レッド・メモリアル Episode10 第5章



 セルゲイ・ストロフら、国家安全保安局から派遣された者達は、完全武装をしたまま、《アルタ
イブルグ》の街の中を疾走していた。
 だが、ただ一つ、ストロフの乗った装甲車だけが、いち早く目的地である《チェルノ記念病院》
へと乗り付けていた。部隊の隊員の中、ごく一部の人間だけが、一般人と変わらぬ服装をし、
目立たない姿をしていた。
 彼らは物々しい装甲車から一般的な乗用車に乗り換え、ごく普通の市民に紛れて、テロリス
ト達が潜伏している病院を目指したのだった。
 そのため、ストロフ達はまず先陣を切り、敵テロリスト達が潜伏していると思われる病院の様
子を探るつもりでいたのだ。
 病院の外観は、いたって普通の総合病院だ。だが、この『ジュール連邦』内の病院としてはか
なり清潔な外観が保たれている。それだけ、信頼のおける、発達した医療技術を持つ病院で
ある事が見て取れる。
 病院の外では、いつもと変わらずに、病院の来院者の姿が見えた。特に警備員の様子を見
る事も無い。
 今は急患で運ばれてくるような患者もいないらしく、病院はいたって静かだった。
 ストロフは部下を3人連れていた。もちろん彼を含めて、4人でテロリストの本拠地に乗りこん
でいくつもりは無い。
 あくまでこの4人で様子を探るだけだ。どこから部隊を突入させればよいのか。そして、テロリ
スト達がいるのだとしたら、それは一体どこで、敵はどのくらいいるのか?それを探るのだ。
 後続の部隊は完全武装のまま、病院からは見えない場所に待機させてある。指揮官としてス
トロフが命令を下せば、一気に突入し、制圧する。
 だがここは多くの一般人や、入院患者などもいる病院だ。できる限り一般への被害は出した
くない。
 行動は素早く、そして的確に済ませた方が良さそうだ。
 だが、ストロフは病院の駐車場に、一般人達と同じく車を止めようとした時、ある事に気が付
いた。
 そして、車から降りるよりも前に素早く背後を警戒する。
「気をつけろ。裏口にいる男。銃を隠し持っている」
 ストロフは駐車場から見える裏口の方へは目線をやらずに、バックミラー越しに見て言った。
 他に車に乗せている隊員達が黙ってうなずいた。銃を持っている男は2人いる。どちらも病院
の警備員の服装をしていない。
「裏口を封鎖している人数は2人。表口にも何人かいた。何のためにこんなに警戒態勢を強め
ている?」
 と、ストロフは自問自答するかのように呟いた。
「我々が来る事に、気が付いているのではないでしょうか?」
 部下の一人がストロフに言ってくる。その可能性も否定できない。『チェルノ財団』は、政界に
もつながりがある。ストロフ達に作戦決定を下すのは議会だから、そこから作戦が漏れている
可能性もある。
 だが、ストロフは別の考えを思い浮かべていた。
「ああ、そうかもしれない。だが、それだけではなく、病院内で何かが起こっているのかもしれ
ん。どちらにしろ、常に周囲に気を配れ。そして、目立たないようにしろ。本隊への命令は、確
実に攻め入られると判断した時に出す」
 と言って、ストロフは自分が先頭になって車から降りた。続いて部下3人も続く。
 はたから見れば、病院の来客にしか見えないだろう。
 だが、見る人間が見れば、ストロフ達が腰のホルスターに入れ、上着で隠している銃の存在
に気がつく。
「できる事なら、突入前に連中に気がつかれたくは無い。目立たないように行け。俺は一階か
ら探っていく。お前達は二階から上を探るのだ」
 ストロフは部下に指示を出しつつ、病院の表玄関へと向かう。4人の男達は、別々に間隔を
開けて中へと入っていった。
 病院の一階は待合室になっており、病院の来客患者が多くいた。
 もしここでテロリスト達と交戦する事になったら、一体どうなってしまうのか。ストロフにとって
はテロリスト達を摘発することが何よりも望んでいる事だったが、一般に被害を出すのも避け
たかった。
 議会の連中が黙っちゃあいないだろう。
 しかも、テロリストはそれを狙っている可能性もある。もしも、このアジトにストロフ達がやって
