レッド・メモリアル Episode05 第4章



 オットーは2人の人間に追われ、再開発地区の裏口を潜った。普段正面ゲートからしか入っ
た事が無かったから、作業員用の狭い裏口の存在を、オットーは知らない。
 それはまるで隠し扉のようにあったから、オットーもその存在を知らなかったし、危うく目を落
としそうだった。
 背後から追いかけてくる見ず知らずの女は、信じられないほどのスピードでオットーを追いか
けてきていた。
 さっきの男達は、自分を撃とうとしていたが、あの男達をけしかけたのは、会社の重役連中じ
ゃあないのか


 自分はもう用済みだとでも言うのか。そして、知りすぎてしまった情報を、昨日現れた軍の連
中に知られないために、始末しにかかっているのか。
 オットーはすでにそれを確信に変え、再開発地区に侵入していた。
 もし、重役達が自分を狙っているのだったら、この場所には自分を狙っている連中がうようよ
いるはずだ。
 だが、ここに来ないわけにはいかなかった。オットーは、一つの建物を目指して走り出した。


  一方、オットーの後から狭い扉を潜り、再開発地区へと潜入したセリアは、複雑に入り組ん
だ地区に閉口していた。
 まるで迷路のように入り組んでいる建設地帯は、工事用資材や建設作業木のお陰で行く手
を阻まれ、オットーがどこにいるか目視できない。
 セリアが持つ、携帯端末の画面には、オットーがどの位置にいるのかを示してくれていたが、
設置されている建設用資材までは表示されていない。
 オットーは自分を巻くために、わざとこの再開発地区に入ったのだろうか。
 だとしたら、オットーはこの場所をよく熟知している。『グリーン・カバー』とそれだけ深い係わ
り合いがある地区なのだろうか。
(おおい。オットーは捕らえたか?)
 リーが耳の中の通信機で急かしてくる。
「今、奴を探しているのよ!この再開発地区の中、まるで迷路みたいだわ!どこを曲がったら
良いかもわかりやしない!」
 苛立った声でセリアは言い放つ。彼女は駆けながら携帯端末をチェックし、オットーのいる方
向をとにかく目指していた。
(我々も今、到着した。オットーを早く捕らえろ。面倒にならないうちにな)
「うるさいわね!あんたは黙っていなさい!面倒にならとっくになっているのよ!」
 オットーを目前にして阻まれる迷路のような地形に、セリアは苛立ちを露にしていた。
(おい、冷静でいろ。オットーを捕らえても何もするなよ。尋問は我々の方でやるんだからな)
 セリアの苛立ちの声を聞いても、あくまで冷静でいるリーに、セリアは苦虫を噛み潰す想いだ
った。
 だが、セリアが再び携帯端末に目を降ろしたとき、移動していたはずのオットーの反応が一
箇所で停止していた。
 セリアのすぐ近くには建設中のビルがあった。どうやらビルの骨組みは完成しているビルらし
い。見上げれば20階近い高さがあった。
 オットーの反応はそのビルの中で止まっている。
 セリアは、携帯端末を立体的な表示へと切り替えた。オットーに取り付けられている発信機
からの反応は、高度をどんどん上げて行っている。
 速度からしてエレベーター。間違いない。
「とうとう追い詰めたわよ!」
 セリアは、そう自分に向って言い放ち、建設中のビルへと走りこんでいった。


 「オットーさん?どうなされたんです?そんなに慌てて?」
 再開発地区のあるビルの屋上では、一機のヘリが離陸の準備を進めていた。そこへとやっ
て来たオットーは激しく息切れをしており、高級そうなスーツも薄汚れている。
 彼にとっては、まるで地獄の中を潜り抜けてくるかのような思いだった。もう初老にさしかかろ
うという年齢だったし、学生時代にスポーツをやっていたわけでもない。今、特別に体力づくり
などの運動をしているわけでもない。
 自分を始末するんだったら、地の果てまで追い掛け回して、心臓発作で殺したほうが確実な
んじゃあないか、とそう思えてくるほどだった。
「り…、離陸の用意はできているか…?」
 と、オットーはヘリコプターの準備を進める操縦士に尋ねる。まともに舌も回らないほどに疲
弊していた。
「え…、今すぐですか…? それはちょっと無理みたいですね」
 操縦士は全く緊張感の無い声でそのように言ってくる。オットーにとっては、一刻も早くこの場
から逃れたいというのに。
「何だと…!電話ではすぐに発つと言っただろう 1時間も前に電話をした!」
 オットーは、まるで緊張感の無い操縦士に苛立ち、そのように言い放った。今すぐにもこの場
から飛び立ちたいのに。こいつにはそんな気すらない。
「いや…、ですね。いつもならばもう発てるんですが、政府から飛行禁止令が出されているんで
すよ。特別な飛行許可証が無ければ、離陸さえできないんです」
 操縦士はオットーを乗せる様子など無く、諦めてくれと言わんばかりの表情を見せた。
「駄目だ。そんな事は許さん。今すぐ離陸しろ」
 しかし、そんな操縦士に対して、オットーはナイフを向ける。そのナイフは、オットーが自分の
車の中に護身用として隠しておいたものだった。
「ちょ…、ちょっと待ってくださいよ…」
 操縦士は突然顔色を変えて言った。
「どうだ?分かっただろう?早くこの場を飛び立て。私は、国外逃亡をしなければならないほ
ど、やばい状況に置かれているんだ。何をしでかすかなぞ、分からないぞ…!」


