レッド・メモリアル Episode21 第1章



γ0080年5月11日
5:18 P.M.

 一機の黒塗りのヘリが北の海の上を飛んでいく。極寒に覆われたこの北の地には沿岸部に
街もほとんどなく、船が航行する事も少ない。世界の果てであるかのような場所を飛んでいくヘ
リには10名ほどの人間が乗っていた。
 パイロットはベロボグの部下。そして彼の部下で黒服にサングラスをかけた者達もそのヘリ
に乗っていた。
 ほかにも数人の防寒着を着た人間がこのヘリには乗せられていた。彼らは客だ。ベロボグ
の客であり、彼の元へと向かうために、このヘリに乗るため、世界各地からやって来た者達で
ある。
「もう10分ほどで到着する」
 ヘリの飛行音が聞こえる中、黒服の男がそのように声をかけた。
 このヘリに乗っている者達は、ベロボグの呼びかけによって集められた者達ばかりだった。
 それは全世界によって放たれた演説だった。その演説の為に、この場所に集結した。だがベ
ロボグは具体的に集結の場所を定めてはいなかった。
「了解した。こちらはもう10分ほどでそちらに到着する」
 ベロボグの部下の一人であるジェイコブはそのように言い、本部との連絡を図った。ここは誰
にも知られていないところにある。どの国の軍のレーダーにも見つけられることは無く、そして
未だかつて誰にも知られていなかった場所。海上にある一点の孤島を誰も見つけられるわけ
がない。
 誰にも知られてはならない。この事に関して、ベロボグの配下の者達は慎重だった。この計
画の最後を飾るために、この場所を誰にも知られてはならないのだ。
「まだ着かないのか?」
 そのように言葉を発したのは、ストラムと名乗った、顔に火傷を負って姿の分からない男だっ
た。ジェイコブ達はこの男を警戒していた。このストラムと言う男は、なぜか自分達の聖域を知
っている。それは警戒しなければならない事だった。
 今まで誰にも知られていなかった場所が外部へと漏れ出している。これは警戒しなければな
らない。
 ストラムからは少しも目を離さぬようにと言う、ベロボグからの命令が下っていた。
「もう着く。そこに座っていろ。だが、その場に到着したとしても、お前はすぐに拘束される。何
にせよ、お前は我々の事を知りすぎているのだからな」
 ジェイコブは警戒心も露わにストラムにそう言った。
「ふふ。そのくらい承知の上で」
 そのように答えたストラムはどこか不気味だった。
 ジェイコブはヘリの窓から外をみやる。もう少しだ。雪の降る重たい雲に包まれた極寒の海
の向こうにそれが見えてくる。

