうになるが、
「駄目よ。駄目よ、アリエル」
 そう言って、自分の手を掴んでくる者の姿、それはセリアだった。
「あなたは、あいつと共にテロリストの道を歩んでいきたいというの?そんな事、決してこのわた
しが許さない」
 セリアが掴んでくる手の力は強かった。だが、アリエルが振りほどこうと思えば、振りほどくこ
ともできる。
 その時、遠くの方から、再び空気を切り裂くような音が聞こえてきていた。
「セリア!ここは危ないよ、早く逃げないと!」
 フェイリンがそのように叫び、セリアをまた別の方向へと引っ張ろうとする。
「思い出してアリエル。あなたが元いた世界を。それは、こんな世界だったのではないはずだ
わ!」
 どう答えを出したら良いのか。一体、自分はどんな選択肢を取ったら良いのか。世界は鈍さ
れ、それがアリエルの前に突きつけられる。背後は崖となっており、アリエルはそのどちらかの
選択肢を取らなければならない。
 時間は迫っていた。空気を切り裂くミサイルの音がこの場所まで接近してきている。
「アリエル!」
 そのように聞こえてきたのは、父の声だった。アリエルは思わず背後を振り向いてしまう。
 その時だった。轟音と共に、ありとあらゆるものがその場から吹き飛ばされた。アリエルの体
も、容赦なくその中へとさらされてしまった。
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