|
レッド・メモリアル Episode04 第3章
17年前―。
『ジュール連邦』の《ボルベルブイリ》に移住したミッシェル・ロックハートは、一人の女の里子
を授かった。
それは、退役女性軍人同士の組合から突然持ち出された話で、結婚暦もなく、子供を持って
いないミッシェルにとっては願ってもいない話でもあった。彼女はすでに年齢が40歳を過ぎて いたし、子供を授かる可能性はほぼ無かったからだ。
ミッシェルの元へとやって来た子供は、捨て子として登録されていた女の子だった。『ジュー
ル連邦』では、親の失業や望まれない子供が多く、捨て子は数多くいた。だが、その女の子 は、身元不明とされている割には、まるで東側諸国の病院で適切に世話をされてきたかのよう に綺麗で可愛らしい子供だった。
ミッシェルはその女の子を、アリエルと名づけた。
ミッシェルは『ジュール連邦』に帰化していない移民だったのだが、アリエルはこの国で育てる
には何かと不自由するかと思い、生まれたときから『ジュール連邦』籍をたせてやった。その 為、親とは苗字が異なり、アルンツェンという新しい苗字が付けられた。
『ジュール連邦』
4:15 P.M.
アリエルが実家に戻ってきたのは、《ボルベルブイリ》の街からまるでバイクで逃げ出すかの
ように飛び出してから、4時間後のことであった。
彼女の実家は、元は小さな集落があった場所に建っていたのだが、今では周辺の住宅は一
つも無くなり、一番近い街からでも車で1時間はかかる場所にある。
国道からも離れており、そこへと通じるのは、舗装もされていない道路だけだった。
付近には針葉樹林の森が広がり、《ボルベルブイリ》の街の雰囲気とは全く異なる。非常に
静かで、ここにはまだ多くの自然が残されていた。
時々、アリエルもたった一人でこんな所に住んでいる養母を心配する。万が一の事があった
ら、誰も助けてくれないし、アリエル自身でもそれを全く知る事ができないからだ。
養母は50代を過ぎていたが、体だけは丈夫だから、アリエルも安心しているのだが、こんな
陸の孤島に住むには訳がある筈だ。養母の周りから人がいなくなってからは、アリエルも学校 の寮に入ってしまい、彼女の元へと帰る事は少なくなった。
最近では直接、あまり会話をしていないが、それは二人の間が不仲になったからではない。
離れて暮らしているためだ。
ミッシェルは人里離れた田舎での暮らしを、アリエルは都会での暮らしを望んだ。
アリエルはバイクを、母の住んでいるログハウスのすぐ脇に止め、玄関で呼び鈴を鳴らそうと
した。
だがそれよりも前に突然玄関の扉が開き、アリエルの体は室内へと引っ張り込まれるのだっ
た。
「な、何? いたた。母さん?」
突然暗い家の中に引っ張り込まれ、アリエルは動揺した。
「誰にもつけられていないわよね?アリエル?」
と、母の声は言って来た。養母と再会するのは半年振りだったが、その再会を喜んでいるよ
うな暇も無い。
「つけられてって、誰もいなかったけれども?」
アリエルは、暗がりの中に立つ養母を見上げた。彼女は猟銃を持っており、その姿は非常に
物々しい。
「か、母さん?何で、そんなものを持っているの?わ、私ならば、大丈夫なのに?」
と、アリエルは体を起こしながら母に言ったが、彼女は、
「さあ?どうかしらね?」
そう言いながら、玄関にある操作パネルをいじった。それは母、ミッシェルのログハウスに設
置されている警備装置だった。どこの警備会社のものかは分からない。メーカー名の記載が 無いからだ。
更に母ミッシェルは、手元に持ち運び可能な光学画面を引き連れていた。その画面には、こ
のログハウス周辺の地図が表示されており、ログハウス内に2つの反応、外に一つの反応が 現れている。
「あなたは、バイクで来たから、この外の反応はあなたのバイクを感知しているの。ログハウス
