レッド・メモリアル Episode05 第6章



『タレス公国』《プロタゴラス郊外》
4月9日 2:15A.M.



 デールズ・マクルエムは、『タレス公国』の空軍のエージェントとして、部隊を引き連れ、《プロ
タゴラス郊外》にある、ある住宅の前を固めていた。
 『グリーン・カバー』の重役にして、裏でテロリストらしき者達と繋がっていた、ベンジャミン・オ
ットーは、ミサイル攻撃で木っ端みじんにされ、口封じされてしまった。
 彼こそが、スペンサーという謎の男と、『グリーン・カバー』とを繋げる存在だったのに。
 彼が攻撃された再開発地区にいた、他の『グリーン・カバー』の重役たちも一緒に捕らえる事
はできたが、どうやら証拠不十分で釈放されそうだ。いくら軍とはいえど、大企業の重役たち全
員を手荒な手段で口を割らせる事は出来ないし、あと数時間だって勾留できそうにない。
 となれば、オットーから何かしらの手がかりを得るしか方法はなさそうだった。
 彼自身はもう口を効く事は出来ない、としたら、彼の住宅に何かが無いかどうか、直接潜り込
む必要がありそうだった。
 深夜の住宅地は静かだ。まったく人気がない。だから、車でデールズ達が訪れた時、周囲の
注意を引かないかどうかと慎重になる必要がある。
 だが、ここ数カ月頻発しているテロ攻撃の恐怖もあって、住民たちは夜間の外出は控えてい
るようだ。
 それは、デールズ達にとっては好都合になる。
 リー、そしてセリアは、テロリスト達の行動を先読みし、ある現場へ向かっている。デールズは
オットーの家の捜索だ。オットーの家から何かが出れば、それはそのまま『グリーン・カバー』と
テロリストの接点の、動かぬ証拠になるはず。
 彼らの陰謀が暴けるはずだった。
 しかし、その事を快く思わない者達も多いだろう。白昼堂々とオットーの家に押し入れば、人
目を引き、証拠の隠滅にかかる者達も出てくるはずだ。
 だから、知らぬ間にデールズ達はオットーの残した証拠を手に入れる。という手はずだ。
 その役はリーの部下であるデールズに任された。
 だがデールズも、軍のエージェントであり、すぐ上野上司はリー・トルーマンだ。リーがいない
この場では、デールズがトップになる。
 とはいえ、現場指揮とはいえ、付添の捜査官を一人つけられただけだ。おそらくオットーの家
には今は誰もいないだろうし、実戦部隊を突入させる必要もないとの事である。
「こちら、マクルエム。現在、オットーの家の前まで来ているが、特に異常はない」
 耳に装着したヘッドセットを使い、デールズは軍本部と通信した。
 オットーが何かしらのデータ類を残していたら、それは軍の本部で解析することになってい
る。
(こちら本部。マクルエム捜査官。注意してください。オットーの家の警報装置がオフになってい
ます)
 オットーの家周辺の状況を、衛星や、警備会社にハッキングして調べている情報技官が言っ
てきた。
 本部から返ってきた返事に、すかさず、デールズはオットーの住んでいた家を凝視する。
 高級住宅地に建つひときわ大きな家は、窓が、塀によって隠れており見る事が出来ない。だ
が、家の灯りはついておらず、誰もいないかのようだった。
 家の中に人気さえ感じる事が出来ない。
「誰もいないからじゃあないのか? 誰もいなければ、警報装置は、電源オフになるだろう?」
(いいえ、つい今までは警報装置が作動していました。ですが、たった今、1分ほど前に突然、
オフになったのです)
 どうやら自分は楽観的に考えてしまったな、と思ったデールズは、着ていたスーツの内ポケッ
トから、手に握れるほどの大きさのテイザー銃を取り出した。運転席に座っている付添の捜査
官は銃を抜き取る。
「故障だと思いたいところだが、どうやら、先客がいたようだぞ」
 と、デールズは自分より若い捜査官に言って見せた。
「オットーの家から何かを盗み出す。『グリーン・カバー』の連中でしょうか?」
 車から降り立ちつつ、若い捜査官が言ってきた。
「『グリーン・カバー』の連中だったらまだ何とかなるさ。だが、別の誰かだったら、厄介な事にな
りそうだ」
 デールズ達は車を降りて、オットーの家の正面玄関までやってくる。彼の家には裏口はなく、
さながら要塞のような趣を呈していた。
 正面玄関は、刑務所のごとくの鉄扉で覆われている。
「生前から、必要以上に自分の身の周りを守ろうとしていたようだが、こうも簡単に警報装置を
オフにされて、侵入されちゃあな…」
 デールズは独り言のようにそう言って、鉄扉を開こうとする。オットーの家の警備システムに
