レッド・メモリアル Episode05 第3章



《プロタゴラス》55番地再開発地区  《プロタゴラス》では、都市再開発が始まっている。首都
中央の人口が増大している事もあり、中央には新たな土地が求められていた。時に古い建物
や敷地を取り壊し、時に海上を埋め立てて新たな土地を建設する。
 最近は、老朽化が目立つ建物と土地が格安で売られ、それを多くの業者が買い取り、新たな
建物をそこに建てていくというビジネスが展開されていた。
 55番地の中央に位置する、建設中の建物郡もその例外ではない。シートが張られ、鉄骨が
剥き出しの建物が幾つも建っていた。
 しかしそれは完成すれば、高層ビル街と化すだろう。今の姿とは全く違うビル郡がそこには
現れるはずだった。
 建設中の区画の建物の中に、唯一一つだけ、人も入ることが出来るほど完成したビルがあ
った。高さは20階ほどで、全ての建設が終了すれば、ほかのビルに譲ることになるが、今では
そのビルが最も高くなっていた。
 そのビルの18階に、何人かの者達が集っていた。まだ内装は骨組みが剥き出しのままのと
ころも多くあったが、人が入ることができないわけではない。
 骨組みが剥き出しな事を気にしなければ、オフィスとしても十分に役割を果たしてくれるだろ
う。
 設置されたテーブルを囲って、数人の人物がそこにはいた。
 一人の男だけが立ち上がり、他の者達にさながら演説でもするかのように、会話を展開して
いる。
「先方は5人と要求してきました。金は十分に払ってくれでしょう。この取引には、期待をするこ
とができますよ!」
 それはスペンサーだった。彼は、いつも彼の横にいる女を秘書のように従わせ、雄弁な口調
で話している。
「だが、前の金は全てこの再開発地区の建設で消えた。またその金で建物でも建設する気な
のかね?」
 ビジネスマン風の男がそのようにスペンサーに言ってくる。
「いいえ。その金は、今度は彼らをこの地に呼び込むために使います。そうすれば、数兆の利
益を出す事も夢ではないでしょう。それさえあれば、一つの国さえも動かすことができます
よ!」
 スペンサーはそのように言ったが、
「ふん。大した自身だな。数百億もの金が裏で動いていたら、国が黙っちゃあいない。政府は
税金にうるさいからな」
 嫌味を込めるかのようにして、一人の男が言ってくる。だがスペンサーは、半ば軽蔑するか
のような目で彼を見やった。
「あなた達は、分かっていないようですね? あの方や、彼らの恐ろしさが。ただの烏合の衆な
どと思わないほうが身のためでしょう」
 スペンサーの言葉が、ホールに響き渡って、重さを増した。まるでそれがのしかかるかのよう
にして、テーブルを囲っている者達へと広がっていく。
「しかし、気がかりなのがオットーだ。あいつは非常に多くの事を知っている上に、軍にマークを
されてしまった。このまま捕らえられるような事があれば…」
 重々しい空気の中、また別の男がそのように言った。
「ご心配なく。オットーでしたら、すでに対処をしておきました。問題なく片付けることができま
す。これで我々の情報は外部へとリークしない…」
 スペンサーが雄弁な口調でそういった。皆の注目が一斉に彼の方へと向けられる。
 スペンサーの言った言葉は、ある事を示していたからだ。それはこの場にいる者達にとって
は、最後の手段とも取れることだったし、何よりも自分達が目立ちすぎる存在になってしまった
事を意味していた。
「本当に、そうなのだろうな?」
「我々の関与が知られてしまったら、困るぞ…」
 と言ってきた男に、スペンサーは、
「ええ。我々が手を出すまでもありません。彼ら、が早急な対応をしてくれているお陰で、我々も
手を汚さずに済みますよ。」
「手なら、すでに汚れている。軍にもマークされた。もう逃げることはできんかもしれんぞ…」
