レッド・メモリアル Episode03 第4章



「待っていてね。今、そのスペンサーって言う男が、昨日のサングラスの男じゃあないかどうか
って、調べているところだから」
 『グリーン・カバー』本社から、100メートルほど離れた場所に停車したバンの中にいるセリア
は、目の前で展開する、身元照合ソフトに眼をやっていた。
 リーが眼鏡に付けられた画像から送られてきた、スペンサーという男の写真が、立体的に3
D映像として起こされ、そこに、昨日のサングラスをかけた男の顔が立体に起こされて重ねあ
わされる。
「画質が悪いのはどうしようもないのですが、イメージを増大させて、あっという間ですよ、ほら」
 セリアと共に乗り込んでいる技師が、何の造作もなく、身元を照合してしまった。顔骨格は、
昨日のサングラスの男と完全に一致した。
 すかさずセリアはリーに連絡を入れる。
「リー。そこにいるスペンサーと言う男だけれども、昨日のサングラスの男よ。間違いないわ!
さっさと!」
 マイクに向って叫んだセリアだったが、帰って来たリーの言葉は、
(人事部へは、こちらで良いのか?さっきからエレベーターでずっと降りていくままだぞ)
(ご安心を)
(私を、どこへと…、連れて行く気だ…?)
 リーの声に雑音が混じり、音が非常に聞えにくくなってしまう。セリアは焦った。
「リー?どこへと行こうとしているの?ねえ!ちょっと、通信が悪くなって来ているわよ!」
 技師に向って声を上げるセリア。彼女の耳の中にはついに雑音だけになってしまっていた。
「ビルの地下に防護壁が仕掛けられています。外部からの通信を遮断するように、なっていま
す」
「どうにかできないの?これ!」
 セリアが、技師が見ているモニターを覗き込んで言った。
「物理的な電波の遮断で、ファイヤーウォールとは違います!こちらからはどうしようもありませ
ん。あのビルの地下はまるで要塞のようになっている」
 技師のお手上げと言った様子を見て、セリアはすぐに決断した。
「突入よ」
「は?」
 技師は呆気に取られたような様子を見せる。
「テロリストが、この会社の中で、平気で“人事部”なんてやっている事が判明したのよ!さっさ
と捕えないとね!あんたは、リーと連絡が取ろうとしなさい。ああ、あと、あの若い男、デールズ
だっけ?あいつと連絡を取らせなさい!」
「チャンネルを切り替えれば、繋がりますよ、2です」
 セリアはすかさず、イヤホン式通信機のチャンネルを切り替えた。
「デールズ!デールズ!応答しなさい!」



 オットーのオフィスにいるデールズは、耳元に聞えて来るセリアの大声に耳を傷めそうになっ
た。
「はい?いかがなさいましたか?」
 デールズが、耳の通信機に手をあてがいそう答えると、オットーが不審げに顔を上げた。
(リーとの通信が不能になった。あんたも気付いているだろうけど、さっきの人事係は、昨日、
ジョニー達が会っていた連中の一人と顔が一致したのよ)
 セリアの声が、耳のイヤホンから漏れやしないかと、デールズは少し不安になった。
「それは、本当で?」
 オットーの目の前にいる以上、相手に不審に思われないよう、デールズは口に出す言葉を選
ぶ必要がある。
(ええ、だから、そこにオットーもグルね。リーを連れ戻す必要がある。あと、地下に何があるの
かも聞き出す必要があるわ)
「はい、分かりました」
 セリアの声に、デールズはチラリとオットーを見やった。さっきからどうも忙しない様子を見せ
ている。明らかに挙動不審だ。
(今、全隊を突入させる。あなたは、オットーを抑えておきなさい。リーがどこへ行ったのかも聞
き出すように!)
