レッド・メモリアル Episode03 第5章



 エレベーターで降りていこうとするのは、デールズと、オットーだった。デールズはテイザー銃
の電極を、オットーの両腕に接着させたまま、彼を前へと立たせている。
「いいか? こんな事をしてただで済むと思うなよ…。訴えてやる。軍が一般市民に横暴を働い
たと言って…!」
 降下中のエレベーターの中で、オットーは吐き捨てた。
 反論してやろうかとも思ったデールズだったが、無駄な事を言う必要は無かった。
 エレベーターはとっくに一階を過ぎ、更に地下へと潜って行っていた。


「全く! 今度は、デールズとも連絡が取れなくなったわよ!」
 セリアは、机を激しく叩き、周囲で見つめている突入部隊の注目を集めた。
 セリアのヘッドセットの中からは、ずっとバンの中で控えている軍の技師の声が聞えて来る。
「デールズの通信機も、地下へと潜った直後に、その通信が途絶えました。地上からでは現在
位置を確認することは不可能です」
「地下へ行くエレベーターはないの!?」
 セリアは、声を上げ、通信機越しに技師に、そして『グリーン・カバー』の警備員に尋ねてい
た。
「こちらにある4機だけしかありません。ほかにエレベーターはありません」
「この建物の図面を見せなさいよ!全く、このままじゃあ、あいつらが、孤立無援になって、何
をされるか分かったものじゃあないわ!」
「只今、図面をお見せします」
 警備員が、セリアが入っている受付ブースの中で、コンピュータを操作し出し、図面を呼び出
そうとしていた。


 リーは、どこかの部屋で眼を覚ましていた。
 一定のリズムがどこからか聞えてきている。この音は、一体何なのであろうか? 空調システ
ムの一種だろうか。
 耳ざわりな音ではないが、心の奥底へ響き渡ってくるほど静かな音だった。
「リー・トルーマン。軍人だ。一応、今はだがな。並大抵のことでは情報を聞き出すことはできな
いほど、意志が強いと思って差し支えないだろう。お前の『能力』でやることができるか…?」
 聞えてきたのは、さっきのスペンサーの声だった。誰かと会話をしているらしい。
 だが、聞えてきたのはスペンサーの質問だけで、話しかけている相手の声は一切聞えてこな
かった。
 リーは目を開き、その場の様子を知ろうとした。
「お目覚めですか?」
 リーの顔を覗き込み、スペンサーは言ってきた。ここがどこの部屋であるかは分からない。だ
が、さっきリー達が訪れた部屋と内装は変わっていなかった。依然として地下にいる。
 だったら、リーにもまだ望みはあった。両腕をプラスチックバンドで縛られている事を除けば、
だったが。
「何を、する気だ?」
 リーはあくまで冷静になってそのように答えた。
「我々が何故、あなたをこの場所へ連れてきたのかは、しっかりと教えましたね? ですがあな
たは我々に対して、非協力的だという事が分かりました」
 スペンサーは口調を崩さず、まだ目覚めたばかりのリーにとっても、はっきりと分かる言葉で
話してきている。
「だから、どうする気なんだ?」
「うちの極めて優秀な、情報操作員に任せて、あなたを無害な存在にします」
 と、スペンサーが言うと、彼の背後からさっきの女が姿を見せた。女は何も言わず、椅子に
縛られているリーのすぐ側にしゃがんだ。
 リーと目線を合わせるその女は無表情で、全く口を開くことが無い。一体何者であるかという
事さえ、リーには分からなかった。
「何をする気だ?拷問か?無駄だぞ…」
 と、リーは言ったが、スペンサーはそのリーの言葉に苦笑した。
「拷問なんて、野蛮なことは我々はしませんよ。ですが、もっと確実な方法です」
 スペンサーがそのように言ったのが合図だったのか、リーの目の前にいる女が突然立ち上
がり、彼の頭のこめかみの部分を両手で掴んだ。
 彼女は何も言葉を発することなく、しっかりとリーのこめかみを掴む。
 リーは頭を激しく振ることによって、その手を振りほどこうとしたが、あっという間に力が抜け
てしまい、全くの無抵抗になった。
 リーは、肉体ではなく、頭の中へと直接響き渡ってきた、雷鳴のような響きに襲われていた。
 この響きは一体どこからくるのか、彼には全く分からない。頭を激しく振り、その音から逃れ
たかったが駄目だった。体自体は、拒否反応を示しているというのに、頭を振ろうとする肉体
と、精神が分け隔てられてしまったかのように、音を振り払えない。
 まるで、自分の最も無防備な場所を見透かされているかのように、その音は迫って来た。
 そして、自分でも思ってもいないような記憶が、その音の強弱にあわせ、次々と頭の中から
引き出されていく。
 それは映像として、そして音としても現れてきていた。
 この『グリーン・カバー』で見てきた事、あのオットーの不自然な姿、そして、過去の事が次々
と頭の中から湧き出してくる。
 一体、どのようにしてこの記憶を呼び覚まされているのか、リーには全く理解できなかった。
 これが、目の前の女が発揮している『能力』なのか?
 『能力者』は時として、常人の理解を超えたような『能力』を有している事がある。常人の身体
能力を遥かに上回った『能力』を有している場合も危険ではあるが、精神的に働きかける『能
力』を有している場合も十分に危険だった。
 このまま記憶を呼び起こされるとどのようになるのだろうか? 何の為に。自分に全てを思い
出させるためにか。そうではない。
 リーは直感した。自分の頭の中に呼び起こされている記憶は、明らかに相手の女も見てい
る。だから、このような事をされているのだと。
 隠すべき、自分の記憶が、相手にどんどん呼び起こされ、それを読み取られている。リーにと
っては危険であり、しかもあってはならない事だ。
「おい、ブレイン・ウォッシャー。何も廃人にはするなよ? こいつに今、そのような事をすると、
あの方が黙っていないからな…」
 スペンサーの声が聞えてきた。女に頭を押さえられている状態であっても、外で何が起こって
いるのか、その音だけははっきりと聞えてきていた。
「どうした?ブレイン・ウォッシャー?」
 スペンサーが尋ねた。多分、“ブレイン・ウォッシャー”などと言われているのは、目の前にい
る女なのだろう。
 彼女はリーの頭から手を離した。すかさずリーは、その頭を振って、女の手から逃れようとし
た。
 目を開いたとき、女は、自分の目の前にディスプレイを表示させ、何やらそこに文字を表示さ
せていた。
 リーはそのディスプレイが、ろう者会話用の機器の画面だとすぐに理解した。記憶を次々と読
み取られた後で、頭が朦朧としていたが、それを必死に回転させて理解する。
 ブレイン・ウォッシャーと呼ばれている女が表示させている画面には、リーが隠して来たある
事について、文字として表示させられていた。半透明の画面は、その反対側に立つスペンサー
の方からも読み取れるようになっており、ろう者と会話するときには欠かせないツールだ。
 ろう者は、ただ口を動かせば良い。人間が読唇術を使う必要は無く、コンピュータがより正確
にその動きを解析し、文字化するのだ。その際、機器に内蔵されたソフトが、適切な文章と文
節に分ける。
「何?データを読み取られている?メモリーを持っている…、だと?」
 バレた。リーはそう思った。だが不思議だった。どんどん、目の前で起こっている光景が、ま
るで現実味を帯びていないことのように思えてくるのだから。
 だがリーは、最後の意識の中で、自分の両腕を拘束しているプラスチックの縄から抜け出し
ていた。
 この場から脱出する。その強い意志だけがリーを動かそうとしていた。


