レッド・メモリアル Episode21 第6章


エレメント・ポイント

「お父様、思った通りだよ」
 ベロボグのすぐ目の前で接続をしていたレーシーが、まるで面白いものを見たかのように言
った。
「何だね?レーシー」
 今ではうまく言葉を並べる事さえ難しくなっているが、愛しく、まだあどけないレーシーのため
にと、平静を、そして心優しい父親を装って彼女へと答えるのだった。
「あの子だよ。アリエル。彼女が《ボルベルブイリ》の街を出た。もう彼女の『レッド・メモリアル』
の位置で分かるもん。彼女、こっちに来ようとしている。まっすぐ、ブレイン・ウォッシャーが待っ
ているところに行っているからね」
 レーシーの言葉に、ベロボグはもう笑えば醜い表情へとなってしまうが、その顔をひきつらせ
たかのように笑みを浮かべたつもりだった。
 やはり、アリエルは分かっていてくれたか。彼女はこの一か月間『WNUA』側の厳重な保護
下にいたと、ベロボグは知っていたが、どうやらこの段階に来て彼女は移送か何かをされたよ
うである。
 だが、アリエルの居場所はベロボグには手に取るようにわかっていた。何せ彼女のデバイス
そのものが発信器となっており、今、それを起動させているレーシー達にとってみれば、手に取
るかのようにその場所を知ることができるのだ。
 レーシーは頭の中にその地図を出すことができて、アリエルの正確な居場所を探知する事が
できる。
「して、ブレイン・ウォッシャーはアリエルの接近を知っているのかね?」
 ベロボグはそのように尋ねる。だがレーシーは頭の良い子だ。心配する必要などない事だっ
た。
「もちろん。アリエルを出迎えるつもりでいる。でも、もしも彼女が追われていた時の為に、きち
んと警戒を怠らないようにとも伝えておいたよ」
 そのようにレーシーは付け加えるのだった。
「ふふ。どうやらアリエルはきちんとその使命を忘れてはないなかったようだ。何よりもの私にと
って嬉しき事かな」
 ベロボグは自分の微笑を隠せずにそのように言うのだった。
 その時、ベロボグとレーシーのいる広間に、シャーリが姿を見せる。扉を開けて中に入ってき
た彼女は何ともない表情をしていた。まさしく無表情。感情が欠落してしまったかのような表情
だ。
 ベロボグはシャーリのその表情が気になり、彼女に声をかける。
「どうだね?ストラムとやらは何か知っていたか?」
 シャーリにはストラムの尋問を任せていたのだ。もし何か彼が知っていたら、それをきっかけ
として全てが崩壊しかねない。ストロフがどこまで知っているのか。ベロボグはそれを知る必要
があった。
 だがシャーリは、
「お父様。幾ら私でも、全身に火傷を負っているような男を痛い目に遭わせる事はできません
わ。今はただ拘留しているだけ。ですが、あの者達全員の『レッド・メモリアル』さえ起動してしま
えば、もう問題はないでしょう?中枢は起動して、お父様の王国は完成する事になる」
 随分とぶっきらぼうな声だとベロボグは思う。大抵、このような時は、シャーリは自分が構って
もらえない事を不満に思っているのだ。
「ああ、分かっている。だがシャーリよ。計画にほころびが出るときというものは、大抵その最後
にあるのだ。最後の詰めを誤る事によって、計画の全てが崩壊する事になりかねん。私はそ
れを恐れている」
 ベロボグはシャーリを構ってやるように、そしてしっかりと言い聞かせるように彼女へと言うの
だった。
 だが、シャーリは、
「だったら、さっさとアリエルを捕まえてこちらによこしたらどうなのです?10個の『レッド・メモリ
アル』のデータがあってこそはじめて、エレメント・ポイントは起動するのでしょう?」
 そうシャーリは言い放つように言った。乱暴な言葉だ。シャーリは今、明らかに何かに嫉妬し
ているかのようだ。
「安心したまえ、シャーリよ。アリエルはこちらに向かってきている。自分の使命を知ってか、そ
れとも別の目的があるのか、アリエルは確かにこちらに向かってきているのだ。これで、計画
を最終段階へと導くことができる」
 ベロボグがそこまで言うと、シャーリは話をそらした。
「ここにいた、わたしの兄弟姉妹たちのテストはどうなったんです?」
 それが、シャーリの嫉妬の言動だろう。彼女は大分前から、自分には異母兄弟姉妹がレーシ
ー以外にも8人いる事を知っていたが、実際に対面してみて、彼女は彼らに不快を感じたのか
もしれない。
 父の子供は自分だけでいい。自分だけ溺愛されていたい。シャーリはそういう子だ。10人の
兄弟姉妹の中ではやっていく事は難しいだろう。
「すでに5人は同期を開始させたよ。彼ら共々、自分達の中に秘められている能力に驚いてい
るようだ。残りの2人も間もなく同期をさせる。そしてアリエル。シャーリ、レーシー。これで全て
の鍵が揃う。
 そうすれば、この『エレメント・ポイント』の中枢を目的地に向かって起動させる事ができるの
だ」
 それは娘達にはすでに知らせておいた事だ。『エレメント・ポイント』が何故存在するのか、そ
して何故『レッド・メモリアル』という生体コンピュータが必要なのか。それについては自分も娘
達も分かっている。
「中枢部は本当に目的地までたどり着く事ができるんですの?」
 シャーリは確認を取るかのようにベロボグに言ってきた。
「ああ、もちろんだとも」

《ボルベルブイリ》郊外『WNUA軍』駐屯地
11:09P.M.

