レッド・メモリアル Episode21 第7章


国道55号線

 アリエルが行方不明になったという事で、にわかに騒ぎ始めた『WNUA軍』の事など、遠い世
界にあるかのように、アリエルは国道55号線をひた走り、極寒の地へとやって来てしまってい
た。
 彼女はなるべくの防寒着を着てきていたけれども、それでも相当に寒い。バイクのエンジンは
温まっているから問題は無いけれども、路面が氷結しており、今すぐにでもスリップしてしまい
そうだった。しかも彼女の走っているスピードでは尚更だった。
 アリエルは全ての彼女を拘束している者から解放されるかのように、バイクを全快にしてここ
までやって来ていたのだ。何にも縛られるという事は無く、そして、自分の生きる目的の為にこ
の地を目指す。
 リー達には言っていなかった。もちろん何が何でも自分がベロボグの元へと向かう事を止め
ようとするだろうという養母のミッシェルにさえも、それは言わなかった。
 自分の脳の中に埋まっていると言うデバイスは、ただあの時、プリントアウトされた情報だけ
が全てではなかった。
 自分の父のベロボグはそれだけではなく、彼女にある言葉を残していた。それはあたかも置
手紙であるかのように彼女に残されていたものがあったのだ。それをアリエルは感じることが
できる。
 頭の中に埋まっているデバイスは、実は今でもまだ作動しているらしかった。
 しかし、リーや養母達の前で動かしていた時とは違う。それは一枚の紙に印刷されたもので
あるかのように、地図が表示され、そこにまるで自分をいざなっているかのようにあるポイント
が示されていた。
 その事は誰にも言っていない。まるで、自分の頭の中に埋まっているデバイスが、自分を突
き動かしているかのように、そこへと向かえと言っているかのようだった。
 だからアリエルはそのポイントを目指して向かう。
 そうする事で、父との決着をつける事ができると思っていたのだ。
 夜の国道55号線は真っ暗で、アリエルのバイクのヘッドライトしか点灯していない、非常に危
険ではあったが、アリエルは3時間ほどかけて、ようやくその地へとたどり着くことができた。
 ここは『WNUA軍』の進駐部隊もやって来ていないようである。
 全速力でバイクを飛ばしてきたものだから、どうやら《ボルベルブイリ》からは相当に離れてい
る場所までやって来てしまったようである。
 この場所で間違いない。地図のポイントが示しているのはこの場所であり、アリエルは父によ
ってここへ導かれたのだ。
 もう恐ろしいとは思わない。父は確かに自分を狙っているのかもしれないが、それが悪意あ
るものでないという事は分かった。父は自分を必要としているのだ。だからこそアリエルはここ
へとやって来た。
 国道沿いには何も見られなかった。少し道から外れ少し奥へと行った場所に、どうやら小屋
のようなものがあるらしい。
 その小屋には誰も住んでいないかのようだったが、ひっそりと何かが佇んでいるかのような
気配がある。人影というほどの大きさのものではない、もっと大きな何かがそこに佇んでいるの
だ。
 アリエルは周囲の状況を確かめながら、バイクのエンジンを切り、ゆっくりとその場所へと近
づいていく。
 辺りは一切の闇だ。感覚として、雪を踏みしめるという感覚だけが伝わってくる。雪を自分が
踏みしめる音だけが響く、あまりにも静かな場所だった。
 だが、確かに目の前には何かがいる。
 すると、向こう側からも足音が近づいてきた。闇の中、向こうから誰かがやって来る。一切の
闇、そして極寒の中、誰かが迫ってきているが、アリエルはそれを恐れる事はしなかった。
「誰かいるんですか?」
 アリエルは闇の向こう側に向かってそのように尋ねていた。しかし、闇の向こうからくる人物
は、慎重に足元を踏みしめているだけで、何も答えようとはしない。不気味で、恐ろしいまでの
静寂が辺りを包んでいる。
 やがて、アリエルに向かって細い懐中電灯の光が照らされた。
 思わずその眩しい光に目をくらまされてしまう。何も言われずにいきなり懐中電灯の光を照ら
されたのだ。とても眩しい。
 アリエルは警戒の姿勢を取るが、相手はこちらに向かって近づいて来る。そしてその人物
が、アリエルの知る人物であると言う事はすぐに分かった。
 彼女は何も言わずにアリエルを見下ろしてきている。せめて何かを言ってきてもいいものを。
そのように思ったが、それが不可能であることは、アリエルには分かっていた。
 彼女はブレイン・ウォッシャー。聾であって、彼女は口をきくことができないのだ。だが、聾人
用のための装置を使って、電子音声を組み合わせ、アリエルに向かって話してきた。
「アリエル・アルンツェン。ようやく来ましたね」
 アリエルに向かってそのように言って来る。電子音声の組み合わせでは、全く感情がこもって
いないが、待ちわびていたのかもしれない。こんな暗く、寒い場所で彼女は待っていたのだか
ら。
「私の父はどこですか?」
 懐中電灯の光にも慣れ、アリエルはブレイン・ウォッシャーにそのように尋ねた。
「ここにはいません。かの地にいます。あなた達を初めとした、全ての者達が集結しようとして
いる。そしてあなたのお父様の計画は完遂しようとしているのです」
 無機質な聾人用の会話装置を使って、ブレイン・ウォッシャーはそのように言ってきた。
 アリエルもそれをもちろん知っている。『レッド・メモリアル』を通じて、彼女はすでに感じること
ができていた。自分の父親の計画、そしてそこに何が必要なのかという事さえも全て知ってい
る。
「そう。だから私はここに来た」
 アリエルがそう言ったとき、突然、ブレイン・ウォッシャーの背後で動きがあった。突然、激し
い物音が響き渡り、今まで暗闇の中に隠されていたものが姿を表そうとしている。大きな物
体、そして黒色に塗りつぶされたその姿は、ヘリコプターだった。
 今まで暗闇で気が付かなかった。だが、ヘリコプターはそこに隠されていたのだった。
「さあ、行きましょう。わたし達の国へ」
 ブレイン・ウォッシャーはそのように言って、アリエルをヘリの方へといざなった。

