レッド・メモリアル Episode23 第1章


γ0080年5月13日
2:16 A.M.
ボルベルブイリ WNUA軍情報本部

 その電話がかかってきたのは、ハワード少佐率いる『WNUA軍』の者達が、ベロボグ・チェル
ノの拠点基地である《エレメント・ポイント》を襲撃している真っただ中だった。
「こんな時に一体何だ?」
 そのように、WNUA軍の情報部指揮官であるベンソンはぼやいた。今、正に部隊がベロボ
グ・チェルノを確保したときだと言うのに、そこに電話がかかってきたのだ。
「『ジュール連邦』残党軍の代表だそうです。トカレフと名乗っています」
「トカレフだと?『ジュール連邦』の元上院議員の名だ」
 その言葉を聞き、ベンソンは自分の視界を、《エレメント・ポイント》の情報を示している光学
画面から、隣の画面へと移していた。
 そこには、同地点に接近している飛行物体の現在位置が示されている。
 衛星からの情報によれば、それは3機の戦闘機、それも『ジュール連邦』が『スザム共和国』
で使わせている旧型の戦闘機だった。旧型とは言え、兵器であり、何者かの命令に従っている
事は確かである。
 そして、『ジュール連邦』の元議員を名乗る者からの電話。これは絶対に繋がりがある。ベン
ソンはそう判断した。
「今、繋ぎます」
 情報官の一人がそう言い、電話がベンソンへと繋がった。
「こちら『WNUA』のベンソンだ。そちらは?」
 と、ベンソンが尋ねると、『ジュール語』鈍りの言葉で返事が返ってきた。
(私は、ユーリ・トカレフ。現『ジュール連邦』の総書記を務めている者だ)
 彼の言葉に周囲の者達が静まり返る。ベンソンは手振りだけで情報官に電話の逆探知を命
じた。
「現在、『ジュール連邦』に総書記は存在しない。お前は何者だ?何故電話をしてきた?」
 ベンソンは毅然とした態度でそのように返した。すると、電話の向こうから、あくまで平静を装
った声が返ってきた。
(我らが『ジュール連邦』に総書記がいないと勝手に決めているのは、『WNUA』の者達だ。我
らはまだ解体したわけではない。それよりも重要な事は、この電話をすぐに、『タレス公国』のカ
リスト大統領に繋げ)
 有無を言わさないかの勢いで相手の男は言ってきた。
「まずはお前が、本当に、ユーリ・トカレフなのかを証明してもらおう。そうでなければ、大統領
へは繋げることができない」
 だが、ベンソンは引かず、そのように迫る。
 そこで少しの間があり、情報本部の指令室内は静まり返った。1分も経ったころだろうか、ト
カレフを名乗る男から返答があった。
(現在、ベロボグ・チェルノの拠点の基地へと向かっている戦闘機は、V5型戦闘機3機だ。こ
れで分かるか?戦争が再発して欲しくなければ、すぐにカリスト大統領に繋ぐんだ)
 ベンソンは、トカレフに答える代わりに、無言で部下に電話を促した。
 ベロボグ・チェルノの組織に対しての作戦が行われているこの状況で、更に非常に悪い状況
下へと落ち込もうとしている事は、誰しもが理解していた。



『タレス公国』《プロタゴラス》大統領官邸

 《ボルベルブイリ》側にいる、ベンソンからの連絡は即座に、『タレス公国』のカリスト大統領へ
と繋げられた。
「それで、その男が、トカレフだという保証はあるのか?」
 大統領官邸の執務室で、カリスト大統領の補佐官はそのように尋ねていた。
 光学画面にベンソンの姿が映し出されており、カリスト大統領は応じていた。
(V5型戦闘機の存在を知っていましたし、この状況下、連絡をしてくるような者など他にいない
でしょう。現在、声紋を確認させています)
 ベンソンは電話先からそう言い、カリストは頭を押さえた。
「つまり、『ジュール連邦』の残党が、再び我が国へと戦争行為をしかけて来ようとしているの
か?」
 と、カリストは答えた。
(大統領。戦争は終結したわけではありません。我々の調査では、『ジュール連邦』政府の一
部の人間と軍が、『スザム共和国』へと逃れ、そこで新体制を結成しようとしていると我々は見
ています。戦闘機はそこから発進されています。トカレフがいるのもそこでしょう)
「ああ、その事は知っているよ」
 カリストは答える。
 戦争は終わったわけではない事くらい、この戦争の宣戦布告をしたカリスト自身が良く知って
いる事だ。
 しかし今は状況が悪い。よりによって、ベロボグ・チェルノの組織への最終攻撃を仕掛けてい
る真っ最中に彼らがしようとしている事は何か。
(彼らが、ただ戦争を再発させるためだけに戦闘機を飛ばしたとは思えません。恐らく理由は
…)
 ベンソンがそのように言って来ようとする前に、カリストは答えていた。
「『レッド・メモリアル』の確保だな。あれがあれば、我々にも匹敵する軍事能力を手に入れるこ
とができると見込んでの事か」
 全てがそのデバイスで動いている。ただのコンピュータデバイスが、大国間の戦争の引き金
になっているとは。
(現在、迎撃のための部隊を向かわせていますが、交戦状態になる事は避けられないでしょ
う)
 と、ベンソンが言って来る。
「ああ、それで、肝心の『レッド・メモリアル』の方はどうなっているのだ?確保できたのか?」
 カリストは尋ねた。ベロボグ・チェルノの組織への襲撃作戦の情報も、逐一彼の元へと届いて
きていた。
(ただ今、ベロボグ・チェルノの身柄を確保。ただ、重症です。また『レッド・メモリアル』の所在も
確認したと)
「所在を確認して、まだ手に入れていないのか?ベロボグ・チェルノは捕えたのだろう?」
 そのように指摘したのはカリストの補佐官だった。
(現場からの報告によれば、目の前にはあるものの、それに触れることができない状況と報告
されてきています)
「つまりどういう事だ?」
 カリストは尋ねた。
(現場からの報告を逐一致します。今は『レッド・メモリアル』の確保に全力を置きます)
 と、ベンソンは報告するばかりだった。
 まだ危機は去っていない。カリストはそれを知り、また指で頭を押さえるのだった。
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