「承知しました」
 セリアの声に、デールズはそう答えるしかなかった。軍に従事しているとは言え、“何かを聞
き出す”、というのはデールズのような若い捜査官にとっては少し辛いものになる。
 だが、オットーのような男なら、すぐに吐くだろうな、とデールズは思い、彼は腰に吊るしてあ
る、黒いものを手に取った。
「ベンジャミン・オットーさん?」
 デールズは、腰に吊るしたものをスーツで隠したまま、オットーに近付いていく。
「な、何だ?どうかしたのか?」
 デールズは身長も190cmあるし、褐色肌で口数を少なくしていれば迫力もある。ただリー達
の前では彼らの迫力に負けていただけだ。
 一般人相手ではデールズも変わる。オットーはそれに気押しされているようだ。
「トルーマン少佐がどこへ行ったのか教えてもらおう」
「わ、私は知らん!そ、そうだ。私は、急用を思い出したのだ」
 と、オフィスの扉から外へと出て行こうとするオットーを、デールズは自らが立ち塞がる事で防
いだ。
「いいえ、駄目です。あなたを拘束するように命令が出ています」
 オットーは、デールズに圧倒されて入るものの、無理して凄んでくる。
「私を、拘束だと!貴様、何様のつもりだ!」
「そのように命令が出ています。あなたが、テロリストに加担している危険分子の一人であると
…」
 デールズがはっきりと言った途端。オットーは顔の色を変えて、デールズから後ずさる。そし
て、どこへと行くのかと思えば、デールズのいる場所とは部屋の反対側に走っていこうとするで
はないか。
 オットーは突然壁へと体当たりする。するとその壁は奥側に沈み込み、そこには隠し扉が現
れた。
 だがデールズは動じず、すかさず腰に吊るしてあった、あるものを手に取った。
 デールズはその手に収まるほどの黒い塊を手に取り、デールズへと向ける。するとそこから
は、2本の電極が射出され、オットーの背中に命中した。
 彼は、痙攣するかのように隠し扉の前で身を震わせ、あっという間にその場に倒れた。
 彼の背中に命中した電極からは、白い光が点滅する。
「やれやれ、オフィスにわざわざ隠し扉を作っているなんて、たっぷりと絞らなきゃあな」
 倒れたオットーの姿を見下ろし、デールズはそう呟いた。



「突入!」
 セリアが通信機越しに叫びかけると、『グリーン・カバー』を包囲していた『タレス公国軍』の一
個中隊が、一斉に建物内へと突入していった。
 『グリーン・カバー』はあくまで企業ビルであり、戦場ではない。だが、突入していく兵士達は
物々しい姿であり、マシンガンを構え、次々と正面玄関から、すでに把握されていた裏口から
突入して行った。
「何だ!何事だ!」
 パニック状態になっている社員達。正面ロビーの奥から、警備員らしき白いシャツを着た人
物が現れる。
「我々は、『タレス公国軍』だ!」
 マシンガンを向け、最前線で突入した兵士が言った。だが、相手は両手を挙げており、抵抗
する意志はない。
 だから、部隊員が突入することはあっても、発砲は行なわれなかった。
「分かっている!何の用で来たのか」
「我々は、ベンジャミン・オットーを捕えに来た!既に、軍の捜査官が一緒だ!」
 と言って、黒ずくめの装備の部隊員の中であまりに目立つ、白いスーツを着たセリアがやっ
て来た。彼女は、軍から仮に与えられた身分証を示しながら、警備員達に示している。
「ベンジャミン・オットーを拘束させてもらうわ!彼は、テロリストに加担していた男と繋がりがあ
る!この男はどこにいるの?」
 と言って、セリアは、警備員に近付いてくるなり、あの人事部の男の顔を携帯モニターで表示
した。
「こ、このような社員は存じておりません」
「地下室に私の上司が連れて行かれたの!ここの地下室の監視モニターを見せなさい!」
 セリアは警備員に接近し、言い放つ。警備員の男は、身長が2メートルくらいあったが、セリ
アの迫力は相手を上回っていた。
「いや、しかし」
「さっさとすんのよ!」
 相手の男がどうしていいかも分からないまま、セリアは、相手に指を突き出し、そのように命
じた。警備員は困った様子で、
「ここの地下室といっても、メンテナンス室だけですよ」
 その警備員の言葉に、セリアは疑問に思った。
「地下何階?」
「地下1階ですが」
「監視モニターを見せなさい!」
 セリアは声を上げ、警備員を警備室にまで連れて行くように案内させた。



 リーは、『グリーン・カバー』の地下深くへと潜っていくエレベーターの中で、じっと構えていた。
 エレベーター内は閉じられた密室で、その中には、リーと、人事部の人間を名乗った男しか
乗っていない。
 とっくに1階には着いているはずだった。人事部はおそらく『グリーン・カバー』の高層ビル内
の下層に位置しているのだろうと思っていたが、エレベーターはまったく止まろうとはしなかっ
た。
 この男は、自分を別の場所に連れて行こうとしている。
 リーは分かっていた。いや、一緒にエレベーターに乗った段階から、それを知っていた。
 だが、リーはあえてこの状況飛び込んでみることにしたのだ。この男は、一体何を見せようと