の中にある反応は私達」
床から身を起こしたアリエルに、ミッシェルは画面を指し示して、その内容を教えるのだった。
アリエルは目の前にある画面を、信じられないものであるかのように見つめ、養母の顔を見
上げる。
「どうして、そこまでして警戒を?」
ミッシェルは画面を操作しながら、部屋の中へと歩んでいく。ログハウスの中は真っ暗だった
が、彼女が電灯スイッチのリモコンを操作したことで、すぐに灯りが点灯した。
「あなたを追って来ている者達の事、あなたは知らないでしょう?でも私は知っている。だから
警戒しているの」
ミッシェルは、ログハウスの中央にあるリビングのテーブルに付き、アリエルにただそう言っ
た。
養母の話す口調は、アリエルにとってあまりに落ち着いた姿に見えた。ずっと育ててきた娘
が、何者かに襲われたのだ。少しは動揺したって良いはずだろう。
だが、ミッシェルはその茶色の瞳をしっかりとアリエルに見据えている。50代を過ぎ、60代
にも手が届くほどの年齢のミッシェルだったが、その眼光は、彼女を何歳も若く見せていた。
それは多分、自分の養母が昔、軍役に就き、それを指揮する立場にあったからだと、アリエ
ルは思っていた。
「私を狙っている者達って、一体、何なの?」
恐ろしいものを尋ねるかのようにアリエルは尋ねる。多分、養母から聞かされる真実が怖い
からだろう。
「『スザム共和国』は知っているでしょう?」
ミッシェルは感情をこめない声でそう言った。
「し、知っているけれども、それは?」
「この『ジュール連邦』から分離独立をしようとしている地域の事よ。もう何十年も前から紛争地
帯になっている事は、歴史の授業でも習ったわね?」
常識を尋ねるように言ってくるミッシェル。
「え、あ、はい。もちろん」
だがアリエルは、学校の授業で名前を聞いただけで、なぜ『スザム共和国』と呼ばれる地帯
で紛争が起こっているのかは知らなかった。
「あなたにはまだ難しくて分からない事も多いでしょうけれども、
簡単に言うと、『スザム共和国』は、自分達の国を欲しがっているの。そのためなら、テロ攻
撃もするし、人だって誘拐する。そして、この国のこうした攻撃を行う組織として結成されている 武装組織が、『スザム解放軍』」
それは、アリエルも度々テレビのニュースなどで聞く。ネットワークのニュースでも頻繁に見
る。
「その、『スザム解放軍』が、あなたを狙っているのよ。何故かは分かる?あなたが『能力者』だ
から。『能力者』は優秀な兵士として使えるでしょう?」
ミッシェルの言った言葉が、アリエルにとっては、非常に大きな響きとして感じられた。
「か、母さん。だって私、この『力』の事は!」
慌ててアリエルは自分の非を否定しようとするが、養母はそれが嘘である事をすぐに見抜い
ていた。
「軽率に使って、奴らに知られる事になったのね。あれだけ隠しておくように言っていたのに」
「ご、ごめんなさい。私」
何も弁解することが出来ない。軽率に『能力者』である事を利用して、バイトの最中、何度も
警察から逃げたりしていた。それがまさか、このような形で露呈してしまうなんて、アリエルは想 像もしていなかったのだ。
もはや、アリエルは養母に対して謝ることしか出来なかった。
彼女は私の事を心配しているというのに、自分はそんな心配のことなど、何も考えていなかっ
たのだ。
ミッシェルは、打ちのめされたように立ち尽くすアリエルを見て、思わずため息を付いた。
「まあ、そこの椅子につきなさい。どうせ、遅かれ早かれ気付かれていた事なんだから。今後の
対策をどうにかしないと」
と、してはならない過ちをしてしまった我が子を、そろそろ許してやろうとする母親の口調で言
うのだった。
「母さん。しかも、私が追われているっていうのは、そのテロリストの人達だけじゃあなくて」