エレメント・ポイント 北緯68度22分 東経15度36分

 『エレメント・ポイント』と名付けられたその場所は、極寒の海の上に浮かぶ、石油採掘基地と
灯台とを組み合わせたような姿をした施設だった。青白い海の上に、赤い色の塔が立ってい
る。
 一見すれば、それはあたかも、モニュメントであるかのように見えるだろう。鉄骨と無機的な
物質によってくみ上げられた海の上に建造されたモニュメント。少し旧時代的な姿をしているの
は、これが建造されたのが20年以上前に遡るためだ。
「ヘリが到着します」
 そのようにこの施設の中枢部にいるオペレーターの一人が言ってきた。ベロボグはその場に
座ったまま、外に設置された監視カメラからの映像を、光学画面で見ている。建造されたのは
大分昔だが、施設の中心部にあるコンピュータは全て最新式の物が入れられていた。
「ああ、分かった」
 一か月前、病気を乗り越えた時よりも、かなりしわがれた声でベロボグは答える。
 だが、ベロボグにとって、この『エレメント・ポイント』の施設は、命にも代えられる財産の一つ
だった。ここには彼が人生を賭して築き上げてきたもの達が詰まっている。
 そして今ヘリで到着したのは、彼がもう一つ、この世界に残した財産だった。
「お父様。そのお体では、外気に当たるのは毒です」
 シャーリがベロボグの体を気遣う。ベロボグの体は崩れかかっており、すでに自力では歩くこ
とができないほどだった。彼は自動式の車椅子に座っている程である。もちろん、氷点下であ
る外気に触れるのは、彼の肉体に大きなダメージを与える。
「いいや、私は見届けねばならぬのだ、シャーリ。この世に残した財産が到着したのを、この目
で確認したい」
 ベロボグはそう言って、車椅子を自分で動かそうとしたが、すぐにシャーリが背後から車椅子
を操作し出した。
「すまんな」
 自分には愛する娘がいる。彼女は、いきすぎてはいるが自分を愛してくれている。彼女もベロ
ボグにとって、欠かすことができない財産の一人だった。
「私はもう、一生お父様の傍を離れません」
 切なる口調でそのように言って来るシャーリがいる。だが彼女の愛情というのは、やはりベロ
ボグにとっても行き過ぎだった。
 車椅子は通路を幾つも抜け、やがて肌寒い外気が入り込んでくるエリアへと出た。ベロボグ
は防寒着を着せられ、何とかその寒さをしのぐ。だが、防寒着くらいで全ての寒さがしのげるほ
ど、この地方の寒さは甘いものではなかった。
 突き刺すような寒さに耐えながら、ベロボグは車椅子を進めた。苦痛ではあったが、彼はそ
れを受け入れる。何しろこのような体になってしまったのは、自らの責任だからだ。
 やがてヘリが到着するヘリポートへとやって来た。北風が吹きつけており、まるで氷河の上に
いるかのようなヘリポートだった。だんだんと嵐が近づいているらしい。この施設は嵐程度で解
体するようなものではなかったが、ヘリが着陸できない事態にはなって欲しくないものだった。
 やがて一機のヘリが着陸してくる。定員が10人以上はあるヘリであり、すでにその中には定
員一杯の者達が乗っている事をベロボグは知っていた。
 やがて部下達に導かれ、ヘリが着陸してくる。ベロボグはヘリによって巻き起こされる風圧に
耐えながらもヘリの到着を待つ。
「お待たせしました、ベロボグ様」
 ヘリの中から現れた自分の部下の一人に、そのようにベロボグは言われるのだった。
「ああ、分かっているよ。早く顔を見たいところだがね」
 そのようにベロボグは答える。できる事ならば、もっと温かい所で彼らを迎えたいところだった
が、まずは自分に顔通しをさせたいものだった。
 ヘリの扉が開かれ、その中から数人の者達が自分の部下によって導かれ姿を見せる。皆が
防寒具に身を包んでいるが、年頃は大体、10代から20代の者達であるという事が分かった。
ベロボグは知っている。彼らが何に導かれてここに来たかという事をも。
 その中で異彩を放っているのが、防寒具のフードを目深く被った男だった。彼はその年齢さ
えも分からないほどに酷い火傷を負っている事が分かった。しかしながら、明らかに醸し出して
いる雰囲気は20代の者達のものではない。
 若者ではない男。ベロボグは彼が部下のジェイコブに後ろを固められてこちらに近づいてき
ているのを見つめ、彼自身も警戒を強めていた。
 だがやがて、ベロボグはそこにやって来た若者達の前に車椅子を移動させた。
 男女の若者たちは、本当に若い者は10代の年端もいかぬ者もいる。人種も様々な者達が
いた。彼らはベロボグの姿も見て、戸惑い、または、嫌悪さえ感じているものもいるようだった。
 しかしそれは無理もないだろう。彼らが知っているベロボグは、健康な時のものであり、今の
死に瀕したベロボグの姿ではない。
 だがベロボグはやって来た若者達に向けて言うのだった。
「遠路はるばる、よくぞやって来てくれた。私の息子達、そして娘達よ」
 そしてベロボグは、その顔に恍惚たる笑みを浮かべるのだった。
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