レッド・メモリアル Episode11 第4章



プロタゴラス空軍基地
10:14 A.M.



 『キル・ボマー』はジョンソンを引き連れ、例のチップのデータが示す場所までやって来てい
た。
 例のチップの中に収められていたフォルダの一つ、中性子爆弾の所在地情報によれば、兵
器開発部門、大型格納庫の最深部に例のものはあった。
 『キル・ボマー』達はその爆弾の事を、“鉄槌”と呼び、『タレス公国軍』の者達は、この爆弾の
存在を核兵器以上に、恐れ、忌み嫌い、空軍基地の中でも最も深い場所に隠し置いたのだ。
 リフトに乗った二人は、空軍基地の地下格納庫を下へ下へと降りていった。その深さは、核
弾頭を何発も安置しておけるほどの深さだ。だが、この《プロタゴラス空軍基地》には核弾頭
は、中性子爆弾を除けば一機も保有されていない事になっている。
 チップにもあったが、『タレス公国』や『WNUA』諸国では核弾頭は、常に同じ場所にあるもの
ではなく、常に空母や戦闘機に搭載され、移動している。
 『エンサイクロペディア』のチップではその細かな位置情報までも掲載されており、このチップ
を手中に収めていると言う事はつまり、『タレス公国』の核弾頭全てを手中に収めている事も同
然だった。
 その力を行使したらどうなるか。そう考えただけでも『キル・ボマー』は自分の体がぞくぞくして
くる思いだった。
 もし、このチップ誰かの手に渡り、そしてその人物が望むならば、いつでも数千発の核弾頭を
世界中に投下できるだろう。
 だが、あの方はそのような事を望まない。無用な殺戮をする事は望まない。
 だから『キル・ボマー』も、今、目前にある事だけに集中する事にした。
 自分はあの方の手となり、鉄槌を振り下ろすだけだ。この地に、文字通り巨大な鉄槌を振り
下ろし、歴史にも残るほどの痕跡を残すのだ。
 やがてリフトは、最深部まで達し、『キル・ボマー』とジョンソンは地下格納庫へと降り立った。
 その場所の空気はとてもカビ臭く、そして肌寒かった。長年誰も来ていないのだろうか。床に
も埃がつもっていた。
「急げ、もう予定の時間まで20分もないぞ」
 『キル・ボマー』は足早にリフトから降り立つと、さっさと地下格納庫を進んでいった。
 格納庫には目当てのもの以外にも数多くの兵器が格納されていた。そのほとんどが旧式の
もので、使われずに保管されるだけの存在になったものばかりだ。
 『キル・ボマー』が今、目指している鉄槌も、結局のところは静戦中は使われる見込みも無い
まま、保管されるだけのものとなったものだ。
 もし、『タレス公国軍』将軍であるマティソンを、こちら側に入れる事ができなかったならば、あ
の方は、自分に通常配備されている核弾頭を盗ませていただろう。
 だが、マティソンを懐柔する事ができたから、より効果的な鉄槌を振り下ろす事ができる。
 人類がいまだかつてダメージを受けた事が無い兵器で、こともあろうか空軍基地を攻撃する
事ができるのだ。
 それだけでは収まらない。『キル・ボマー』が振り下ろした鉄槌は、やがて巨大な余波となり、
世界中へとその巨大な波を広げていくのだ。
「あったぞ、これだ」
 ジョンソンは、ポータブル情報端末から画像を表示させたまま、あるシャッターの前でそう言っ
た。
 地下格納庫に備え付けられたシャッターは分厚く立ち塞がり、分厚い壁であるかのようだっ
た。横には操作パネルがあり、暗証コードを入力しない限りは開かなくなっている。
 だが暗証コードは、ジョンソンがポータブル情報端末に入れている『エンサイクロペディア』か
らの情報により、すでに解読済みだった。
 ジョンソンはその暗証番号を素早く入力する。すると、シャッターは重々しい音を立てて開い
た。
 カビ臭い匂いが漏れ、シャッターの向こう側にある空間から、空気が溢れてくる。
 薄暗くて良く分からなかったが、そのシャッターには人一人が丸ごと収まるくらいの大きさで、
“危険 放射性物質”と書かれていた。
 これは人々に危険を知らせるサインとしての表示だ。だが今はその文字を見て、『キル・ボマ
ー』は思わず不敵な笑みをせざるを得なかった。



 兵器開発部門 ヘリポート



 自分の職場を後にしたファラデー将軍は3名の部下に周囲を警戒させながら、ヘリポートに