来た時は、病院の患者を人質に取るつもりでいる可能性だ。
 だから、ストロフは慎重に事を進めたかった。
 だが、ストロフが病院の表玄関に入って数歩歩き、待合室になっているロビーを横切ろうとし
た時だった。
 ロビーの奥の通路から、3人の、見るからに病院関係者ではなさそうな男に囲まれて、一人
の女が姿を見せた。
 注意深く病院内を観察していたストロフは、その女の顔にすぐ気が付いた。
 つい先日、堂々と国家安全保安局の本部の建物に乗りこんできた、あの女だ。
 忘れもしない、赤毛で片方の目を隠した女。背は高く、白いジャケットを羽織っている。ストロ
フはすぐに判断した。しかもその女の着ているジャケットは妙に膨らんでいる。
 素人目には分からないだろうが、ストロフはすぐに分かった。あの女は病院の中にも関わら
ず、すぐに銃を抜く事ができる姿勢でいる。
 ストロフはその女の顔をすぐに判別した。相手も、彼の顔は知っているはずだ。視線を合わ
せれば、国家安全保安局が乗り込んできた事が分かってしまう。
 だが、これではっきりした。この病院こそまさにテロリストのアジトで、奴らの隠れ蓑なのだ。
 その女は病院のロビーを横切り、どこかへと歩いていこうとしている。女を取り込むかのよう
にして歩いている3人組も、おそらくテロリストの一味に違いない。
 奴らがこの病院にいる事ははっきりした。次は、奴らにバレないように、この病院に部隊を突
入させるのだ。
 と、ストロフが思い、後から続いて病院の中へと入ってきた部下達に指示を出そうとした時だ
った。
 突然、ストロフの方を向いて来る一人の少女がいた。
 その少女は、病院の中にいる少女にしてはあまりにも不釣り合いな姿をしていた。まるで、ジ
ュール人形のような容姿をしており、あたかも本物の等身大の人形がそこにいるのかと思わせ
てしまうような姿。
 何故、こんな少女が病院の中にいる?しかもその少女は、テロリスト達を伴って歩いているで
はないか?
 ストロフはその少女と目線を合わせてしまったが、すぐに目を反らそうとした。何か、怪しい。
まさか、あんなに小さな少女がテロリストのはずが。
 そう思った時だった。ストロフと目線を合わせた少女が、突然、テロリストの女に何かを耳打
ちするのが見えた。
 直後、女は上着の内側からぬっと黒いものを引き出した。
 それがショットガンだと気がついた時、ストロフは素早くその身を伏せた。
 突然、病院のロビーの中に響き渡る銃声。それはただ銃が発砲された時の音の何倍もの大
きさの音に聞こえているかのようだった。
 女は、何のためらいもなく、ショットガンを放ったのだ。今、病院のロビーには十数人も一般
人がいる。彼らはテロリストでも何でもない。ただの病院の来客に過ぎない。中には入院患者
だっているだろう。
 それなのに、ショットガンを突然発砲するとは。
 ショットガンの銃声がまるで耳をつんざくかのようだったが、ストロフは素早く叫んだ。
「皆、伏せろーッ!」
 そして、素早く銃を抜き放つ。一般人を巻き添えにするわけにはいかない。彼は素早くショット
ガンを撃ってきた女の方に向かって、銃を構えて応戦した。
 女は、ストロフ達の姿に気が付いたらしく、こちらへと堂々と迫ってきている。他の3人の部下
は散り散りになり、それぞれ物影の中へと姿を潜めた。
「そこで止まれッ!」
 ストロフは言い放った。だが、彼は戸惑わず、女に向かって銃を発砲する。この女は立った
今ショットガンを撃ってきただけでなく、国家安全保安局に堂々とやってきた一大テロリストの
一人なのだ。躊躇する必要があるだろうか。
 ストロフの放った銃弾は、女に確かに命中した。しかし、この女は銃弾が命中したはずなの
にも関わらず、どんどんストロフの方へと迫ってくるではないか。
 再びショットガンを構えなおし、ポンプアクション式のショットガンの弾をリロードすると、ストロ
フへと撃ち放ってきた。
 ストロフは素早く病院の受付カウンターの中へと飛び込んだ。ショットガンの弾は、受付カウン
ターへと直撃する。
