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レッド・メモリアル Episode23 第2章
エレメント・ポイント
一体、何が起こっているのか。アリエルは理解するのに時間を要した。
装置から解放されて目覚めてみると、制御室内の有様は一変していた。
父、ベロボグが倒れ、更にシャーリまで倒れ、軍隊の装備をした者達によって拘束されてい
る。
「大丈夫か?アリエル?」
そのように尋ねてきたのは、リー・トルーマンだった。
彼は私の顔を覗き込むように見てきている。一体何が起きているのだろうか。私は、ずっと
『レッド・メモリアル』が生み出す世界の中にいた。だけれども、起きてみれば、その世界の外 側で何かが起きている。それも危機的な状況であるらしい。
「一体、何が?」
私はリーに向かってそのように言っていた。
すると彼は答えてくる。
「大丈夫だ、心配いらないアリエル。全て終わったんだ」
そのように言って、リーは私の手を握りしめてきた。
「ここで、何が?」
私は言い、周囲の様子を伺った。制御室内には煙の匂いが立ち込めており、何かが燃えて
いるのだろうか。
硝煙。その匂いは私にとっては今まではなじみが無かった匂いだけれども、ここ最近、その
匂いについて慣れてきてしまっている。その匂いが確かにわたしをついてきた。
周囲では、私の兄弟姉妹達がまだ、『レッド・メモリアル』に繋がれたまま眠りについているか
のように横になっていた。
そして、ここには、シャーリや父もいるはずだった。私はすぐに身を起こし、彼らに何が起こっ
たのかを探ろうとする。
「駄目だ、アリエル、まだ横になっていなければ」
と、リーが制止してこようとするが、私は構わず、自分に貼り付いている配線類を取り外して、
その場から立ち上がった。
「お父さん…」
私は思わずそのように言って、倒れている父の元へと駆け寄った。
お父さん。そんな風に思わず呼んでしまった。ベロボグ・チェルノという人を、私は初めて父と
呼んでいた。
彼は世界を恐怖へと陥れているテロリストとして恐れられている。そんな人を、私は父と呼ん
でいた。
だが、今の彼はというと、顔や体から血を流して、虚空を見つめたかのように上を見上げ、床
に倒れている。
そんな彼の元に、『WNUA』側の軍人らしき人物達が近寄っていて、その中の一人、指揮官
らしき人が顔をベロボグへと近づけていた。
「おい、貴様、『レッド・メモリアル』をどのように取り出すのかを教えろ!」
父は怪我をしているのに、非常に乱暴な扱いだ。
だが父は何も答えようとはしない。そんな彼へと、思わず、その人物は蹴りを加えようとして
いた。
「止めてください、ハワード少佐。この男は致命傷を負っています。恐らく、助からないかと…」
彼の部下らしき人物に、そのハワードと言う名の軍人は制止させられていた。
「クソッ」
そのように、ハワードはタレス語で悪態をついていた。
父は致命傷を負ってしまっているのか。そんな、せっかくこれから彼に慕っていこうと思ってい
たのに。そう思い、アリエルは父へと近づこうとしたが、
「駄目だ。彼に近づくな」
そのように武装した軍人にアリエルは取り押さえられそうになってしまった。
その時、突然、倒れている父が、手を伸ばし、何かを言おうとしている。
「何だ?何か言いたいのか?」
ハワードがベロボグへと近寄り、そのように言った。
「ア、アリエルと…、リー・トルーマンにならば…、は、話そう…、その方法を…」
父はそのように言うのだった。
「おい、リー。お呼びだぞ。その娘も離してやれ」
ハワードはそのように言って、私達を呼ぶのだった。
「リーは私を伴い、父の近くにまでやって来た」
父は凄い有様だった。私は思わず手で口を押えてしまった。
銃に撃たれたのだろうか、もともと、彼の顔面は崩れたかのようになっていてしまったけれど
も、そこには更に細かな黒い穴が幾つか開いて、そこからも血がどろどろと流れてきている。
父が負っているのは明らかな致命傷だった。
リーは倒れている彼に向かってひざまずき、言葉を話しかけるのだった。
「さあ、来てやったぞ、ベロボグ・チェルノ。もうお前にはあまり時間が残されていないだろう。そ
して、ハワードと同じことを私も尋ねる。『レッド・メモリアル』の取り外し方だよ。それを教えろ」
と、リーは尋ねた。すると、父は口から血を流しながら、このように言って来た。
「何故、私が、わざわざ『レッド・メモリアル』をこのように、10人の子供達に分け与えたか分か
るか?本当は一人で済むところを、わざわざ10人に分け与えた理由を?
