レッド・メモリアル Episode24 第1章


 世界が動乱し、その秩序は崩壊の道へと向かっている。
 それはあまりにも明確に、誰しもが感じられるほどのものであり、逃れようが無いほどはっき
りとしたものだったのだ。
 誰もその動乱から逃れることはできない。それほど明確であり、はっきりとしたものだったの
だ。
 だが、この世界のすべての者達が絶望していたのではない。この状況を打ち破るために、持
ちうる限りすべての力を投じて必死になり、それから打開とする者たちも少なくなかったのだ。
 『WNUA軍』に制圧されたばかりの『ジュール連邦』は《ボルベルブイリ》にいた者達もその一
例だった。彼らは逃げようとしない。この危機にむしろ立ち向かうつもりでいたのだ。

ノーム海域
5月16日 4:22A.M.

 ノーム海域を航行中の大型空母、その中で拘束されていた、リー・トルーマン、そしてアリエ
ル・アルンツェンを初めとする、ベロボグの子らも解放されていた。
 本来ならば、そのような事が軍によって許されるわけがない。彼らはテロリストと内通をしよう
としたテロリストも同然と考えられていた。
 しかしながらそれが、大統領命令とあれば別だった。
 『タレス公国』のカリスト大統領自らが、恩赦を出したとなれば、それに対して、誰も逆らうこと
はできない。
 だからリー達は堂々とした姿で、その場に現れる。
 航空母艦内の会議室の様相は壮大な様相とも言えるものだった。『WNUA』七カ国の軍事関
係者、そして政治関係者がその場に一堂に会しているのだ。
「君と、こういった形で再び出会おう事になろうとは、正直、残念に思うよ、リー・トルーマン君。
国防相にいた頃の君は…」
 そのように言ってくるのは、『タレス公国』は《プロタゴラス》にいる人物の一人、カリスト大統領
の前に立ち、堂々たる姿をした人物だった。
 カリストの軍事顧問、補佐官、ラスターだった。
 マクマレン・ラスターは、リーのかつての上司だった人物だ。
 しかし、決して友好的な関係とは言えなかった。
 リーも彼と異なり、配属が軍に移ってせいせいしていたくらいだったのだから。
「君達が、完全な無罪放免になるか否かは、これから言い渡される任務に君達が応えられる
か否かにかかっている。そう思いたまえ」
 ラスターは野心家で、自分の保身ばかりを考えている。それでいて、相手の表情を伺う事に
も長けているものだから、カリストには気に入られていたのだろう。
 確かに軍人というよりも、政治家としての方が似合う。
 だから、リー達に言ってくる口調も、まるでその場を取り仕切っているかのようだ。恐らく、大
統領の決断には彼も不服なのだろう。
 リーは、ラスターの国防省時代から何も変わっていない態度には、苦笑せざるを得なかっ
た。
「ああ、分かっているさ」
 りーがこの場においても全く同じていない事を知ってか、ラスターは非常に不快感をあらわに
した顔をしていた。
「何の話で呼ばれたかはお互いに分かっていると思う。君は、我々に対し、敵意があって今ま
での行動をしたわけではないという事も、我々も承知している」
 ラスターとリーの間に割り入るようにして、カリストはそのように言ってきた。
「だからここは、今は世界に降りかからんとしている災いをどう回避するのか、それについての
話し合いの場にしたい。お互いに、余計な敵意はなしだ。分かったか?」
 大統領はそのようにきっぱりと言い、その場を収めた。
「では、具体的にどのようにして、この危機を回避するのか、説明してもらいましょう」
 航空母艦に駐屯している将軍、これから行われる作戦の指揮を取る海軍大将がそう大統領
に訪ねた。
 すると、大統領は、光学画面越しにちらりと目線をずらした。
 そして皆に向かって話し始める。
「ここで、意外な人物がいらっしゃる。彼女には現在、我々に影響を及ぼす実質的な力はない
が、アドバイザーとしては、必要な人物だ。ワタナベ・タカフミ氏の推薦だ」
「それは誰でしょうか?」
 と、リーは尋ねる。
「元『ユリウス帝国』国防長官、アサカ・マイ氏だ」
 そのように大統領が言うなり、作戦室にまた新たな画面が展開した。
 そこには、初老の女性、見たところ、50代ほどで、レッド系の人種の女性が現れる。
 落ち着き払い、上品な態度をしていた。野心家の眼も、軍人としての眼もしていない。しかし
その鋭い眼差しは、大統領のカリストよりもさらに威厳を感じられる人物だった。
 その顔は、冷たく、輝くように美しい。恐らく若い頃は相当な美貌だったに違いない。そしてリ
ー達は彼女の若い時の顔を知っていた。
「皆様、お待たせいたしました。私が、アサカ・マイです」
 彼女は上品な、しかし意志をはっきりと持った口調でそのように言ってくる。
 リー達は、おおよそ20年以上前、彼女がまだ『ユリウス帝国』の国防長官だった時の彼女を
知っている。その当時から、若くして堂々たる姿を持っていた彼女だ。
 しかし今でも、その落ち着き払った中に威厳がある態度は変わっていない。
「アサカさん。私がカリストです。この度は協力していただき、感謝します。しかしながら、我々
