レッド・メモリアル Episode02 第4章



 アリエルの体から出たブレードは、円弧を半分ほど描くような姿として現われ、それは刃のよ
うに鋭くもあった。
 アリエルはこのブレードを使って、水の勢いをかき切っていたのだ。
「お前も、お前もやはり『能力者』だったようだな!」
 黒いフードを被った男はそのように叫ぶと、すぐさまアリエルと距離を置く。そして、彼女へと
向って手をかざした。
「の、『能力者』って何なの?あなたは、一体、なぜ私を狙うのッ!私の、これが一体、何だって
言うのよ!」
 アリエルがそう叫ぶも、黒いフードの男は何も答えようとはせず、彼は再び雨水を集め、濁流
を生んだ。
 そしてそれを、アリエルの方へとけしかける。濁流はまるで獣のような勢いで彼女へと迫って
きていた。
 しかしそれを、アリエルは高々と跳躍することで避ける。黒フードの男がけしかけてくる濁流
は、あくまで濁流だ。地面を這うものでしかない。
 アリエルは、常人ではあり得ないほどの跳躍をして、濁流をかわす。彼女の足元では水が激
流となって道路を流れていく。
 しかし、そんな空中に飛び上がったアリエルを、まるで叩き落すかのように、突如、上空から
激しい勢いで雨が降り出した。
 正確にはそれは雨ではなかった。バケツをひっくり返したような雨とはこの事。縦にながれる
滝のような濁流が、アリエルの体を、空中から地面へと叩き落そうとする。
 アリエルの体は滝のような水の勢いで、道路の濁流へと落とされ、そのまま流されてしまっ
た。
 彼女の体は反対側の建物へと叩きつけられる。激しい濁流が、更に彼女へと襲い掛かって
いった。
「腕から刃を出すことができる『能力者』か。しかもただそれだけではない。ガキのくせに、信じ
られないほどの身体能力も同時に有している。あの方が、甘く見るなと言っているだけの事は
あるようだ」
 と、黒フードの男は言ったが、濁流に流されたアリエルには聞えていなかった。ようやく彼女
は顔を出し、激しく咳き込んだ。
 ただ単に濁流の勢いだけではない。凄い量の水によって、彼女自身、溺れかかってもいた。
「ど、どうして、こんな」
 アリエル自身は、何故自分が襲われるのかさっぱり分からなかった。とにかく、この場所から
逃げ出したかったのだ。
 だが、目の前に立ちはだかる黒フードの男は、次々と濁流をけしかけてきて、これから逃れ
なければ脱出できない。
 なら、やるしかない。しかも黒フードの男には、知られたくない秘密を一つ知られてしまってい
る。
 アリエル自身も喧嘩をした事がないわけではないが、腕から突き出したブレードを、人に対し
て使った事はまだ無かった。
 道路はまるで河川のようになってしまっている。黒フードが生み出した濁流は、凄まじい量の
水を生んでおり、洪水状態と化している。道路に停車していた車は完全に浮かんでおり、建物
の内部にも水が浸入しているらしく、助けを求める声さえ聞えてきていた。
 黒フードの男は、そんな、道路に浮かんでいる車の屋根の上に立っていた。上手い具合にバ
ランスを取り、アリエルを逃さまいと目を光らせているようだ。
「まあ、いいさ。俺の任務は、お前を連れて帰る事だけだ。死体にはしたくないんでね。おとなし
くしていろよ」
 と言い、男は再びアリエルに向って手をかざす。
 黒フードの男の背後で、再び濁流が発生しようとしていた。今度、あの濁流に呑み込まれてし
まえばどのようになるのか、それはアリエルにもはっきりと理解できていた。
 溺れるか、何かに叩き付けられ気絶する。もうこれ以上濁流からのダメージを受けるわけに
は行かなかったのだ。
 黒フードの男は、濁流を波のように発生させ、それをアリエルへとけしかける。しかし彼女
は、さっき腕から刃を始めて出現させた時と同じように、体をロケットのように一直線の姿勢に
させ、水の中へと正面から飛び込んでいった。
 自ら受ける抵抗を最小限に抑え、更には、腕の刃によって、それを分断する。これで激しい
激流も、ぱっくりと分断できるはずだった。
 しかし、アリエルが飛び込んでいった濁流の波の幅はさっきよりも分厚かった。彼女の飛込
みでは、反対側まで突き抜けていきそうに無い。
 猛烈な水圧を感じながらも、アリエルは濁流を反対側まで突破しようとした。しかし波が分厚
い。
 あの黒フードの男は、波を発生させるだけではなく、その水量も自在に操れるようだった。
 だが、アリエルは波を突き破ってきた。かなり失速をしたが、ダメージはほとんど受けてはお
らず、黒フードの男のいる目の前へと突き抜けてくる。このまま、彼の目の前に飛び込んでいっ
て、次の波を起こされるよりも前に彼を倒す。つもりだった。
 黒フードの男の前に、アリエルの目の前には、更にもう一つの波が立ち塞がっていた。
 彼女はもう地面に足を付けてしまっていたし、濁流へともう一度飛び込んでいくには間に合わ
なかった。
 再び押し寄せてきた猛烈な波にアリエルは飲み込まれる。それは防ぎようも無いものだっ
た。彼女は激しい波に飲み込まれ、道路の反対側へと一気に流されていった。
 そのアリエルの姿を見た、黒フードの男は、そのフードの下にある顔をほくそ笑ませた。
「どうせ、ただ波を起こすだけでは、さっきと同じように、正面から飛び込んでこられると思った
のでね。しかし二つの波はそう簡単には突き抜けて来れまい。
 ガキにしては、度胸のある判断だったよ。これだけの激流に自分から飛び込んでくるんだか
らな」
 彼にとっては、このままアリエルを本部へと連れ帰る。それだけで良かった。この、裏の通り
の水没した酷い有様は、どうせ、ただの大雨の洪水として処理されるだろう。
 誰も自分の姿を見ていない。そして、誰もアリエルが拉致される瞬間を目撃していない。
 それで十分だ。
 しかしその時、黒フードの男は、道路の反対側へと流されていったはずのアリエルが、逆に
流されていった時と同じほどのスピードで、こちらへと飛び込んで来るのを見ていた。
 よく見れば、アリエルは波に乗り、その流れを利用して迫って来ている。しかもその波は、アリ
エルの方に男が、向わせた波とは、真逆に跳ね返ってくる波だった。
「馬鹿な!」
 と、言いかけた瞬間、黒フードの男は、アリエルが右腕から突き出させていた刃の攻撃を受
けた。新たに波を発生させるまでもない。彼女の刃が、首を走っていたのだ。