 ストロフは素早く判断した。この女は『能力者』だ。すでに調べは付いている。国家安全保安
局を襲ったテロリスト達の中には、『能力者』がいた。そのために、政府の施設ともあろうもの
がいとも簡単に襲撃されたのだ。
 『能力者』は、常人の人間では太刀打ちできないという。何故なら、彼らは常人の人間には想
像を絶するような『能力』を秘めているからだ。
 この女に銃弾が命中したはずなのに、相手は何も痛みも感じていないようだ。銃弾の衝撃
で、背後へよろめきもしなかった。
 部隊を突入させるしかない。ストロフはすぐに判断した。
 すでに病院内は、銃撃戦場になっている。
 ストロフは受付カウンターの下に身をひそめながら、イヤホン式の通信機に向かって言い放
った。
「突入しろ!現在、正面待合ロビーでテロリストと交戦中!」
 これで病院の中は戦場と化すだろう。一般にも被害が出るかもしれない。だが、ストロフはす
でに覚悟を決めていた。



 病院にやって来たのは、国家安全保安局という政府の組織から派遣されて来た部隊。つい
先日、シャーリがアリエルを連れ出すために乗りこんでいった、あの政府組織の連中だ。
 こいつらがここまで病院に近づいてきているのは知っていたが、早すぎる。
 レーシーの予測では、部隊がやってくるまで、あと5分から7分ほどはあったはずだ。それな
のに、もう乗り込んできているとは。
「レーシーッ!もうこいつらが乗り込んできているわよ!一体、どういう事なの!」
 シャーリはショットガンを、受付カウンターの中へと飛び込んでいった男の方へと向けながら、
レーシーに言い放った。
 すると彼女は、何故自分を非難するのか分からない。という様子で迫って来た。
「だって、分からないよ!でも、どうやらまだ、装甲車とかの部隊は外にいるみたい。病院の中
には入ってきていないよ!」
「あらそう!」
 と、シャーリは言い放ち、受付カウンターに飛び込んでいった男の方に向かって、再度ショット
ガンの弾を撃ち込んだ。
 そして、周囲に散った自分の部下達に向かって言い放つ。
「これでよし!あとはあんた達に任せるわ!くれぐれも、こいつらを、お父様の元へと近付けさ
せるんじゃあないわよ!」
「ええ、分かっていますよ」
 懐から小型マシンガンを抜き取ったシャーリの部下達が、受付ロビーの物陰に隠れながら、
病院内に入り込んだ男達に迫る。
 シャーリとレーシーは、ここでその侵入者達の相手をしている暇など無かった。何しろ、お父
様に危険が迫っているかもしれないからだ。
 お父様は今、絶対安静でいなければいけない状態。いつ容態が悪化するか分からないし、シ
ャーリ達が側にいなければならない。
 そしてアリエル。さらにはその養母であるミッシェルも見つけ出さなければならない。
 あらゆる物事が、一気に病院から引き起こされていた。



 受付カウンターに撃ちこまれたショットガンの弾をやり過ごしたストロフは、握りしめた拳銃を
手に、素早くカウンターから上半身だけを出し、その銃口を向けた。
 すると、次はマシンガンの弾が発砲されてくるではないか。ストロフは銃で反撃する間もなく、
再び受付カウンターへと身をひそめる。
 カウンターの下では、病院の受付係が彼と同じように身を潜めていたが、体を震わせ、何が
起こったのかも分からないようなパニック状態になっていた。
 病院の受付ロビーからは悲鳴が上がっている。一般に被害を出したくはないストロフだった
が、テロリストからのいきなりの銃撃だ。
「皆、伏せろーッ!」
 その言葉はストロフの部下の一人だ。4人いる部下達の一人がマシンガンを発砲してくるテ
ロリストに応戦している。
 ロビーにいた一般人達は、一斉に身を伏せているようだが、その頭上では銃声が響き渡り、
激しい銃撃戦が行われ出していた。
「おい。敵は何人だ?どこから攻撃してきている?俺は受付カウンターの下だ」
 ストロフは耳の無線機から、カウンターの外にいる部下に尋ねた。
(南東側の通路と、ロビーのベンチの下。そして、一人はあなたが隠れている受付カウンター
のすぐ傍の壁です!)
