レッド・メモリアル Episode21 第2章



WNUAボルベルブイリ情報本部
5月12日 8:13A.M.

 アリエルの『レッド・メモリアル』を起動させるテストが行われた翌日。リー・トルーマンはずっと
この《ボルベルブイリ》にある情報本部に詰めていた訳だが、その地下施設にあるある場所へ
と向かうのだった。
 様々な、ガラクタにしか見えないような電子機器が置かれた部屋に、髪の長い女が突っ伏し
たかのように机の上で眠っていた。その机には、蓋が開かれ、電子回路がむき出しになったコ
ンピュータデッキが置かれている。
 リーはため息をつき、彼女の肩を叩くのだった。
「おい。ちゃんとしたところで寝たらどうだ?」
 するとその女、フェイリン・シャオランははっとしたように顔を上げるのだった。フェイリンはき
ょろきょろとその場を見回した後、急いでその場のテーブルに置かれていた眼鏡を手に取るの
だった。
「ああ、ええっと、わたし、どこまでやっていましたっけ」
 そう言って彼女は自分が今まで手をつけていた、コンピュータデッキの中を覗き込んだ。彼女
は昨日からずっと、オーバーヒートしたその『レッド・メモリアル』読み取り装置のコンピュータの
修理中だったのだ。
「壊れてしまったものは、もうそれ以上、どうしようもないだろう?それに、必要な情報ならばす
でに手に入った」
 リーは彼女にそう言う。だがフェイリンはかけた眼鏡を直しながら、
「でも、これが必要になる時が必ず来ますよ」
 彼女はそのように言うのだが、リーは首を振るばかりだった。
「あの親子への協力はもう求める事はできないだろう。だが我々はベロボグにつながるための
重要な手がかりを掴むことができた。君のお陰もあってな」
 そのようにリーは言う。フェイリンが、あの『レッド・メモリアル』の読み取り装置を作り出さなか
ったら、アリエルからベロボグの情報を引き出すことはできなかったのだ。
「そうだったとしても、もうセリアは戻ってきませんよ。あの子のお母さんが戻ってくる事はありま
せん」
 フェイリンが独り言のように言った。
「我々に協力する事で、セリアの命に報いる事ができると、そう考えているのか?」
 フェイリンに尋ねるリー。
「さあ、どうでしょうね。でも、そんな事を聴きにここに来たわけではないでしょう?あなたは」
 寝起きの割には鋭く指摘してくるフェイリン。もちろんリーとしても、ただフェイリンの様子を見
に来たわけではない。
「我々の組織には、君のような情報技術者が必要なものでね。この危機が去るまでの協力を
求めたい。君は軍の情報部で働いていた事もあるんだろう?だから、セリアに協力を頼まれて
ここまで来た」
 とリーが言っても、フェイリンは顔に影を落としたままだった。
「ええ、そうですね。でも、それがいつの間にかこんな事になっちゃって…」
「誰もこんな展開を予想していなかった。だからこそ、今では皆が協力し合わなければならない
状況になっている。君に協力を頼めるか?」
 リーはフェイリンに顔を近づけた。するとフェイリンは彼から身を引いて答える。
「言っておきますけれどもね、わたしはフリーランスです。だから、無償での仕事は決してしませ
んよ。セリアのためとは言っても、報酬はきちんと貰います」
 そのような申し出だ。だがリーはフェイリンがそのように言って来ることくらいすでに予想はつ
いていた。
「ああ、もちろんだ。私の方からきちんと連絡を入れておくよ」
 それを聞いてフェイリンは一つため息をついたようだった。
「早速だが、まもなくベロボグの本拠地が判明した事によって、作戦会議が開かれる事になっ
た。今度こそ奴を逃さないようにとな。我々と共に働くからには、その会議に参加してもらうよ」
 と言って、リーはフェイリンを、ずっとこもっていた部屋から出させるのだった。

 対策本部は、情報本部の地下大会議室に設けられていた。ここでも、かつては『ジュール連
邦』の様々な機密情報がやり取りされ、決定が下されてきた場所なのだろう。『WNUA』がこの
地を制圧してからは彼らのものとなり、すでに最新式の機材などがこの場所に設けられてい
た。
「『レッド・メモリアル』という装置から判明した、ベロボグ・チェルノの居所の一つと思われる場
所は、北緯68度22分 東経15度36分。この《ボルベルブイリ》から800km離れた北海の
海上の地点を示しています。
 この場所は冬は雪に閉ざされ、船舶の往来も無い場所。そして公海に位置している場所であ