「本当にここで良いのですか?もし間違っていたら、どうなるかは分かっていますね?」
 丁寧な口調とは裏腹に、デールズはオットーを強制的にエレベーターから降ろしていた。目の
前には殺風景な白い廊下が広がっている。ここは、『グリーン・カバー』の地下施設なのだろう
か?
「おい、連れてきてやったんだから、これを離せ! もう私が案内する必要などないだろう
…!」
 オットーは腹立たしく言い放つ。だがデールズはそんなオットーを、壁に押し付けた。
「いいえ、トルーマン少佐を見つけ、彼を地上へと連れ出します。そして、この場を軍が制圧す
るまでです。それまであなたはここにいてもらいます」
 と、デールズが言ったときだった。地下施設で突然警報装置が鳴り響いた。
 それは突然やって来た、けたたましいまでの音で、デールズは思わず耳を押さえずにはいら
れないほどのものだった。
 同時に通路の先からは、白衣を着た者達が現れ、デールズがいる方向とは逆の方を目指し
て走っていく。
「おい!あんた達!どこへ行くんだ!そこで止まれ!」
 デールズは叫ぶが、白衣を着た者達は、一斉に廊下を奥の方へと駆けて行ってしまう。まる
で自分から逃げ出していくかのようだ。
「一体、何が起こっている…?」
 突然起こった警報に周囲を見回し、デールズは言った。突然、彼の目の前に広がった地下
施設で鳴り響く警報。何が起こっているのか理解するまで、時間がかかりそうだった。
「お、おのれ…。こうなったのも、全部貴様のせいだ。我々の行なってきたビジネスが、全て…」
 オットーはデールズに向って吐き捨てるかのように言い放つ。
「あんたは、トルーマン少佐の元へと案内してくれればそれでいい!黙っていて!」
 と、デールズは彼を壁に押し付ける。
「あと、この場で何が起こっているのか、も教えてもらいましょうか…?」
 そのようにオットーに向っていったデールズ。ちょうどそこへ、警報の鳴る地下通路を歩い
て、一人の男が姿を見せていた。
 よろよろとふらつきながら、通路を歩いてくる。どうも激しく疲弊してしまっているようだ。
「トルーマン少佐!大丈夫ですか?」
 デールズは、オットーを押さえつけたままリーに言った。
「私に構うな…、オットーを!」
 リーは、そんな彼の気遣いを振り払うかのようにして近付いてきた。手には何かを握り締めて
いるようだった。
「ええ、ここに拘束しています。それよりも、あなたを連れていった奴は…?」
 だが、リーは、
「ここから脱出するぞ、奴を追うのはそれからだ。どうせ、軍が制圧しているのだからな…」
 とだけ言って、リーは、自分だけ先にエレベーターの方へと歩いていった。