「何?アリエルがいなくなっただと?それも2時間も前か?護衛は一体何をしていたってん
だ?」
 『WNUA軍』駐屯地にいるタカフミが、アリエル失踪の連絡を受けたのは、彼女がホテルのト
イレから行方不明になってから2時間も経ってからだった。
「それで、アリエルがどこに行ったのか、っていうのは分からないのか?」
 携帯電話に向かってタカフミは言い放つが、その返事は何とも頼りの無いものだった。
(すでに街を出ていると思われます。どこの検問にも引っかかっていません)
 やれやれと思いつつ、タカフミは階段を上った。そこは、『WNUA軍』駐屯地の指令本部にな
っている場所で、ここからベロボグ・チェルノ掃討作戦の指揮が行われる事になっていた。
「ああ、彼女を見つけたらすぐに連絡しろよ」
 そのようにタカフミは言うものの、実際の所、アリエルの保護は彼ら組織の範疇の外にあるも
のだった。幾らアリエルが行方不明になったとしても、それを聞かされるのが二時間も遅れて
いる事からも明らかだ。
 作戦本部へとやって来たタカフミは、そこで全モニターを閲覧する事ができる場所にいる、こ
の作戦の指揮官、ブルグ将軍と出会った。
「将軍、作戦実行まではあとどのくらいだ?」
 タカフミは、軍の将軍に話しかけるなど、慣れきったかのような口調でそのように尋ねた。
「1時間とかからまい。奇襲攻撃を仕掛ければ、あとはこちらのものだ」
 ぶっきらぼうな様子で、ブルグ将軍はそのように言って来る。二人はそれほど歳も離れてい
ないが、軍に所属もしていない人間に、なれなれしく声をかけられるのが気に入らないのだろ
う。
「だが問題発生だ。アリエル・アルンツェンがいなくなった」
 タカフミは携帯電話を片手にそのように言う。しかしながら、ブルグ将軍は再び作戦の全体像
が分かるモニターの方に目を向けるばかりだ。
「それが何か問題か?」
「ああ、問題だ。アリエルが今向かう所がどこか、それは一つしかない。ベロボグ・チェルノの所
だ。まさにあんた達が奇襲を仕掛けようとしている所だ」
 しかしブルグ将軍はどうとはないという様子で、
「大した問題にはなるまい」
 彼はタカフミの方は振り向かずに、あたかもこの場には彼などいないような素振りを見せるの
だった。
「問題は二つある。まずあんたらは民間人を犠牲にしようとしている。もう一つは、アリエルがベ
ロボグの元に向かう事によって、彼らは何かをしでかすつもりだ」
 タカフミは背中で相手に話されている事は気にせずに言った。
「何かとは?」
「ベロボグがいるのは、『エレメント・ポイント』だ。そして、アリエルの頭の中に入っているチップ
の情報では、その『エレメント・ポイント』には何かがある。彼女はその何かを引き出す鍵になっ
ているのだろうと、俺はそう思っている」
 タカフミはそのように説明する。
「だが作戦は上からの命令だ。それだけの事。いちいち口を出さないでもらおう」
 ブルグ将軍はそう言うばかりだ。軍人は命令に従うばかりでいう事を聞かない。タカフミにとっ
てやりにくい存在だ。
「リー・トルーマンに連絡を取りたいんだが」
 タカフミはそう言った。すると、ブルグ将軍の元にいた情報官がコンピュータデッキを操作し
て、無線をつなげてくれる。
 リーは今、作戦部隊の中にいる。ブルグ将軍は奇襲攻撃で全てを片付けると言っていたが、
『WNUA』の目的はタカフミも知っていた。空爆による奇襲攻撃は二次攻撃によって行われる
ものであり、その前に彼らに与えられた命令がある。
 その命令の方が優先されるはずだ。リーは、『レッド・メモリアル』を回収する部隊と行動を共
にしている。
「リーか?たった今入った情報なんだがな、アリエルが行方をくらましたらしい」
 タカフミが無線に向かってそのように言うと、
(アリエルはベロボグの元に向かったのか?)
 すぐさま彼はそう言葉を返してきた。
「捜索している護衛官達にもその行方はまだ分からないらしい。だが、彼女がわざわざ逃げて
いって向かう場所と言ったら、ベロボグの所以外に一体、どこがあるって言うんだ?彼女はもし
かしたら、例のチップで操られているんじゃあないのか?」
 と、タカフミが言うと、リーは少し考えたらしく、間をおいて答えてきた。
(彼女は、操られているんじゃあない。自分の意志で行動しているんだろう。それが正しい事で
あると信じている)
「もし、アリエルがベロボグの元に向かったら、軍の奇襲部隊の攻撃で助からないぞ」
 するとリーは、
(ベロボグは、そう簡単に攻撃をさせてはくれないだろう。生半可な奇襲作戦など恐らく失敗す
る。だが、アリエルがもしベロボグの元へと向かったのならば、私はそれを助けよう)
 そのように答えてきた。彼のその言葉には感情がこもっていたのか。彼は潜入任務という仕
事柄か、いつしか言葉に感情がこもらなくなってしまっていた。だが今のリーは少し違った。確
かにアリエルを助けようと言う意志が言葉から感じられたのだ。
「どのくらいで、エレメント・ポイントには着くんだ?」
 タカフミがそう尋ねた時、無線機の向こう側から重厚なエンジン音が鳴り響くのが聞こえてき
た。
(今から出発する。ベロボグ達の攻撃も無く、何事も無ければだが、2時間で目標の地点には
たどり着くだろう)
「2時間か。結構かかるな」
 タカフミはこれから起ころうとしている事を危惧しながらそのように言った。
(任せておいてくれ。そっちはバックアップを頼む)
 タカフミはリーよりも10歳年上だったが、彼の期待には応えてやらなければならない。
「ああ、分かった」
 そのように彼は答えると、自分に与えられた指令室の席へと座るのだった。
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