 オットーを追うセリアは、彼が入っていったと思われる、建設中のビル内へと入っていった。
 そこはまだ鉄骨がむき出しの建物内で、階段もエレベーターも見当たらない。オットーはどの
ように上に向っていったのかと、周囲を探るセリア。
 その時、彼女は、背後から飛んできた、空気を切り裂く気配を感じ、素早くその場に身を伏せ
た。銃弾がセリアの元へと飛んできて、それが、頭の上を通過していったのだ。
「何?誰よ!」
 セリアは素早く、銃弾が飛んできた背後を振り向く。するとそこからは、サングラスをかけた、
黒服の男達が数人現れて、セリアに向って銃弾を放ってきていた。
 何の警告も無しの銃撃だった。セリアは溜まらず、近くにあった鉄骨の支柱の背後に隠れ
る。
 銃弾が鉄骨に当たるのを背中で感じながら、セリアは、現れた男達が何者であるか、整理し
ようとした。
 おそらく、こいつらは、オットーを狙っている連中だ。彼の知りすぎた情報が『タレス公国軍』
側に漏れ出さないように、こいつらは動いている。
 そして、ここは『グリーン・カバー』の所有する再開発地区。この連中は、『グリーン・カバー』
の私設部隊か何かだろうか? そして今、彼らはオットーを消しにかかっている。多分、彼の前
に現れる邪魔者も同じようにして。
 だが、こいつらが本当に『グリーン・カバー』の私設部隊なのだろうか? やっている事があま
りに目立ちすぎている。
 『グリーン・カバー』のような、表向きはまともな軍需産業がやるようなやり口じゃあない。
 こいつらは、違う何者かだ。
 とセリアが結論付けたとき、鉄骨を回り込んできて、一人の男がセリアに向って銃を発砲し
た。
 しかし、セリアは瞬間その銃弾をかわし、男の懐に潜り込むと、その銃を奪い取りつつ、回し
蹴りを食らわせた。
 蹴りを放つ瞬間、セリアの体はオレンジ色の光に輝き、炎のように噴き出して、男の体を吹き
飛ばしていた。
 セリアの蹴りを食らった男の体は、ビルの剥き出しの鉄骨へと飛ばされていき、そこにめり込
むように激突していた。
 セリアはすでに見つけていた。このビルには、建設作業用のエレベーターがある。2基あっ
て、そのうちの一つはすでに上へと上っていってしまったようだ。もう1基だけがここの階に残さ
れている。
 セリアは、そのエレベーターに向って走り出していた。
 鉄骨の支柱の影から飛び出したセリアに向って、男達は一斉に、銃を発砲してきた。建設中
のビル内部に激しい音が何度も反射し、セリアはその中を転がりながら、エレベーターの方へ
と向う。
 その時、彼女の目の前に立ちはだかる一人の男の姿があった。黒服でサングラスをかけた
その男は、セリアに向って銃弾を正面から放ってくる。
 だがセリアは、臆することなく、その男の正面から飛び掛っていった。目の前から発射された
弾丸を、セリアは拳で弾き落とす。彼女に弾が命中するようなことは無く、代わりにセリアは拳
を突き出し、目の前の男を打ちのめす。
 セリアの拳から大きな衝撃が生み出され、目の前の男はきりもみしながら吹き飛ばされた。
 彼が飛び込んでいったのは、建設作業用のエレベーターで、ビルの上層階へと向うことがで
きるようになっている。
 セリアはその中へと飛び込んでいった。彼女を追撃するかのように、銃弾がエレベーターの
フレームに命中するが、セリアは、構わず上行きのスイッチを押し、エレベーターを覆っている
柵の中に身を埋めた。
 黒服の男達が、エレベーターに到達するよりも前に、セリアを乗せたエレベーターはビルの
上層階へと向って移動していく。


