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レッド・メモリアル Episode04 第4章
アリエルと、その養母であるミッシェルは、ログハウスの2階の屋根裏部屋に上がった。そし
て、ミシェルはそこに表示させている多くのウィンドウで、アリエルにある事を教えていた。
「私は現役時代、『帝国軍』の海軍で将軍を務めていた。それは前にも話した通りよ」
アリエルは屋根裏部屋の中央に立ち、画面を操作しながら、解説を始めた養母の姿に見入
っていた。
ミッシェルはアリエルにとって、理解があり、躾が厳しい親には思っていなかった。自分を自
由にさせてくれていたからこそ、アリエルはミッシェルに対して、何事も隠すことなく話す事がで きたし、良い親子関係を築き上げることが出来ていた。
それはミッシェルが、元軍人であるという姿を、アリエルにはあまり見せてこなかったからだろ
う。
しかしミッシェルは時々、今アリエルが見ているような姿を見せる。鋭い眼光を放ち、今、彼
女らの目の前に広がっている画面の一つたりとも見逃そうとはしない。姿も堂々としていて、ま るで軍隊での整列のような姿勢を取って画面の前に立つ。
今のミッシェルは、50代であるにもかかわらず、現役時代と大差のない、堂々とした姿をそ
こに見せていたのだ。
「私が、軍の情報筋から集めた情報によると、『スザム解放軍』は、『能力者』を獲得することに
躍起になっている。既に『ジュール連邦』各地で、『能力者』と疑われていた人達が行方をくらま しているわ。背後には、『スザム解放軍』の姿がある」
ミッシェルは目の前の画面に、スライドショーとして幾つもの資料を表示していた。中には新
聞の切り抜きもあったし、人物のファイルもあった。
多分、元退役軍人だからこそ手に入れることが出来る情報なんだろう、と思いつつアリエル
は、養母の見せる資料に見入っていた。
「それで、その人たちが、私を狙っているの?私が、『能力者』だから?」
アリエルは、資料の方ではなく、ミッシェルの方を向いてそう尋ねた。
「ええ、そうよ。あなたは『能力者』。それも、あいつらが戦士として使えそうな『能力』だと認めて
いるから、獲得したがっているの」
ミッシェルは、アリエルの方を向き、そのように言った。
「母さんは、どうして、その事について知っているの?」
アリエルは、ミッシェルの顔をじっと見つめて尋ねた。
「私も、この『スザム解放軍』の動きについては、前々から気になっていたの。何かと暗躍する
彼らが気になって」
ミッシェルは椅子に座りながらアリエルに呟く。手に持っている、スライドの操作リモコンを小
脇のテーブルに置いた。
アリエルはそんな母の言葉に、さらに問いかける。
「そうじゃなくて、何で母さんは、現役を引退しているのに、こうして資料まで集めて、まるで私が
こうなる事を知っていたかのように、資料が集っているの?」
「それは」
アリエルのその問いに、ミッシェルは戸惑っているようだった。どう答えたらよいのか、彼女は
答えを探している。
少しの間のあと、ミッシェルは口を開いた。
「それは、元々狙われていたのが、あなたじゃなくて、私だったからよ。元々、『スザム解放軍』
は私を狙って来ていたの」
「えっ、そんな」
思わず椅子から立ち上がるアリエル。驚きを隠せなかった。
何しろ、今まで養母からそんな事を聞いたことなど無かったからだ。いつも自分の事を気に
かけてくれていた養母が、狙われていた。それも、今日、自分を襲ってきた奴らと同じ連中に。
そんなことを、アリエルは全く知らなかったのだ。
「ごめんなさいね。あなたが私の事を心配すると思っていたし、あなたは学校で、しっかりと過ご
していて欲しかったから」
ミッシェルはアリエルと目をあわせ、そのように言ってくる。
だが、アリエルにとって、そんな心遣いなどして欲しくなかった。
「それで、襲われたの?母さんも?」
「ええ、何度かね。それで家を転々としているしここも、周囲には警備システムを配備するよう
にしたのよ。だけど安心して。あいつらのせいで怪我をした事なんてなかったから」
ミッシェルはアリエルを落ち着かせるかのようにそう言ってくる。だがアリエルは、ログハウス
の屋根裏部屋を歩き回りながら、落ち着き無い様子で尋ねる。
「いつからなの?母さん?いつから襲われるようになったの?」
「あなたが高校に入って、寮生活を始めるようになってからよ」
ミッシェルは歩き回るアリエルを目線で追いかけて言った。
「私に言って欲しかった。すぐにでも駆けつけてあげたのに」
「ごめんなさい。あなたには普通の生活をして欲しかったから。『能力者』として背負わなければ
ならない運命なんて、感じて欲しくなかった」
「でも、私の母さんは、母さんなんだよ」
と、アリエルに言われてしまうと、ミッシェルはどうも答えられなかった。
「それで、あなたが追われたもう一つの組織である、『ジュール連邦国家安全保安局』だけれど
も」
ミッシェルはそう言って、アリエルの言葉を遮り、
目の前の画面のスライドを回しだした。
「彼らは国の指示で、この『ジュール連邦』にいる『能力者』を管理しようとしている。
解放軍のように誘拐して兵士として使う事はまだしていないけれども、もしテロリストに誘拐さ
れる危険性があるならば、彼らは私達を捕えようとするわ。テロリストに『能力者』という武器が 渡らないようにするためにね」
「それで、私を捕まえようとしたの?」
と、アリエルが尋ねて来る。
「ええ。『ジュール連邦』側にとっては、あなたがテロリストの手に渡ってしまうのを防ぎたかった
んでしょうね」
「で、でも、それって、保護してもらうっていう事でしょう?だったら、大人しく掴まっていたほう
が、テロリストからも守ってくれるし」
「ええ。『国家安全保安局』は、“保護”という名目で私達を捕らえようとするわ。だけど、この保
安局は良い噂が流れていなくてね。結局捕らえた『能力者』を、解放軍と同じように国の兵士に してしまおうとしているという噂があるのよ。
それに、あなたが『能力者』だと、テロリストに知られてしまったのも、国家安全保安局が乗り
出してきたせいなのよ?