潜入した情報技官に、遠隔操作でこの扉を開かせる予定だったが、扉は何の抵抗もなく開い
てしまった。
「間違いない。先客がいる。敷地に入ったら、二手に分かれよう」
 と、デールズは言い、自分が先に、オットーの家の敷地へと踏み込んだ。
 屋敷と言っても良いほどの規模の住宅だった。庭が広いので、なるべく暗闇に身を隠しつ
つ、デールズと捜査官は一気に家へと移動していく。
 二人は別れそれぞれ、家の両端の位置についた。
 玄関から入ってちょうど、正面の2階のテラスの窓から光が漏れている。オットーは死んだ
し、家族も何者かに狙われる事を恐れて、ホテルで保護されているはずだった。
 この家の中には侵入者がいる。デールズは改めてそう自分に言い聞かせ、家の中へと侵入
した。
 耳元の通信機に情報技官が言ってくる。
(警備システムがオフになっている事が、警備会社で異常と探知されました。バックアップシス
テムが作動して、数分で警備会社の人間が駆け付けます)
「ああ、分かった。今、侵入する」
 侵入者に気付かれないように接近したい。デールズは、侵入者がこじあけたと思われる扉を
見つけ、そこから中へと侵入した。
 家の中に人気はないが、2階から物音が聞こえてくる。
 デールズは素早く2階へと移動していった。できれば、警備会社の連中が押し掛けてくる前に
終わらせたい。軍の外部に知られる事になると、色々と面倒な事になると、リーは言っていた。
「動くな!」
 光が漏れている部屋に突入するなり、デールズは言い放った。突入の仕方、武器の構え方
は、士官学校で訓練された通り。問題ない。
 だが訓練と一つだけ違う点がある。それは、自分達が銃や武器を向ければ、人質でも取って
いない限り、相手は必ずその場での行動をやめ、手を挙げるはずなのだ。
 だが、部屋の中にいた一人の男は、両手を挙げるなどという素振りすら見せず、ただ、オット
ーの家の中を荒らしている。
 箱をひっくり返し、その中にある書類を床へと広げていた。
「おい!手を挙げろと言っているんだ!」
 だが、部屋の中にいた男は、まるでデールズが部屋の中にいる事が、どうでもよいことである
かのように言ってくる。
「…、オットーって奴は、会社だか、何だかの機密データを収めたチップを、どっかに隠してい
やがるんだ。会社のオフィスにゃあ残していなかったから、家に間違いなくあるはずだぜ…、な
あ、あんたは知らねえのか?」
 と言いつつ、ひっくり返した段ボールの中に入っていたものを、乱雑に蹴り飛ばしていた。
「おい、ふざけるなよ」
 デールズは語気を強めてそう言い、男の方へと、テイザー銃の電極を発射した。
 このまま、電極で気絶させて、本部へとこの男を連れて行き、じっくりと尋問すれば良い。そう
思ったからだ。
 そういう意味ではテイザー銃は便利だった。
 しかし、デールズが発射したテイザー銃の電極は、男に到達するよりも前に、突然、炎に包ま
れて爆発してしまった。
 突然起こった爆発。デールズはわけも分からず、その衝撃に吹き飛ばされた。
 部屋の扉の外へと吹き飛ばされるデールズは、廊下の反対側の壁に激突して、したたか打
ってしまう。
 デールズは素早く身を起こそうとするが、部屋の中にいた男が、爆発で吹き飛んだ部屋の中
から姿を現してくる。
「なあ…、オレが思うに、こいつの家の中には、もうそんな機密データなんてねえんじゃあなあ
いかと思うんだ…。てめえらもそうだろう…? オットーとかいうやつが持っていた、機密データ
ってやつを手に入れに来たんだろう? 金が目的なのか?」
 部屋の中にいた男が迫ってくる。彼は、デールズよりも爆発の至近距離にいたはずだが、ま
ったくの無傷だ。服さえも焦げ付いていない。
 男は、吹き飛ばされていたデールズに近づいてきて、まるで目を覗き込むようにして言って来
る。
「なあ、大事な話なんだ…、俺はとても大切なものを探している。てめえらは、もう見つけたのか
よ? ああん? でも、見つけたんなら、とっとと逃げちまえばいいだけだよな?てめえらも見つ
けていないって事だ」
 と、男が言った時だった。
「手を挙げろ! デールズ捜査官から離れるんだ!」
 デールズと一緒に来た捜査官が、男へと銃を向ける。
「ああん?そういやもう一人いたっけな? だがな、オレに銃を向けない方がいいぜ…、お前ら
はただじゃあ済まなくなる」
 男は不敵な笑みをデールズへと向け、そういうのだった。
「何を言っているんだ」
「おい、こいつの言う通りにしろ、何かまずい。こいつに銃を向けない方がいい」
「し、しかし…」
 捜査官はそう言ったが、デールズは警戒した。