「何だ?何だ?銃声だ!銃声がしたぞ!」
 一方、部隊を引き連れて再開発地区へとやって来たリーは、建設現場の内部から聞えてき
た激しい銃声を耳にしていた。
 すぐに軍の部隊は、行動を開始し、再開発地区の内部へと足を踏み入れていく。
「全く、セリアめ。また無茶をしているな…」
 リーは6連発リボルバーを片手に、車から降り立ち、その感情が篭っていないロボットのよう
な目線を、建設中のビルへと向けていた。


「おい!まだ飛び立てんのか!もう待ってはいられないぞ!」
 ビルの屋上では、ヘリが今まさに飛び立とうとしている所だった。しかしながら、プロペラこそ
回転しているものの、機体は少しも持ち上がらない。
 操縦士にナイフを突きつけているオットーは、待ちきれない様子で言い放った。しかし操縦士
は、
「ええ、今やっていますって!ですが、オットーさん。良いんですか?今は航空警戒が敷かれて
います。万が一の場合、軍によって爆撃される事になりかねませんよ?」
 ヘリの操作盤を慌てた様子で操作しながら、オットーに向って言っていた。
「地上にいたって、私は捕まるだけだ。こうなったら、とことん逃げてやるのだ。とりあえず、公
海に出ろ。後は私が指示を出す」
「分かりました…。離陸します…」
 操縦士がそう言い、彼が操縦桿を握ると、ヘリは飛び立ち始めた。


「待ちなさいッ!しまった!」
 屋上へと駆け込んできたセリアだったが、目の前で、オットー達のヘリは飛び立っていた。も
うセリアがジャンプしたって届かない高さにまでヘリは上昇している。
「待て!オットー!待ちなさいッ!」
 セリアは屋上で飛び上がってオットーに向って叫びかけるが、結局は無駄な足掻きのようだ
った。
(おおい!どうしたセリア?オットーはどうなっている?)
 ヘリが飛び立つ際のうるさい音に混じって、リーの声がセリアの耳元で響く。
「オットーのヘリが飛んでいくのよ? どうにかして捕らえられない?」
(…、このまま無線で降り立つように説得するが、応じないなら爆撃するしかない…)
 そのリーの言葉は、つまり手出しができないと言うことに他ならなかった。
「爆撃したら、あいつが死ぬじゃあない!生かしたまま捕らえなかったら、『グリーン・カバー』に
も、あのジョニー達にもたどり着くことはできないわよ!」
 と、セリアが言い放ったときだった。
 突然、空中を切り裂くような音が響き渡り、何かがセリアの頭上を横切った。その音は、オッ
トー達を乗せたヘリに向って行きぶつかる。
 瞬間。オットーを乗せたヘリは爆発を起こし、炎を空中に振り撒いた。あまりに強烈な爆発だ
ったせいで、セリアのいる場所にまで衝撃波はやってくる。
 セリアの顔は薙ぎ倒され、ビルの屋上の足場に叩き付けられる。
 だが素早く起き上がり、爆発が起こったほうを向いた。  空中にまだ煙が残っているが、オッ
トー達を乗せたヘリは跡形も無い
 セリアのいた位置にまで、ヘリの破片は飛び散ってきており、プロペラの残骸が、炎を纏った
まま、転がってきていた。
(おおい!セリア!どうしたんだ?オットーがやられたのか?オットーのヘリが爆撃されたの
か?)
 セリアの耳に入った通信機に、リーからの声が聞えて来る。セリアは、しばし、屋上の足場に
身を伏せていたが、これ以上ヘリの破片が飛んでこない事を確かめると、ゆっくりと身を起こし
た。
「え…、ええ、そうよ…。あんたがやらせたわけじゃあないのね…」
(オットーは、大切な証人だ。それを爆撃しろなんていう命令は出さん…。今、この再開発地区
を閉鎖するように命令を出した。君もすぐに下に降りて来い)
 リーの言葉を耳で聞きながら、セリアはゆっくりとその場から立ち上がった。
 まだ、足元がふらついている。ヘリが爆発したときの爆風で転ばされて、どこか頭を打ってし
まったようだ。
「全く…。誰よ…。こんな事をやらせたのは…」
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