 すぐさま跳ね返って来た部下からの返答。その言葉に、ストロフは素早く身を受付カウンター
から飛び出させ、拳銃の弾をマシンガンを構えた男の一人へと撃ちこんだ。
 ストロフのすぐ近くへと迫ってきていたその男は、あっという間に倒された。
 そのままストロフは受付カウンターから飛び出し、ロビーのベンチ下から応戦している部下達
に合流するつもりだった。
 だが、その時、奇怪な事が起こった。ストロフの足が受付カウンターから外へと出ることがで
きないのだ。
 彼はすぐに自分の足元へと目線を落とす。するとそこには、奇妙な金属の塊のようなものが
足を枷のように固定しており、その金属は受付カウンターの中に埋め込まれているようだっ
た。
「何だッ!一体何をしたッ!」
 金属は完全に足を固定してしまっていた。金属の色は、ちょうど銃弾の色とそっくりだ。そし
て、鉛のように重い。実際、鉛なのかもしれない。
 何故、こんな鉛が自分の足についているのか、ストロフは分からなかった。だが、その鉛の
枷は、受付カウンターの壁を突き破ってまるで植物が生え出すかのようにストロフの足を固定
している。
 あまりにも奇妙な現象に彼は戸惑う。だが、次の瞬間、ロビーのベンチの下から発砲されて
来た銃弾に、彼は素早く身を交わさせなければならなかった。
 まるで、倒れ込むかのようにストロフは受付カウンターの中へと身を落とした。
 受付カウンターは次々と撃ちこまれてくる銃弾で激しく振動している。ストロフは足から枷を外
そうとしたが無駄だった。全くもって枷は足から外れることが無い。
 枷はいびつな姿をしていて、手錠のようなものとは似ても似つかない。もしかしたら、これが、
『能力者』の『能力』という奴なのか。
 枷は、あの女が撃ちこんできたショットガンの弾の弾痕から、まるで植物が根を張るかのよう
にしてカウンターの壁を反対側まで突き破り、ストロフの足まで伸びてきている。
 あの女が、『能力者』で、その『力』を行使したのか。
 枷は、がっしりとストロフの足を固定してしまっていて、彼はそこから抜け出すことができない
でいた。
 受付カウンターの下では、病院の受付係が、何が起こったかも分からない様子で身を震わせ
ている。
「安心しろ。私は、国家安全保安局のものだ。もうすぐ部隊が突入してくる。そうすれば、すぐに
脱出できるから安心しろ」
 と、ストロフはその受付係に言っていた。
 だが、彼の足にはまった枷は外れることが無いし、カウンターの向こう側では、依然として激
しい銃声が響き渡っていた。



「レーシーッ!封鎖よ。病院を完全に封鎖しなさい!部隊が突入してくるよりも前にね!」
 シャーリは急いでお父様の元へと駆けながらレーシーに向かって言い放っていた。
「分かっている! 今すぐやるよ! でもいいの? 中には、さっきの人達が入り込んじゃった
ままよ!」
 レーシーがシャーリと共に走りながら言ってくる。だが、シャーリにとってはそんな事はどうでも
良かった。
「さっさと封鎖しなさいッ! お父様の安全を守る方が先なのよッ!」
 とシャーリは叫ぶ。するとレーシーはすぐに行動に移った。
「分かったよぅ。でもいい? 一度封鎖したら、病院の中からは誰も出れなくなっちゃって、それ
こそ、大騒ぎになるんだからね?」
 レーシーが珍しく慌てた様子で言ってくるが、そんな事はシャーリにとってもすでに知った事
だ。
「ええ。分かっているわよ…。でも、あいつらが来たら病院を封鎖するっていうのは、お父様の
命令だからね…。大騒ぎなんて、今更大したことじゃあないのよ」
 と、シャーリは呟く。
 すると、レーシーは自分の頭を指で2、3回叩く仕草をした。彼女のその仕草が意味するもの
は、レーシー自身が『能力』を使い、自分の頭の中に直結しているコンピュータから病院の警
備システムにアクセス。そして、彼女の意志によってその警備システムを作動させるというもの
だ。
 しかも、レーシーがアクセスしたのは、従来使われる警備システムでは無い。
