レッド・メモリアル Episode03 第2章



「リー・トルーマン。プロタゴラス国立大学卒。専攻は政治学で、成績は、トップクラスの下くらい
か。優秀ではあるけれども、目立った存在では無かったようね…」
 セリアは、目の前の画面に大写しにした、リー・トルーマン少佐の情報を読み取っていた。軍
の人事部は、データベース上に、全ての兵士、将校、そして軍の食堂で働いている、雑用係ま
でのデータを記録している。
 アクセスすることが出来れば、どんな人物のデータをも見ることができた。
「ねえ、セリア?聞いている?あなたが、データにアクセスしている事はもうバレちゃったみたい
なのよ。早く逃げないと!」
 フェイリンが電話の先から焦ったような声で言ってくる。
「へええ、そんなこと、どうやって分かったの?」
 セリアは半分聞いていないという様子でフェイリンにそう答えた。彼女自身の目線は、リー・ト
ルーマンのデータの方へと向けられており、外で起こっている事になど、まるで無関心な様子
だった。
「監視カメラにハッキングして見ているのよ。今、管理センターに、誰だか知らないけれども、人
が3人向かったわよ」
 フェイリンがそのように伝えても、セリアは動じなかった。まるで、誰かがやって来ることなど
当然と言った様子で、目の前に流れる画面をスクロールさせている。
「待っていて、もうすぐ済むから。それともあんた、このデータをダウンロードできる?」
「む、無理よ。もう時間が無いんだもん。セリア。こんなところを見られたらまずいんでしょ、早く
脱出を、ってああ?コレは?」
 フェイリンの突然の叫び声をセリアは聞き逃さなかった。
「何?どうしたの?」
「このデータ。この、リー・トルーマンとかいうヒトのデータ。何度かアクセスして書きかえられて
いるわ。更新記録がずいぶん新しいし、何度も書き換えられて」
「書き換えられている?」
「セリア!もう部屋の前まで来ているわよ!」
 フェイリンのその声にはっとして、セリアは、自分のいる部屋の入り口へと目をやった。



 リーは、セリアがいると思われるデータベースの管理室へと、銃を構えながら突入していっ
た。
 中には誰もいなかった。だが、リーは、ここについ数分前、いや、数秒前まで誰かがいたとい
う事を知った。
 コンピュータが起動しっぱなしで、部屋全体に光で創り出される、立体的な仮想空間が出現し
ていた。軍のデータベースにアクセスしている。それがリーにもすぐに理解できた。
「誰がここにいたのかチェックさせろ」
 中に誰もいない事を知ると、リーは銃を下ろし、管理室の中へと入っていく。ここにいた何者
かは、軍のデータベースへとアクセスしていた。それも、自分のIDとパスワードを使って。
 部屋の中央に開かれている画面を見やり、リーはそれが誰であるのか、すぐに理解した。
 思わずリーは苦笑していた。そこに現れていたのは自分自身のデータだったからだ。この《プ
ロタゴラス空軍基地》に配属される前の詳細なデータがそこに現れている。
 どこの大学卒で、どこの士官学校に入学したのか、そしてどのような作戦に就いたのかは、
一つの画面だけで表す事はできないが、同じデータベース内にリンクが張られており、幾らでも
閲覧することが出来る。
 すると、自分が連れてきた警備員が、リーの前に立って言ってくる。
「トルーマン少佐。監視カメラのデータをチェックしましたが、どうやら外部から妨害があったら
しく、一時的に映像が乱れています。申し訳ありませんが、侵入者が誰であるのかは」
「構わん」
 相手の言葉を遮ってリーは言った。
「はい?」
「侵入者が誰であるのかは分かっている。こんな危険を冒して、このデータを調べようとする奴
など、一人しかいない」
 リーはそれだけ言うと、目の前に現れていた、自分の経歴書のウィンドウを閉じた。



4月7日 8:11A.M.