り、この地に何らかの施設があると言う事は今まで誰にも知られてきませんでした」
 そのように会議室に集まった面々に話しているのは、『WNUA』連合軍の諜報部長の一人だ
った。
 アリエルの頭の中に埋まっていた『レッド・メモリアル』。そして彼女の意志によってプリントア
ウトされた数枚の書類は分析され、すでに『WNUA』軍の所有する情報の一つとなっている。
 その情報たちが示しているものは、ベロボグ・チェルノの存在と、ある場所を示しているもの
だった。
「そこは、20年来、私達組織も隠蔽してきた場所だ。とはいっても、すでに20年前に放棄した
場所と言った方が正しいがね」
 口を挟んだのはタカフミだった。もはや組織と呼ばれる者達も、この場できちんとした発言権
を持つことができるようになっている。どうやらその事を軍の連中などは気に食わない様子だっ
た。
 しかしながら、組織の者達の方がずっとベロボグには詳しい。何しろ彼とかつて働いていたの
だから。
「20年前に破棄をした場所とは具体的にどのような所だね?」
 そう言ってきたのは、光学画面越しに繋がっている『タレス公国』の《プロタゴラス》だった。そ
こからはカリスト大統領や彼の側近ら、そして、『WNUA』加盟国の者達の姿も見られる。
「簡単に言うと、それは代替エネルギーに関する事でしてね」
 タカフミはそう言うなり、自分の手元にある資料を、その場の光学スライドへと流すのだった。
彼が流したスライドには赤く建つ灯台などの姿が描かれており、それはどこかの海の上へと立
っていた。
「このような、旧時代の石油採掘基地のような建物が、代替エネルギーに関する事だと?もう1
0世代は前の代物だ」
 《プロタゴラス》にいる大統領の軍部顧問が言った。
「ベロボグがこんなものを狙っていると?まさかこの期に及んで、石油の覇権を狙っているなど
とでも言うつもりかね?」
 連合軍の諜報部長が言った。しかしながらそれについてはリーが答えた。
「それは、石油採掘基地を再利用して建てられた、新たなエネルギー資源の採掘基地になって
いるのです。と言っても20年前に我々はすでに諦めましたが、『ゼロ』危機については、この世
界に住んでいれば皆が良くご存じな事でしょう」
 リーの放った意外な言葉にその場にいるもの皆が彼に注目した。
「20年前というと、あの『ゼロ』危機が関わってきていると言うのかね?」
 一人がテーブルに身を乗り出してくる。
 『ゼロ』危機とは、一人の過剰な人体実験により、恐ろしいまでの『能力』を持つに至った男に
より、二つの国が壊滅状態にまで追い込まれた、人類の文明史上最大の災害だ。
 無限にエネルギーを吸収し、それを解放する事ができるという『能力者』『ゼロ』によって、核
爆弾の数倍のエネルギーを持つと言う破壊が2度に渡って世界を襲った。当時経済の中心で
あった『ユリウス帝国』の首都と、『NK』という二つの国が大幅に国力を失ってしまったのであ
る。その被害者の数は数千万人とも言われており、それは戦争に匹敵する人類史上最悪の被
害だった。
「そこにいる、タカフミ・ワタナベ氏は、当時の『ゼロ』危機を打破するための最後の作戦に臨ん
だ人物の一人。そして、彼自身も『ゼロ』についてはよくご存じだ」
 リーはそう言ってタカフミを指し示した。
 するとタカフミは一呼吸を置いてその場にいる者達に話し始めた。
「今、私が所属している『組織』は、『NK』を発祥としている。そしてあの『ゼロ』を生み出したの
も我々『組織』だ。しかしながら、あの危機を経験した上で、私が危機の後に『組織』に入り、そ
して再編した。今度は二度とあのような危機を生み出さない事を目的としてね。
 当時、東側諸国でチェルノ財団を運営していたベロボグも、組織に入った。だが、彼はどうや
らその『ゼロ』の強大な力に興味を示していたらしい」
 タカフミのその言葉にその場にいる者達が聞き入った。それには、光学画面越しにいる『WN
UA』側の人間達も聞き入っていた。
 やがて口を開いたのは画面越しに通信しているカリスト大統領だった。
「では、その『ゼロ』というものはまだ存在していると?」
 彼の言葉が『ジュール連邦』側にいる者達に響き渡る。一国の大統領の威厳ある言葉が放
たれていた。
 そんな中、タカフミは落ち着いて答えていた。あたかも、そんな事など慣れきっているかのよう
に。
「いや、『ゼロ』は消滅した。しかしながら、奴が残したエネルギーが、この星の地中深くに眠っ
ていて、それが不活性なまままだ地球上に、あたかも鉱脈のように流れているという事がその