 と、一人の男が言った。
「いいえ。全く問題ありません。私が全て対処しますから、ご安心下さい。軍は我々に辿り着くこ
とさえできませんよ」
 と、スペンサーが言うと、
「さあ、どうだろうな。お前が『グリーン・カバー』に来て以来、どうも疑わしくて困る。一見する
と、お前は敏腕な営業マンのようにも見えるが、もっと大きな何かを画策しているのではない
か、と、そう思えて仕方が無い」
 一人の男がそのように答えた。彼はこの中では最も年配で、影響力も強い男だった。だがス
ペンサーはそんな男の前でも動じない。
「だったら、どうなさるおつもりです? もう引き返すことはできませんよ。あの方の手中の中に
入ったからには、もはや、逃れることはできません。ただ従うのみです。例え、この『グリーン・
カバー』が、この国の中でも大きな影響力を示していたとしても、あの方の前や、そもそもこの
私の前に立ち向かうことはできないでしょう?」
 スペンサーはそう言ったが、その場にいる者達は何も言い返せなかった。スペンサーの目の
前にいる『グリーン・カバー』の重役達の前でも、彼は圧倒的な存在感を示していた。まるで重
役達の方が小物に見えるかのように。
「ご安心下さい…。あの方の傘下に入れば、この『グリーン・カバー』は安泰なのですから…」
 そう言ったスペンサーだったが、重役達は決して安心することはできないようだった。
   謎の者達に自分を乗せた車を襲撃されたオットーは、いち早く自分の置かれた状況を察知
して、あるビルへと向っていた。
 何故自分が、こんな事に。
 オットーは、今起こっている現実こそ、しかと受け止めるしか無い事は分かっていたが、何
故、こんな状況に置かれているのかに関しては、多くの疑問をぶつけたい気持ちだった。  何
故、自分がこんな目に遭わなければならない? 『グリーン・カバー』で重役として、会社に多く
のものを貢献して来た。
 今ある『グリーン・カバー』の姿は、自分と同志たちであるはずの重役達が作り上げてきたも
のだ。なのに、この仕打ちは一体何だ?
 自問自答しながらも、オットーは走り続け、ある場所へと向っていた。
 車も乗り捨てた。もはや頼れる人間もいない。だが、自分の背後には、危険が迫っている。
『タレス公国軍』と、あの者達。
 あの者達は、おそらく暗殺者だ。自分を始末しにやって来ているのだ。
 理由は、軍に『グリーン・カバー』を探られないためだろう。あの男ならば考えそうなことだ。
 オットーは、『グリーン・カバー』が裏でやらせていることについて、あまりに多くの事を知りす
ぎていた。
 だから、それを軍に知られないために、自分を始末するつもりなのだ。
「私だ。ここを開けてくれ」
 《プロタゴラス市内》の建設中の施設のゲートの前までやって来たオットーは、ゲートの警備
員に向かってそう叫んでいた。


 「オットーが、ヘリの離陸の命令を出した?」
 デールズはリーに尋ねた。
「ああ。本部が、オットーの携帯電話の傍受をした。つい5分前にオットーが、ヘリの離陸の命
令を出している。場所は、55番地の、再開発地区のビルのひとつだ。まだ建設中という事にな
っているが、『グリーン・カバー』重役のヘリポートがここにある…」
「奴め。国外に逃げる気か…」
リーが言った。
「困ったことに、軍はオットーの身柄の拘束のための確かな理由を持っていない。離陸されて
国外に逃れようとしても、ヘリを攻撃することはできない。離陸前に奴を押さえる必要がある」
「セリア? 奴はやはり、55番地の再開発地区へと向っている。ヘリの離陸命令を出している
から、おそらく国外逃亡をするつもりなんだろう。おい聞えているか?」
(聞えているわよ! もう、わたしは敷地の中にいるんだから!)