「昨晩は、随分な危険を冒したものだな、セリア?」
 翌朝、リーは空軍基地のテロ対策本部、作戦会議室に現れたセリアに対して、挨拶代わりに
そう言っていた。
「何の事?それが、あんたの挨拶?」
 セリアはぶっきらぼうな様子でリーにそう言った。
「しらばっくれるな。データ管理センターに侵入して私の情報を調べていただろう? もう少し時
間があれば、侵入したという事すらバレないようにもできたか?」
 リーは、特に怒った様子も苛立った様子もセリアには見せていなかった。ただじっと彼女を見
つめている。リーの眼は、まるで人の目ではない、義眼ででもあるかのようにその心のうち内を
読み取ることが出来ない。
 彼の眼の中には奥深い深淵しか存在していないかのようだった。
 だからセリアは、彼の眼を覗いて、何を考えているのか探るのは止めにした。
「私は、昨日ずっとこの軍の客室の部屋の中にいたの。だから、データ管理センターなんかに
行って、あんたの情報なんて調べようが無いわ」
 セリアはリーとは目線を外して、さっさと作戦室の中に入っていった。
 セリアの後に続くように背後からリーも部屋の中に入る。
「言っておくが、例え軍の職員であっても、上官のIDやパスワードを偽ってデータにアクセスす
るのは重大な規則違反だ。もしそれが、国に対して脅威を及ぼすような事だったとしたら、国家
反逆罪にも問われる」
「もし私がしたら、の話でしょ?」
 と言って、作戦会議室の席の一つに座るセリア。
「どうやら君は、私の存在自体が気に食わんようだな?でなければ、管理センターのデータか
ら、私の上げ脚を取るような真似はしない」
 リーはそんなセリアの座った椅子の前のテーブルにすわり、彼女の顔を覗き込んだ。
「そう思うんだったら、作戦の詳細について、ゼロから私に教えて欲しいわ!」
 突如、セリアの声が作戦室に響き渡る。丁度作戦室に入ってきたリーの部下であるデールズ
は、その声に驚いたようだった。
 だがリーは動じない。
「よかろう。セリア。次は君がバックアップにつけ。私が潜入する」
 代わりにまるで自信に溢れたかのような声でそのように言うと、机から降り立った。同時にリ
ーは、作戦室にあるモニターをリモコンで操作し、画面を出現させた。
 セリアが昨日見ていた、軍のデータベースのウィンドウと同じものが現れ、そこには、何かの
資料と、どこかの企業のビルを移した写真だった。
「潜入?」
「そう、潜入だ。昨晩だが、捕らえたジョニー・ウォーデンの部下の一人が吐いた。あの場にい
たスーツ姿の連中についてな」
 リーは、画面をスライドさせていく。するとそこには、スーツ姿の二人の男女の姿を写した写
真が大写しになった。
「どこの連中なの?見た感じ、ごろつきには見えなかったけど?」
「『グリーン・カバー』という大手軍需産業を知っているか?」
 まるで言い聞かせるかのように言ってくるリー。彼の言ったその名前にはセリアも聞き覚えが
あった。
「確か、非破壊・非殺傷兵器を開発している軍需産業でしょ?この基地にも関わりがあるはず
よ」
「この男女は、『グリーン・カバー』の連中だ。しかし不思議なことに、軍のデータを探っても、こ
の二人は該当しない。この世に存在していない人物となっている」
「『グリーン・カバー』が、ジョニーのようなごろつきに何で興味を持ったの?」
 セリアはリーの義眼のような目を見つめて尋ねる。
「ジョニーがごろつきかどうかは大した問題じゃあない。『グリーン・カバー』は、ジョニーが『能
力者』であるという点に目を付けたのだ。『能力者』、君も私もそうだが、『能力者』であるという
ことはつまり、どういう事だ?」
 セリアは少しも考えることなく答えた。
「『能力者』はその者自体が、兵器であるという事ね?」
「今まで、軍が『能力者』に関心を持たなかったわけではない、我が軍でも積極的に『能力者』
のスカウトと契約を行なってきた。だが、『グリーン・カバー』のような軍需産業が『能力者』に興
味を持つのは初めてだ」