私も、何度か保安局には目を付けられてきているの。ただ、あなたみたいに強行に捕らえら
れるような事は無かった。国家安全保安局も、きっと何か焦っているのね」
「でも、結果的には、母さんと同じように、私も襲われているし、逃げてきている。ねえ、私、これ
からどうすれば良いのかな?」
アリエルは、屋根裏部屋の椅子の一つに座り、膝を抱えて縮こまった。
彼女は17歳になり、もう大人の女の体に成り代わろうとしている。だが、性格や態度にはま
だ無邪気な所がある。
派手な髪の色や、ライダースジャケットで着飾っていようとも、それははっきりと現れているの
だ。
バイクを乗り回すことが出来るという以外は、ミッシェルにとって、アリエルは子供も同然だっ
た。
何としても守ってあげなければならない。と、ミッシェルはそんなアリエルの姿を見て思うのだ
った。
「私が、昔、軍でお世話になった人がいるの」
ミッシェルは、椅子の上で縮こまっているアリエルに、母が子供に語りかけるような優しい声
で言った。
「その人に、私は何度も助けてもらっていて、『スザム解放軍』の情報も与えてくれたの。今、こ
こに流れてきている情報は、その人からもらった情報もあって、私は彼らの行動を先読みし て、難を逃れることが出来たの」
ミッシェルはそう言って、再び屋根裏部屋に表示されている画面へと向った。無数の画面の
中の一つには、文字が流れて来ている画面があり、ミッシェルはその文字に見入った。
「“解放軍に新たな動きあり、十分に注意せよ”、か」
文字を読み上げたミッシェルは、手元においてあった電子パットを手に取り、そこから文字を
入力した。
「その画面に現れている文字が、母さんのいう、情報をくれる人、なの?」
アリエルは、ミッシェルが見入っている画面へと目をやって尋ねた。
「ええ、そうよ。こうしてわたしにあいつらの情報を入れてきてくれるの」
「でもそれって、チャットで会話している人でしょう?実際は、どんな人なのかなんて、母さん知
らないんじゃあ?」
アリエルは、疑いの目を、その画面へと向けたが、
「アリエル。これは、『帝国陸軍』が使っている専用の通信回線なのよ。そう簡単に誰でもアクセ
スできるものじゃあないの。
このわたしの情報提供者だって、以前、わたしと一緒に働いていた人で、今は『ジュール連
邦』の軍の情報を入手する立場にいる人なんだから。どんな人かも私は知っているの。だから 安心して」
「そうだと、いいんだけれどもね」
アリエルは、屋根裏部屋の椅子で再び縮こまりながら呟いた。
「今のところ、わたしの情報提供者からは、あいつらに新たな動きがあるという事しか伝えてこ
ないわね。“新たな動きとは、どのようなものか?”とわたしが尋ねても、詳細は追って連絡す る。としか無いわ」
アリエルは、母の横から、光学画面を覗き込んで尋ねた。
「その人、本当に信頼できるの?国家安全保安局のヒトたちと、何かの関係があったりしない
の?」
アリエルの質問に、ミッシェルはしばし考えた後に答えた。
「無いとは言えないわね。今、この人は、『ジュール連邦』の情報を操る立場にいるんだから。
その代わり、国家安全保安局に流れている情報は、余す所なくわたしに提供してくれる。
わたしの元部下が裏切って、私を国家安全保安局に売るなんて考えたくも無いけれども、確
かに信頼することが出来る人物である事に間違いないわ」
ミッシェルはアリエルに向って淡々とした口調で言っていた。
「その人が、身分を偽って、母さんにチャットをしてきているかもしれないよ?」
「私が今使っているこの回線は、『帝国軍』の高官か、退役軍人でなければ使う事ができない
回線なの。現役時代に発行され、その後も更新を続けているIDとパスが無ければ、アクセスす ることは絶対に不可能よ。一流のハッカーを雇ったとしても無理ね」
「そうだといいんだけれど」
心配そうな目で見つめるアリエルの横で、ミッシェルは黙々とコンピュータによる作業を続け
ていた。
「できたよ、シャーリ。こんなもの。あたしにかかればちょろいもんだって」
ミッシェルたちがいる場所から遠く離れたある施設では、一人の小さな少女、レーシーが、コ
ンピュータデッキから手を離しつつ、そう言った。彼女の手は今までコンピュータの中に沈みこ むようになっており、彼女がコンピュータから手を抜けば、デッキは何事も無かったかのような 姿を見せていた。