 この男へと電極を発射した時、何故か爆発が起こった。部屋の中には爆発物はなかったし、
可燃性の何かもなかった。
 そして、この男はまるで爆発が、起こる事をすでに知っていたかのように余裕の姿を見せて
いた。
 この男へと銃を発射するのはまずい。現に、この男は、まるで銃を向けられてもまるで恐れて
いないようだった。
「銃を下せ。いいから…」
 デールズは若い捜査官にそのように言った。
「は、はい…」
「銃を下したのは頭がいい判断だな…。てめーらがただものじゃあないって事だ。だがな、この
家も、てめーらももはやどうでもいいって事だ。銃を下さまいが、下ろそうが、構わないって事
だ」
 と、男が言った瞬間。その男の体は突然、オレンジ色の光に包まれ出していた。
 デールズは瞬間的に判断した。これが何を意味するのかと、
「おいっ! 早くこの場所から脱出しろッ!」
「え…?」
 捜査官は判断が少し遅れた。デールズはとっさに2階の廊下を駆け出し、2階のテラスから
飛び出していた。
 デールズがテラスから飛び出した瞬間、オットーの家の2階部分が破裂したかのように吹き
飛んだ。
 爆発で爆炎に包まれたというよりも、まるで破裂するかのような爆発だった。家を構成してい
たコンクリートや木片の破片さえもが吹き飛び、それが、凶器になって、デールズの体をかす
めていく。
 デールズの肉体は、そのまま、地面に叩きつけられ、吹き飛ばされた木片が彼の体へと落ち
てきていた。
 身をしたたかに打ったが、骨折はしていないようだ。高い所から飛び降りる訓練は、士官学
校でも受けたが、とっさのことだったし、あれは、2メートルほどの高さからだ。
 爆発する寸前に、2階から脱出するような真似は全くの初めてだ。
 オットーの住宅の2階から、吹き飛んだ木片が降り注いで来ている。火の手が上がって、オッ
トーの家の2階が跡形もない。
 一緒にいた捜査官はおそらく助からなかった。もしかしたら、あの家の中にいた男も。
 と、デールズは思ったが、炎が上がる建物の2階部分から、何かが飛び降りてくるのが見え
た。
 それは炎に包まれた、人型の姿だった。
 先ほどの捜査官か、家の中にいた男が、炎に包まれたまま飛び出してきたのかと思った。 
だが、飛び降りてきた男を包み込んでいた光は、突然、散り散りになって吹き飛び、あっと言う
間に、家の中にいた男の姿になってしまった。
「お、お前は…?」
 思わず身を起こしながら、デールズはその男に言い放った。
 炎から解放された男は、まるで火傷も何も負っていないようだった。代わりに不敵な笑みを向
けてくる。
「お前ごとまとめて始末してやるつもりだったが、なァ…。一瞬で判断して、2階から飛び出して
いくなんて、お前はプロだな。ギャングじゃあねえ。軍か? 警察の特殊部隊か?」
 男が身を起こしたばかりのデールズへと近づいてくる。
「お、お前は、何者だ…?」
 デールズは後ずさる。腰には予備のテイザー銃があったはずだ。だが、男はデールズへとど
んどん近付いてきているが、間に合わない。
「俺は、てめーのような邪魔者を始末するために来た。俺の姿を見ちまったって事は、お前も
死ぬって事さ」
 男がどんどん近付いてきて、デールズへとその手を向けた。
 彼の手がオレンジ色に光る。
 銃器を持たず、そのようにしてくるしぐさが、一体何を示しているのか、デールズはすぐに判
断した。
 デールズの体の周囲が炎に包まれて、爆発する。彼の体は数メートル背後に吹っ飛んだ。
 そこは、オットーの家のガレージになっていて、デールズはそのガレージの中に突っ込んでい
った。
「む…、おかしい、何をしやがった…? 奴を狙ったからには、跡片もなく吹き飛ぶはずだ。何
故、後ろに吹き飛ぶだけで済んだ…?」
 男は、自問自答するかのように呟きつつ、デールズが吹き飛んでいったガレージへと進んで
いく。
 直後、オットーの家のガレージから、その扉を蹴り飛ばすようにして、一台の高級車が飛び出
した。その屋根の上にはデールズが乗っている。
 高級車の運転席には誰も乗っていない。しかし、デールズを乗せた車にはエンジンがかかっ
て、全速力で発進していた。走り出した車は、オットーの家の敷地から飛び出して行き、夜の住
宅地へと消える。
 一人、オットーの家の敷地に取り残された男は、独り言をつぶやいていた。
「何だか分からねえが、厄介な事になってきちまったぜ…」
 そう言い残すと、男は、自分も素早くオットーの家から姿を消した。
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