(アリエルの確保は無事に完了。彼女は自分の意志でこちら側へと来た)
 そのように、ベロボグの元へとブレイン・ウォッシャーからのメール連絡が、レーシーを通じて
やって来た。
 ブレイン・ウォッシャーは電話はほとんど使わない。やはり音の無い世界に生きてきているか
ら、文字での連絡の方がやりやすいのだろう。特に一方的に連絡をする場合は、彼女は電話
を使う事は無い。
「そうか、それは良かった」
 ベロボグは安堵のため息をつき、レーシーの前でそう言うのだった。
「これで、全ての段階が成り立ちますわね、お父様」
 シャーリが言って来る。ベロボグもそれに同感だった。長年待ち望んでいた希望が、いよいよ
この地から誕生しようとしているのだ。
 ベロボグ達は、エレメント・ポイントの施設の地下部分にいた。そこは、海上に設けられた灯
台のような施設の下部に位置している、司令部のすぐ下にある中枢部分だった。
 そのフロアは円形に作られており、ドーム状の屋根が設けられている。中央部分には大きな
柱があって、その部分には幾つもの光学画面が現れて、すでにその巨大な装置が作動してい
る事は明らかだった。
 柱を取り囲むようにしてあるのが幾つもの寝台のようなものだった。しかしそれは寝台と呼ぶ
にはあまりにも無機質すぎる。それは端末だった。端末は中央部分の柱に直結をしており、そ
こに横たわれば、接続する事が可能だった。
 しかしこの巨大な装置に直接接続をする事ができるのは、『レッド・メモリアル』を使う事がで
きる者達だけだ。そうでなければ、ここにある装置を使う事は出来ない。
「おい、あんたらよう。俺達はこんな所で何をやるってんだ?」
 そのように不満ありげに言ってきたのはジェフだった。彼はすでに接続している。頭の部分に
脳波を計測するようなケーブルが備え付けられて、それによって彼は接続をする事ができてい
るのだ。
「それについては、すでにレクチャーしたじゃない」
 シャーリがそのように言う。
「ああ、聞いたぜ。俺達は鍵なんだってな?何か、エネルギーって奴を探すための装置の鍵な
んだろ?俺のこの頭の中にそれが埋まっているってな」
 ジェフは寝台の上にだらしなく座り、そのように言ってきた。とても挑発的な口のきき方だ。ジ
ェフはシャーリよりも少し年上。『タレス公国』で育った者であって、義理の両親に甘やかされて
育ってきた男だから無理も無いのか。
 だが、彼のその態度は、この場においても余裕を持つことができるからこそ、出すことができ
る態度。ベロボグはそのように見抜く。
「ああ、君たちは鍵だ。そして、新しい世代の担い手でもある。君達が、この装置に接続された
『レッド・メモリアル』の力を最大限に高める。そして、秘められたコードを解析して、この人類史
上に残るエネルギー掘削装置を動かすのだ」
 ベロボグが指さした先には、レッド・メモリアル10本がすでに差し込まれているスロットがあっ
た。無線接続ではなく、直接『レッド・メモリアル』と接続する。こうする事によって、この装置が
持つ本来の力を発揮する事ができるのだ。
「あんたらは、ここに10人揃うって言ったぜ。何でも俺との兄弟なんだってな。だが、今いるの
は9人だ。残り一人はいいのか?」
 ジェフがそう言って来る。いい質問だ。するとベロボグは、
「もう一人は今ここへと向かってきている最中だ。焦る事は無い。明日にはこの世界が変わっ
ているのだ」
 アリエルの到着は、おそらく午前0時ぐらいになるだろう。文字通り、彼女が来ればこの巨大
な装置が完成するのだ。
 ベロボグはじっと寝台の一つを見つめた。その寝台はアリエルのために用意されている。早
く彼女にここに来て欲しい。ベロボグはそのように切に思い、自分の車椅子の肘掛を強く握っ
た。
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―Ep#.22 『ロスト・エデン Part1』―

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