「光の能力?レーザーを使ってものを焼き切るだけではなく、データ通信もできるだと…?」
 スペンサーは、一緒に隠された通路から逃げようとしている女から、情報を与えられていた。
 女はろう者用の会話装置を使って、スペンサーへとその情報を文字として伝えてきている。
「リーは、データメモリーを持っていた。奴はそれを、私が案内した部屋のデッキに奴自身の
『能力』で接続をし、まるで無線通信をするかのようにデータをコピーしていたのか…」
 それはスペンサーにとっても予想外の事だった。リーが怪しい行動をしないように目は光らせ
ていたのだが、彼自身の『能力』を知らない以上は、どうしようもなかったのだ。
「しかも、そのレーザーを今度は、プラスチックワイヤーを焼き切るときにも使ったのか…」
 苦虫を噛み潰すかのような表情をするスペンサー。共に走るブレイン・ウォッシャーが、相手
の表情を伺うかのようにしてそれを見つめる。
 だがスペンサーの表情は、すぐにこの状況を楽しんでいるかのような微笑に変わった。 
「まあ、いいさ。奴らが、我々の情報を手に入れたところで、もはやどうしようもあるまい。逆に
こっちは、お前のお陰で有益な情報を数多く入手することが出来た。お前のお陰だぞ」
 スペンサーと女は一機のエレベーターにまで辿り着き、それに乗り込んだ。そして二人は、
『グリーン・カバー』の地下施設を後にするのだった。



「ねえ?あんた、大丈夫なの?」
 セリアは軍のトラックに乗り込むリーが、あまりに疲弊している様子を見て言っていた。
「ああ、何とかな。それよりも気をつけておけ、私自身も何をされたか分からないからな」
 リーは顔を上げ、セリアに言った。見上げたリーの顔はセリアが始めて出会った時から、全く
変わってしまっており、相当に疲弊していた。今のリーであったら、セリアも簡単に言い負かす
ことができてしまいそうだった。今まで言いなりになっていた分、言い負かしてやろうか、ともセ
リアは思ったが、
 セリアにそんな気は無かった。
「何をされたか分からない?」
 セリアはリーの目を見て尋ねた。今のリーは、何らかの影響で疲れ切っており、隙だらけだっ
たが、嘘をついているような様子は無い。
「ああ、このビルに入ってからの記憶が無い」
 リーは搾り出すような声で答えた。彼に外傷は無かったが、酷く疲弊している。それはとても
演技には見えない。
「それは本当なの?」
「ああ、私はオットーに会ったのか?そして、このビルの中で何をした?気が付いたら、デール
ズに連れられ、ビルの外へと出ていた」
「オットーを逮捕したわ。ただ優秀な弁護士が付くかもしれない。軍に拘束されているなんて知
れたら、弁護士だけじゃあなく、人権保護団体が黙っていないわよ」
「そうか。オットーと『グリーン・カバー』が、昨晩起きた事件に関与している証拠を突き止めた
んだな」
 リーは少しほっとしたような様子を見せた。
「ええ、オットーは、昨日、ジョニーと一緒にいた奴らと一緒のビルで働いていたのよ。面識もあ
るようだったわ。あんた達の前に堂々と姿を見せたのよ?信じられる?名前はスペンサーって
言うらしいけれども、そいつは逃がしてしまったけどね。今、付近一帯を捜索中なんだけれど
も」
 セリアは、リーに向って、たった今さっき彼の目の前で起こった出来事を説明した。
 彼が記憶が無いと言って、いちいち目の前で起きた出来事をセリアに説明させるだろうか。
そんな回りくどい事をこの男はしないはずだ。
「何故、そのスペンサーと言う奴は、昨日の今日で、堂々とこの『グリーン・カバー』にやって来
て、私の前に姿を見せたのだ?」
「最初から、罠だったとか?」
 と、セリア。
「かもな?」
「それと、さっきから、あなたがずっと握り締めているそれは何?」
 セリアは気になっていた、リーの右手が握り締めている何かを指差して指摘した。
「メモリーだ。私がこのビルに入る前は、スーツケースの中に入れておいたはずだがな。ケース
は紛失していたが、メモリーは残った」
 リーは右手を広げ、掌に収まる指ほどのサイズのメモリースティックを見つめた。
「そのメモリーに、あんたの記憶が無いうちに何が記録されたのか?調べてみる価値はありそ
うね」
 そのメモリースティック自体は大した重さは無いはずだったが、リーはまるで重いものを握り
締めているかのように、メモリースティックを手の中に収めた。
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