しているのだろう、と。
 エレベーターが軽いコール音を立てて停止する。リーは、耳の中にかすかな圧迫感を感じ
た。
 気圧が地上とは違うせいだろう。あまりに地下が深すぎるのか、もしくは何らかの装置で、気
圧が一定に保たれているのか。
「付きましたよ。お降り下さい」
 ダークスーツの男、スペンサーがそのように言い、リーをエレベーターから降ろした。一体ど
のくらいエレベーターに乗っていたのか。1階から、オットーのオフィスに登るまでの倍近い時間
が掛かっていたようだ。
「ここは、“人事部”ではないようだな?」
 リーは周囲を見回して言った。周囲は白いで覆われており、ずっと一直線で通路が延びてい
た。
「いいえ、“人事部”です。ただし『グリーン・カバー』の、地下の人事部になりますけれどもね」
 スペンサーは、エレベーターの降口から一直線に延びている廊下を歩き始めた。
 リーは、その男と共に歩き出す。だが油断はしていない。この男がもしかしたら、自分を処刑
するための場所に連れて行こうとしているのだと思うくらいの警戒心で付いていく。
 だからリーは、エレベーターの扉の脇に、ある細工を施していた。それは、スペンサーには気
付かれないような、ある細工だった。
「リー・トルーマンさん。あなたをさっき見たたとき、どこかで見たことがあると思ったんです」
 スペンサーは、歩きながら話し出した。
「ほう?どこで?」
「3年前。《カルメン》で、お会いしましたね?」
 スペンサーは。そこでリーを振り返って見た。
「誰だ?お前は?」
 だが、リーにとっては相手の男が誰であるのか、分からない。
「そう。あなたは、リー・トルーマンと名乗っていなかったし、『タレス公国軍』の少佐としての身
分も持っていなかった。だが、あなたは私の前に現れました」
 スペンサーは、通路の中の一つの扉の前で脚を止めた。
「3年前、《カルメン》、忘れてしまいましたか?」
 リーは口を噤んだ。相手に嘘をついているという素振りも見せていないし、口を噤んでいる事
に対しても動揺はしていない。
「やはり、忘れていませんね。その表情は?」
 スペンサーはそのように指摘してきた。
「では、お前は誰だ?名乗ってもらおうじゃあないか?」
「いえ、それはこの扉の中の“もの”をご覧になってからで構わないでしょう?」
 そう言った、スペンサーは扉を開き、その中にリーを招きいれようとしていた。
 扉の先で何が待っているのか。リーにとっては見当もつかなかったが、引き返すようなつもり
も無かった。
 むしろそれを知る目的でここにやって来たのだ。男の方から、それを明かそうとしているの
は、少し意外ではあったのだが。
 リーは部屋の中に入った。
 そこは、広い空間が広がっていた。がらんとした室内になっており、幾つかのコンピュータが
稼動している。
 空間に画面が広がっていて、それは何かしらのデータを示していた。
 リーは、周囲で画面が表示しているデータを読み取ろうとしたが、それよりも前に、背後から
男が言葉を投げかけた。
「これは、あなた達がやっていた研究を、われわれが引き継いだものですよ。リー・トルーマン
さん。『グリーン・カバー』は、あなた達がやって来た事を、より我々に適した方法で行っている」
 リーは背後の男を振り返った。男は自信を持ったような目でリーを見つめてきている。まる
で、この部屋で行なわれていることが、彼にとって誇りであるかのように。
「我々、がやって来た、だと?我々『タレス公国軍』がやって来た事と言うのか?」
 と、リーは言ったが、
「いえいえ、違います」
 そう言って男はリーの脇を通り、画面が数多く並んでいる部屋を歩いていく。その室内には、
所々に白衣を着た者達がおり、コンピュータを操作していた。
 何かの研究施設であるらしい。比較的若い研究者がここには数多くいた。
「『グリーン・カバー』は、ここでの研究を、我々軍に報告しているのか?」
 室内を奥の方へと歩いていく、スペンサーの背後からリーは言った。周囲にいる研究者達
は、リー達の事などまるで構っていないのか、コンピュータの操作に没頭している。
「いえ、報告はしておりません。ここで行なわれているのは、独自の研究です」
 スーツ姿の男は、それだけ答え、更に奥へと歩いていく。
「それで、ここが、本当に“人事部”なのか…?」
 リーがそのように尋ねると、そこに少し間が開いた。ダークスーツの男は背中をリーに向けた
まま少しの間黙っている。
「ええ、ここが、“人事部”です」
 そして彼が足を止めたのは、また一つの扉の前だった。
 ダークスーツの男が足を止めたのは、丸窓がつけられた両開き扉の前だった。奥に何があ
るのかは、リーにも見当が付かないが、冷気が漏れてきている。扉の向こうは低い温度に保た
れているに違いない。
 スペンサーはその扉を開いた。



「トルーマン少佐が、どこに連れて行かれたのか、教えてもらいましょうか?」
 デールズは、先ほどのテイザー銃による電撃で弱っているオットーを椅子に座らせ、そう尋ね
た。