 こんな時の為に、お父様が用意しておいた、緊急用のシステムだ。この病院は、病院として
の機能も果たしているが、それだけではない。
 お父様の活動させている組織にとっての、要塞でもあるのだ。
 レーシーが警備システムへとアクセスして、ものの数秒もしないうちに、病院内の廊下や各部
屋では、非常事態用のシグナルが点滅し出した。そして、大きな声でアナウンスが放送され
る。
「封鎖! 封鎖! 非常事態により、院内を封鎖します!」
 そのアナウンスは病院中に響き渡り、一瞬にして病院内は緊迫した気配に包まれた。



「一体、何が起きたッ!」
 ストロフがそう叫んだ時、彼は、自分の方に向けられたテロリストのマシンガンの銃口を知っ
た。すかさず彼は銃をその方向へと向けようとするが、足を鉛のような金属によって固定され
ていて、上手く身動きを取ることができない。
 そのために、反応が一瞬遅れてしまった。
 しかし、受付ロビーのベンチ下に隠れていた彼の部下が、すかさず銃を向けて、応戦し、そ
のテロリストを打ち倒した。
 彼はそのままストロフのいる、受付カウンターへとやってくる。
「一体、どうしたんです? ストロフ捜査官」
 ストロフは足を受付カウンターの上に、まるで固定された枷のような金属で固定されてしまっ
ており、足を動かすことができないでいた。
「何なのかは分からない。鉛なのか、それとも何か分からないが、俺の足が固定されてしまって
いる。これは、『能力者』の『能力』なのかもしれないッ。それよりも何だ? この警報は?」
 ストロフは顔を上げ、天井で回転しながら点滅している赤いシグナルを見やった。それは今ま
で病院の天井には見られなかったものだ。天井に隠されていて、今、警報と共に出現したシグ
ナルだ。
「分かりません。しかし、封鎖と言っています!」
 と、部下が言った時だった。突然、病院の入り口の扉、そして窓が、天井から降りてきたシャ
ッターによって塞がれてしまった。
「何だとッ!」
 シャッターは重々しい音によって、扉を封鎖してしまう。降りてきたシャッターはただのシャッタ
ーでは無い。分厚い金属によってできている、まるで金庫を封じているかのようなシャッターだ
った。
 ストロフ達がいた受付ロビーだけではない。シャッターが降りる重々しい音は、立て続けに病
院内で響き渡った。
「封鎖とは、この事か。この病院は、ただの病院じゃあなかった。テロリスト共の要塞だ。俺達
はその中に入り込んでしまった。これでは部隊を突入させることができないぞッ!」
 ストロフは周囲を見回して言った。
 赤い警備シグナルはずっと回転したまま、封鎖されたシャッターによって外からの日光を遮
断され、薄暗くなった受付ロビーを照らし上げている。
 受付ロビーにいた人々は、何が起こったのかも分からないようなパニック状態になりながら、
怯えきっている。たった今、頭上で銃撃戦が行われたばかりだし、病院の出入り口は封鎖され
てしまったのだ。
「すぐに、外にいる部隊に連絡を入れるぞ。お前は、他に敵がいないかどうか探れ…」
「了解…」
 と言って、ストロフの部下は、行動を始めた。
「落ち着いてください。国家安全保安局のものです。皆さんをすぐにこの場から解放しますので
…」
 そう言いかけた時、彼の方に向かって銃声と共に銃弾が飛び込んできて、ストロフは目の前
で部下を打ち倒されてしまった。
 銃撃戦によって、4人つけていた彼の部下は全員やられてしまったらしい。
「おおっと、そこまでだ。その無線機をこちらによこせ」
 あの女が出ていった廊下の方から、また3人のテロリストがこちらへとやって来ようとしてい
た。彼らは全員マシンガンを持っており、武装している。病院の中だと言うのにそれを隠そうと
もしない。
 どうやら、ベロボグという男は強硬手段に出たようだ。自らが取り仕切る病院を封鎖してしま
う事によって、政府から籠城でもしようというのか。そうでもしなければここまではしない。病院
内の患者を人質に取ってしまえば、自分達に有利に運ぶとでも思っているのだろうか?
