レッド・メモリアル Episode23 第7章


『タレス公国』《プロタゴラス》

 依然として危機的状況は続いており、カリスト大統領は地下シェルターへの避難が続いてい
た。これから『ジュール連邦』がどのように動いてくるかわからない。戦争は続いている。
 それに軍からは、『エレメント・ポイント』から発せられたエネルギー体に、強い放射能反応が
出ていると報告があった。それはまるで太陽の核から発せられているような、自然ではありな
がらも極めて危険なものであるというのだ。
 もし『エレメント・ポイント』が制御不能になったら?専門家の予想によれば、まるで全世界全
てに対してメルトダウンが起きたかのような状態にもなりうるというのだ。
 『レッド・メモリアル』という装置が失われた今、エネルギー体は制御不能になり、そのような
状態になっても不思議ではないのだという。
 『レッド・メモリアル』が戦争の引き金になったのは確かだった。だからカリストはそれを安全
に回収させたかった。
 しかしそれは全てぶち壊しになってしまった。べロボグ・チェルノが死に、ただ力だけが暴走し
ている。
 そしてそれは恐らく、『ジュール連邦』の残党も狙っているだろう。大戦が再発し、あらゆる国
は自国の領土を守ろうとする。そして内戦が頻発して、世界は終焉へと向かうだろう。
 それが、カリストが『ジュール連邦』へと宣戦布告した際、最も危惧していた事だった。
 ジュール連邦、戦争、エレメント・ポイント、レッド・メモリアル、そしてべロボグ・チェルノ。この
全てを繋ぐ輪が完成した後に待っているものは、滅びの道だけなのだろうか?
「大統領。『ジュール連邦』残党軍を殲滅すべく、『スザム共和国』国境まで進めていた兵が国
境を越えました。まもなく空爆が行われ、残党軍がいると思われる施設の殲滅が開始されるで
しょう」
 と、カリストの補佐官が言った。『ジュール連邦』から広がった戦争が、さらに広がろうとしてい
る。世界は二分され、世界大戦はすでに始まっていた。
 『WNUA』加盟国の強硬派は、現社会主義国全てに対して宣戦布告をして、攻撃を今にも開
始すべきだと言ってくる。確かに元々攻撃を仕掛けてきたのは、『ジュール連邦』側であるとい
う事になっている。
 しかし全てはベロボグ・チェルノの手の上で動かされており、彼の王国を作るために国という
単位での駒が動かされていたようなものだ。
「大統領」
 連日の疲れからか、カリストは反応が鈍くなってきていた。補佐官に呼ばれ、正気を取り戻
す。
「ああ、すまないな。分かった。攻撃が開始されるのだな」
 すぐにカリストは向き直った。戦争は、軍事強硬派が大きくでれば、すぐに大きく動き出し、激
化してしまうだろう。彼らに強気に出させるわけにはいかない。
 その時、大統領の執務室の扉の向こうから、軍事補佐官が姿を現した。彼は何やら戸惑っ
た様子である。
「大統領、妙な人物から連絡が入りました。大統領に話があると言っています」
 軍事補佐官はそう言ってくる。
「何の話だと言うのだね?」
 この新たに戦争が動こうとしている時に、それ以上重要な事でもあると言うのだろうか。だが
軍事補佐官は更に言ってきた。
「『レッド・メモリアル』、そしてそれを操る事ができる、べロボグ・チェルノの子供たちについて、
だそうです」
 その言葉にカリストは顔色を変えた。
「どこからの通信だ?《ボルベルブイリ》か?それとも、例の組織という連中かね?」
 すると軍事補佐官は戸惑ったように、
「それが不明なのです」
 とだけいうのだった。
「それはつまり、どういう事だというのだ?」
 はっきりとしない彼の言葉に、カリストは思わず立ち上がった。
「分かりません。連絡をしかけてきたのならば、逆探知をしてその発信元は判明するものなの
ですが、それ自体が存在しないのです。まるで幽霊のようにあらわれたと言っても良いでしょ
う」
「つまり、ファイヤーウォールを破ったという事か?その何者かが?」
 危機感も露に大統領はそう言った。ファイヤーウォールを破られる事など由々しきことだ、も
しそれが『ジュール連邦』残党軍などの攻撃であったならば、国の全てが危機にさらされるの
だ。
「排除できません。しかし、今のところ、害はありません。引き続き、警戒態勢は取らせますが、
大統領を出すように要求しています」
 軍事補佐官はそう言ってくるのだった。
 大統領はそのように考えるが、相手に従うことになるが、それでは要求さえも分からない。大
統領は椅子に座り、相手に備えた。
 彼の執務室の大型の光学画面に現れる相手に備えるのだ。
「では、スクリーンに相手を出します」
 軍事補佐官はそう言って、スクリーンに相手を大写しにする。
 カリスト達の目の前に現れた女、それはジュール系の女だった。金色の髪をしており、閉ざさ
れた国という印象がある『ジュール連邦』の女としては少し浮世離れした印象がある。まるで現
実には存在していない人物であるかのようだった。
「あなたが、『タレス広告』の大統領?一番偉い人?まあいいわ。あなた達に大切な話があって
コンタクトを取ったの」
 目で見ている外見よりも、ずっと子供じみた話し方をしてくるものだなとカリストは思った。この
女は一体何者だ?今まで見たこともない。
「君は何者だね?」
 カリストはじっと構え、そう尋ねる。
「わたしはレーシー・チェルノ。べロボグ・チェルノの実の娘。父は死に、彼の組織も崩壊してし
まったけれども、残されてしまったものについて、とても大切な話があるわ」
 カリストは頭を巡らせた。ベロボグ・チェルノの資料の一つにあった。レーシーという名。彼の
実の娘である。だが、レーシーという女は、確かまだ10歳だったはずだ。カリストが見ている映