アリエルは母に向ってぼそりと呟いた。するとミッシェルは何もかもお見通しと言った様子で
呟いた。
「国家、安全保安局?」
アリエルは思わずどきりとした。自分の母に隠し事はすることはできないのだと痛感する。ア
リエルは一呼吸入れると、口に開いて話し出した。
「実は、私、その人たちに捕まっちゃって。その後で、その『国家安全保安局』の建物にテロリ
ストが流れ込んできて。私は命からがら逃げてきたの」
ミッシェルはじっとアリエルの顔を見つめる。その鋭い視線をもつ彼女は、アリエルから一体
何を読み取ったのだろうか。
「分かっているわ。その事も含めて、しっかりと話し合いましょう。今後、どうしていくかも、もちろ
んね」
《ボルベルブイリ》郊外
国道12号線の北11km
「あの子が“配達”をしていた小屋はあそこだな?全班、配置に付いたか?」
周囲を針葉樹林に覆われた林道に、停車中の一台の車の中から、双眼鏡を突き出し、スト
ロフは呟いていた。
彼はスーツを着ていたが、左肩には痛々しく包帯が巻かれており、腕が吊られていた。これ
は、つい数時間前にテロリストに発砲された散弾銃によるための負傷だった。
散弾の弾はストロフの肩に命中していたが、傷にはすでに適切な処置がされている。アリエ
ル・アルンツェンという少女こそ逃がしてしまったが、彼女にテロリストのアジトの場所を聞きだ すことは出来た。
ストロフは負傷を堪え、部下、そして、軍から派遣された部隊と共に、テロリストのアジトへと
突入しようとしていた。
だが、妙に林道は静か過ぎる。アジトと思われる小屋にも全く人の気配がない。
テロリストのアジトだったなら、見張りくらいは立てるはずである。
「どうも、ここは違う気がする」
車の中から無線機で指示を出し、双眼鏡で様子を探りながら、ストロフは呟いていた。
「と、申しますと?」
一緒に連れてきた彼の部下が尋ねた。
「あの、アリエルという子を、我々が捕えたという事は、奴らにとっては自分達のアジトの場所を
知られたに等しい。そんなアジトに、いつまでも残っていると思うか?」
「いえ」
ストロフの部下はあっさりと否定した。自分でもそう答えるだろうと彼は思う。
だが、結局の所今彼らにとって今できる事は、これだけしかなかったのだ。
「だから、このアジトはもぬけの殻だろう。しかし、もしかしたら何かしらの痕跡が残されている
かもしれん。今は、他の手がかりがないからな」
そう答え、ストロフは再び双眼鏡へと目をやり、アジトの周辺を伺った。
(ストロフ捜査官!)
突然、無線機から声が聞えて来る。
「何だ? どうした?」
(コンピュータが置かれたままになっています。動作もしたままになっています)
その言葉にストロフはすかさず答えた。
「おい、気をつけろ。罠かもしれん。爆発物などはないだろうな?」
コンピュータが点いたままとはどういう事だ?跡形も無く撤退しているべきだ。何しろ周囲に
はテロリストらしき者は、誰もいないのだから。
(いえ、視認できる限りでは何もありません。コンピュータにも、特に細工がされている様子は
ありません)
「おい!辺りには我々以外誰にもいないんだぞ。コンピュータを付けっぱなしで誰かが出かけ
て行ったというのか?スリープモードにさえなっていないんだろう?」
不可解なことが起こっている。ストロフは、警戒を強め、五感の感度を上げる。
この場を、誰かが見ているのかもしれない。
(何か、コンピュータに表示されたぞ!)
突然、無線機の先から部隊員が声を上げた。
(何だこの画面は?一杯に文字が現れてきています)
「何と表示されている?情報は掴めそうか?」
周囲に警戒を払いながら、ストロフが無線機に言った。一瞬の沈黙があり、部隊員が無線の
先から答えてくる。
(“ドッカーン”?)