優秀な子供達を集めたかったと言うのもある。だが、それでも、プログラムを10分割した事
には理由がある」
所々、息も絶え絶えになりながら、父は言った。
「今更だが、それは何だ?」
そしてリーが尋ねる。私達は制御室の赤い電灯を浴びながら、父の無残な姿を見下ろしてい
る。
「危険、だからだよ。私が、『ゼロ・エネルギー』と名付けているこのエネルギーは危険なものな
のだ。もちろん安定化させれば、世界はこれまでにないほど恵まれた世界になりうる。
だが、満たされた時期が必要だった。私が10人の子供達を再び集結させ、彼らにこの『ゼ
ロ・エネルギー』を守っていくだけの国を作れる、その時まで封印しておきたかったのだ」
父がそこまで言ったときだった。突然、大きな地鳴りのようなものが響き渡って、私達はその
場でふらつく。
先程から続いていた地震のようなものがさらに激しくなる。
この地震は一体何か。アリエルには分かっていた。
「制御装置が不安定に?」
周囲の様子を見回してアリエルは言っていた。この『エレメント・ポイント』の制御室内はところ
どころが銃撃戦で破壊されてしまっているらしい。
計器類や、中心の軸となる部分にまでその破損は広がっていて、状況は壊滅的だ。
(アリエル。わたし達でも、制御できなくなってきている!)
アリエルの頭の中にそのような言葉が聞こえてきていた。それは、レーシーの声だった。
「何?誰?」
思わず彼女は耳に手を当ててそのように言っていた。
「何だ?どうした?」
そのようにリーは言ってくるが、
(あたしだよ、レーシー。あたし達は、『レッド・メモリアル』で繋がっているんだよ。だからこうし
て、直接接続して話すことができるようになっているの)
「あ、ああ…、そうなの…?」
まるでテレパシーのようだな、とアリエルは思った。今更驚きはしないけれども、頭の中に無
線機があるようなものなのだろうか。
(それで、制御できなくなっているっていうのは?)
アリエルは、レーシーと同じ要領で、彼女に向かって尋ねた。かつては、養母をも誘拐して、
自分にも襲い掛かって来た、この恐ろしい子供のレーシーだったけれども、今となっては異母 姉妹として共に生きていかなければならない。
(今、どこかの馬鹿が、制御装置を壊したのよ。ダメージはかなり深刻。修復するのはかなり難
しい。そして、もはや今では、臨界状態にまで来ちゃっている)
「臨界状態?」
アリエルは、そう口に出して答えていた。まだ頭の中のデバイスを使って会話する事に慣れて
いないせいだ。
だからアリエルが発した言葉は、制御室内にいる者達の注目を引いた。
(そう、臨界状態。このままだと、原子力発電所のメルトダウンのように、爆発的にエネルギー
が放出されてしまう)
レーシーがそのように言うと、アリエルは今、この施設内に深刻な事故が起こりつつあるとい
う事は容易に想像する事ができた。
「アリエル、どうしたんだ?」
すると、アリエルは、頭を押さえて、リーに向かって言うのだった。
「頭の中に声が、聞こえてくるんですよ、その、これも何だか機能の一つみたいで…」
「では、今、何が起きているのか、聴かされたのか?」
とリーが尋ねてきた。
「何だか、臨界状態のようなものになってしまっているそうなんです」
「だそうだ。そちらに何か情報は無いか?聞いての通り、かなり危険な状況のようだが」
そうリーは耳にしている通信機に向かって言うのだった。どうやら、彼は誰かと耳の小型の通
信機で通信をしているようだった。
(細かい事は分からないが、とにかくエネルギーがメルトダウン状態になろうとしているっていう
事だろ)
そう、リーの耳にしている通信機からは声が聞こえてきた。タレス語だった。
「エネルギーが…、臨界状態にまで…、来てしまったか…。これは、お前達の責任だぞ…。この
制御室内で、こんな銃撃戦をするからだ…」
ベロボグが声も絶え絶えにそのように言うのだった。
「貴様らが大人しく降伏すれば良いだけだろう?」
ハワードが言う。
「愚かな者達だ。実に、愚かな者達だ。自国の利益の為だけに、あの『レッド・メモリアル』を手