は具体的に、あなたの協力がどのくらい協力していただけるか、情報を提供して頂けるかどう
か、まだ分かりかねますが」
 するとマイは自らが自分の元にいる操作パネルを操作した。
「これが、我々から提供できる情報です。べロボグ・チェルノが動かしてきた計画については、
我々もマークをしてきました。《エレメント・ポイント》に関する詳細な情報も、彼の死後に入手す
ることができました」
 と、マイはてきぱきとそのように操作をすすめる。
 リーも、軍事補佐官のラスターも、それには目を見張った。
 アサカ・マイが提供してきた情報は、『タレス公国』ら、《WNUA》が得ていた情報を何倍も上回
るものだった。
「これは、詳細な『エレメント・ポイント』の情報。他にもエネルギー炉の構造図もあるようです
ね」
 リーは素早く目を見張ってそう言うのだった。
 マイは話を進めていた。
「レーシー・チェルノと名乗る人物へは、私達にも接触がありました。そしてこの資料を提供した
のです。あなた方、政府よりも信頼できると思ったのでしょうか」
「レーシーが?」
 アリエルは思わずそう言ったが、
「ああ、後で説明する。どうやら生きていたらしい」
 タカフミがいった。
「この情報と、あなた方『WNUA』の軍事技術力を合わせれば、あの《エレメント・ポイント》の制
御をする事も可能でしょう」
「そして、彼女らの力も必要になってくる」
 リーは、アリエル達の方を指差して言った。
「ええ、その通り。アリエル・アルンツェンさん達は、いわばあの巨大な施設の鍵であり、必要不
可欠な存在。
 彼女らがいてこそ、全てが回り出すのです。計画には必要でしょう」
 マイがそのように話を進めようとするのだが、間に割り入ったのはまたしてもラスターだった。
「だが、彼女達は軍で訓練を受けたのではない。そのような者達に、世界の命運を託すこと等
できるものだろうか」
 と、彼は疑問符をなげうってきた。
「ちっ。よく言いやがる」
 そう小さく呟いたのは、ジェフだった。
「ならば、ジェフリーは、組織側の人間です。ですから、きちんと訓練は受けてきている」
 そのようにタカフミは説明したが、
「いえ、ここは私が行きます」
 そのように言ったのは、アリエルだった。まさかの登場に、その場にいた者たちは一斉に彼
女の方を向くのだった。
「ここは、私が」
 するとラスターは呆れ返ったように言うのだった。
「訓練を受けていない普通の高校生が、この作戦に参加できると思うかね」
 だがリーは負けじと言う。
「適任だろう。ジェフは一度、ベロボグの組織を裏切っている。あのレーシーがどのように出てく
るかわからない。もし裏切り者が再び出てくると思ったら、妨害に走られる可能性もある。
 しかしアリエルならば、レーシーも受け入れる。実の姉妹なのだしな。この作戦にはアリエル
が適任だろう」
 リーが説明をすると、またしても呆れたかのような口調で、ラスターは言ってきた。
「君は、これがどれだけ重要な任務か分かっているのかね?」
「私が同行する。ならば問題無いだろう。彼女はただ接続するだけ、そこまで私が連れて行く」
 そのようにリーが言うと、画面の向こうの者達は再び顔を見合わせるのだった。
「リー・トルーマン君」
 自分が制止し、諌めるかのような口調でラスターは言ってくる。だが彼は作戦のことなど考え
ていない。
 ただ自分が、政府内での体制を取り作りたいだけだろう。大統領の傍にいるようになって、彼
の権力への渇望は、より明確なものになっているようだった。
「ラスターさん。私はリー・トルーマン氏のおっしゃる事の方に賛成します。アリエルさんの情報
は私の元にも入ってきていますが、彼女ならば、レーシー達も警戒を緩めるでしょう」
 マイがそう言うと、ラスターはどうやらプライドを怪我されたかのような気分になったらしい。
「それを決めるのは大統領です。大統領が全てを」
「アサカ・マイ氏の意見に、つまり、リー・トルーマン氏の意見に賛成しよう」
 カリスト大統領はそう言うのだった。
「な、大統領。リー・トルーマンは軍を裏切っている。そのような者に…」
「だから私は恩赦を出したのだし、君もそれに同意したはずだ」
 大統領はきっぱりとそのように言うのだった。まさに彼の言うとおりなのに、ラスターはよほど
リーのことが気に入らないのだろう。
 それが手に取るように分かってしまう。
「作戦を進めたまえ。より迅速にな」
 と、カリストが言う。
「では、例の《エレメント・ポイント》の潜入作戦をもう一度見直し、作戦実行者として、大統領よ
り、リー・トルーマンを指名なさるということで構いませんか?」
 と、尋ねたのはこの空母の提督、ベンソン将軍だった。
「その通り命令を下そう。皆、知っているとは思うが、今、この世界は危機的状況に瀕してい
る。これ以上危機的な状況が連続して起これば、この世界はそれに耐えることができない。
 この作戦が、その危機の連鎖を断ち切る唯一の手段だ。皆、心してかかるのだ」
 大統領はその命令を下した。
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