像には、20歳くらいの人物が映っている。
「君がレーシーという人物である証拠は?手元にある資料によれば、君の年齢は10歳となっ
ている」
 そうカリストは指摘した。
「まあ、無駄な話をしている時間なんてないんだけど、一応、声紋と、顔の認識ソフトでもかけて
みればどうかしら?一応、レーシーとしての設定になっているから」
 と目の前の女は言った。
「それで、要件とは?要求があるのかね?」
 そうカリストが真面目な声で言うと、少し相手の女は笑ったようだった。
「ふふ、言っておくけれども、私達は何度も繰り返して言うけれども、私たちはテロリストじゃあ
ないのよ。あくまであなた達に協力したくて、そしてお互いの利害が一致しているからよ」
 そうレーシーと名乗る女が言ってきた時、大統領の補佐官が横から姿を見せる。
「大統領、確かに、あのヤーノフの公開処刑時にいたレーシーという少女と顔が一致していま
す。ただ、10年成長した場合の姿ですが…」
「10年だと?これは何か、バーチャルリアリズムのようなものなのだろう?隠す必要等あるま
いに。我々は素顔を見せない相手とは交渉はしないつもりだぞ」
 カリストはすぐに、レーシーに向かって言うのだった。
「ええ、そうかもしれないわ。あいにくだけれども、私はもう肉体というものが存在しないの。あな
た達が『エレメント・ポイント』で余計なことをしてくれたおかげでね。でも気にしていない。私自
身は何も。
 ただ、そこで困ったことが起きてしまったの。あなた達も、十分承知のはずよ。その困ったこ
とが、どれだけ重大な事か。今から資料を送るから、専門家と話をして欲しいのよ」
 このレーシーという名の女はカリストにとって気に入らない相手だった。
 まるで親しい友達に話しかけてくるような話し方をする。カリストは自分が大統領だからと言っ
て偉ぶるタイプの人間ではなかったが、この女はこれから交渉をしようとでも考えているのに、
そんな友人相手に話すかのように言ってくるのだ。
 しかも、レーシーは、情報によれば、10歳の娘だ。精神的にも未成熟な彼女に一体何がで
きるというのか。
「大統領。その情報というものが届きました。ウィルスの気配はありませんでしたので、開封し
てみましょう」
 軍事補佐官はそう言って、今届いたというファイルを、光学画面で大統領の前に展開させ
た。
 光学画面には幾つもの図面、ファイル、グラフなどがあったが、専門知識が無い者にとって
理解できるものではなかった。
「これが指し示すものは何だね?」
 カリストはそう言って、目の前の10歳だという女に言った。
「もう分かっているはずよ。『エレメント・ポイント』は今、メルトダウン状態にある。エネルギーを
制御しなければ、壊滅的な臨海爆発を起こしてしまうという事が」
 もちろんその事はカリストも知っていた。
 だが、だからと言って彼女に何ができるというのか。
「君の要求は一体何だね?あの施設が、どれだけ危険な状態にあるかは、我々も十分に承知
しているつもりだが?」
 するとレーシーは言ってきた。
「要求は一つ。アリエル・アルンツェン、リー・トルーマンを再び『エレメント・ポイント』の制御室
へと寄越すの。そして、制御装置を再起動させるのよ」
 まるで命令するかのような口調でレーシーは言ってきた。
 レーシーがそう言い終えると、軍事補佐官は身を乗り出した。
「二人とも現在、厳重な監視下にある。そんな事など、させに行くわけにはいかない」
 とはっきりとした口調で言い放った。
「じゃあ、釈放しなさいよ」
 と、レーシーはいとも簡単な事を言うかのようにそう言った。
「二人とも逃亡の危険もある。そう子供の遊びみたいに簡単に物事が進むわけではないのだ。
交渉を決裂させたいのか?」
 軍事補佐官はそう攻撃的な口調でレーシーに向かったが、大統領は手を出して彼を遮った。
 軍事補佐官は軍からのアドバイザーだから、どうしても物事を侵略行為とか戦争行為と考え
てしまう。
 このまま交渉を決裂させてしまうわけにはいかなかった。そして今の主導権はあくまで大統領
にある。彼ではない。
 そんなカリストの事を見計らっているかのように、レーシーはさらに言葉を言ってくる。
「当然だけれども、私達は知っているのよ。あなた達が今、どんな状況に直面しているのか。世
界規模の戦争が始まろうっていう時に、統治した国の半分を失うことになっても良いの?まず、
世界は耐えられないでしょう」
 まさにそのとおりだった。苦笑したくなるかのような状況だ。だが、世界をこのような状況にし
たのは、レーシーの父のべロボグ・チェルノなのだ。
「君から提出された資料を検討しよう。しかしながら、レーシー・チェルノ。レーシーと呼ばせても
らうが、世界をこの状況へと追いやったのは君達だ。我々は君達をテロリストとみなしている。
 本来ならばわが国はテロリストとは交渉をすることはない。しかし世界の状況から考えても、
検討の余地はあるだろう」
「大統領」
 カリストの言葉を遮るように、軍事補佐官は身を乗り出したが、今度は主席補佐官が言葉を
遮る。
「大統領。私も検討の余地は十分にあると思います。何しろ、我々は『エレメント・ポイント』につ
いての情報が不足しています。この与えられた情報を元に検討を…」
「テロリストと交渉をするというのか」
 血気盛んな軍事補佐官はそのように言うが、
「今は国の威厳を保つことよりも、世界規模の危機について考えよう。それとレーシー。次から
はコンタクトを取るときは、裏から忍び込むのではなく、きちんとした形で連絡をするようにな」
 そのように大統領が言うと、レーシーはくすりと笑みを見せるのだった。
「ええ、分かったわ」