「オットーは、もうすぐ始末されるでしょう。ご心配なく。軍が嗅ぎ付けてきていますが、すぐにカ
タが付くはずです」
(そうか、それは良かった。こちらの方も順調に物事は進んでいる…。もう少しで、我々の計画
は完全なものとなるだろう…)
 電話の先から低い男の声が聞えてきて、スペンサーはそれに答えていた。
「お待ちしております。例の者がこちらにやってくる事を…。彼さえこちらに到着すれば…」
(ああ…、近く、合流するように手配しよう…。それと、あいつとも、早々に接触するようにしてお
けよ)
「は…?」
 電話先の男の声に、スペンサーは思わず宙を見て、気の抜けたような声を漏らした。
(私が、お前のやらせている、ビジネスについて知らないとでも思うのか?金が動けば、私の元
にすぐに情報が来る。お前は、『グリーン・カバー』に与えている金以外にも、随分と金を動かし
ているな…?)
 スペンサーは周囲を見回して、辺りには自分達以外には誰もいない事を確認した。
 ここは、建設中のビルの中で、自分と、耳の不自由なブレイン・ウォッシャー以外には誰もい
ない。作業員さえも近付いてこない場所だ。
「い、いえ、それは…。少しでもあなたのためを思って、私は…」
(お前のビジネスは、私のビジネスだ。分かるな? 勝手な真似は許さん。私が5人と言えば、
お前は5人用意すれば良い。余計なチンピラ無勢の力など借りん…)
 電話先の男の声は大分しわがれていたものの、迫力は十分に持っていた。スペンサーは相
手の声に、思わず手を震わせざるを得なかった。
「分かっております…。ですが、彼の持つものは、我々にとっても、非常に利用しやすく…」
(お前はさっさと身から出た錆を綺麗にしておけ。一国の軍、いや『ENUA』まで動かれると厄
介だ)
「は、はい…」
 スペンサーがそのように言うと、電話先の男は唐突にその電話を切っていた。
 スペンサーは、建設中のビルの窓枠に手をかけ、外の景色をじっと見つめる。ブルーシート
がかけられたビルが幾つか並び、その先には、《プロタゴラス》の市街地が広がっていた。
 スペンサーの背後に、ブレイン・ウォッシャーが歩み寄ってくる。彼女は、スペンサーに話しか
けることは出来なかったが、代わりに目の前にある画面が、彼女の唇の動きを読み取った。
 スペンサーはブレイン・ウォッシャーの前に流れている画面の字を読み取って答えた。
「…、彼は、我々のしている事をすでにお見通しだ。勝手な真似をしていると思っている。あの
方のためにやっていると言うのに…」
 スペンサーがそのように言うと、彼の言った言葉が、ブレイン・ウォッシャーの前の画面に文
字として流れていく。
 その文字に反応したブレイン・ウォッシャーが、唇を動かして画面に文字を並べた。
「“大丈夫なのか”だと…。もちろん大丈夫だ。今、あの方にとっては我々を切る事はできまい
だろうよ。肝心のあいつが、行動を起こすまではな…」
 そうスペンサーが言ったとき、彼の携帯電話が振動して着信を伝えた。
「ああ、わたしだ。一体、何の用事だ?」
 さっきの電話の男とは違い、スペンサーは今度はぶっきらぼうな声で答えていた。今は電話
に出ているような状況ではないからだ。
 営業マンとしての姿も、上司に対しての話し方をする必要もない。
 だが、
「何だと。オットーがここに?ほほう。我々に助けを求めてという事か。馬鹿な奴め。まだ我々
に助けてくれるとでも思っているのか」
 と言った、スペンサーの言葉は、すぐ側にいる、ブレイン・ウォッシャーの盲人用機器にも伝
わり、彼女の目の前の画面に文字を表示した。
「すぐに、カタを付けておけ。ひっ捕らえる必要など無いぞ。あんな奴はもう我々には必要ない
のだからな」


「おい!私だぞ!何故ここを開けんのだ!?」