までやってきた。そこにはすでに1機のヘリを来させてある。
 『タレス公国軍』のヘリコプター。これさえあれば、国外へ逃亡する事さえできるはずだ。
 軍がテロリストとして手配している組織に手を貸し、こともあろうか自分の基地に攻撃を仕掛
けたのだ。国外逃亡。いや、『WNUA』から脱出しなければ、軍はいずれ自分に辿り着くだろ
う。
 だが、手筈は既に整えてあった。ファラデー将軍は堂々と、目前にあるヘリへと歩を進めてい
く。
 しかしその時、ファラデー将軍のヘリに誰かがいる事に気が付いた。
 その者は、彼がよく知る人物だった。どうやらヘリのパイロットはヘリの内部で拘束されてい
るらしい。
 ファラデー将軍の部下達が、警戒して銃をヘリの方へと向けたが、将軍は構わずヘリへと足
を進めた。
「ゴードン将軍か」
 彼は第一声をそのように言った。ヘリの目の前、ヘリコプターの前に、まるで立ち塞がるよう
に立っているのはゴードン将軍だった。
 堂々たる姿勢でそこに立つ大柄な彼は、まるで立ち塞がる壁であるかのようだ。そして、ヘリ
のパイロットを拘束しているのは、どうやらゴードン将軍の部下らしい。



「ファラデー将軍。あなたが、この基地から脱出しようとするのならば、このヘリポートからに違
いないと思っていた」
 ゴードン将軍が、ファラデー将軍に詰め寄りながら言った。しかし彼は少しも動じる事がない。
代わりに、彼が伴っていた部下2人がゴードン将軍へと詰め寄る。
 ゴードン将軍側は、デールズか彼らへと詰め寄った。
 お互い武装した者同士が距離を縮め、緊張感が高まった。
「君達もか。君達も、こんな愚行に手を貸しているのか?事もあろうか、国を守る軍を率いる指
揮官ともあろう者が、自国に対して攻撃をするなどと!」
 ゴードン将軍は自分の前に立ちはだかった兵士達を見つめ、そのように言い放った。しか
し、目の前に立つ兵士達の表情は兵士そのものだった。少しは自分達のしている事に対し、戸
惑いを感じ、動揺さえしていると思ったものだが、この兵士達はまったく持って動じていないらし
かった。
 このような愚行に、自分達が手を貸している事に、動揺の一つも感じないのか。
 本当にファラデー将軍が、自分の基地を攻撃したのだろうか。ゴードン将軍は実際の所、戸
惑いを隠せなかった。もしかしたら自分は何かの間違いを犯しているのではないだろうか。
 彼はたった今、起こっている出来事から避難するために、このヘリポートにやって来ただけな
のではないのか。
 だが、そうではなかった。次の瞬間、ファラデー将軍は明らかにその表情を変えた。まるで、
今まで軍人という仮面をかぶっており、それを脱ぎ去ったかのようである。
 彼は口を開いた。
「ゴードン将軍。あなたは何も見えていないからそのように言えるのだ。あなたは、この国の対
テロ政策に何を見た?私からの答えはこうだ。何一つ見なかった。それだけだ。
 この国や『WNUA』などと名乗る者達は、敵を意図的に作り出し、それを攻撃する事で国の
面目を保っているにすぎん。しかし、私がこれからしようとしている事は違うのだ。
 それは浄化だ。この世界全てを浄化するに足る行為なのだ」
 ファラデー将軍は、まるで演説でも振りかざすようにそのように言ってくる。
 決定的だった。ゴードン将軍にとって、ファラデー将軍は特別親しい訳では無かった。ただ、
同じ軍基地の同じ将軍として、彼がテロリスト達に手を貸しているなど、とても信じたくは無かっ
た。
 ゴードン将軍にとっては、ずっと信頼し続けてきた、軍の高官達の一人なのだ。
 ゴードン将軍は、失望の眼差しをファラデー将軍に向けた。
「ファラデー将軍。あなたは、そこまで洗脳されてしまっていたとは、思いもよらなかった。同じ
基地を率いる同志であったというのに、実に残念だ。私には、あなたを止め、今この基地で起
こっているテロ攻撃を食い止めると言う選択肢しか無い」
 すると、ファラデー将軍は、
「食い止めてどうなる?自国の軍から、裏切り者が出たと、大統領は混乱するだろう。そして、
自分の国の軍の基地が攻撃された事で、大統領はこれをテロ攻撃だとみなすだろう。
 もう遅いのだよ、ゴードン将軍。運命の車輪は回り始めている。後は、鉄槌が振り下ろされる