 オットーは、まだ電撃の衝撃によって意識が朦朧としているようだ。だが、デールズにとって
は彼をさっさと起こす必要があった。
「さあ、目を覚ましてください。オットーさん。あなたには色々と答えてもらわなきゃあいけない事
がある。」
 そう言って、デールズは彼の肩を揺すった。
「うむ…、う…」
 ようやく薄目を開いてくるオットー。目の前にデールズがいるという事を自覚し始めている。
「良いでしょう。オットーさん。これから幾つかの簡単な質問をしますから、答えてください。もし
答えない場合、嘘を付いていると分かった場合は」
 そこで、デールズは耳を澄ませ、耳に装着したイヤホンから聞えて来る声に耳を傾けた。
(痛い目に合わせてあげるって、言ってあげなさい)
 と、漏れてくるセリアの声。デールズはどう答えたら良いか迷う。自分の発そうとしている言葉
が、脅しの文句でしか無い事が分かると、非常に口にしにくい。
「あなたにとっても不愉快な事になるでしょう」
「わたしは、何も、知らん」
 とオットーは言ってくる。だがデールズはその言葉には耳を貸さなかった。
「オットーさん。質問は簡単です。私の上官である、リー・トルーマン少佐がどこへ行ったのか、
それを答えてくれるだけでいい」
「だから、知らん」
 先ほどの電撃で弱っているオットーの両腕には、デールズの持つテイザー銃の電極がつけら
れている。椅子に座らされているオットーは、電気椅子に座らされているも同然だった。
 ただ、そこに流される電流の電圧は、電気椅子ほどのものではなかったのだが。
 オットーの体が痙攣したように何度も脈打つ。デールズがテイザー銃を通して電圧をかけた
めだ。
「答えてください。オットーさん」
 痙攣しているオットーの体を見下ろし、デールズは静かに言った。彼自身でも拷問にかける
のはいやだった。例え相手が、テロリストに加担し、国に脅威を与える存在であっても、拷問と
いう行為が野蛮なことは、デールズ自身でもはっきりと分かっている。
「私は、何もしていない。悪いことは何も」
 再びテイザー銃から電圧がかけられる。
「もう一度聞きます。オットーさん。リー・トルーマン少佐はどこに連れて行かれたのです? こ
のビルの中である事は間違いないと思いますが?」
 電流のショックで体が小刻みに震えている、オットーを見下ろし、デールズは静かに言った。
「知らん。あの男が勝手に連れていっただけだ!多分、地下!そう地下だ!」
「多分では困りますが?」
 デールズは再び、テイザー銃のトリガーを引こうとしていた。彼の持つテイザー銃は、スタンガ
ンのようにいつでも電極から電流を流すことが出来る。
「しゃ、社員専用の施設があるんだ。特別なエレベーターを使う事でしかそこには行くことがで
きない!」
「本当に?」
「ああ、本当だ!当たり前だろうか!こんな事をこの私にしてただで済むと!」
 だがデールズは、オットーのそんな言葉など聞いてもいなかった。
「聞きましたか?セリアさん。少佐はどうやら地下に向かったようです。今、彼に地下へと案内
させようと思います」
 通信機に向ってデールズが言うと、
(ええ、地下、地下ね。私も部隊を引き連れて、そこを制圧しに行くつもりよ。あんたはオットー
と一緒に先へと向っていなさい。彼と一緒なら、例えどんなものが待ち受けていようとも、相手
は手出しができないでしょうから)
「了解」
 セリアの声を通信機で確認し、デールズははっきりと答える。そして、まだ弱っているオットー
を、椅子から立ち上がらせた。



 スペンサーに案内され、リーは、地下施設の奥の部屋へと入った。
 そこは、先ほどの研究室のような所と同じほどの規模を持つ部屋だったが、人一人がはいれ
るほどのカプセルが10個ほど設置されているだけで、実に殺風景な部屋だった。
 それぞれのカプセルの上には、幾つかの画面が出現している。それが生体モニターの表示
であるという事は、リーにはすぐに分かった。
「これは?」
 部屋の中へと歩いていくスペンサーの背中に、リーは尋ねた。
「ここで、我々は、“人事管理”を行っています。“人事管理”というのは、そもそも不適切でしょう
か?我々はあくまで仲介業務を行なっているだけですから」
 何の動揺も、ためらいも見せないような声でスペンサーは言ってきた。下品過ぎないにこや
かな表情は、相手を苛立たせない。
「このカプセルのようなものの中にいるのは、人間なのだろう?」
 リーは、部屋に等間隔で設置されているカプセルを見下ろした。完全に密閉されているカプ
セルだが、人1人が十分に入ることが出来る大きさになっている。
「さすが、よくお察しだ。いや、むしろ、あなたは初めからそれを知っていたのではありません
か?リー・トルーマンさん」
 スペンサーがリーに尋ねて来る。だがリーは、
「どうだろうな?」
 とだけ答え、自分の表情を相手に見せないようにした。スペンサーは構わず話を続けてくる。
「あなたが、『タレス公国軍』少佐などという階級をどのようにして手に入れたかは分かりません
が、恐らくそれは、“組織”の力によるものでしょう?