「『グリーン・カバー』と言えば、いろいろといわくつきな所も多いものね。以前は、核兵器を他国
に密売していたなんていう話も」
「ともかく、『グリーン・カバー』は企業だ。政府機関じゃあない。『能力者』を雇うという事は、良
い意味であっても悪い意味であっても、結局は私利私欲のためだ。調査する価値はあるだろ
う」
 リーの言葉にセリアは疑問を持つ。そもそも肝心な事をこの男は忘れていやしないかと。
「でも、これが、近年頻発しているテロ事件といったい何の関係があるって言うのよ? 『グリー
ン・カバー』は、『タレス公国』内の企業であって、『ジュール連邦』とは取引なんて」
 だが、セリアの言葉はリーによって遮られた。
「これも、ジョニーの部下が吐いた事だが、『グリーン・カバー』に引き渡された連中は、国を出
るのだと、ジョニーが言っていたそうだ」
「国を、ねえ?」
 セリアは、リーの背後に流れている、『グリーン・カバー』の企業ビルの写真を見やった。それ
は、一見すれば、コンピュータ産業のビルのような、モダンなデザインにされており、とても軍需
産業の企業ビルには見えない。
「君が今言った、『グリーン・カバー』で噂されていた、核兵器の密売だが、輸出先はどこだと思
われていたと思う?『スザム共和国』さ」
 リーは、まるで謎をかけてくるかのような口調でセリアに言った。
「『ジュール連邦』から独立をしようとしている地域ね。『ジュール連邦』でテロが起きれば、大抵
そこの国の連中って言う国よ。さすがに私が隠居していた間、核兵器のテロは無かったでし
ょ?」
「ああ、なかったよ。だが、とっくに『スザム共和国』は、内戦状態のようなものだが、これで『グ
リーン・カバー』に興味が持てたか?」
 セリアの答えは決まっていたが、リーの顔を見つめ、数呼吸を置いた。ただ、すぐはいはいと
頷いているようでは、相手のペースに乗ることになってしまう。
「まんざらでもないようね」
「『グリーン・カバー』への潜入は本日行なう事を予定している。潜入するのはこの私だ」
 リーは堂々と言った。
「軍の制服組の少佐が、潜入捜査なんてできるの?デスクワークの方が似合っているんじゃあ
なくて?」
 と、セリアが言ったときだった。
「トルーマン少佐は十分、潜入捜査をすることができる」
 作戦室の扉が開き、そこに、リーのさらに上司に当たるゴードン将軍が姿を見せた。
「彼は、陸軍士官学校をトップの成績で卒業した。さらに、本部でも軍の捜査作戦についてい
た。だから問題ないだろう」
 リーの身を保障するゴードン将軍だったが、
「失礼ですが将軍。トルーマン少佐のことは以前からご存知なのですか?」
「いや。直接会ったのは3ヶ月前だが、経歴書を読ませてもらった」
 セリアはリーの目をちらりと見た。彼の目線はどこにも泳がず、ただ義眼のような目を向けて
いる。
 本当か嘘かも分からないような目だ。
「ともかく、ゴードン将軍の許可も、本部の許可も下りている。私が『グリーン・カバー』に潜入す
る理由は、内部にコネがあるからだ。君は、ジョニー・ウォーデンの組織に対してコネがあっ
た。だからここへと呼んだ」
「今度は、あなたがそのコネを使う番だって言うの?」
「ああ、そういう事だ。バックアップは、君とデールズ、その他数名の捜査官に任せるが、構わ
ないだろう?」
 セリアは、また再び数呼吸を置いた。この男の口に乗って、すぐに返事をする気はセリアに
は無かった。
 だが、リーのロボットのような無機質な目を見ていると、頷こうにも頷けなくなってくる。
 セリアは感じていた。この男は、『グリーン・カバー』にただ潜入するつもりはない。さらにもっ
と大きな何かを『グリーン・カバー』でしようとしているのだと。
 今度は、どうやらそれを探らなくちゃあいけないようだな。そう彼女は思った。
「ええ、もちろんじゃあないの」
 セリアがそう答える事ができたのは、1分近くも経った頃だった。
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