のを待つだけだ」
「何だ?それは、鉄槌?」
 と、ゴードン将軍は言いかけたが、
「もう良い。ゴードン将軍。あなたは今の私にとっては敵だ。排除すべき敵でしか無い!」
 そう言い放ち、ファラデー将軍は、ゴードン将軍に向かって攻撃命令を振りかざした。
「マクルエム!ファラデー将軍を捕えろ!」
 ゴードン将軍がデールズに命令した。ファラデー将軍の兵士達もマシンガンの銃口を向けてく
る。
 数発の銃声が響いた。すかさずゴードン将軍は身を伏せた。背後のヘリのフロントガラスが
割れ、ボディにも銃痕が打ちつけられるように出来た。
 だが、デールズは素早く、ファラデー将軍の部下達を倒した。たった一人で、3人の部下達を
蹴り上げ、更に手にしたテイザー銃でマシンガンを発砲した兵士を打ち倒した。
 さすがは『能力者』という事か。ゴードンはデールズの戦闘を見たのは初めてでは無かった
が、やはり頼りになる。
 デールズはテイザー銃をファラデー将軍の方へと向けた。
「もう逃げ場はないぞ。ファラデー将軍!」
 ゴードンは立ち上がり、ファラデー将軍へと距離を詰めた。
「さあ、それはどうですかな?」
「ゴードン将軍!危ない!」
 こちらを振り向いてきたデールズが言い放った。ゴードン将軍は背後からやって来た銃弾に
気づかず、右肩を撃ち抜かれた。
「もう一人いたか!」
 ヘリの陰から、ライフルを構えた兵士が迫って来ていた。デールズのテイザー銃の射程距離
外だ。
「では、行かせてもらいますかな?ゴードン将軍。私の関与は、どうせこの基地ごと跡形も無く
消え去る。政府は戸惑い、もはや一つの選択肢しか見いだせなくなるでしょう…」
 ファラデー将軍が捨て台詞を残し、ヘリへと向かってくる。
「何だと、何を言っている!」
 右肩を撃たれた事で苦悶の表情を浮かべ、ゴードンは言う。
「まあ、あなたには理解される事はないでしょう」
 デールズがゴードンの前に立ち塞がったが、
「お前にも銃口は向けられている。その武器で、狙撃手を倒せるか?できんだろう?いくらお前
が『能力者』とか言う奴でもだ」
 その言葉のとおりだろう。幾らデールズの『能力』があっても、今の状況は打破できない。
「ヘリに乗せてもらえば何もしない」
 と、マティソンが言った時だった。突然、ライフルを構えた彼の兵士が、前に向かって押し倒さ
れた。その直前ゴードンはどこからか発砲音が聞こえて来ていたのを耳にした。
「何だと」
 マティソンが状況をつかめないままでいると、彼の足元の、ヘリポートのコンクリートに銃痕が
幾つも出来上がる。
 突然の攻撃に、マティソンは戸惑う。
 ゴードンが顔を上げた。すると、兵器開発部門のヘリポートの向こう側から、ジープが一台迫
って来ていた。砂埃を巻き上げ、猛スピードで接近するそのジープからは大型のライフルの銃
口がこちらに向けられていた。
 あれはリー達だ。ゴードンは理解した。『キル・ボマー』を追っていたはずのリー達だったが、
結局はマティソンの目的も同じだったと言う事か。辿り着く場所は同じだった。
 リー達を乗せたジープは猛スピードでこちらに接近し、ライフルを向けられて身動きを取る事
が出来ないでいる、マティソンの目前に停車した。
 マティソンは苦悶の表情で、ジープから降り立つリー達を見つめている。リーはリボルバーを
マティソンへと向けていた。
 ライフルを構えているのは、あの、フェイリンとか言う若い女だ。彼女はライフルの扱いを心
得ているのか。そう言えば彼女の経歴を見た時、コンピュータ技師になる前には、軍の士官学
校に所属していたとの報告があった。
 その後、軍のコンピュータ技師の任に一時期はついていたが、すぐにやめてしまったそうだ。
「もう。大人しく降参した方が身の為だ。あなた達が、この基地で何をしようとしているのかはま
だ分からないが、おそらくロクな事じゃあないだろう。あなた達の計画を止めさせ、黒幕の名前
も吐いてもらおう」
 リーはそのように言い、マティソンへ一歩踏み出した。彼にとっては元高官になるマティソンだ
ったが、全く動じていないようだ。
 マティソンはリーに銃を向けられても、不敵な笑みをするだけだった。
「ははっ。ここで私を拘束しようとも無駄だぞ。お前達がしようとしている事は、全くの無駄に終
