レッド・メモリアル Episode02 第2章



《ボルベルブイリ》市内
4月7日 10:05 A.M.



 アリエル・アルンツェンは、《ボルベルブイリ》の公立高校に通う高校生の一人に過ぎなかっ
た。
 彼女はつい最近まで成績も優秀だったし、特に問題の無い生徒だった。しかしながら、就職
も間近に迫った18歳。『ジュール連邦』の高校でも最高学年に達する数ヶ月前から、彼女の姿
は変わりだした。
 バイクに乗り出したことが原因だろうと、周囲の人間は言っていた。彼女は15歳でバイクを
乗り出した時から、自分のバイクをお気に入りとしていたし、様々な改造を施し、性能を上げ、
それを自在に乗りこなすのが好きだった。
 そしてライダースジャケットを纏い、バイクに跨って疾走する姿は、魅力的でもあったし、凛々
しくもあった。同じ高校に通う男子達の魅力の筆頭になった事は間違いないだろう。
 そんな事もあってか、彼女はある時から、元々の黒髪を、派手な赤い色へと染めていた。
 『ジュール連邦』の学校は、宗教関連の私立学校でも無い限りは、それほど校則が厳しくな
い。いや、正確には厳しくともこの社会では、教師でさえもいい加減な仕事をし、生徒の素行な
どはほったらかしにされている、と言った方が良いだろう。
 事実、アリエルは学校側からは何も言われなかった。周囲の男子や女子が騒いだ程度で、
今では彼女の真っ赤な髪の毛は、彼女自身のトレードマークにもなっている。
 アリエルは確かに昔のアリエルでは無くなり、容姿も大きく変わっていった。



 今日もバイクに跨り、アリエルは学校へと登校してきていた。寂れた通りの建物の一つである
学校。裏にある駐車場は教員専用の駐車場という事だったが、ごみも散乱しているし、昨日も
誰かがここでパーティーをしたようだ。空き缶や袋などが散らかっている。そんな中へと、アリエ
ルはバイクを突っ込ませていた。
 ヘルメットを被ったままバイクから降りた彼女。だが足元に空き缶が転がっている事に気付
かずそれに足を滑らせて転んでしまう。
 したたかに尻餅をついた上に、ヘルメットの後頭部を、バイクのボディへとぶつけてしまう。
「い、痛ったあああ」
 ヘルメットを脱ぎ捨て、アリエルは転んで打った部分を摩る。彼女の自慢の赤い髪が露にな
ったが、その顔は、痛みに不満げだ。
「前もやっちゃったばっかりだからなぁ、傷になっていないかなぁ?」
 ヘルメットでぶつけてしまった自分の自慢のバイクのボディをさすり、彼女は呟いた。先週も
似たような状況で、バイクにヘルメットか体をぶつけていたのだ。
 気を取り直して、アリエルは立ち上がり、ヘルメットを持ったまま、学校へと向った。チャイム
が鳴る事はないが、とっくに大幅な遅刻になっている。
 だが、アリエルは少しも焦らなかった。まるでステップでも踏むように悠々と余裕を見せて学
校へと向ったのだ。