後の調査で分かった。
 もしそれを手に入れることができれば、今ある代替エネルギーなど目じゃあない。無限のエネ
ルギーを手に入れることができる」
 そう言ってタカフミはあるデータを見せた。それは立体の光学画面に映し出され、これは『ジ
ュール連邦側』にも『WNUA側』にも表示された。
 それは世界地図の表示となっており、そこにあたかも天気図であるかのような、グラデーショ
ン模様が表示されると言う映像だった。
 どうやらそれが、タカフミの言うエネルギーというものを表示しているという事は明らかである
ようだった。
「この表示の具体的な意味は専門家なら分かると思う」
 タカフミハそう言って自分の言葉を省略するのだった。
「では、ベロボグはその無限のエネルギーを狙っていると?」
 そう答えてきたのは、『タレス公国』の大統領付き軍事補佐官だった。
「本来はそれを我々が管理するつもりでいた。だからこの施設、『エレメント・ポイント』を建設し
て、エネルギーの鉱脈を探った。しかしながら、数年かかってもかかるのはコストだけで、その
ような鉱脈が見つからなかったので計画は中止。のはずだった。
 ベロボグは医療専門だったから、この『エレメント・ポイント』での出来事は知らないと思ってい
た。だがまさか奴がここに興味を示していたとは、私達も知らなかった。20年前の計画なん
て、軍だって骨董品にしてしまうだろう。私達の研究や開発はもっと早い。だから『エレメント・ポ
イント』など資料の上でしか知らなかったさ」
「その話の信憑性は?」
 誰かがそのように尋ねた。
 タカフミの言っている事は、今まで誰も知らなかったような事だ。そんな事が現実に存在して、
しかもそれを世界で最も有名に、そして脅威となったテロリストが狙っている。そんな事を誰が
信じるのか。
「わたしが見せたデータを専門家に分析させれば、ベロボグが本気だと言う事が分かるだろ
う。しかしながら、そんな金塊の鉱脈のようなものは、もはや存在しないと私は思っていたのだ
がね」
 タカフミはそう言った。
 『ジュール連邦』側にいる人間も、『WNUA』側にいる人間達も、お互いが顔を見合わせる。
やはりタカフミの言った言葉にどうしても信憑性を感じることができないせいだろう。あまりにも
彼のいった事は突飛すぎる。
 少しの後、『タレス公国』のカリスト大統領が画面に向き直り、タカフミに尋ねてきた。
「ベロボグ・チェルノがそれを手に入れると、具体的にどのような危険性があるのか、説明して
もらいたいが」
 そう尋ねられるとタカフミは、
「ベロボグの存在は、すでにあなた方の脅威となっているだろう?奴は一つの王国を建てるつ
もりでいるくらいだ。そんな奴が、巨大なエネルギーを手に入れたらどうなると思う?奴は世界
を手中に収める事さえできるようになる。
 ベロボグは自分のしている事は正義だと言うが、脅威になる事には間違いない。あのエネル
ギーはそもそも…」
 タカフミは一端そこで言葉を切った。そしてまるで何かを思い出したかのようにして言葉を出
す。
「そもそも、この世界に存在しちゃあいけないものなんだ」
 彼の言った言葉はあたかも独り言であるかのようだったが、その言葉はこの場と通信してい
る者達皆に聞こえていた。
 そしてカリスト大統領が結論を出そうとする。
「ワタナベ氏。あなたが送ってくれたデータについては検討しよう。そして、ベロボグ・チェルノの
所在は分かった。彼は戦争さえも引き起こしたテロリストであるという事は、我々としても認識し
ている。
 あなたの言う、その『エレメント・ポイント』という場所を偵察させ、もしそこにベロボグ・チェルノ
の所在が確かめられれば、即座に彼の組織もろとも破壊する準備は我々にもできている」
 大統領の言ってきた事は最もであった。東側の国を制圧する事はできたとはいえ、『ジュール
連邦』側との戦争はいまだに続いており、世界的な混乱は続いたままだ。だがここで、ベロボ
グという新たな勢力が大きな力をつけたとしたら、世界はさらなる混乱に陥り、出口の見えない
世界戦争が続くことは明らかだろう。
 組織の理念からして、そんな事には決してなってはならないのだ。
「ああ、だができる限り早くした方がいい。ベロボグの奴も、急いでその力を手に入れたいだろ
うからな」
 タカフミは影を残すかのようにその言葉を言っていた。
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