に入れようとするとは。だが今は、この状況を何とかしなければ…。世界規模の危険な状況へ と陥ってしまう…」
と、ベロボグは言う。彼が瀕死状態になってきているのは明らかだったが、それでも口を開
き、懸命に話をしている。それだけ彼は重要な事を話そうとしているのだ。
「臨界状態って言いましたよね。だったら、あふれ出そうとしているエネルギー体を止めればい
いんじゃあないですか?」
そう言ったのは、アリエルだった。彼女は『レッド・メモリアル』から得た情報を、すでに記憶と
して認識しており、およそ高校生の知りうることではない専門的な知識も入って来ていた。
「安全装置くらいはあるんだろう?それを教えろ」
リーはそう言って、ベロボグへと迫った。その時、ベロボグは血を吐き出し、体を痙攣させ始
めた。
「危険な状態です!」
ハワードのチームの一人がそう言った。
「おい、言え!死ぬんじゃない!」
と、ハワードは叫ぶが、ベロボグは体の痙攣を押さえられない。
「お父さん!」
そう言ってアリエルは、その形が崩れかかっている、大きな父の手を握るのだった。
ベロボグは、そのアリエルの手を握りしめた。そして、そこから何かを与えられたかのように、
痙攣をだんだんと抑えていく事ができた。
ベロボグは、虚空を見上げたまま、虚ろな目をしていた。だが、言葉を話し始めた。
「安全装置のコードは、私の子供達が知っている。『レッド・メモリアル』の中に、コードがある。
それは持つべき本人にしか分からない言葉で書かれている。アリエルでも、シャーリでも、レー シーでもいい…」
「コードって?」
アリエルは分からない言葉を言われたようにそう言った。
「君は何かを知っているのか?」
リーがアリエルの顔を見て言った。だが、アリエルは何の事を言われたのか、分からないとい
った様子で、
「コード…、そんなものは、私、知らなくて…」
「『レッド・メモリアル』のデータには無いのか?」
リーはそう尋ねてきた。すると、ベロボグは、震える手を上げて、それをそのまま制御室の中
心にある巨大な柱へと向けるのだった。
「『レッド・メモリアル』を、アップロードしなければならん。制御コードは常に書き換えられてい
る。最新のコード、それでなければ、装置を止める事は出来ないのだ…」
そこまで言うと、ベロボグはその手を力なく、だらりと落としてしまった。
「ああ、そんな…」
アリエルは思わず彼の手を掴む。だが、ベロボグはもうそれ以上、力を出すことはできないよ
うだった。
「駄目だ、助からない」
ハワードはそう言って、もはや、死を間近にしたベロボグの姿、この世界で最も大きな影響力
を示したテロリストの姿を見やった。
「全くよ…、とんだものを残してくれたぜ…」
そう言いながら、起き上がってくるのは、金髪の髪をした若者だった。歳の頃は、アリエルと
同じくらいだろう。今まで床に倒れて気絶をしていた男だった。
「おい、貴様、何者だ!」
ハワードの部隊の隊員達が一斉に彼に向かって銃を向ける。
「ジェフ。やれやれ。潜入できていたか」
そうリーは言って、ハワードに銃を下ろさせた。
「何だ?知り合いか?」
疑問と警戒を持った目で、ハワードはリーを見てくる。リーはジェフと呼んだ男の方に向かっ
て近寄っていく。
「ああ、アリエルよりもずっと前にな、ベロボグの息子の一人だと発覚して、組織に誘った。大し
た訓練は受けていないが、ここに潜入する分には役立ったな」
「へっ。危ない女共がいるとしっていたら、来なかったぜ」
ふてぶてしくジェフという男が言った。施設全体が、地震のように揺れているというのに、彼ら
は落ち着き払っていた。
「アリエル。彼の言った通り、『レッド・メモリアル』にもう一度触れてみてくれ。そうすれば、解除
コードが…」
リーがそのように言いかけた時だった。
突然、制御室内に爆発音が響き渡る。それは銃声だった。狭い室内に反響して破裂するか
のような音だ。
「この女、目を覚ましているぞ!」
ハワードの部隊の隊員がそう言い、マシンガンを撃つ。だが、直後その隊員は吹き飛ばされ
るように背後へと飛んでいった。
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