 あなたは、“組織”の命令で、軍に入り込み、『グリーン・カバー』を、そして、私達を追い詰め
ようとしている。“組織”にとって、私達は、そんなに邪魔者なのでしょうか?」
「お前は、何を言っている?“組織”など、私は知らない。どこかのテロ組織の事を言っている
のか?」
 リーの答えに、スペンサーは苦笑した。
「いいえ、私はあなたの顔を覚えているのですから、隠しようがありませんよ」
「ふん。ではお前も『グリーン・カバー』の人間ではないな。人事部などというのももちろん嘘だ」
 リーは部屋に並んでいるカプセルを腕で指し示し、言い放つ。
「いえいえ、私は嘘などついていません。わたしはこの『グリーン・カバー』の人事部の人間で
す」
「なぜ、“人事部”などと言い張る?何かのコードネームの事か?」
 スペンサーはリーの前に立ち、彼の眼をしっかりと見据えて言った。
「さてね。あなたの“組織”ではそんな呼び方をしなかったのでしょう。だから知らない。それに、
あなたをこの場へと案内したのは、何も、洗いざらい『グリーン・カバー』が行なってきた計画の
事を話すためではありません」
 スペンサーの目の色が変わった。それはリーにも手に取るように分かった。
 それは攻撃的な目であり、リーを正確に狙っていた。
 リーはすかさず、相手がどのような攻撃か何かを仕掛けてくる前に精神的に身構えた。銃を
抜き取る用意もできている。
「あなたを、この場へと連れてきたのは、あなたを試すためなのですよ。わが社にとって使える
かどうか」
 そうスペンサーが言ったとき、室内のリー達が入ってきた扉とは反対側から、一人のダークス
ーツに身を包んだ女が現れた。
 昨晩、スペンサーと共にジョニー達の前に現れた、あの女だった。
「遅いぞ」
 スペンサーはそのように言ったが、女は何も答えない。どんどんリーの方へと迫ってくる。何
のためらいも見せない。
 すかさずリーは銃を抜き、それを女へと突きつけようとした。だが、その時彼は、腰の銃が無
い事に気が付いた。
「お探しのものはこちらですか?」
 スペンサーが手でもてあそんでいるもの。それはリーの銃だった。紛れもない、リーの銃がス
ペンサーの手の上にある。警戒していたのに、いつの間にスペンサーに抜き取られていたの
だろうか?
 スペンサーはその銃をリーへと向けた。
「無駄だ。銃が私に通用しない事くらい、お前にも分かっているはずだ」
 リーは動じない。
「ああそう?確かにそうかもしれませんね。でも、あなたはこの銃を我々へと向けようとしたでし
ょう?同じ理由を知っていながら?」
 そう言って、続いてスペンサーは自分の銃を取り出した。こちらはオートマチックタイプの銃
だ。
「銃で脅す?そんなものは私には通用せん」
「知っていますよ。あなたも、我々と同じ『能力者』だからでしょう?あなたの『能力』の正体
は?」
「知るか。私をここから出してもらうぞ。そろそろ上の部下が不審がり、部隊を突入させてくるは
ずだ」
 リーは、スペンサーと女から一定の距離を保ちつつ、ゆっくりと扉の方へと向おうとした。
「ですが、幾らあなたが『能力者』であっても、彼女には、対応できるでしょうかね?」
 とスペンサーは言い、一緒にいる女を指し示した。
 彼女はリーに向って手を伸ばし、まるで遠距離から彼の頭をわしづかみにするような仕草を
見せる。
 すると、リーは頭を本当に掴まれたかのように突然背後に仰け反り、床に倒れた。
「テストは不合格ですよ。リー・トルーマンさん」
 スペンサーの落ち着いた声が、室内に響き渡った。
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