その時、空を切り裂くようにして、何かが飛来した。それは針葉樹林の上空を横切り、真っ直
ぐにテロリスト達のアジトへと飛び込んでいく。
テロリスト達のアジトだと思われていた小屋は、炎が爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。
その爆発音は針葉樹林地帯に響き渡り、離れた所で車に乗っていたストロフも、その爆音と
衝撃に思わず怯んだ。
「おい!どうした!応答せよ!」
爆音の衝撃からすぐに立ち直り、ストロフは無線機へと叫ぶ。だが応答が無い。
しかもミサイルは一発だけではなかった。数発のミサイルが、次々とテロリストのアジトへと飛
び込んでいく。
ストロフと部下が乗った車の近くにも、その爆風がやって来ていた。
「おい!車を出せ!撤退だ!これは奴らの証拠隠滅だ。我々を呼び寄せておいて、一気にや
るつもりなんだ!」
ストロフは部下に叫び、彼の部下は素早く車を発進させた。ミサイルによる砲撃はすでに止
んでいたが、いつテロリストがここを狙ってくるか分からない。
「奴らが、ここをどこかから見ているぞ!衛星を使って探れ!」
「はい。分かりました」
部下が答えたその時、ストロフは爆音の中から何かを聞きつけ、上空を見上げた。
「ヘリ、だと?」
遠く離れた場所にヘリが飛んでいる。遠すぎたため、その飛行音を聞くことは出来なかった。
シャーリ達を乗せたヘリは、一時的に使用していたアジトから、数キロメートル離れた場所を
飛行していた。
「完全に、破壊!木っ端微塵だよ!」
ヘリの飛行音の中に、おもちゃで遊んでいるかのような口調の子供の声が響く。
開け放たれたヘリの扉から、炎と煙が上がっている森を見つめるシャーリ。その足元には、
小柄な体格の少女がいた。
年の頃、10歳にもならないであろう、まるで人形のような装束を纏った少女がそこにはいる。
彼女は腕にロケットランチャーを抱えており、たった今、それを発射したばかりだった。だが、
その幼い少女はただロケットランチャーを抱えて発射したわけではなかった。
少女の幼い体からの伸びた右腕が、ロケットランチャー自体と一体化していた。まるでそのロ
ケットランチャー自身が、彼女の腕になっているかのように一体化してしまっているのだ。
「良くやったわ。レーダーも使わずに、この距離でほとんど誤差なしか。全くお前は心底恐ろし
いよ」
シャーリはその少女の頭を撫でてやったが、それは形式的な行為にしか過ぎず、言葉には
畏怖の気持ちを込めていた。
「レーダーなら、あたしの目の中に組み込んであるもん。どんな距離だって見逃さないよ」
と、その小さな少女は言った。そして、遠くを見つめ、彼女は広がる針葉樹林地帯に何かを
見つけた。
「あっ!車が一台逃げていくよ!あれはどうするの?あれもやっちゃうの?」
彼女はロケットランチャーを構えて言った。まるで腕を突き出しているかのような、姿勢で兵
器を構える。
「いいえレーシー、今のわたし達がすべきことは、証拠の隠滅だけよ。それ以上の事はお父様
が指示していないわ。余計な事にまで手出しをすると、きっと面倒なことになっちゃう」
シャーリは、ロケットランチャーを構えた少女にそう言って止めさせた。
レーシーと呼ばれた少女は、そう言われると、
「分かったよぅ。でも、いつかはあたしが、思いっきり遊んでも良い時が来るんでしょ?そうでし
ょ?」
ヘリの中に響く声で、レーシーという少女はそのように言い放つ。同時に彼女は、自分の手
から、一体化していたロケットランチャーを抜き取った。
彼女の右腕は、まるで沈み込むかのようにロケットランチャーに入り込んでいた。平気と一体
化していた腕は、抜き取った後では何とも無く、ただ幼い少女の腕でしかなかった。
「ああ、その時が、来れば、ね」
シャーリはヘリの中でそう呟いていた。
一方、3kmほど離れた場所で、取り残されたストロフと、彼の部下は、飛び去っていくヘリの
姿を見つめていた。
「おのれ、テロリスト共め」
ストロフが毒づく中、背後の車では、彼の部下が携帯電話で本部に連絡を入れていた。
遠くに飛び去るヘリを見つめるストロフの背後から、部下が呼びかける。
「ストロフ捜査官?衛星による追跡を開始しました。ですが、我が国の衛星のカバー範囲を超
えてしまうと、追跡が不可能になってしまいますが…?」
「構わない!他の国の衛星でも何でも使って、さっさとあのヘリの目的地を突き止めるように言
え!」
ストロフはそのように言い放つと、車のすぐ側に、光学モニターを表示させた。空間に現れた
画面が、衛星からの地上の映像を表示する。
「テロリスト共め、逃がさんぞ。お前達が何をしようとしているのかも、すぐに突き止めてやる」
|