わる!全ては、あの方の手中に収まるし、その時気づいた時にはもう遅い!」
 と、マティソンは再び、演説でもするかのような態度でそのように言い放つのだった。
「ほう?」
 リーはそんなマティソンに対してそのように言うと、素早く彼の胸ポケットから携帯電話を取り
出した。
 そして、電源が入れっぱなしになっているその携帯電話の画面を広げ、慣れた手つきで通話
記録をチェックする。
「KILLとは、『キル・ボマー』の事か?随分、密に連絡を取り合っているようだな?そして、SUR
とは誰の事だ?将軍であるあなたが、“サー”と呼ぶからには、当然、あなた達の言う、“あの
方”という奴なのだろうな?」
 マティソンは目の前で展開される、自分の携帯電話の情報を見せつけられても、その不敵な
表情を絶やさなかった。
 リーは、マティソン宛てのメールもチェックした。
「“決行は、1030”だと。あと10分ほどしかないぞ。このメールアドレスからして、送り主は、
『ジュール連邦』の者だ。『ジュール連邦』にあんたは動かされているのか?」
 だが、マティソンは不敵な笑みを絶やさないままだ。
「『キル・ボマー』に10時30分に何をさせようとしている!」
 リーは銃口をマティソンへと向けた。彼の視線はもはや、上官に対する尊敬の念も何も無
い、冷酷なものだった。マティソンが口を割らないのならば、リーは引き金を引くのにためらいさ
えもしないだろう。
 その間に、ゴードンが割入った。
「無駄だ。仮にも、ファラデー将軍は筋金入りの軍人なのだ。口を割るとは思えん。それより
も、『キル・ボマー』を止めねばならんぞ、リー。目下の危機が迫っている」
 ゴードンのその言葉に、リーは銃を下ろした。
「ええ、そうですね。だが、彼は『ジュール連邦』側から直接指示を受けている。この攻撃の背
景には、『ジュール連邦』の『チェルノ財団』が関わっていると考えて間違いないでしょう」
「『チェルノ財団』か。『ジュール連邦』側は、捜査を好まないぞ」
 と、ゴードンは言うが、リーはすでに決意を決めているようだった。
「『ジュール連邦』に直接行きます。ここじゃあ、もう捜査をするのは無理でしょう」
 そのようにリーは周囲を指し示した。ゴードンは肩にやって来た痛みに顔をしかめた。銃弾は
貫通しているが、出血が激しい。すぐに止血する必要があるようだ。
「ああ、そのようだな…。私は残って、『キル・ボマー』を止めて見よう。もし大規模な攻撃が起こ
るのならばリー。お前は危険だ。すぐにそのヘリで飛び立て」
「ゴードン将軍!その怪我では無理です。私もここに残らせて下さい!」
 ゴードンの背後から言ってくるのはデールズだった。
「デールズ。将軍をサポートしろよ。攻撃を何としても食い止めろ」
 リーは静かにそう言う。その言葉はデールズの気を引き締めたらしく、彼はすぐに返事をして
きた。
「分かりました」
「リー。思っていたよりもこの陰謀は大きい。『チェルノ財団』が関わっており、今にも世界戦争
に発展しそうだ。くれぐれも気をつけろよ。戦争になる前までには食い止めたい」
 ゴードンが、マティソンが乗ろうとしていたヘリに乗り込もうとするリー達にそう言った。
「あと、セリアと、フェイリンだったか?リーをサポートしてやってくれ」
 リーが操縦席に乗り、セリアが拘束されている元のパイロットを引きずり下ろした。その後
で、セリアとフェイリンがヘリに乗り込む。
「ええ、分かってますよ。ゴードン将軍もお体に気をつけてください」
 セリアのその言葉の直後、リーがヘリのエンジンを動かし、プロペラが勢い良く回転し出し
た。ゴードンはマティソンを拘束し、ヘリから距離を取った。
 ゴードン、デールズ、そしてマティソンの見ている前で、リー達を乗せたヘリは空軍基地から
飛び立っていく。
 最悪の事態は避けたい。しかしながら、もしもこの基地で大規模な攻撃が起こるならば、その
時の全滅は避けたい。
 リー達を脱出させておく事により、対外諜報本部の生き残りを作り出す事ができる。
 リー達は、この危機を回避するための、一つの希望なのだ。
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