 建設中のビルの外、敷地に入るゲートの前では、ベンジャミン・オットーが敷地の入り口に設
置されているゲートを激しく叩いていた。
 本来ならば建設作業車が敷地に入場するためのゲートだったが、今は硬く閉ざされてしまっ
ている。
 ゲートの塀は高い上に、人の力では開くことが出来ない。
 だが、オットーならば、この場を通るだけの権限はあったはずだ。『グリーン・カバー』の重役
であるということは、こんなゲートで行く手を塞がれるなど屈辱でしかない。
 今もゲートの監視員がモニターで、扉を叩くオットーの姿を見ているはずだった。
 なのに開かない。
 車が襲撃され、ここにやってくるまで、オットーはうすうす感づいていたが、どうやら自分は『グ
リーン・カバー』から村八分にされてしまっているようだぞ。と、そう感じていた。
 だが、まさか、始末まではされないだろうか。
 と思ったオットーは、直接重役達に話を付けるため、いつも彼らと秘密の会合を開いているこ
の再開発地区に来たのだが、
 ゲートの前にいるオットーの元に1台の黒塗りの車が接近して来た事で、彼の考えは変わっ
た。
 車のウィンドウは開かれ、そこからサングラスをかけた男が顔を覗かせる。その男は銃をオ
ットーの方へと向けていた。


「まずいわね。オットーが狙われている!」
 セリアが叫んだ。すぐさま、携帯電話のスマートフォンから、リーの声が跳ね返ってくる。
(救出しろ、セリア。奴に死なれてもらっちゃあ困る!)
「分かってるわよ!」
 リーが言い終わるよりも前に、セリアの体は飛び出していた。
 彼女は、再開発地区のゲートの前にいるオットーの体に飛び掛り、彼の体を押し倒した。
 接近してきていた黒塗りの車からは銃弾が放たれ、それはオットーの体ではなく、ゲートの扉
へと命中していた。
「誰だ、お前は…!」
 と、オットーが目を見開き、セリアの顔を見上げた。
 セリアはオットーの姿を空軍基地の取り調べ室で見ていたが、オットーはセリアの顔は知らな
いはずだ。だから何者だと思っただろうか。
「あんたに一緒に来てもらうわよ! 何で狙われているのかって事も全部話して…!」
 セリアがオットーの体を引っ張りつつ、そう言ったとき、ゲートの前に車が突っ込んできて、セ
リアは身を交わさざるを得なかった。
 その時、オットーの体を掴んでいた手を離してしまう。
「待ちなさいよ! あんた!」
 ゲートに突っ込んできた車は急停車し、扉が開かれるとそこから背の高い男が二人姿を見せ
る。サングラスをかけており、手には銃を持っていた。
 地面に尻餅を付いていたセリアと、背中を向けて必死に逃げているオットーは、格好の標的
だ。
 彼らは何のためらいも見せずに、セリアとオットーに向って銃を放とうとした。
 だがセリアは素早く身を起こす。その瞬間、彼女の体は炎が燃え上がるかのような色に輝
き、目の前の男に向って拳を突き出していた。
 炎のような色に輝いたセリアの拳は、男の体に突き出され、彼の体はまるで鉄球にでも打ち
のめされたかのように、背中から黒塗りの車へとぶつかる。
 車のボディはひしゃげ、ウィンドウが粉々に割れた。男の体はそこでさらにバウンドして、車の
反対側で、オットーへと銃を向けていた男へと飛び掛る。
 二人はうめき声を上げ、その場に倒れた。
(おおい、何だ?セリア!一体どうした?)
 耳中でリーの声が叫びかける。
 セリアの体は再び元の状態に戻り、再開発地区のゲートから敷地に沿って走っていくオットー
の後を追っていた。
「今、追いかけてんのよ!話はあと!」
 セリアは叫んで、オットーを追い始めていた。
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