レッド・メモリアル Episode04 第2章



《ボルベルブイリ》郊外 国道77号線
2:03 P.M.

 アリエルは、《ボルベルブイリ》郊外のハイウェイをバイクで疾走していた。
 都市から200km以上も離れてくると、針葉樹林が多くなり、家もまばらにしかない。
 だがアリエルは、周囲の風景が変わったことなど目にも留めず、ただただ、バイクを前に向っ
て走らせていた。
 車もまばらにしか走っていない。都市と違って、ただ前へ前へと延々続いていくハイウェイを、
アリエルは全速力で走っていく。
 まるで何もかもから逃げ出すようにして。
 やがてアリエルは、人目も付かない場所にバイクを止めた。
 都市からは、220kmの距離。ここを通る車もほとんどまばらだし、停車したのはアリエルの
バイクだけだった。
 地平線の彼方にも車は一台も見えない。多分、しばらくは車とも誰ともすれ違わないだろう。
 そう思ったアリエルは、バイクを路肩に止め、側を流れている川べりに立った。
 ヘルメットを脱ぎ、一息をつこうとする。しかし、アリエルは遠くの景色を見ていると、どんどん
涙を流している自分に気がついた。
 思わず、側にあった岩に腰掛け、両手で自分の体を抱え込みながら、肩で息をしながら涙を
流す。
 彼女ははっきりと、自分が泣いているのだという事を自覚した。
 何故、こんなに泣いているのだろう。自分でも良く分からなかった。だがこれは、悲しくて泣い
ているのではない。アリエルにはすぐに分かった。
 これは、怖いから泣いているのだ。
 まるで、幼い子供に戻ってしまったかのように、アリエルは、広大な針葉樹林帯の道路の路
肩で泣いていた。
 ただただ、体を震わせるしかない。そして頭の中には、つい数時間前に起こった出来事がフ
ラッシュバックする。
 バイクの操作を一瞬でも誤れば、あの巨大な機関車の車輪に飲み込まれていただろうし、い
つ、車と衝突を起こすかも分からなかった。そして、あの政府施設でストロフという男に向けら
れた銃口。テロリスト達に向けられた銃口。
 全てが、アリエルの目の前で起こった現実のはずだった。だが、まるで現実味を感じない。昨
日、豪雨の中に現れた男が現れる前から、自分は夢を見たままなのではないのか?
 だけれども、だったら、ここで恐怖を感じている自分は何だろう?
 夢で、こんなに子供のように怯えてしまうのだろうか?
 誰にも邪魔されないまま、アリエルは小一時間ほど、川べりで、体を震わせながら泣いてい
た。
 だがこのまま、誰もいないハイウェイ上に座っていても仕方がなかった。多分、テロリスト達
は、自分を追っていたから、ここにまでもやって来るだろう。
 また逃げ切れる自信は無かった。テロリストは自分をどこまでも追って来る。
 ただ、荷物配達をしただけなのに。テロリストに加担していたなんて知らなかった。
 やはり、私が『能力者』とかいう存在だからなのだろうか? だから彼らは追って来るのか?
荷物配達をした事などではなく、『能力者』だから?
 アリエルは自分の腕を押さえた。
 『能力者』。普通の人間には出来ない、特別な『力』を発揮できるという事だと、あのストロフと
いう男は言っていた。
 アリエルも幼い頃から気がついていたが、彼女は生まれついた時から、腕や脚から、刃のよ
うなものを出すことが出来た。それは、皮膚と一体化している刃で、体の下に刃が埋め込まれ
ているわけでもない。肉体の一部として、刃を出すことが出来るのだ。
 ゆっくりと、スローモーションのように刃を出してみたことがある。
 そうして見ると、アリエルは、自分の皮膚が金属のように硬くなり、色さえも鉄のような色に変
化しながら刃になっていく事を知った。
 つまり、アリエルは、自分の腕の皮膚と骨を、鉄のように変異させて、それを刃のような形状
にしていくことが出来る。
 だけれども、こんな『能力』が一体何だと言うのだろう?こんなことが出来るから、一体、何を
私にさせたいというのだろう。
 テロリストにとって不利になる何かを見てしまったからなのだろうか?だが、それだったら、私
を殺してしまおうとしてくるはず。
 つい2時間ほど前、ストロフの言っていた言葉を思い出す。
 お前達はこの子に死んでもらっちゃあ困るだろう!?という言葉だ。
 テロリストは、私が、死んでしまって、一体何に困るというのか?
 アリエルは頭の中がごちゃごちゃになってしまい、一体何から考えていったらよいのか、さっ
ぱり分からなかった。
 だが、頼れる人はいた。
 自分の事を一番理解していて、どんな時でも助けてくれた人物。あの人の元に向えば、きっと
助けてくれる。
 アリエルはライダースジャケットとおそろいのズボンのポケットから、携帯電話を取り出した。
そしてある番号をプッシュする。
 通話記録の一番トップにある。その下にずらりと並んだ名前も皆同じ人物。アリエルは携帯
電話から、この人以外に、滅多に電話をかけたことが無い。他に誰も電話をかける相手がい
なかったからだが、この人だけは特別な存在だった。
 数秒間の呼び出しの後、その人物は電話口に出た。
「もしもし、お母さん…?」
 さっきまで泣いていたアリエルだったが、今では声も大分落ち着いてきてくれている。母に心
配をかけずに話す事ができそうだった。
 だが、これから話す事を考えれば、母には、心配をかける事を話さざるを得ない。
 1年前、バイクで事故を起こしたときよりも、よほど心配をかけることになるだろう。
「アリエル、どうかしたの?今、どこにいるの?」
 アリエルにとっては、どんな人物の声よりも、落ち着くことができる人の声だった。
 母の声を聞いたのは、一昨日が最後だったけれども、まるで何ヶ月も話していなかったような
気がする。
 それだけ、この2日間に色々な事がありすぎたせいだろう。
「い、今ね。うちに戻ろうとしているの。もう20kmも離れていない所だよ、い、今から帰るから」
 アリエルは、母に心配をかけまいとしながら言葉を並べていく。肝心な事を、どう伝えたら良
いのか。
「アリエル?今から帰るってどういう事なの?学校はどうしたの?学校があるはずでしょう?あ
なた?」
 案の定、母には別の心配をされてしまった。そう。アリエルには学校があるはずだった。まだ
午後の授業の時間ではないか。
「う、うん。それがね、あの、それどころじゃあ、なくなっちゃって」
「それどころじゃあないって、どういう事?今、テレビを見ているんだけれども、《ボルベルブイ
リ》で、テロ事件があったそうじゃあない?それと関係があるの?」
 いよいよ母には隠し事ができなくなってきそうだった。
「関係が無いかと聞かれたら、関係あるかな?」
 アリエルは曖昧に答えてしまったが、その言葉は母を心配させるには十分だった。
「う、うそでしょう?もしかして今、病院とかにいるの?それとも、どこか怪我をして動けないでで
もいるの?」
「だ、大丈夫だよ。体は。でもね、その、人に追われているというか、その」
 どうやって答えたら良いか分からない。とにかく母に心配をかけたくないアリエルだったが、上
手い言い訳が思い浮かばないのだ。
 やはり言うべきだろうか、テロリストに追われているのだという事を。
「分かったわアリエル。来なさい。うちに帰ってきなさい」
 突然、母が発した、全てを受け入れるかのような言葉。アリエルは戸惑った。
「え、ええ?いいの?」
「あなたの家でしょう?帰ってきて、何をいけない事があるって言うのよ」
「わ、分かったよ、お母さん。じゃあ、今から行くから、30分ぐらいで着くと思う」
「くれぐれも道中気をつけなさい」
 そう言ってアリエルの母は電話を切った。