 男は、乗っていた車の屋根から、水没している道路へと落ちていく。その水の中へと沈んでい
く体からは、赤い色が、インクを水に溶かしたかのように広がっていった。
 アリエルは、そんな男の体を、彼が乗っていた車の屋根の上から、見下ろしていることしかで
きなかった。
「あなたが、何度も起こしていた波の動きを観察していて、道路の向こう側へ行った波がどうな
ったかを見ていたの。
 すると、波はどこかへと流れて行っちゃうんじゃあなくて、反対側の建物で反射して、こっちに
戻ってきているじゃあない。それもほとんど変わらない勢いでね。だから、逆に利用できないか
と思って、ね」
 と、呟くように言ったアリエルは、黒フードの男が、どんどん水の底へと沈んでいくのを見てい
た。
 激しい雨は降り続いていたし、道路から水が捌けて行く様子も全く無かった。
 彼女は、両腕から突き出させていた、ブレード状の刃を、自分の体内へと戻した。まるで、一
体化するかのように、それらの刃は、彼女の腕へと沈み込んでいく。
 アリエルは激しい雨に打たれるまま、ただその場に立ち尽くしていた。



「どうやら、あたし達が思っていた以上のものを持っているらしいね?」
 そのアリエルが聞いている雨の音と、全く同じものを聞きながら、近くの建物で、事の成り行
きを見守っていた、一人の小柄な女が言った。
 彼女はレインコートのフードを被っており、その姿を隠している。だが、レインコート越しでも、
彼女の体が非常に小柄だという事は、目に見えて明らかだった。
 むしろ子供ほどの体格しかない。
「そうね、この事を早く伝えなければ、ならないわ」
 小柄な女と一緒にいる、背の高い女が言った。彼女もレインコートのフードを被っている。だ
が、小柄な女とは親子であるかというくらいの体格の差があった。
「あいつも大した事ないね。こんなに派手にやらかして、結局やられちゃっているじゃあない、こ
んなに雨で濡れちゃって、もうやだぁ〜」
 まるで喚くかのように小柄な女は言った。しかし背の高い女は、そんな彼女の扱い方を心得
ているかのように言うのだった。
「行くわよ。レイン・ウォーカーがやられた。あの子は想像以上にできるわ。早くお伝えしなけれ
ばならない」
 女は背を向け、次の行動を即座に開始しようとした。
「はぁい」
 2人の女はその場から姿を消した。
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