「アルンツェンさん。昨日も、今日も授業をサボりましたね?」
 授業の後、アリエルの担任がそのように言ってきたが、彼女はほとんど上の空で聞き流して
しまっていた。
「そんな様子ですと、卒業すら危ういですよ」
 と、教師は言ってきたが、アリエルは得意の言葉で返した。
「この前の数学のテストの成績、どうでした?」
 それを言ってしまうと、相手の教師は何もいえない様子だった。アリエルはわざとらしく笑みを
浮かべる。
「クラスで5番目でしたよ」
「あら、残念ですね。去年ならば、2位とか3位とか、平気で取れたのに、今年は頑張っても、5
番目ですか。さすがに難しくなってきちゃったのかなあ」
 アリエルのお得意の作戦だった。それも授業が終わったばかりの廊下で、わざと周りの生徒
達にも聞えるような声で言い合うのだ。
「と、とにかく、成績が下がっているというのは事実で、あなたは最近素行も」
「こんなご時勢で、クラスで一番の成績を取って、一体何になるって言うんです?クラスで一番
の成績を取って、良い企業に入って、それでいて、そんな会社がいとも簡単に、潰れちゃった
ら?クラスで一番の成績なんて取っても意味ありませんよ?
 もちろん、私だって、おちこぼれたくはないですからねぇ。こうして頑張って勉強しているんで
すけど?」
 アリエルの声は学校の廊下中に響いていた。相手の教師にとっては、何とも生意気な言葉に
聞えたかもしれない。
 年端もいかない、社会について良く知らないような小娘が、何を偉そうに言っているのかと。
 だが、アリエルの言った言葉は、実際の所は本当だった。
 この『ジュール連邦』では、極度の経済危機により、多くの企業が倒産し、例え学校を一番の
成績で卒業しても、失業者になる可能性は十分にあった。
 それはアリエルのような若い世代にも、はっきりと分かるほど身近に迫っている、東側の社会
の現実だったのだ。
 だから、アリエルの担任は何も反論することができずにその場を立ち去った。