「よくやった。こういう使い方もできるとは、あなたは便利ね」
シャーリが呟く。暗い室内にいる彼女達の目の前には、幾つものコンピュータのウィンドウが
光学モニターで現れていた。
その内の一つ。チャット用の画面をシャーリは見つめていたのだ。
だがやがて彼女は暗い室内の中に置かれたソファーから立ち上がる。片手にはショットガン
を持ち、17歳の少女に過ぎないながらも、彼女は危険な匂いを漂わせていた。
ソファーから立ち上がったシャーリは、ショットガンを片手に持ったまま、部屋の片隅へと近付
いていく。
そこには、また別のソファーに一人の男が縛られたまま座らされていた。ソファーの両脇には
大柄な男が二人立ち、一見するとそのソファーの男を守っているかのようにも見える。
だが、ソファーに座らされている男は、体をロープで縛られており、両腕も拘束されていた。
「さて、あんたにも、少し役目を果たしてもらわなきゃね」
ショットガンを手でもてあそびながら、シャーリはその男に向って呟く。
男は、スーツ姿のままソファーに座らされている初老の男だった。ソファーにつながれ、シャ
ーリにショットガンを向けられていても、怯える様子は無く、彼女に向って敵意を剥き出しにして いる。
やがて彼は吐き捨てるかのように言った。
「役目を果たしてもらうだと?無駄なことだ。どうせ私だって、彼女の居所を知らんのだから
な!」
「居所?そんなものは今、とっくの昔に突き止めているのよ。あんたにやってもらうのは、あん
た自身のIDと、パスワードを提供してもらうって事だけじゃあない。あのミッシェル・ロックハート を信用させるためよ」
シャーリは、ショットガンの銃口で男の体をなぞりながら言った。
「何だと?信用させるため、とはどういう事だ?」
「間違った情報をあなたから来たものだと信じ込ませて、わたし達の罠の中に誘い込んでもらう
のよ。簡単な事でしょ、多分その女は今、アリエルが逃げ込んできたから、彼女を守ろうと必死 になっているでしょうし」
シャーリは、相手に囁くような口調で言った。ショットガンの危険さと相まって、その声は非常
に不気味に室内に響いていた。
「馬鹿な…。彼女がそう簡単に罠になど引っかかるものか。何より、チャットの画面だけでは、
彼女は、たとえ私であってもそう簡単には信用しないだろう」
ソファーにつながれている男は、シャーリに向って吐き捨てた。
「さあ、それはどうかしらね?自分自身にも、自分の娘、といっても養女らしいけど。2人共々、
もはや逃げ場がないと危機感を感じたら、人間は案外、簡単に罠の中へと誘い込まれてしまう ものなのよ。
その、最後の締めをしてもらうのが、あんたってわけ」
「くだらん。貴様らテロリストなんぞの罠に引っかかるか!」
と、ソファーの男が言った時だった。シャーリは突然ショットガンの台尻でその男の顔を殴りつ
けた。
そして、今度はショットガンの銃口を男に向って突きつけて言い放つ。
「テロリストと言ったな!貴様!わたし達はテロリストなんかじゃあない!」
必要以上に銃口を顔へとねじ込まれる。
「顔を吹っ飛ばされたくなかったら、二度とわたし達をテロリストなどと、野蛮な連中と一緒にす
るんじゃあない!」
「わ、私が死んだら、貴様らも困るだろう…」
「さあな? そんな先の事、このわたしが知ったことか!」
シャーリはソファーにつながれている男に更に銃を押し込んで言い放つ。彼の顔は、まるで殴
られたままの姿勢のように、顔を横からソファーに押し付けられていた。
「ねえ〜、シャ〜リィ?」
男に銃を押し付けたままのシャーリに、背後からレーシーが、子供の無邪気な声で言って来
た。
「何よ!」
喉の奥から唸るような声を出しつつ、シャーリはレーシーの方を振り向いた。すると、人形の
ような格好をしたレーシーが、自分のこめかみに指を当てつつ近付いてきている。
「あのヒトが、おうちを見つけたって、いつでもやれるってよ」
シャーリはショットガンを男から離し、ただ一言、冷たい口調で言い放った。
「ああ、そう。とっととやらせなさい」
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