 ストロフはカウンターの上に足を固定されたまま両手を上げ、テロリスト達には無抵抗な素振
りを見せて見せた。あと少しで外の部隊と連絡を取ることができたと言うのに。
 外の部隊と連絡を摂り合うことができれば、例え、分厚いシャッターによって封鎖された病院
であろうと、突破できたはずだ。
 ストロフはやって来たテロリストの男の一人に、その無線機を投げ渡した。
 その男は床に転がった無線機を掴むと、それをストロフの耳へと押し当てる。
 彼はカウンターの上に腹ばいにされ、しかも、後ろ手に手錠をされた。
 どうやらすぐに殺す気は無いらしい。外の状況を知るために、自分は利用されるのだとストロ
フは判断した。
「外にいる、お前の仲間に連絡しろよ。“病院は封鎖された。人質は200人以上。余計な手出
しをする事は許されない。俺達の要求はただ一つ。何者も、この病院内に立ち入らせない事”
ただそれだけだほら、仲間に連絡しろよ、余計な事は言うんじゃあねえぜ」
 銃を押しつけられたストロフは、ただそれに従うことしかできない。
 抵抗しても無駄だろう。自分の死を早めるだけだ。ストロフは持って来られた無線機に向かっ
て言った。
「こちらストロフ捜査官…」
 腹ばいにされ、カウンターに顔を押し付けられてしまっているために、くぐもったような声しか
出すことができない。
(ストロフ捜査官…、一体、何がありましたか?)
 と言ってくる、外の部隊を指揮している指揮官の声が聞こえてくる。病院の外側からも、分厚
いシャッターが全ての入り口を封鎖したことで、異変を察知しているようだ。
「敵は人質を取った。人質の数は200人以上。要求は何者も病院内へと入れない事だそうだ
…。敵の数はおそらく20人以上、マシンガンで武装している…」
 ストロフがそこまで言った所で、テロリストの男は無線機を彼から引き剥がし、自分がそこに
向かって言葉を言い放った。
「という事だ。我々は何も要求をしない! お前達は、そこで黙って見ていれば良いだけだ。
我々がこの病院を解放するまで、何者も、この病院内に立ち入らせないことを要求する!」
 と言うと、彼は無線機をカウンターの下の床に投げつけ、更に足で踏みつける事によって破
壊してしまった。
「正気か、お前達? 一体、この病院内で何をしているって言うんだ? 人質がいようといまい
と無駄だぞ。国はこの病院をミサイルで破壊してでも、お前達を一掃しようとしている。何しろ、
戦争が始まりそうなんでな。人質がどうとか言っていられない事態に」
 ストロフのその言葉は、テロリストの男が銃の台尻で殴って来た事によって阻まれてしまっ
た。
「あんたにはどうでもいい事だ。あいにく、これからどうするのかは、俺達の主が決めることであ
って、俺達じゃあない。何を聞こうと無駄さ」
 と、その男に言われたのが最後、ストロフは全く抵抗することができない、人質の一人となり
果ててしまった。
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