 アリエルは、ほとんど教科書もノートも持たずに学校へやってきて、そのまま帰ろうとしてい
た。
 そう言えば、今年で高校も最高学年だから、進学か就職かを考えなければならない。高校を
出たら、すぐに親が認めた相手と結婚して家庭を持つ、という風習は、すでに『ジュール連邦』
でも古臭いものとなっている。
 アリエルは、進学するつもりも無かったし、劣悪な環境下で働かされるという企業に就職する
つもりも無かった。
 進学の方は、昔から変わらず、きちんとした大学入試で、世界有数の大学と言われる、ボル
ベルブイリ大学に入学する事もできるが、こちらにもアリエルは興味が無かった。特に最近は
勉強もろくにしていない。元々の成績は良かったのだが、最近では勉強に対してのやる気も失
せてしまって来ていた。
 できれば、バイクの荷物運びの仕事を続けていたい。あれを繰り返せば、一人でも生活でき
るくらいの金は手に入るのだ。
 やがてアリエルが、学校から下校するために、また裏手の敷地にある駐車場へと戻ってきた
とき、なにやら声が聞えてきていた。
「ああん?ジュール人は、上手い飯も、暖かい家もあるくせに、ろくに働かない、落ちこぼれだ
と?よくも言ってくれたな?」
 大柄な男達、と言っても、アリエルと同じ学校の生徒達が、一人を取り囲んでいた。どうも喧
嘩になっているらしい。
「てめえら、スザム人だって同じじゃあねえか? オレ達の国に移民して来れているから、のう
のうと暮らしていけるんだろう?」
 そんな風に言ってくる男達の、非難の的となってしまっているのは、アリエルと同じくらいの年
頃の少女だった。
 赤毛、と言ってもアリエルのように染めた色ではなく、天性の赤毛だから、オレンジ色の近い
赤毛で、背が高い少女。顔立ちや髪の色、そしてアリエルよりも少しがっしりとした体格は、ス
ザム人特有のものだった。
「わたしは、あんたらに、落ちこぼれだって言ったんじゃあない。ジュール人はいずれ、思い知
るだろうってそう言ったんだ」
 やれやれとアリエルは思った。何故なら、男達に絡まれている少女は、アリエルと深い関係
のある少女だったのだから。
「同じような事じゃあねえか!なめやがって!てめーらは、オレ達に従っていれば良いんだ
よ!」
 迫力のある男子生徒に脅されても、その女子は怯まないどころか、逆に男を睨みつけてい
る。
 突然、男子生徒が手を振り上げた。アリエルは目の前で起こっている事を見過ごすことがで
きず、素早く行動した。
 考えよりも手の方が先に出た。アリエルは、男子生徒の振り上げた腕を掴む。
「な、何だ?てめーは?アリエルじゃあねえか?何、してんだよ」
 大柄な生徒は、アリエルに手を掴まれ、背後の彼女を振り返った。
 その場にいる皆が、意外そうな顔をしてアリエルの方を向いている。赤毛で長身の少女も同
様だった。
「差別はやめておきなよ。見てらんない」
 アリエルのその言葉には、多少なりとも怒りが篭っていた。
「てめーも、こいつらに味方をするのか?このスザム人が、先週に地下鉄の駅で何やったか知
って言ってやがるのか?」
 大柄な男子の取り巻きの生徒が言ってきた、その事件についてはアリエルも知っていた。だ
がアリエルにとっては、そんなスザム人だから、という理由で差別している男達の方が下劣に
見えていた。
「私とやろうって言うの?いいんだよ。病院送りになったって」
 と、アリエル。彼女は少しわざとらしく、ボクシングか何かの格闘技のファイティングポーズを
取ってステップを踏んでみた。
 そんなアリエルの姿を見て、大柄な男子生徒達は怖気づいた。
 明らかに彼らとアリエルの間には大きな体格差がある。アリエルの相手の方が1.5倍ほど
の体格もあろうか。
 アリエルは、18歳ながらも魅力的なスタイルをしてはいた。それは彼女が着ているライダー
スジャケットの上からでもくっきりと現れている。でも特別腕っぷしが強そうには見えない。
 ただ髪の毛を派手に赤く染めていて、妖しい格好をしているに過ぎない。
 だが大柄な男達は怖気づいたように、
「い、いや、大した事じゃあなかったんだぜ。さっきの授業でちょっと分からない事があったんで
な、それを教えてもらっていただけなんだ。な?」
 と、リーダー格の生徒は、赤毛の少女に言った。が、少女の方は黙っているだけだった。
「ふーん」
 アリエルは相手と目線を合わせたまま様子を伺った。
「じゃ、じゃあな。それと、お前いつの間に格闘技なんて習ったんだ? 今度オレにも教えてくれ
よ、ごろつき10人を傷一つ負わないでのしあげる方法をよ」
 立ち去り間際に、リーダー格の男は、アリエルにそう質問してくる。しかしアリエルは、
「早く行かないと、あなたの体でそれを教えちゃうよ」
 そう、猫なで声で言うのだった。
 学校でも素行の悪い生徒達が立ち去ってしまうと、学校裏の空き地には、アリエルと赤毛の
少女だけになった。
「シャーリ、大丈夫?怪我はない?」
 アリエルは、自分よりも背の高い赤毛の少女の顔を見てそう尋ねた。この少女は、顔の右側
の部分を髪で隠している。初めて見た者は、そういう髪型なのだと思うかもしれないが、この少
女は、その髪で片側の顔にある深い傷を隠している。という事が近づいてみると分かる。そし
てその傷は彼女の右の眼に繋がっており、彼女は右目が見えていないという事も分かる。
 だが、アリエルは前々からその事を知っていた。
「ありがとう、アリエル。でも、あんな奴ら、別にどうって事ないから」
 と、シャーリと呼ばれた赤毛の少女は答えた。
 シャーリは、アリエルと幼馴染だった。たまたま、幼い頃に住んでいる家が近かったのだ。小
学生、中学生のときは、シャーリ自身がこの街を離れていたせいもあって、2人は分かれ離れ
だったが、偶然、入学した高校が同じだった。
「あんな人達、酷いと思わない?別に自分が被害者じゃあないって言うのに、あなたみたいな、
何も関係の無い人を犯人にして、暴力を振るうなんて!」
 アリエルは素直な感情でそう言った。
「戦争って、そういうものなのよ」
 シャーリは、左側の眼でアリエルを見つめ、そう言うのだった。
「何言っているの?今は現代で、ここは学校の裏の敷地!それでいて、あなたは何も関係の
無い人で、あの人たちはただ暴れたいだけ。それだけなのに、戦争って?」
 シャーリは自分が押し付けられていた建物の壁から背中を離し、アリエルに背を向けた。
「いずれ、あいつらも身をもって理解するわ」
「はあ?」
 アリエルは、何故シャーリからそんな言葉が出てくるのかが分からなかった。
「人間が滅びるのならば、それはまず自分達からだって事をね」
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