 アリエルが母に電話をかけた地から、20km離れた場所にある山荘では、一人の女性が同
時に電話機の通話をオフにしていた。
 人里はなれた山荘。まるで他の人の気配が感じられない地だ。数年前までは、この家の近く
にも幾つかの山荘があり人も住んでいたのだが、今では一軒しかない。
 だから、この山荘の中に住むたった一人の女性は、まるで世捨て人のような存在だったし、
誰も彼女の存在を知らなかった。
 ただ一人、彼女の養女を除いては。
 山荘の屋根裏部屋にいるその女性は、幾つものコンピュータ画面に囲まれていた。
 セッティングされている機材だけでも、棚に何段も載せなければならないほどの数があった
が、屋根裏に出現している光学モニターの数は更にそれを上回っている。大型の画面から小
型の画面まで全て合計すれば、数十にも及ぶだろう。
 そんな画面に囲まれた女性は、年齢が50代ほどの女性だった。既に頭には白髪が混じりつ
つあり、初老にも年齢が達そうかという程老いていた。
 だが、コンピュータの画面を鋭く見つめる眼光は輝いている。全く衰えを見せることなく、無数
に流れる幾つもの画面から、一つの情報を凝視していた。
 屋根裏部屋にある部屋には、その画面が大きく写されており、彼女はそれだけを見つめてい
る。
 光学モニターは、薄グリーンの色に表れており、その中には無機質な画面が出現していた。
 屋根裏部屋にいる女性は、その画面だけをじっと見つめている。


ジュール連邦国家安全保安局 極秘

 以下の者を、危険度 高に属する『能力者』として登録する。

 アリエル・アルンツェン
 生年月日―γ0062年7月5日
 現年齢―17歳
 職業―学生(ボルベルブイリ市立第9高等学校3学年所属)
 本籍―不明
 家族―不明(養母の消息不明)
 能力―肉体の一部の硬質化能力 それは武器にも変形させることが出来る。彼女自身この
『能力』を悪用する意志はない。
 但し、テロリストにこの『能力』を利用され、『運び屋』とされていた。彼女自身には、テロリスト
に加担していたという事実を知らなかった。
 また彼女は、肉体の一部を硬質化できるだけではなく、通常の人間を上回る身体能力を有し
ている。
 テロリストは彼女の『能力』自体よりも、この身体能力について着目したと推測される。
 アリエル・アルンツェンは危険人物である事に変わりは無いが、テロリスト『スザム解放軍』に
近付く手がかりにもなる。
 現在 全国に指名手配中。必ず生存したまま保護する事。



 画面の前にいる女性は、思わずため息をついていた。次の電話がかかってくるまで、ただた
だ画面を見つめ続けていた。
 どうやら、この記章が示している力を使わなければならないようだ。
 『帝国軍』の将軍階級を示す記章。画面を見つめる女性はそれを手にしている。それは
 彼女自身が、『帝国軍』の将軍を務めていなければ持つことのできない証だった。
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