ジュール連邦 ボルベルブイリ 某所

「大統領達は検討の段階に入った。これでようやく、リーとアリエルは釈放される」
 『ボルベルブイリ』のとあるビルの薄暗い部屋で、タカフミ・ワタナベはテーブルの周りを囲む
者達に向かってそう言っていた。
 だが、彼らは実際にそこにいるのではなく、光学立体画面で投影された姿である。
「それで、状況は改善していきそうなのか?」
 一人のタカフミよりも歳の初老の男の映像がそう言った。
「まだ分からないが、今はべロボグ・チェルノ達の言う事を信じるしかない。奴の娘であるレー
シーは、『レッド・メモリアル』の力を使い、あの『エレメント・ポイント』と、そうだな、こういった言
葉が正しいだろうか?融合したんだ。だからあのエネルギー体の事については、彼女が一番
知っているというわけさ」
 そのようにタカフミは説明するのだった。組織の中にはまだ頭の固い連中たちも多く、どうし
てもそうした事を理解する事ができない人物、頑固なものたちも少なくないのだ。
「結局は、べロボグ・チェルノの協力を得ないといけないという事か?」
 と、ふてぶてしく一人の人物が言った。その人物も、組織の古参のメンバーの一人だ。
「ああ、テロリストの脅迫に応じないという精神も立派なものかもしれないが、時にはヤツらを利
用しなければならない時だってあるってことさ」
「しかし、それが、べロボグ・チェルノの罠かもしれないぞ」
「いや、しかしそれではこの世界が」
 口々に言い合う組織の者達。彼らの間でも意見は分かれてしまっている。無理もなかった。
この状況では、この組織の者たちも、聡明ではいられない。
「いや、ここは協力しなければならぬだろう」
 と、一人の声の通りのよい人物が言うのだった。その人物の言葉に、言い合っていた組織の
者達は押し黙った。
 彼は、この組織の中では、“長老”と呼ばれる人物だった。
 “長老”は、組織の中でも最も古参であり、彼の言う言葉には皆が従っていた。表面上、組織
は皆が平等のものとして扱われる事になっている。
 しかし長老だけはちがっていた。皆が彼を尊敬して、敬っているのだ。
 長老は聡明な存在であり、タカフミもそれを認めていた。誰もが彼に従う。彼についていけば
間違いがない。
 組織のメンバーのほとんどが、その素性を明かしていないが、タカフミは長老と知り合いだっ
た。
 そして彼がどれだけ聡明かも知っている。
 長老は話を続けてきた。
「どちらにせよ、我々は国と接触をしてしまった。組織はこのままではその実態が明かされてし
まう。我々が表立って動くことはできない。これ以上国に対して圧力をかけることも不可能だ」
 彼のいうことは最もであった。秘密主義を貫いてきた彼らは、ついにその正体を外部へと知
られてしまっているのだ。
 これは組織としては、致命的ともいえることなのである。
 この『組織』は、長年築き上げてきた、そのシステムを破壊してしまっている。しかもそれは長
老自らの判断だったのだ。
「我々『組織』はこの作戦をもって解体する。これ以上お互いに連絡を取ることは一切禁ずる。
この回線もすぐに破棄しろ」
 そのように長老は皆に言うのだった。それは厳格に定められたものであり、長老自身もその
システムに逆らうことはできないものだった。
 世界が大きく変わっていこうとしている。組織の解体とべロボグ・チェルノの存在が、それらを
はっきりと示していた。
 果たして、世界はどこへと向かおうとしているのか。
 その答えさえも分からぬまま、タカフミ達は永遠にその連絡を断つ。
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―Ep#.24 『世界変革』―


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